異教の詩
イキョウノウタ


12
 
         
 

これからの仕事の安全性などを考えて実家に戻ったオレは、今まで家族が知っていた高耶ではなくなっていたらしい。
妹の美弥がある晩、オレの部屋に来てオドオドしながらそう言った。

「お兄ちゃん、変わったね」
「そうか?」
「なんかさ、昔から冷めてたとこあったけど、最近はもっと冷たい感じがする」

そうかもしれないな。
オレは小さい頃から周りの友達にすら警戒されてた。私立の金持ちが行く学校でも、オレは群を抜く金持ちで、家柄も良くて、勉強もそこそこ出来た。せっかく仲良くなった友達も、親の意向であまり遊ばせてもらえなかったりしてどんどん気まずくなる。送り迎えも車だったから一緒に下校もできなかった。高校生までそれが続いた。

やりたい遊びもできなくて、勉強だの習い事だのばかり。子供心に寂しいと何度思ったことか。
でもその寂しさを表に出したらいけないと親父や爺さんに言われる。おまえは跡継ぎだから強くいろと。
だけどどうしたって寂しくはなるんだ。その寂しさをやりすごすためには子供らしくない冷静さを持たなきゃいけなくて、オレは冷めた人間になっていった。

本当は友達と騒いだりしたい。誰もがやってる小さなくだらない探検ごっこや、好きな女の子の噂話や、先生へのいたずらなんかも。
そうしてるうちにどうしたら友達が出来るのかわからなくなってしまった。中学生の多感な時期に孤立していた。唯一救いだったのは譲という親友で、こいつはオレがどんな人間なのかも全部わかった上で同等に接してくれた。
「高耶は本当は寂しいだけなんだよな」と。
誘い下手なオレを遊びに誘い出してくれたり、仲間うちの外出に連れ出してくれたりした。
ようやく他人との接し方がわかってきたころに大学に入り、家からも自由を許され、新しく出来た友達と遊べるようになった。だけどオレはそこで橋渡しか、仰木の名前の恩恵を受けたい輩が大勢いることも知った。そしてまた自分のアイデンティティを失った。

失い続けた時に現れたのが直江だ。
直江は何も知らずにオレを友人として迎え、そして愛してくれた。
そんな大事な人と今生の別れをしたのに、冷たくならないわけがない。

「仕事が忙しいんだよ」

美弥には心配をかけたくなくて嘘をついたんだけど、同じ会社の新入社員でたまに職場で顔を合わせる、しかも勘のいい妹はすぐに見破った。

「嘘でしょ。わかるよ、お兄ちゃんがそんなことで冷たくなるわけないもん」
「……だったらなんだよ」
「美弥に話してみてよ。どうにかしてあげられるかもよ?」

美弥に話したってどうにもならない。だけどどうしても一人で抱えるのは辛かった。だから、直江が男であることだけを伏せて、全部話した。

「最悪じゃん……」
「だろ?まさかこんなことになるなんて思ってなかった」
「うちの会社がそんなことやってるのも最悪だけど、お兄ちゃんの境遇はもっと最悪だね……美弥だって戦争反対なんだよ。お父さんたちだってそうだと思う。前にニュースで戦争の話をやってる時に、お爺ちゃんなんかは自分の体験と重ね合わせちゃうから悲しくなるって言ってたぐらいなのに」
「要は騙されたってことなんだ。それはオレもわかってる。だけどアメリカの、しかも軍部なんかに逆らえるわけがないんだよな。こうなったら契約期間だけはしっかりやっておかないと……」
「ヤダよ、そんなの」
「でも仕方ない」
「そうじゃなくて。お兄ちゃんがやっと見つけた本物の好きな人と、こんな暴力的な別れ方をしなきゃいけないのがイヤなの」

まさか美弥がそんなふうに言ってくれるなんて思ってなかったオレは驚いた。子供だとばかり思ってたのに。
いつも天真爛漫な妹がこうしてオレを守ろうとしているのが嬉しくもあり、余計な心配をさせているのを心苦しく思い、美弥を悲しませてるのを辛くも思い。

「その人って、お兄ちゃんより年上なんだよね?それでけっこう偉い人なんだよね?どうにかしてって頼れないの?」
「……無理だろ」
「それってお兄ちゃんの決めつけだよ。なんで二人で解決しようとしないのか、美弥にはわかんないんだけど。IT関連の人だったら色んな方面から援助を得たり、助けを求めたりできると思う」
「だけど会社ぐるみの問題なんだ。オレたちだけの問題じゃないから、そのために世論をどうこうってのは身勝手すぎる」
「そうだけど……」

解決なんか出来ないってことを美弥もわかって、目を見合わせてから美弥が泣いた。
いい年して妹を泣かせるなんて、いつまでたってもオレは駄目な兄だと思った。

 

 

