異教の詩
イキョウノウタ


13
 
         
 

直江の行動は素早かった。
美弥から直江の家に留守番電話が入っていたのを聞いて、すぐに美弥の携帯に折り返しの電話を入れたらしい。
仰木美弥という名前になんの疑いも持たずに。

翌日には美弥と会って、美弥の誘導尋問にオレとの関係を伏せることもなくすべてを話したそうだ。
その場で直江は決断した。
オレを助ける方法を考え出すと。
もしもそれでオレに嫌われようが、許さないと言われようが、自分の下した決断が将来オレを救えるならそれでいいと思ったんだそうだ。

あくまでも飛雀鉄鋼は被害者で、騙したのは米軍で、そういう図式を世論に植えつける。ほとんどはそう思ってくれるだろう。残りの懐疑派には言いたいように言わせて、圧倒的な人数での差を見せ付けてしまえばいい。
それは成功した。米軍が批判を受けていた時期のことだったからさらに成功率が高まっていた。

それがこの日本よりもアメリカ国内での方が反応が大きかった。日本では話題になってもすぐに忘れられてしまうが、戦争をしている当事者であるアメリカの人民は無関心ではいられない。自衛隊なんかじゃなくて、民間企業を開発に、騙すようにして参加させるとは、と。

会議は毎日あった。いくらこっちがほとんど騙されていたとは言え、ミスはミスだし、まだ契約を破棄したわけでもないから。
爺さんが自分のコネだとか力だとかを尽くして、この騒ぎに乗じて契約を破棄しようと老体に鞭打って必死に動いた。政治家にも財界にも秘密裏に働きかけた。
親父は社内でのタカ派とハト派をどうにかまとめるのに苦心している。
結局自分は爺さんや親父や直江に守られて生きてるんだとわかって、それじゃダメなんだと思った。
自分でも何かしなきゃいけない。
例えば、そうだ。オレができること。小さいことだっていい。

「商品を寄付ってできるかな?」

社長室で親父と二人きりで話した。

「商品を寄付?」
「そう。ステンレスなんだけど」
「どこに。そんなもの寄付なんて聞いたことないぞ」

オレの計画はこうだ。このまえ千秋とばったり会った会社でシルバースターを作ってる。だからうちの会社とも、ミツバとも取引のある会社だ。
そこに飛雀鉄鋼がミツバにステンレスを寄付して、その会社で製造してもらう。材料を寄付だ。

「オレが責任を取る。今回の事情を知らない部署が飛雀鉄鋼の宣伝のためにそれを決めてきたってことにすりゃいい。間接的にでも反戦活動をそのまま、親父たちの知らないところで飛雀鉄鋼がやったとなったら、向こうは警戒するんだ。破棄を、向こうにさせればいいんだ」
「そんな子供みたいな計画がうまくいくとも思えないが」
「大丈夫。何かあったらオレが会社を辞めて責任を取る。それに心強い味方がいるから。何よりも契約がまだ内密だってのが不幸中の幸いだからな。まずは世論だ」

社長室から出てすぐに、オレはミツバネットに電話を入れた。
正式にアポイントメントを取って、飛雀鉄鋼の営業部、仰木高耶だと名乗って、直江と会える時間を作ってもらった。

 

 

オレが直江との会談を取り付けることが出来たのは、仰木という名前のせいなのか、それとも高耶という名前のせいか、すぐだった。翌日の夜8時から、神楽坂の料亭で。もちろん営業部での仕事で、内密に親父がその計画を押してるからってことで営業部長に全権をオレに任せるように差し向けた。

先に料亭に着いていたオレが座敷で待っていると、おかみさんに案内されて直江が来た。
2ヶ月以上ぶりに見る直江は以前よりも痩せてはいたが、精悍で厳しい雰囲気を持っていた。
黙ってる直江を上座に座らせて、正座をして挨拶をした。

「飛雀鉄鋼営業部の仰木です。このたびは……」
「高耶さん」
「……おいでいただき……」
「高耶さんっ!」

膳越しに腕を伸ばされて、顔を上げたとたんにキスをされた。

「なにすっ……仕事の話をっ」
「高耶さん……っ」

ダメだった。あの直江の真剣で悲しそうな目を見たらもうダメだった。会いたかった。会いたくて苦しくてそれで憤死してしまいそうなほど会いたかった。
邪魔な膳を回って直江がこっちに来た。来て、抱いた。

「もう二度と会えないと思ってました……」
「うん……オレも」
「愛しています。あなたのためなら何だって出来ます。あなたが持ってきた仕事だったら無条件で判を押しますから、今はこうしていさせてください」
「うん……」

最初の食事が運ばれて来るまで直江とキスをして、強く抱き合ってた。

 

 

食事の間にオレは寄付の話をした。そうしてオレが責任を全部負うことに関して直江は不安に思っていたようだったけど、オレの会社が戦争を擁護するような真似をするぐらいだったら、オレひとりいなくなる方がマシだって話したらわかってくれた。
オレがダメなら美弥がいる。美弥だったら立派な女社長になれるだろう。

「たったひとりで直江と渡り合って、10歳以上も上の男を手玉にとって世界中を巻き込むなんてな」
「手玉に取られたわけじゃありません。お互いに利用したんですよ」
「利用されてんのは直江だけじゃん。直江に利益はないだろ?」
「あったでしょう?タダでステンレスが手に入る。それにあなたに再会できた」

