異教の詩 イキョウノウタ 4 |
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朝まで直江のマンションにいて、それからのんびり徒歩で家に帰って着いたのは午前6時過ぎ。
翌日は変な時間に寝たせいで昼過ぎまでを無駄にしたけど、日曜日はちゃんと朝起きて三宿の交差点まで行った。 「お待たせ!」 朝らしい爽やかな笑顔で迎えてくれた直江は礼服ともスーツとも違って黒いポロシャツに水色のウィンドブレーカーを着てた。 「なんだか似たような服装ですね」 交差点から少し離れたとこに置いてある車に向かう途中、そんな話になった。 「打ちっぱなしだからこんなでもいいかと思って」 車に乗って葛西の練習場へ。直江はよく来てるみたいで受付でも挨拶されていた。 「ここ、でかいな」 まずは直江から。打席の芝から出てくるボールをウッドで打つ。シュパッっていい音がしてまっすぐに飛んで行った。 オレもまずはウッドで20球。やっぱり直江のように遠くへ飛ばないし、スライスばっかりしてまっすぐにいかない。 「う〜、年季が違うんだろうな〜」 言われた通りにやってみたら遠くへ飛ぶようにはなったけど、やっぱりスライスする。 「フォームはいいんですけどね……もしかしたら」 立ち上がってオレの横に立つ。まるでプロのような立ち姿で。 「持ち方を変えてみたらどうでしょうか?あなたが今持ってるのは、こうでしょう?」 スタンダードな握り方をしてみせた。 「それをこうして握ってみてください。野球のバットを持つのと同じように」 半信半疑で打ってみたらさっきの直江みたいないい音を出してまっすぐ飛んだ。 「あ……本当、だ」 のんびりと一人100球ぐらい練習して、それからパターを習った。パターはウッドと逆で一度穴を見たらあとはボールだけを見るようにしろと教わった。芝目を見るのはもっと上級者になってからだそうだ。そうやって実践してみたら面白いほどよく入るようになった。 せっかくだからあと50球ずつアイアンで打って、練習場のレストランで昼食をとった。 「コースにはいつ出ます?」 忙しくないのかな?って疑問はよぎったけど、付き合ってくれるなら一緒の方が心強い。ぜひにとお願いして来週の日曜日も約束をした。
合コンに行ってからの2ヶ月間で直江と会ったのは6回。オレにしては珍しく同じやつと出かけてる。 「ちょっとだけ仕事の話、聞いてもいいか?」 それでオレは初対面の時から聞いてみたかったことを聞いてみた。 「どうして反戦活動の手助けなんかしてんの?」 時計を見たらあと1時間ぐらいは残ってる。1時間で終わらなかったらまた別の機会に聞けばいいんだ。 「湾岸戦争って知ってますか?」 その映像はオレも何度か見たことがあった。まだ子供だったオレはそれが何なのかわからずに騒然となったリビングで両親の顔を交互に見つめてたっけな。 「私が留学していたのはボストンの大学で、ホームステイをしながら通っていたんです。そこには私と同じ歳の大学生の男性と、そのお兄さんと、両親で暮らしていました。私が1年目を終えた時、お兄さんがその湾岸戦争に出兵しました」 直江はとても悲しそうな顔をした。話すのが苦しいのかもしれない。 「あの、もし話したくないならいいから」 少しだけ笑って、話を続けた。 「2年間、兄弟のようにして過ごしてきた私には実の兄が戦死したのと同じ衝撃でしたよ。悲憤、て言うんでしょうね。どうしてあんなに優しかった人が戦争なんかで死ななければいけなかったのかと毎日毎日悔しがって、悲しんで、怒っていました。人生の中であんなに悔しかったことはありませんね。国が、とか、政治が、とかじゃなく、戦争自体を憎みました。なぜ武力が必要なのか、もっと他にいい方法はなかったのか、そうやって夜も眠れないほど考えました。だから今でも戦争を憎んでいます。あってはいけないことなんです。戦争が起これば何人も死ぬのがわかっているのに、どうして戦争なんかで解決しようとするのか私にはまったくわからない。だから反戦活動の支援をしてるんです」 直江のしていることを売名行為だっていう奴らをネットで見かけた。中には直江の名前を出して叩いてるやつらもいた。 「日本に戻って最初は大学で反戦活動のサークルに入ったんです。だけど結局は民間の大学生でしょう?できることには限界がある。それに効果のないデモ活動をしたり、アジテーションをしたって誰も耳を貸さない。自分の非力を見せつけられた思いがしました。だったら地力をつけてから支援に回った方が影響力があるって思ったんです。それで活動をパッタリやめて、自分の会社を作る方向で勉強しました。それがコンピュータ関連で今のミツバネットの原型です」 確かにその通りだ。人間には向き不向きってのがあるんだから、向いてる仕事を通してやりたいことをやる直江はすごい。 オレは仕事柄気になってたことを聞いてみた。鉄鋼会社で働く身としては、という意味で。 「そんで、シルバースターってどうしてステンレスにしたんだ?今ってシリコン樹脂とかのが流行ってるのに」 なるほどな。確かに直接的には関係ないかもしれない。だけどそういう願いが込められてるなら意味もある。 「だから私は現在の日本で、この年齢の中では、戦争被害者の家族の気持ちはよく……リアルにわかっている人間だと自負していますよ」 いや、本当にすごい。 「次はどんな仕事すんの?」 それをもし、オレが知っていたとしたら、あんな悲しい思いをしなくても済んだかもしれない。
つづく |
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こじつけだらけです。 05.12.8 |
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