合コンは場所を変えて落ち着いてて洒落たバーになった。
そこのテーブル席では千秋も鮎川さんも直江も、目当ての女の子と座っていた。直江の隣りにはやっぱり浅岡さんがいる。
そしてオレの隣りにはたぶん不本意に思ってる綾子さんだ。
「そんなの美味しいの?」
オレのカシスウーロンを見てそう言う綾子さんは今日何杯目になるのかわからないビールを飲んでる。
「ワイン飲みすぎて酔ったから、少し休んでるだけです」
「そっか〜。じゃあさ、それ終わったら一緒にウォッカいってみようか!」
「ウォッカ?!無理!」
そんなもの飲んだことない。カクテルにして飲んだことはあっても。
「つまんないの〜。若いんだから少しぐらい無理しなさいよ!」
明るく勧めてくる綾子さんはけっこう酔ってる。直江を独占できない悔しさからなのか、それとも酒豪なのか。
たぶんどっちもだろう。
困ってたら直江が助けてくれた。
「綾子、そうやって酒を無理矢理勧めるなといつも言ってるだろう」
「じゃあ直江が付き合ってよ」
「おまえに付き合いきれるのは千秋ぐらいだ」
「も〜、直江もノリ悪いんだから」
呆れたように笑って優しく「ビールにしておけ」と言うと、綾子さんは大人しく了解した。綾子さんは直江が好きで、直江は綾子さんを憎からず思ってるわけで。いつも一緒に飲みにいってるみたいで、呼び捨てだしな。
その場面を見た浅岡さんが寂しそうな、媚びたような笑みを漏らしてるのを見逃さなかった。
終電ギリギリまで飲んで、みんなは東京駅からJRに乗った。オレは地下鉄だ。
「高耶さん」
JRに乗ったと思ってた直江が後ろから追いかけてきた。どうしてだろ?
「帰ったんじゃなかったのか?」
「いえ、綾子がひどく酔ってたので改札まで送っただけです。私は会社に車があるので、それで帰ります」
「飲酒運転か?!」
「違いますよ。さっき運転代行を頼んだんです。良かったら乗っていきますか?」
「けど方向が違うかも」
「違ってもいいですよ。行きましょう」
肩を並べて歩き出した。オレは直江が浅岡さんをお持ち帰りするもんだと思ってたから不思議でならなかった。
けっこうな肩書きを持つ直江は女に不自由はしてなさそうで、少しでもやれそうだったら口説くんだと思ってた。そんでさっきも二人ともまんざらでもなかったようだったから、さらに。
「浅岡さんはいいのか?」
「はい?どうしてですか?」
「うーん、仲良さそうだったからさ」
「いい人だとは思いましたけど、恋愛への発展はないでしょうね」
「どうして?」
うまく行きそうだと思ってたんだけどな。
それには答えずに直江は駐車場に置いていた車の脇に立っていた人に挨拶をした。代行の人だ。
「後部座席へどうぞ。もし良かったら、私の家で飲みなおしませんか?」
「あ?ああ、いいけど」
「じゃあ決まりですね。さっきのあなたの質問も着いてから答えますよ」
直江の車は新しいレクサスで、波に乗ってる企業の社長としてはなかなかのものだった。オレは大学卒業のお祝いに祖父から日産マーチをもらった。ウチの会社と取引があるからってことで日産だ。それ以上のグレードの車は自分で買えと言われてる。
後部座席に乗って直江の住んでる街の話を聞いた。目黒区祐天寺。オレの住んでる世田谷区三宿と少しだけ近い。
祐天寺は駅前は商店街だけど、少し離れると高級住宅街になる。そこのマンションの一室に直江は住んでいるらしい。
「高耶さんは三宿ですか。じゃあ歩いても行けますね」
「まあな。30分以上はかかるけどな」
帰りたくなったらいつでも帰れる距離だ。今日は深夜まで飲んでもタクシーのメーターもさほど上がらないから安心かな。
そうやって代行運転手に気遣いながら話せる話だけをして、祐天寺に着いた。
思ったとおり直江のマンションは厳重なセキュリティがされていて、入り口はオートロックな上に警備員が受付にいた。
その警備員に挨拶をしてからエレベーターに乗った。
「すげーな」
「去年おかしな脅迫状が来ましてね。結果はただのイタズラだったんですけど、IT企業の社長ともなるとこういったことはまたあるだろうから家賃が高いんですけど引っ越したんですよ」
「ふうん」
オレも一応誘拐とかに気をつけろって言われてるからオートロックのマンションに住んでる。もし今の給料からマンションの家賃を払えって言われたら生活費は毎月すずめの涙しか残らない。
そういう事情もあって実家が家賃の半分を持ってくれてる。甘えてると思われても仕方がないけど、本当に誘拐の恐れがあるから甘えだって言うやつは無視することにしてるんだ。オレにはオレの事情がある。
直江の部屋の中は整理整頓されてて几帳面な性格だってのが一目でわかった。ただし生活臭はないから家にいても家事全般はほとんどしないんだろう。
「適当に座っててください」
そう言ってキッチンに消えた直江が持ってきたのは缶ビールと野菜の浅漬けだった。
「あんたには似合わない取り合わせだな」
「そうでしょうか…?好きでよく買うんですよ。商店街も本当だったらくまなく回ってみたいんですけど、時間がなかなかなくてね。深夜までやってるスーパーにわざわざ行って漬物を買うのって、案外楽しいんですよ」
「自炊は?」
「残念ながら出来ません。食事はだいたい仕事がらみの外食や、今日みたいなお付き合いでの食事会がほとんど毎日ありますし。たまに早く帰れると商店街のカレー屋さんとか、食堂に行くんです。あなどれない美味さですよ」
「へえ、今度行ってみようかな」
リビングのステレオの前に洋楽のCDが一枚だけあった。表面にサンプルって印刷されてる。