そうかもしれないけど。

「オレのために、美弥と利用しあったってこと?」
「そうですよ。あなたに会いたいから。会えなくてもあなたを守れるならって思って」

そのことなんだけど、今は言えない。オレはおまえとやり直すつもりはないってことを。

「高耶さん」
「ん?」

料亭で日本酒を飲んだ直江は少しだけ酔ってた。もう仲居さんが来なくなった座敷で、直江はオレを隣に座らせて酌をさせる。

「飲みすぎじゃねえの?」
「もう少しだけ」
「そろそろアポイントの時間が終わるんだけど」

会食は2時間の予定だ。予約は閉店までが基本の料亭だからこのまま閉店までいてもかまいはしないが、直江の方のスケジュールがキツキツになってるのを知ってた。

「このあと、まだ仕事があるんじゃなかったっけ?」
「キャンセルしました」
「え?!」
「あなたと過ごしたいから」

だって仕事なのに……

「ホテルを予約してあります。行きましょう?」
「……行けるわけ…ないだろ」
「どうして」

行かないと言ったオレに直江は今まで見せた事のない怖い顔をして迫ってきた。

「そんな……だって、オレ、おまえとやり直すつもりなんか」
「ないんですか?さっきあんなに」
「好きなのと、やり直すのは違う。これはオレのけじめで、おまえが嫌いだとか、忘れたとかじゃない。わかってもらえないか?」
「わかるわけないでしょう」

全部、オレのためか。寄付なんかどうでもよくて。

「解決するまで?」
「いや……一生ない」
「私たちの仕事のせいで?だったらあんな会社辞めます。解決したらすぐにでも」
「違うってば」
「じゃあどうして。けじめ?なんの?」

おまえを傷つけてしまったけじめだ。

「オレにだって呵責ってのがあるんだ。おまえをあんなふうに捨てて、自分の仕事を取って、なのに結局おまえに頼ってる自分がイヤでたまらない。だからきっとやり直したって、つらくなるだけだから」
「高耶さん……とにかく、あなたとゆっくり話したいんです。ふたりきりで。何もしない。話すだけだから来てください」

誰かに聞かれてしまうかもしれない料亭じゃ、深い話は無理だというのがわかったから、大人しく直江に連れられて品川の高層ホテルまで行った。
スタンダードの部屋かと思ったらセミスイートだった。広くてゆったりしてて、それに静かで。ここ最近はずっと喧騒の中にいたり、なにかと騒ぎを聞いたり、声高に話したりしてたからこんなに落ち着いた気持ちになったのは久しぶりだ。
それは直江がそばにいるからだっていうのもあるんだけど。

備え付けの冷蔵庫からウーロン茶を直江が出してきた。応接セットのソファに座って向かい合わせで話した。
どうあってもオレとやり直したいと直江は言う。すべてを捨ててもいいと。
反してオレは全部失っても直江とやり直す気はないと言った。
怒鳴りあったりしてたから、場所をホテルに変えて良かったかもしれない。

「じゃあ……どうしても?」
「うん…ごめん」
「いいでしょう。高耶さんがどうしてもって言うなら、私にも覚悟ができましたよ」

ソファから立ち上がった直江は窓際に行って外を眺めた。

「済まない……」
「謝らないで。これから、あなたにひどいことをするんだから」
「え?」

いつのまにか窓際からオレの背後に立っていた。立とうとしたオレを押さえつけてキスをする。もがいても直江の腕力にかなうわけがなくて、抱きかかえられてベッドへ。

「やだ!」
「すべてを捨ててもいいって私は言ったでしょう?そのすべてには、優しさも含まれてるんですよ」

2ヶ月前に慣らされた体が直江の愛撫を覚えてる。少し乱暴にされながら感じたのを忘れてない。
スーツの上から股間を触られて、久しぶりの甘い快感に悶えて喘いだ。

「ほら、もう大きくなった」
「やめろ……っ」
「私を愛しているでしょう?ねえ、高耶さん。大きいので貫いて欲しいんでしょう?」
「ダメだ……!」
「……死ぬほど、愛しています」

抜き取ったベルトで手首を縛られて、ズボンと下着を同時に引き下げられた。晒された尻に、直江は自分で引っ張り出して大きくした性器を押し込む。

「いたい!!」
「痛くしてるんです。あなたが逃げようとしたらもっと痛い目に合いますからね」
「やめろ!うああ!く、ぅ、痛…い」

直江が全部入った。ちっとも準備ができてない穴は大きな質量をくわえ込んで引き裂かれてる。

「あなたもわかればいい。こんな痛みなんか、私のあの時の気持ちに比べたらなんてことはないんですよ」
「う……」
「愛してます」

直江が動き出して、オレの痛みは快感に変えられていく。直江がオレの性器をしごいてる。愛情を注ぎ込もうとしてる。

「愛してください、高耶さん」
「あ……愛して、る」
「そばにいて。ずっと」
「んん……ダメだ…」
「このまま監禁しますよ?」
「だ……」

ダメだとは言えなかった。それがオレの本音だ。

「もっと、犯して……」
「たか……」
「オレはおまえのものだから……もっと奪え……全部……離れられないぐらい、もっと欲しい」
「はい……」
「そばに……いて」

もうダメだ。直江がいなきゃ生きていけない。何もできない。

「愛してる……!」

疲れ果てて気を失うまで、直江と繋がっていた。
どうにかするのはオレの仕事だ。なにもかも手に入れてやる。直江のために。

 

 

 

つづく

 
         
   

陥落されるの早すぎ。

   
         
   

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