直江に親友だと思われてないのが、自分で考えてたよりもショックだった。それが態度に出たんだろう。
直江のマンションに戻る帰り道にあったスーパーへ寄って夕飯の食材を買うつもりだったのに、そんな気もなくなった。
夕飯を作る約束をしたわけじゃなかったけど、直江の方は作ってもらうつもりでいて、オレが夕飯作らないで帰るって言い出した時にはちょっと驚いてた。
だったら食べて帰ろうって言われたから、直江がたまに行くっていう食堂に入ってビールを飲んでから食べた。
食べながらボーッとしたり、急に黙り込むオレに直江は疑問を感じて何度か質問してきたけど、ショックだった原因を教えるわけにもいかない。だから適当に誤魔化した。
それが直江を傷つけたようだ。
マンションに戻ってからスーツに着替えようとしたオレの手首を取って、真剣な目で頼まれた。
「これを着て帰ってください」
「借りるの悪いからいいよ」
「いえ、悪くなんかありません。返して貰う時にまた会えるから」
「なに、それ」
直江は大きく深呼吸をしてからまっすぐにオレを見て言った。
「私が何かしましたか?」
「え?」
「急にあなたが黙り込んだから。何かしてしまったのかと思って」
した。けどそれは直江のせいじゃない。
「何もしてないって。別に服を返す時じゃなくたって直江には会えるだろ。だからスーツで帰る」
「じゃあ、次に会う約束を今、してください」
「なんだよ、それ……次なんかわかんねーよ。こっちだって都合があるんだ。明日明後日の予定ならすぐにでもわかるけど、直江のスケジュールと合わせるんだったら……」
「じゃあ明日。仕事が終わったらあなたに会いに行きます。どこへ行けばいいですか?」
なんだ?どうしてこんなに急に。
「明日、あなたは休みですよね?三宿まで行きますから」
「え……でも」
追い込まれてる。こうまで強引に約束を取り付けられたことなんかない。どうしていいかわからない。
「夕飯を三宿で。いいですよね?」
「い……いいけど、なんで」
「大事な話をしたいから」
「あ…うん」
「ドタキャンなんかしないでくださいよ」
「わかった…」
スーツカバーに着てきたスーツを入れられて持たされた。靴はグッチの布袋に。そしてオレは直江の服を着て、歩いて帰った。
帰り道で直江がどうして急に明日会いたいって言い出したのかを考えた。
そして服を着て帰れって言ったのも。
大事な話って何だろう、とも。
考えに考えた結果、予感がした。
親友ではないけど、オレは直江の特別な何かなんだって。もっと掘り下げて考えた。昨日からの出来事も含めて。
特別な……オレが想像している通りなんだと思う。
直江はオレを親友じゃなく、恋愛の対象として見てるんだ。まだあいつもハッキリとはしてないんだと思う。
だから今日じゃなくて明日にしたんだ。明日までに言うことを考えて、覚悟を決めるんだろう。
オレは?直江をどう思う?
親友じゃないって言われてショックだった。じゃあ恋人としてなら?それはそれでショックだ。男に恋をされるなんて。
でもその相手は直江だ。優しくて、頼りがいがあって、可愛くて、親友じゃないなら兄や父親の代わりに慕いたいやつで。
そいつと恋を?尋常じゃない。
だけど、それを期待してる自分がいる。
翌日の夕方7時過ぎに直江から電話が来た。三宿の交差点に夜8時に待ち合わせだ。
日曜の半日を使って直江に言われる言葉のいくつものパターンを考えて、その返答をシュミレーションしたけど、最終的にはオレは直江との交際をやめるつもりがないことを悟った。
もし愛の告白があったとしても、それはそれでやり過ごして、今のままの付き合いを続けようと言うつもりだ。
「直江」
「あ。高耶さん。先に来てたんですか」
「うん。どうせ近所だから」
待ち合わせ場所に直江が来たのはちょうど8時。時間に合わせて車から出てきたような感じだ。いつもみたいなスーツを着て、オレの前に立つ。こっちは普段着のままだ。
「ええと、どこか行きますか?」
「ううん。このへんでいいだろ」
「じゃあ……」
「そこでいいよ。ゼスト」
メキシカンレストランが目の前にある。チェーン店で直江が入るような高級店じゃないけど、それなりに立派な店で、しかも料理がうまくて、オレは何度か来てる。
借りてた服を渡しながら、どんな店なのかを説明してやった。
「じゃ、そこで」
さっきまで心臓がバクバクしてたんだけど、直江の前に出たらそんなのがなくなった。オレは直江に警戒心なんかひとつも持ってないってことがわかった。
店に入って直江とビールや料理を注文した。直江は何度か言いよどんで、なかなか本題に入れないようだった。
そうこうしてるうちに料理がぜんぶ揃って、最初の皿が下げられて。
「大事な話って何?」
「ええと……昨日の続きになるんですが」
「続き?」
「はい。あなたは私の親友とは違うって話です」
「…うん、それで?」
「それで……」
直江は持ってたフォークを置いて、ぬるくなってるはずのビールを飲んで喉を湿らせた。
