異教の詩
イキョウノウタ


 
         
 

残りのハーフを回って、直江のシングルで勝敗が付いた。遊びでやっているわりには直江の得点が異常に高いことにオレは驚いてた。
それから疲れた体を休ませるためにクラブハウスにある大浴場に入った。
そんな趣味はなかったけど直江の体をじっと見てしまった。すごく均整の取れた体型で、男のオレから見てもかっこいい。
大浴場の窓からは垣根の中にキレイに整えられた植え込みが見えた。小さな池には鯉が泳いでて、その脇には水車がある。
そんな小さな庭を直江は目を細めて眺める。リラックスしてるその顔は今まで一度も見たことのないものだった。

「こーゆー和風の風呂って好き?」
「ええ。いいですね。窓からこんな庭が見えたら」

オレの実家にはこういった感じのヒノキ風呂があって、窓から中庭が見える。わざと苔を生えさせた大きな石と、シダの葉っぱ。
それに小さな燈籠。夜になるとこの燈籠に明かりがつく。
ここのところ実家には帰ってなかったから思い出して少しだけホームシックになった。

「今度は温泉にでも行きましょうか。一泊でどうですか?」
「温泉?そんな時間あんの?」
「ああ……ないですね……休みを貰えたとしてもすぐに東京に戻らないといけないことも多いですし」
「正月とかは?」
「正月だったら3日、4日ぐらいは……ウェブデザイナーやプログラマーには申し訳ないですけど、社長は休暇です」

やっぱリアルタイムでニュースを提供してるサイトなわけだから正月でも出社してる社員がたくさんいるんだな。
うちの会社はしっかり休みだ。もし出社したとしても取引先の人間は誰もいないんだし。

「じゃあ正月に温泉行こうよ」
「あ、でも今から予約なんか取れますかね……?」

そうだった。
実家が持ってる別荘だったら温泉も引いてあるし、今度の正月は誰も別荘を使う予定になってないから大丈夫なんだけど。

「あのさ…えっと、親戚が持ってる別荘だったら空いてると思うんだ。温泉もあるけど、どうする?」
「……本当に?」
「うん。あとで一応確認してみるけど、たぶん大丈夫だと思う」
「いいですね。場所は?」
「軽井沢。駅から車で少し行かないといけないんだけど」
「じゃあ私の車で行きましょうか。泊めてもらうんですから運転手ぐらいはしますよ」

オレの日産マーチでも良かったんだけど、正月は雪道だろう。オレのマーチは前輪駆動の2WDだから雪道は一応走れるけどイマイチ頼りない。
直江のレクサスだったら4WDだし安全だ。

「スタッドレスタイヤ装備でな」
「ええ。そうします」

今まで誰かと二人で温泉なんか行ったことなかった。親友って呼べるようなやつともグループで行った。
だけど直江とだったらきっと楽しいと思うんだ。
男同士のレジャー感覚でいろんなことが出来るだろう。雑だけどうまい料理を作ったり、雪見酒したり、ビリヤードもあるから飲みながら遊べる。
大人の男って感じの遊びをたくさんできる。

正月が楽しみになってきた。

 

 

ちょっとだけのホームシックで実家に帰ったついでに別荘の話をしたらOKが出た。
今度の正月は爺さんと両親と妹の4人でオーストラリアの別荘に行くらしい。オレも誘われたんだけど直江との約束が先だったから断った。

夜、リビングで一人でテレビを見てたら親父がちょっとだけ躊躇いながらやってきた。
いつも堂々としてる親父なのにどこか変だって印象を受けた。
テレビに映っているのは数年前に起きた戦争の映像で、もう終結したんだけど相変わらずアメリカ軍は駐屯してるし、テロもある。
ニュースのコメンテーターがアメリカ軍が駐屯していることについて、反対意見を言った。
テロって言い方は攻撃された側が名づけるもので、攻撃した側は正当な理由があっての戦争だと思ってる。
テロリストなんかじゃなくて、自分たちをレジスタンスか正規の兵士だと思ってる、そんなことを言ってた。

「そうだよなあ……。なあ、もしオレが徴兵されたらどうする?」
「高耶がか?そうだな……できるだけそうならないように先手を打つな」
「じゃなくてさ」
「考えたくもない。ちょっと話があるんだがいいか?」
「ん、何?」
「今週の水曜からアメリカに商用で行ってくる。その時におまえにも同行して欲しいんだが」

またアメリカに鉄鉱石でも買い付けにいくんだろう。

「オレ、木曜に営業で行かないといけないところがあってさ、抜けたらまずいらしいんだよな。仰木の跡継ぎが来るって期待されてるらしくて、それを断ったら年間数億逃すことになるけどいい?」
「そうか。どうしてもおまえを連れていかなきゃいけないわけでもないし、だったらかまわない」
「もっと早くに予定してくれればいいのに」
「ちょっと今回は急だったんでな」

それに金曜には直江と約束してる。今度はタバコをやめたご褒美に広尾のレストランで食事だ。
直江も忙しいからこの日を逃したら次にご馳走してくるのがいつになるのかわからない。最近は新しいプロジェクトも進んでるらしいし、先月のようにちょくちょく会えなくなるって言ってた。

「悪いね」
「いいよ」

そう返事をすると親父は出て行った。和と洋の融合したリビングに残ってニュースの続きを見ていた。

 

 

 

約束の金曜日、直江は疲れた顔で待ち合わせの場所にやってきた。
ミツバが入ってるビルの白い大理石造りのロビーが、顔色の悪い直江をもっと青白くさせてた。

「どうしたんだ?すっげー顔色悪くないか?」
「ただの睡眠不足です。昨日の昼からサイトを閉鎖していたのを知ってますか?」
「あ、うん。自分のパソコンのエラーかと思ってた」
「サイトを書き換えられて……侵入されたんです。それで昨日は徹夜ですよ」

