異教の詩
イキョウノウタ


 
         
 

朝まで直江のマンションにいて、それからのんびり徒歩で家に帰って着いたのは午前6時過ぎ。
シャワーを浴びて寝た。
本当は1時間ぐらいで帰ろうかと思ってたんだけど、思いのほか楽しくてずっと喋ってた。大人の男っていうのは直江みたいなヤツを言うんだとおもう。会話が上手に出来て、いろんなことを知ってて、頭が良くて。
もしオレが直江みたいな人間だったら会社でもお飾りにならなくて済んだのに。
いつもだったらそういった人と会うと劣等感ばっかり大きくなったんだけど、直江を見てるとイヤミがないせいか自分の目標にしたくなった。
せっかく知り合ったんだから直江の長所を見習って自分に取り込んでみよう。

 

 

翌日は変な時間に寝たせいで昼過ぎまでを無駄にしたけど、日曜日はちゃんと朝起きて三宿の交差点まで行った。
交差点で直江と待ち合わせをしてる。四つ角のところに直江が立ってたから、アイアン3本とウッド1本とパターを入れた持ち運びに便利な細身のゴルフバッグをガシャガシャ鳴らせて駆け寄った。

「お待たせ!」
「おはようございます」

朝らしい爽やかな笑顔で迎えてくれた直江は礼服ともスーツとも違って黒いポロシャツに水色のウィンドブレーカーを着てた。
パンツはどこかのブランド物らしき綿のストレートパンツだった。サラサラした茶色い前髪が落ちてて年齢よりも若く見える。

「なんだか似たような服装ですね」

交差点から少し離れたとこに置いてある車に向かう途中、そんな話になった。
オレは普通の白いプリントTシャツに赤いゴアテックスのアノラック。パンツは紺のチノパンだ。

「打ちっぱなしだからこんなでもいいかと思って」
「そうですね。コースに出る時は襟付きのシャツじゃないとダメですよ?」
「知ってるよ」

車に乗って葛西の練習場へ。直江はよく来てるみたいで受付でも挨拶されていた。
とりあえず気長に練習しようかってことになって打席を1スペースだけ取って、1階のフロアへ。

「ここ、でかいな」
「都内でも一番大きな練習場だそうです。どのぐらい飛ぶのかを見るには広い方がいいですから気に入ってるんです」
「へ〜」
「250ヤードあれば充分でしょう?」
「だな」

まずは直江から。打席の芝から出てくるボールをウッドで打つ。シュパッっていい音がしてまっすぐに飛んで行った。
後ろの椅子に座りながらグローブをしてたオレはその音で首を上げてボールが遠くに飛んで行ったのを見つめた。
もしかしたらすごい上手いのかも。
そうやって直江が20球ぐらい打って、感覚は忘れてないようだって言いながら交代してくれた。

オレもまずはウッドで20球。やっぱり直江のように遠くへ飛ばないし、スライスばっかりしてまっすぐにいかない。

「う〜、年季が違うんだろうな〜」
「10年やってますから、私は。ええと、高耶さん」
「ん?」
「ウッドで打つときにはボールを見ながら打たない方がいいですよ。飛ばしたい方向を見て、そのままセットして打つ。それと打つというよりは……スイングする途中にボールがあるんだという感覚でクラブを振ってみてください」

言われた通りにやってみたら遠くへ飛ぶようにはなったけど、やっぱりスライスする。

「フォームはいいんですけどね……もしかしたら」

立ち上がってオレの横に立つ。まるでプロのような立ち姿で。

「持ち方を変えてみたらどうでしょうか?あなたが今持ってるのは、こうでしょう?」

スタンダードな握り方をしてみせた。

「それをこうして握ってみてください。野球のバットを持つのと同じように」
「こう?こんな持ち方でもいいのか?」
「打ちやすければいいんですよ。ルールにはないんですから、好きなようにね」

半信半疑で打ってみたらさっきの直江みたいないい音を出してまっすぐ飛んだ。

「あ……本当、だ」
「そっちの方が高耶さんには合ってるみたいだ。今日はこの持ち方で練習して、慣れておくといいんじゃないですか?」
「うん」

のんびりと一人100球ぐらい練習して、それからパターを習った。パターはウッドと逆で一度穴を見たらあとはボールだけを見るようにしろと教わった。芝目を見るのはもっと上級者になってからだそうだ。そうやって実践してみたら面白いほどよく入るようになった。
直江は仕事も出来るし、ゴルフも出来る。そして誰かに物事を教えるのも上手いらしい。

せっかくだからあと50球ずつアイアンで打って、練習場のレストランで昼食をとった。
ハンバーグがオススメだって言われて、ふたりともそれにした。

「コースにはいつ出ます?」
「もうちっと練習してからだな。今日やってみてわかったけど、やっぱオレってヘタクソじゃん?あと2、3回は練習しなきゃ」
「ヘタではないですよ。練習量が足りないだけで、フォームやタイミングはいいんです」
「そうかな〜?じゃあやっぱり練習3回してから」
「仕事と重ならなければ付き合いますよ。また一緒に来ましょう」

忙しくないのかな?って疑問はよぎったけど、付き合ってくれるなら一緒の方が心強い。ぜひにとお願いして来週の日曜日も約束をした。

 

 

合コンに行ってからの2ヶ月間で直江と会ったのは6回。オレにしては珍しく同じやつと出かけてる。
1回目は合コン。2度目から4度目は打ちっぱなし。5度目は普通に飯を食いに行った。
6度目でようやくゴルフコースだ。
早朝から車で出かけて茨城県のコースへ行った。秋晴れの温かい日で、少し動くと汗がでるほどだった。
ハーフを回ってから昼食。クラブハウスのレストランで残りハーフの予約時間までのんびりと過ごした。