それに目が行ってかけてもいいかって聞いたら、すでにステレオの中に入ってるからってリモコンでかけてくれた。
可愛い声や力強い声で歌い上げるタイプの女性ボーカルで一度聞いたら忘れないすごい声だった。
「サンプルってなに?」
「仕事でね、聞いておけって言われてるんです」
「仕事で…」
「今度シルバースターのイベントがあって、そこに参加してくれる歌手だそうです。私は行きませんけど、聞いておかないと不義理をしてしまいますから」
そのCDをかけながら話をした。
さっきの浅岡さんのことが気になってたから、まずはそれから。
「浅岡さんと仲良く話してたからさ、もしかしてうまくいくのかな〜って思ってたんだ」
「そう見えましたか?話は楽しかったんですけど、なんというか…フィーリングが合わないというか」
「まあ、そういうこともあるよな」
「ええ。話していてもどこかで無理をしてる自分がいるんです。同性とは違うし、ああいった集いですから女性に気を使って話を聞いたりしていましたが、どうもこれは違うな、と思うわけです。気兼ねなく話したい相手ではないですから、恋愛は無理でしょうね。可愛らしくて好みではありますけど」
「じゃあ綾子さんは?けっこうくだけて話してたじゃん」
「綾子は違いますよ。全然違います。あれは男と同じです。何度か一緒にああして飲んでいますけど、性格がサッパリしすぎてて妹というか弟というか……悪友というか」
すごく困ったみたいに眉間にシワを寄せて考え込んだ。
「女性に悪友なんて言ってはいけないと思ってるんですけどね」
「弟の方が失礼じゃん。おっかしいの」
真面目に考えてる直江の姿が少年のようで微笑ましかった。これでCEOだなんて信じられない。
「高耶さんこそ綾子に気に入られてたみたいですね。浅岡さんからは頼られてる感じがしましたよ?」
「あー……綾子さんはたぶんオレを年下の男の子ぐらいにしか感じてなかったと思うけど、浅岡さんのはな…ちょっと違う」
「違う、とは?」
「蝶番なんだ」
「ちょうつ…がい?」
大学時代からの蝶番人生を詳しく話して聞かせた。半分は愚痴だ。
「結局、オレはそうやって誰かと誰かの橋渡しになっておしまい。オイシイとこなんか取れやしない。ずっとそうだったからさ、今日もそうなんだなって感じたよ。浅岡さんがオレを頼ってたのは……今だから言えるけど直江さんとの橋渡しとして頼られてただけで、誰もオレに関心は寄せないんだ。合コンだけじゃない。友達もかな。話し下手で、あんまり手の内を見せないから信用されてるのかもわかんない。手の内って言ったって、こっちは見せてるつもりでも、たいした内容がないから相手には見せてないって思われてるだけなんだけどな」
自嘲気味に話しすぎたかもしれない。直江は真剣な顔でそんなことはないでしょう、って言った。
「でもさ、もし浅岡さんがあんたにピッタリの女だったとしたら結果的には橋渡しで終わるとこだっただろ」
「いえ、私は…」
「一生、橋渡ししかできないのかもな。仕事でももっとちゃんとやりたい。だけど回ってくるのはいつも……」
仰木のボンボンが営業に来たっていう、名前だけで相手が満足する仕事しか与えられない。
名前だけで仕事が流れてくるっていう状況を一生続けるだけかもしれない。親父や爺さんみたいに手腕を振るうこともなく。
「橋渡しって言いますけど、それがなかったらできなかったカップルがたくさんいるんでしょう?お友達だって感謝してくれるのに」
「感謝なんかしてないよ。くっついたらくっついたでオレのことなんか忘れてる。そんなもんだ。そいつら結婚したのに招待もされなかったぜ」
「ああ……それは……ショックですね」
「いいんだ。別に今に始まったことじゃないから」
色々と嫌な思い出ばかりがよぎって黙ってしまったオレに、直江は慰めるためなのかこう言った。
「私はあなたって人を橋渡しになんかしませんよ。絶対にしないから、落胆しないで」
「さあな……あんたもいつかはオレを橋渡し役に任命するかもよ?」
「しません。じゃあ試しますか?仕事も女も抜きで友達になるっていうのは?遊び仲間としてだけでお付き合いしましょう。お互いに女を紹介しない、仕事の詮索もしない、友達も紹介しない。二人組を作るのはどうですか?」
「あんたと?でももう綾子さんや千秋とも知り合っちゃったけど?」
「やつらがいる時はどちらかが欠席すればいい。あくまでもあなたとのコンビです」
変なことを言い出すやつだ。面白いかもしれない。初めてそうやってオレを扱ってくれる人が現れたと思って乗ってみようか。
「いいよ。なんか面白そうだ」
「じゃあ決まりですね。さっそく明日か明後日、ふたりでどこかに行きましょう」
「いいけど……あんた、趣味ってある?」
「ゴルフ…ぐらいですかね」
「ゴルフか。だったらオレもクラブ持ってるからコース回ろうぜ。あ、でも最近やってないからな…」
「それなら明後日の朝から練習場に一緒に行きましょう。私も最近は忙しくてコース回ってないですからウッドの練習をしたかったところなんです」
共通の趣味、ではないけど、見つけた。
ゴルフは接待での付き合いがあるだろうから覚えろって言われて社会人になってから始めたんだ。それがここで役に立つとはな。
「ヘタクソだけどよろしくな」
「こちらこそ」
こうしてオレは直江っていう11歳も年上の友達を作った。
つづく
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