ポータルサイトに載せている情報の一部を書き換えられてしまったらしい。反戦活動の項目をクリックしたら英語の文章の後にフラッシュでのアニメーションが流れて、その内容ってゆーのが戦争を擁護するものだったから、チェックしていたエンジニアが驚いてサイトの一時凍結をしようとした。
ところがサイトの更新もできなければ、どうやってもそのページを消すことができなかった。

「で、どうしたんだ?」
「逆ハックを仕掛けられる人間がいたので、相手を個人で突き止めることができましたよ」
「良かったな。でもそんな人を雇ってるんだ?すっげえ」
「元々は彼もハッカーだったんですよ。今じゃうちの主任です。常識には欠けるところがありますが頭のいい人で、彼にかかればだいたい一日で片が付くんです」

犯人は都内のニートで、さっき警察に任意同行を求められて連れて行かれたらしい。

「簡単な問題で良かった。もしこれが海外の人間だったら裁判も難しくなるところでしたよ」
「そうなんだ?」
「ええ。たまにこういったことが起きると、我が社の詰めの甘さを知らされるから恥ずかしいです」
「そんなことあったのに食事なんて平気なのか?」
「そのぐらいはね」

タクシーで広尾まで行って、予約していたフレンチレストランに入った。最近できた洒落た内装のレストランは高級感よりも流行を感じられた。

「おいしいワインを取っておいてもらってます。赤ワインは飲めますか?」
「うん」
「じゃああとでそれを頂きましょう」

まずはシェリー酒で乾杯してから、料理が運ばれる。ワインも。
そのワインは今まで飲んだ中じゃ最高にうまかった。母親がワインを集めてるけど、飲みもしないで小さな冷蔵庫みたいなセラーに
入れてある。
これを飲んだら母親もワインは飲むものだってわかるんじゃないかな?

「うまい」
「でしょう?タバコを吸わなくなると味覚が敏感になりますからね」
「へ〜、じゃあ直江もやめたら?」
「私のは……これでストレスを発散させてるところがあるんですから、そんなこと言わないでください」

楽しい食事をしてたつもりが、ワインが存外にうまくて食事よりもワインが主役になってしまった。
直江が新しいワインをあけてくれってどんどん店の人に頼むもんだから、いつの間にかオレも直江も酔っ払った。
帰る頃にはオレはフラフラだし、直江は睡眠不足も祟って具合悪そうだしでたちの悪い酔っ払いになっていた。

「大丈夫か、直江〜?」
「いえ…」
「ひとりで帰れる?」
「……無理です」

待ち合わせで会った時より青く見えた。こりゃまずいなって思って酔った頭で考えて、直江をマンションまで送って行くことにした。
合コンの時と、その後3回行ってるから道も部屋番号も完璧に覚えてる。タクシーを捕まえてどうにか直江のマンションまで。
顔見知りになった警備員に挨拶をして、グッタリした直江をエレベーターまで運ぶのを手伝ってもらった。

「直江さんの鍵はお持ちですか?」
「ああ、たぶん大丈夫。いつもズボンのポケットに入れてたからたぶんそこに入ってるはずだ。悪いんだけど、左のポケットにあると思うから出して」

警備員が直江のポケットを探ると皮製のキーホルダーケースが出てきた。その中からマンションの部屋の鍵をみつけてもらって、オレのポケットに入れてもらった。

「ではおやすみなさい」
「おやすみ、サンキュー」

部屋についたのがわかった直江は突然気が抜けたのか、玄関で倒れた。意識はしっかりしてるから、飲み過ぎで気分が悪いだけらしい。
靴を脱がせて廊下を引きずってリビングまで。どうにかこうにかソファまで這って行った直江に水を出して飲ませた。

「すいません…」
「いいって。落ち着いたら寝室で寝ろよ?」
「はい……あの」
「ん?」
「帰るんですか?……」

帰るつもりはなかった。この状態の直江を置いて帰るなんてオレにはできない。

「いや、泊まる」
「そうですか……良かった」

その夜は深夜まで直江の介抱をして、ソファでだけどどうにか眠った直江を確認してから寝室を借りて眠った。
翌朝は9時過ぎに起きたんだけど、目が覚めたら知らない部屋で眠ってるってことにビックリした。

「あ、ここ直江んちだっけ…」

あいつ、どうしてるだろう?ソファで死んでたなんてシャレにならないな。
リビングへ行くと直江が気持ち良さそうに眠ってた。上着が脱いであったから一回自分で起きて脱いだんだな。

「直江」
「はい……あれ?高耶さん?」
「忘れたのか?泊まったんだぞ?」
「そうでしたね…」

起き上がって座るとオレをじっと見た。

「なに?」
「似合ってますね、シャンパンゴールドのパジャマ」
「あ、借りたんだ。勝手に使って悪かった。あとシャワーとベッドも借りたぞ」
「ベッドも?そうでしたか。すいません、迷惑をかけてしまって」
「いいってことよ」

大きな伸びをした直江はワイシャツのボタンを3個外してから立ち上がった。

「私もシャワー浴びてきます。二日酔いしてるみたいなので、熱いお湯でアルコールを全部出してきますね」
「うん」

オレは直江の背中を見送りながら思った。
この男のだらしない姿を知ってるのは自分だけなんじゃないかって。

 

 

つづく

 
         
   

まだ友達だから一緒に風呂も平気。

   
         
   

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