絆
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「上杉会直系・柿崎組の組長代理よ。旦那が病死したから、こうして跡目が決まるまで代理を務めてるの。あんた確か直江のとこの子よね」 どうも自分は上杉会で顔が知られた存在になっているらしい。高耶にしては不本意なのだが上杉邸であの騒ぎを起こした手前仕方がなかった。 「直江は元気?」 直江から聞かされてはいたが、現在上杉会で唯一残っている直系がこの柿崎組らしい。先日の騒ぎのあと、直系赤司組は解散、ほとんどが柿崎組に吸収された。 「正直なのはいいことってのはこの世界じゃ通用しないわよ?」 それは高耶も知っている。千秋からも直江からも聞かされていた。 「心得てます」 ちっとも心のこもらない声援を受けて、高耶は綾子が廊下を去って行くのを見送った。 脇で見ているうちに高耶も合力の仕事のほとんどを覚え、そして最初の壺振りの男が座を開けた。 「入ります」 このセリフは任侠映画そのままだ。壺に2個のサイコロを入れて振り、ゴザに伏せる。 「さあ張ったり張ったり!」 合力二人のうち、高耶の相棒は手馴れているようで、大きな張りの声をあげる。高耶もそれに倣って声を張り上げた。 高耶を見て向こうも驚いている。それからバツが悪そうに頭を掻いた。 「丁だ!」 加藤が賭けたのは100点札2枚。2万円になる。 「ようござんすか」 綾子の声で壺が開けられる。 「ロッピンの半!」 サイコロの目は6と1。ロッピンと呼ばれる合計7で半だ。 (なんだって由比子の男がこんな鉄火場にいんだよ……) この盆は上杉会かその和平条約が結んである組の者か、その関係者しか来ない。今回は武田会と伊達組、最上組だ。 その後、加藤の成績は中盤で勝ち負け3:7で負け気配濃厚だ。ツカないとわかったのか座を外し、ケンに回ったが何回か見送ってからまた座についた。 慣れない合力で肩が凝ったと体を揉み、控えの間で腹ごなしをしてから廊下に出ると加藤が待ち構えていた。 「高耶、とか言ったっけな。なんでこんなとこで合力なんかやってんだ?」 こういった場所では相手次第で金を融通する。ただし闇金融なみの利息を取られ、かつ信用貸しなので加藤のような一般人に貸すことはまずない。 「悪いがアンタに貸せるほどオレも持ってねえ」 100万、という響きに高耶は耳を疑った。この男がそうそう100万なぞ用意できるわけがない。 「アンタ、由比子から100万引っ張ったのか?」 実際、高耶はそんな大金を持ってきていない。財布にあるのはせいぜい5万だ。 「マジでねえんだよ」 そう言ったあとすぐに、廊下で揉めているのかと思った用心棒が高耶に声をかけた。 「どうしたんですか、景虎さん」 面倒を避けようとしてそう言って用心棒を追い払った。しかし加藤が激しく反応した。 「景虎……だと?」 しまった。こいつも知ってたか。 「あんたが景虎だったらなおさらだ。頼みがある」 どうやら加藤はすでに盆に戻るつもりはないらしい。景虎と聞いて眼差しがバクチ打ちの目から人間の目に変わった。
相談がある、と高耶が直江の寝室に入ってきた。 「どうしたんですか?」 上杉の盆から戻ってきた高耶は千秋や直江の言葉も耳に入らないほど考え込むことが多かった。 「スナッフビデオって知ってるか?」 直江はしばらく考えて、たちの悪そうな組を思い出そうとした。 「やっているとしたら、武田の高坂組か、最上一家の下っ端か、上杉会二次組織の松田組でしょうか……あそこは上杉でも暴力的な連中ばかりですから」 綾子の名前が出されて直江の方が驚いた。すでに高耶はそんな深部にまで上杉会を知っているのだろうか、と。 「どうして綾子の名を……」 また高耶が面倒に巻き込まれたのではないかと勘付いた直江が強く高耶の肩を引き寄せる。 「何を、するつもりなんですか?」 問い詰めるような真剣な顔をしている直江。瞬時に高耶が身構える。 「オレの知り合いが盆に来てたんだ。持ってきた100万はパーになって、そいつの女がどこかのヤクザに差し出されることになりそうでさ。オレがおまえに飼われたように、な」 借金をしたのは加藤で、そのカタに取られそうになっているのは由比子だ。 「借金はいくらですか?」 あれから加藤はどうにか由比子の身の安全だけは確保できるよう、借金相手と話をつけてもらいたい、と相談した。 「だから意見を聞きたいんだ」 いきなりそうくるとは思わなかった高耶はグッと詰まった。 「その男か、女か、どちらかがあなたの気持ちの中にいるんでしょう?」 やはり直江は上杉会の頭脳だっただけある。勘もいいが推理も正しい。 「だとしたらなおさら貸せません。どうして私がそんなヤツに金を貸して救わなければいけないんです?」 直江は善人ではない。冷酷非情な元ヤクザだ。 「先日の、金を返したって女ですか?」 肩を抱いていた直江の手を外し、しかたないかと言って立ち上がった。 「わかった。直江が貸さないならオレがどこかで借りるか、そのヤクザとナシつけてくるかする」 しまった。地雷を踏んだ。 「そうじゃねえよ。……本当のこと言うと、オレが景虎だって知ってヤクザと話をつけて欲しいって頼まれたんだ。最初は断った。元はオレの女とはいえ、今は赤の他人だ。知ったこっちゃねえって思ったさ」 直江は高耶の顔を見つめて話を聞いている。真意を知ろうとしている時の直江の癖で、高耶の目の動きや言葉の運び、表情の変化を観察している。 「だけど景虎が断ったせいでどこの誰かもわかんねえ三下ヤクザが、その景虎の元女を殺したり、肉ダルマにしたりってのが知れ渡って上杉会長の耳に入ったとする。あの人はおっかねえぶん、まだ任侠でもある。てめえの昔の女をなんで見殺しにしたんだと言われりゃ返す言葉もねえ。しかもだ、もしそのヤクザが上杉だとしたら、止められる立場にいたはずのオレとおまえはどうなるんだ?」 これで直江に対して王手を取ったつもりだった。ところが。 「詭弁ですね。残念ながら上杉会長は任侠への郷愁はあっても、完全なヤクザなんですよ。もしスナッフに嫌悪感を持ってようが、あなたがどう行動しようが、会長は関知しない。したとしてもあなたをヤクザにするために手助けするか、追い込むか、どちからかでしょう。もしかしたらそんなヤツらの腕一本、借金が返せないなら切り落とせと言うでしょうね。要はあなたの女も、その男も、バカだってことです」 ベッドサイドのテーブルからタバコを取って火をつけた。話は終わりだと言わんばかりに。 「オレが土下座して頼んでもか?」 上杉同様、直江もヤクザと変わらない。 「どうしても、か?」 つづく |
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なんかおかしな話になってきました。 |
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鉄火場 ・・・ 賭博場。 |
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