「ちょっとだけ仕事の話、聞いてもいいか?」
「仕事の話はしない約束じゃなかったですか?」
「少しぐらい……」
「冗談ですよ。少しだったらかまいませんよ」

それでオレは初対面の時から聞いてみたかったことを聞いてみた。

「どうして反戦活動の手助けなんかしてんの?」
「ああ、それですか。少し長くなりますけどいいですか?」
「うん」

時計を見たらあと1時間ぐらいは残ってる。1時間で終わらなかったらまた別の機会に聞けばいいんだ。

「湾岸戦争って知ってますか?」
「知ってる。だいぶ前にイラクがクウェートに侵攻したやつな」
「ええ。あの頃の私は留学先から日本に帰ってきたところだったんです。日本でそのニュースを見た時は驚きました。夜空に白い光が舞っていると思ったら、ミサイルだったんですから」

その映像はオレも何度か見たことがあった。まだ子供だったオレはそれが何なのかわからずに騒然となったリビングで両親の顔を交互に見つめてたっけな。

「私が留学していたのはボストンの大学で、ホームステイをしながら通っていたんです。そこには私と同じ歳の大学生の男性と、そのお兄さんと、両親で暮らしていました。私が1年目を終えた時、お兄さんがその湾岸戦争に出兵しました」
「え?」
「そしてすぐに遺体となって戻ってきたんです」

直江はとても悲しそうな顔をした。話すのが苦しいのかもしれない。

「あの、もし話したくないならいいから」
「いえ、大丈夫ですよ。私を理解してくれようとしてる人にはちゃんと話してきましたから」

少しだけ笑って、話を続けた。

「2年間、兄弟のようにして過ごしてきた私には実の兄が戦死したのと同じ衝撃でしたよ。悲憤、て言うんでしょうね。どうしてあんなに優しかった人が戦争なんかで死ななければいけなかったのかと毎日毎日悔しがって、悲しんで、怒っていました。人生の中であんなに悔しかったことはありませんね。国が、とか、政治が、とかじゃなく、戦争自体を憎みました。なぜ武力が必要なのか、もっと他にいい方法はなかったのか、そうやって夜も眠れないほど考えました。だから今でも戦争を憎んでいます。あってはいけないことなんです。戦争が起これば何人も死ぬのがわかっているのに、どうして戦争なんかで解決しようとするのか私にはまったくわからない。だから反戦活動の支援をしてるんです」

直江のしていることを売名行為だっていう奴らをネットで見かけた。中には直江の名前を出して叩いてるやつらもいた。
ミツバネットのポータルサイトには支援をしているってサイトに書いてるだけで、直江の事情なんかは書いてない。
だからそういう奴らにはわからない。

「日本に戻って最初は大学で反戦活動のサークルに入ったんです。だけど結局は民間の大学生でしょう?できることには限界がある。それに効果のないデモ活動をしたり、アジテーションをしたって誰も耳を貸さない。自分の非力を見せつけられた思いがしました。だったら地力をつけてから支援に回った方が影響力があるって思ったんです。それで活動をパッタリやめて、自分の会社を作る方向で勉強しました。それがコンピュータ関連で今のミツバネットの原型です」
「そうだったんだ……」
「私よりもうまく活動ができる皆さんにそちらはお任せして、私はその支援金を提供する。ネットでの活動だったら我が社のサイトでどんどん出来る。どこかの団体とコラボレーションすればもっと大きな影響が与えられる。ね?今のところはうまくいっているしょう?」

確かにその通りだ。人間には向き不向きってのがあるんだから、向いてる仕事を通してやりたいことをやる直江はすごい。

オレは仕事柄気になってたことを聞いてみた。鉄鋼会社で働く身としては、という意味で。

「そんで、シルバースターってどうしてステンレスにしたんだ?今ってシリコン樹脂とかのが流行ってるのに」
「ミサイルって、何で出来てるか知ってます?」
「鉄だろ」
「だからですよ。武器全般は鉄でできてます。武器に回す鉄があるなら、平和を象徴するものに回したっていいでしょう?だからって武器に使う鉄が少なくなるわけではありませんが、こういう主張をしたかったんです。大戦中に寺の鐘まで召し上げられたって話を聞いていたから、だったら多少でもこちらが鉄をガメてしまえば、ミサイル一個分でも減らせるかもしれないってね、そう思って」

なるほどな。確かに直接的には関係ないかもしれない。だけどそういう願いが込められてるなら意味もある。

「だから私は現在の日本で、この年齢の中では、戦争被害者の家族の気持ちはよく……リアルにわかっている人間だと自負していますよ」
「そうだろうな。すげえな。やっぱ直江ってすげえよ」
「まだまだヒヨッコですけど」

いや、本当にすごい。
だけどそんな気持ちが土台になってたなんて、予想もつかなかった。きっとこのプロジェクトは直江のすべてなんだろう。
そうやって仕事をして、まだ少ないけど結果も出してる。
それにミツバネットの躍進も。
オレももう蝶番だとか橋渡しだとか、そんなのとは縁を切りたい。

「次はどんな仕事すんの?」
「まだ内緒ですよ。企業秘密です」
「あ、そっか」

それをもし、オレが知っていたとしたら、あんな悲しい思いをしなくても済んだかもしれない。
オレの人生で一番悲しい出来事は訪れなかったんだ。

 

 

つづく

 
         
   

こじつけだらけです。

05.12.8
直江のセリフで不適切な
ものがありましたので
修正しました。

   
         
   

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