「高耶さんに親友かって聞かれて、違うと答えて、そう答えたら気が付いたんです。あなたは親友じゃない。だからといって他の友人とも違う。とても安心して付き合える友人で、楽しくて、どうしても失いたくない人で。これからもずっと私と付き合って欲しいと思わせる、本当に珍しい相手で……あの、ここまで言えばわかりますよね。もしあなたが嫌だと思うならそれでもかまわない。急ぎません。迷惑もかけません。自分の気持ちを伝えたかっただけだから」
やっぱりな、っていう程度しか驚かなかった。
オレが考えてたことと寸分違わない。そして直江がそう言うだろうと思ってたのも正確だった。
「はっきり言えば?」
「言っていいんですか?」
「いいよ。そうしないと気持ちが悪いじゃん。オレもおまえも」
「じゃあ、言いますよ?」
ズイと体を前のめりにして直江は決定的な一言を囁いた。
「愛しています」
愛しています、か。好きって言われるかと思ったのに、これだけは予想外だった。
「私の勝手な気持ちですから、無視してくださってもかまいません」
「無視しないよ。直江がそう思ってるってわかってて付き合えばいいんだろ?」
「避けないんですか?」
「さあ……なんでかわからないけど、気持ち悪くないんだ。むしろ嬉しい感じ。予想はしてたしな」
「……気付いてたんですか……」
「ああ、昨日の夜な。おまえの行動を考えたら、そうゆう結果しか出なかった」
複雑な表情をして直江が背もたれに寄りかかった。
「諦めろとは言わないんですか?」
「諦めたいなら言うぞ?」
「いえ、そんなことは……」
「直江のことはさ、親友だとか、兄だとか、そんなふうに思ってた。だから好かれて嫌な気分じゃない。まあ、欲情されたらちょっと困るけど。あ、いやその、欲情しても構わないんだけど……ええと」
ここまで口にしなければわからなかったのか、オレは。
「オレも直江が好きみたいだ」
「え?!」
「だから、好きだって」
「親友として?」
「ううん。直江と同じように、かな?」
ポカンと口をあけてオレを見る。信じられないらしい。
オレだって信じられないんだから、直江がそうなるのは当たり前なのか。
「けどまだ自信はない。本当にそういう気持ちで直江が好きなのか、それともまだ親友になりたいだけなのか。そんなのヤダっておまえが言うなら……それはそれで仕方ないけどな」
「とんでもない」
「わからないってのが正直な気持ちだ。だからこの先、オレが急に直江との付き合いをやめたりした時は、やっぱり好きじゃなかったってことになる。その時に直江は納得してくれるのか?」
「さあ……なってみないことには」
「だよな……それでもいいなら、今までと変わらずに付き合っていって欲しいんだ」
「はあ…」
「じゃあ、これからもよろしく」
「え。ええ。よろしく」
「あとでキスとかしてみた方がいいのかな?」
「……じゃあ、あとで」
最後のその一言、直江はいつもの余裕のある表情に戻って……いや、いつも以上に自信に満ちた笑顔で言った。
食事をしながらいつものようにたくさん話して、いつもとちょっと違った直江の視線を受け止めて。
いい加減満腹になって、酒もいい具合に回って、じゃあ散歩でもしましょうかって言われて近くにある世田谷公園に行った。夜11時近くになった公園には不良っぽい子供たちか、インラインスケートやスケボーの練習をしてるやつらばかりで、他にはカップルが数組チラホラいる程度だ。
「噴水の周りは騒がしいですね」
「魂胆丸見えだな」
「だってキスするんでしょう?」
「……そーだけど」
だけどキスする雰囲気なんかにはならなかった。普通に直江と散歩してるだけだ。
公園を出て細い路地を歩きながら、いつのまにか交差点まで戻ってしまった。
「送りますよ」
「え?」
「家まで。もう遅いですからね」
オレの方が期待してたみたいに感じて急に顔が赤くなる。横に並んで俯きがちになってしまった。
「どっち?」
「何が?」
「高耶さんのマンション」
「あ、こっち」
大通りから少し入ってすぐにマンションの入り口がある。そこまで送ってくれた。
「次の休みがわかったら連絡します。そろそろ正月のスケジュールも決めないと」
「あ、そうか。じゃあこっちも色々と調べておくから」
「お願いします。それじゃ」
人通りのないマンションの前の道で、直江はオレにキスをした。
キスされても違和感がない。それよりももっと確信を持った。
オレは直江が好きで、親友よりもずっと大事にされたくて、もっと近付きたくて、と。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
直江は何度も振り返りながら手を振って、大通りまで出ていった。
急速に恋が舞い降りた。
だけどそれと同じ速度で、破綻も近付いているなんて、この時のオレたちは知る由もなかった。
つづく
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