2月も末になってから、ミツバネットのポータルサイトで米軍批判の記事が載った。
ITの会社でアメリカを否定することは多大な影響があるのに、ミツバネットはそれをした。直江が何かを始めたんだ。

記事には米軍の裏工作に関しての記者の推測だとか、今まで戦地で行ってきた非人道的な行為を暴露する記事をまとめた大きなページになってた。
いったいどうしたんだろう。直江が戦争に関して絶対に反対してるのは知ってるけど、なぜ米軍に関してだけを載せてるのかわからない。敵国のことは一切なかった。

そのページの中に、匿名になってはいるが飛雀鉄鋼が米軍に騙されて爆撃機開発に着手させられそうになっているってことも書いてあった。これで直江はオレに個人的な宣戦布告をしたつもりなのかも知れない。

翌日になるとそのページが注目されたという記事が他のポータルサイトでも載せられていた。いくつもの海外のポータルサイトでも話題になり、記事は各国の母国語に訳されてミツバネットの許可を得て掲載された。
ニュースでも取り上げられた。どこまでミツバネットが調べているのかわからないけど、記事の信憑性は限りなく高く、匿名で載せられている会社が本当に騙されてしまったのか、それともそう偽っているのかのコメントも出ていた。

飛雀鉄鋼の上席は臨時に会議を開き、オレも参加した。
もしもこのまま飛雀鉄鋼の名前が挙がった場合、勝手な憶測をせずにマスコミが対応してくれるのかとか、米軍からの制裁があった場合にどう対処すべきかとか、できる限りの想定をした会議が3日間行われた。

深夜まで続いた会議でヘトヘトに疲れて帰宅すると、美弥が待ちかねたようにして部屋に入ってきた。

「どうしたんだ?まだ寝てなかったのか」
「……ごめんね、お兄ちゃん」
「何が?」
「直江さんて人に会ったよ」
「なんだって?!」

美弥が、直江に?どうして!

「結婚式の日に会ったって言ってたでしょ?だから調べたの。葉子ちゃんの旦那さんの友達で、ITの会社の偉い人って誰かって聞いて……男の人の名前しか出なかったからしばらくわからなかったんだけど、どう調べても直江さんしかいなくって、とにかく電話してみようって思って、葉子ちゃんの旦那さんから電話番号とか聞いて、かけたら……やっぱり直江さんだったの」
「余計なことすんなよ!」
「余計なことじゃないよ!美弥にだって関係してるんだから!いつか美弥も結婚したら旦那さんはグループ会社の重役になるんだよ!その時に戦争に加担したなんて、そんな事実はイヤなの!」

確かにそうだ。それよりも美弥が飛雀鉄鋼の、戦争に加担した会社の娘だなんてなったら結婚すら出来ないのかもしれない。

「直江さんに会ったんだよ。そしたら直江さんがどうしてもお兄ちゃんにそんな仕事をさせたくないって言うし、ホームステイ先の話も教えてくれたし、聞いてたらどんどんどうにかしなきゃって思うようになってきて、お兄ちゃんだったら会社のためって言って絶対に直江さんに相談なんかしないから美弥がしたの」
「それで……あの記事か」
「直江さんがどうにかするって言ってた。うちの会社も多少の損害は出すかもしれないけど、戦争に加担するよりはマシだからね。美弥は絶対にイヤ。許せない」
「でも、社員が……」
「それはお爺ちゃんと、お父さんと、それにお兄ちゃんがどうにかすることなんだよ。いつかはお兄ちゃんが持つ会社になるんだから当たり前でしょ。今からでも何も遅くないの。むしろお兄ちゃんはこれからなの。受身なんかじゃダメなんだよ。絶対にどうにかしないきゃいけないんだよ」

妹がここまで強い人間だと思ってなかった。
しかもオレよりもしっかり将来を見据えてる。確かにそうだ。米軍に媚びるよりも、その先を見越していかなきゃいけない。

「直江さんの方で情報を操作してもらうから。最初に世論を巻き込んで、米軍が身動きできないようにするんだって。もうすでにアメリカのCBSの取材をミツバの人が受ける話が来てるって言ってた。アメリカで反戦の声を出してるのはCBSだけだから。それとシルバースターのイベントに出る歌手の人たちにも話を通すって言ってた」

オレの知らないところで直江はオレを守ってたんだと、その時に知った。
シラノ・ド・ベルジュラックのシラノみたいに、自分が傷付いてでも愛する人を守ろうとしてたんだ。

美弥の話は1時間ほど続いた。ミツバの工作は直江と鮎川さんという二人の秀才と、千秋という強気なら誰にも負けない外交者が何度も何度も寝ずに話し合って、計画を練って、完璧にしたらしい。
最後に美弥はこう言って出て行った。

「最初に会ったときの直江さんて、死人みたいな顔してたのに、今じゃすっごい逞しくなったんだよ」

と。

 

 

 

 

つづく

 
         
   

展開が速すぎる。

   
         
   

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