絆
※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※ |
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金がなくなれば頭を下げて由比子から引っ張る。由比子は返してもらうつもりもなく貸す。 そんな関係だったから高耶の携帯には由比子の名前はタケダで入っているし、直江が身辺調査をした際も由比子が浮かび上がるはずもなかった。 その由比子に高耶が会いに行ったのは借金を返しに行くつもりでだったのだが、本音を言えば直江との毎日に鬱積した感情をぶつけようとしただけかもしれなかった。 見慣れたスナックのドアを開けると、由比子の声が聞こえた。 「……高耶」 カウンターに座ってビールを頼む。瓶ビールとグラスを出してきた由比子は密やかな声で高耶を詰った。 「今まで何してたの?連絡もつかなきゃ家も引き払って」 仕事をしながらの由比子に高耶は事情を説明しようと思ってやめた。 「今は……男いるのか?」 男がいると聞かされて多少の嫉妬はあった。しかしそれは失くしてしまったものへ対しての執着なだけでどうしても手離せないものではないと高耶は思う。 「どんなやつ?」 由比子に借りていた金は覚えているだけで100万近くある。昼間に直江の別のマンションに隠してあった自分の金を取りに行き、それを持ってここへ来ていた。 「おまえに返す。多少の色は付けてある。今まで済まなかった」 分厚い封筒を由比子に渡すと、由比子は目を丸くしてどうしたんだと無言で聞いてきた。 「働いてるんだ。まっとうとは言えないけど、ちゃんと働いて見合う金額を貰ってる。だから安心して受け取ってくれ」 封筒を受け取ってカウンターの中に置いた。これで今日の目的は果たした。 「いらっしゃい」 入ってきたのは目つきの鋭い背の高い男だ。どことなく高耶に似ている。すぐに由比子の今の男だとわかった。 帰るタイミングを逃したせいで次にドアが開いて入ってきた客たちに声をかけられてしまった。 「……坊主じゃねえか!久しぶりだなぁ!」 雀荘で高耶とよく打っていた常連だった。 「どこで何やってたんだ?」 そうして囲まれて一言二言話していると、由比子の男が高耶を見た。 「お、加藤くんもいたのか。こいつとは初めてだったな」 その加藤と呼ばれた男も雀荘の常連だそうだ。まだほんの2ヶ月前にフリーで雀荘に入ってきて仲間になったらしい。 「こっちこい、坊主。久しぶりに奢ってやらあ。どうせまた貧乏してんだろ?」 テーブル席に連れられてつき合わされて飲んだ。加藤という男はたまに高耶を振り返って見る。 「そろそろ帰るよ」 からかわれて笑われる。いつもの彼らの冗談に少し和んだが、これ以上ここにいたら元の生活に戻りたくなる。 「本当に雇い主だよ。居候してるからさ、そいつが戻る前に帰らないとうるせえんだよ」 ごちそうさん、と手を振って席を立ち、由比子にも二度と会わないという意味で「じゃあな」と言った。 「高耶」 加藤が高耶を見る。向こうも由比子の元男だと気付いたらしい。ニヤッと笑って手を振ってきた。
直江がまだ寝ているうちに由比子の話を千秋にした。 「女と切れたとかそういう話を聞きたいわけじゃねえ。なんでおまえがそんなにイライラしてるかだ」 なるほど、と千秋は思う。 対して高耶は直江には恩のひとつもない。立場は直江と同等どころか高耶の方が上と言ってもおかしくない。 「直江にも言ったのか?女のこと」 だからと言って直江が高耶を縛るのは止まらないだろう。それがまた高耶の苛立ちを誘うのは間違いない。 「そろそろ直江が起きてくる。メシ作っておくからふたりでゆっくり話しながら食えよ」 千秋なりの気遣いが嬉しかった。直江と話すのは億劫だが、それでも直江を愛しているのには変わりない。 千秋が朝食を作り終えると直江がリビングに出てきた。 「高耶さん……」 千秋が用意したコーヒーを注ぎながらどう切り出そうかと考えていると、直江が先に口を開いた。 「昨夜、あなたとのことを考えたんです。無理があると、思いました。高耶さんがここを出たいならいつでも出て行ってかまいませんよ」 それが辛いのはオレよりもおまえだろう、と高耶は静かに言った。 「世話は……辛くない。オレの雇い主でもあるんだ。やって当たり前だろ。嫉妬も別にいい」 ただ自分に頼りきりになるな、と言いたかったが、辛さがわかるぶん言えなかった。 「でも」 直江が顔を上げて高耶を見た。今日、初めて目を合わせた。 「昨日は借りてた金を返しに行っただけだ」 高耶が立ち上がって直江のそばに行き、テーブルの下にあった左手を取った。 「指、動くか?」 その確証は誰にもない。医者にすらわからない。 「ごめんな……」 冷えた直江の左手を包みながら、高耶はゆっくりとキスをした。 「愛してるよ……直江」 たとえそれがどんなに辛くても。
ふたりの仲が落ち着いてからの水曜日。高耶が上杉邸へ出かけた。 「合力も和服なのか?」 古い絣の着物に着替え、上杉の待つ特別室へ赴くとその場にいた誰もが感嘆の溜息をついた。 「おめえ、そうやってると任侠みてえだな」 この盆に呼ばれているのは上杉会の関係だけではない。他の組のヤクザもやってくれば、紹介で一般人も来る。 「合力のやり方は知ってるな?」 たまに直江のような人間が闇賭博を開く。主にマンションの一室で丁半や花札ホンビキが開かれていたのに参加したことがある。そこで合力の仕事を見ている。 「最初はウチの者が合力をやるからおまえは見てろ。それを見て細かいところを覚えりゃいい」 丁半はサイコロの偶然の目で決まる勝負で、麻雀などの頭脳戦や、競馬などの研究戦とは違う。 盆の開かれている座敷へ行く途中、廊下で髪を結い上げた女と出くわした。着物姿で迫力のある、どうみても真っ当な女ではない。 「……あんたが景虎?」 つづく |
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綾子さん登場。極妻っぽい。 |
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ヒラで麻雀を打つ ・・・イカサマをしないで普通に打つこと |
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