キズナ  〜カイナ2〜


 

※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※

 
         
 


綾子と名乗った女に仕えているのは上杉邸で見かけた男2人だった。
高耶が綾子と話しているのが気に入らなかったらしく、鋭い目つきで睨む。しかし二人とも綾子に頭が上がらないようで、諌められるとすぐにすいませんと頭を下げた。それを不思議そうに見ていた高耶に綾子はきちんと佇まいを直して自己紹介をした。

「上杉会直系・柿崎組の組長代理よ。旦那が病死したから、こうして跡目が決まるまで代理を務めてるの。あんた確か直江のとこの子よね」

どうも自分は上杉会で顔が知られた存在になっているらしい。高耶にしては不本意なのだが上杉邸であの騒ぎを起こした手前仕方がなかった。

「直江は元気?」
「あまり元気とは言えませんが、まあ普通にしてはいます」
「正直な子ね。普通は隠すのよ、そういうの」

直江から聞かされてはいたが、現在上杉会で唯一残っている直系がこの柿崎組らしい。先日の騒ぎのあと、直系赤司組は解散、ほとんどが柿崎組に吸収された。
もしも直江が組を持つとしたら上杉会直系直江組になる。

「正直なのはいいことってのはこの世界じゃ通用しないわよ?」
「わかってます」
「じゃあもう少し大人しくしてなさい。あたしはアンタのおかげで赤司組を消すことが出来て有難いけど、うちの組にはアンタを目の仇にしてる元赤司組構成員もいるのよ。今は会長がアンタに手出しできないようにしてくれてるからいいけどね」

それは高耶も知っている。千秋からも直江からも聞かされていた。
常に気を張っていないと何があるかわからない、と。今回の盆では上杉の同席があるので安心してはいた。

「心得てます」
「そう。がんばって」

ちっとも心のこもらない声援を受けて、高耶は綾子が廊下を去って行くのを見送った。
そして座敷に入るとすでに盆は開かれていて、張ったり張ったりの声や、丁半の声が飛び交っていた。

脇で見ているうちに高耶も合力の仕事のほとんどを覚え、そして最初の壺振りの男が座を開けた。
次に壺の前に座ったのは綾子だった。どうもこの女も一筋縄ではいかないらしい。
イカサマをしていないという意味で片肌を脱ぎ、壺を振る。

「入ります」

このセリフは任侠映画そのままだ。壺に2個のサイコロを入れて振り、ゴザに伏せる。

「さあ張ったり張ったり!」

合力二人のうち、高耶の相棒は手馴れているようで、大きな張りの声をあげる。高耶もそれに倣って声を張り上げた。
それを続けていくうちに客が何度か入れ替わり、高耶の斜向かいに腰を下ろして胡坐をかいた男に見覚えがあるような気がして凝視してしまった。
加藤だ。
由比子のスナックにいた、由比子の新しい男だ。

高耶を見て向こうも驚いている。それからバツが悪そうに頭を掻いた。
綾子が壺を振り、合力が声を張る。加藤は大きく息を吸ってから札をゴザに叩きつけるようにして張った。

「丁だ!」

加藤が賭けたのは100点札2枚。2万円になる。
どうやらこの加藤、本物のバクチ打ちらしく、張り方も仕草も堂に入っている。しかし甘い。
高耶の予想ではこの張りは半だ。確率の問題なのだ。

「ようござんすか」

綾子の声で壺が開けられる。

「ロッピンの半!」

サイコロの目は6と1。ロッピンと呼ばれる合計7で半だ。
加藤の札は無情にも高耶の手によって引き取られ、場代を引かれて勝った人間へと回される。

(なんだって由比子の男がこんな鉄火場にいんだよ……)

この盆は上杉会かその和平条約が結んである組の者か、その関係者しか来ない。今回は武田会と伊達組、最上組だ。
加藤がヤクザではないとしたらヤクザからの紹介でしかここへは入れないはずなのだが。

その後、加藤の成績は中盤で勝ち負け3:7で負け気配濃厚だ。ツカないとわかったのか座を外し、ケンに回ったが何回か見送ってからまた座についた。
綾子の退席に伴って合力の高耶も抜けた。
控え3番手の壺振りが入れ替わりに入り、客はここでツキを変えるのだと意気込む。

慣れない合力で肩が凝ったと体を揉み、控えの間で腹ごなしをしてから廊下に出ると加藤が待ち構えていた。

「高耶、とか言ったっけな。なんでこんなとこで合力なんかやってんだ?」
「バイトだよ。バイト。あんたこそ、なんでこんな鉄火場に来れたんだ?誰の紹介だ?」
「そんなこたぁどうでもいいだろ。今日はどうしても勝たなきゃなんねえんだよ。金回してくんねえかな?」

こういった場所では相手次第で金を融通する。ただし闇金融なみの利息を取られ、かつ信用貸しなので加藤のような一般人に貸すことはまずない。
どこそこの親分さんの、という肩書きが必要だ。

「悪いがアンタに貸せるほどオレも持ってねえ」
「軍資金の100万がもう底をついちまったんだ。どうにかして300万稼がないとなんねえんだよ」

100万、という響きに高耶は耳を疑った。この男がそうそう100万なぞ用意できるわけがない。
だとしたらその100万は、先日高耶が由比子に返した100万ではないだろうか。

「アンタ、由比子から100万引っ張ったのか?」
「てめえにゃ関係ねえだろ」
「図星かよ……」
「頼むよ、30万でいい。それだけで勝てる自信があるんだ。ツキが回ってきそうなんだよ」

実際、高耶はそんな大金を持ってきていない。財布にあるのはせいぜい5万だ。

「マジでねえんだよ」

そう言ったあとすぐに、廊下で揉めているのかと思った用心棒が高耶に声をかけた。

「どうしたんですか、景虎さん」
「なんでもねえよ。昔なじみだ」

面倒を避けようとしてそう言って用心棒を追い払った。しかし加藤が激しく反応した。

「景虎……だと?」
「あ?ああ、そうも呼ばれてんだ」
「景虎っつったら上杉の……」

しまった。こいつも知ってたか。
小さく溜息をついてその場から去ろうとしたが、加藤が袖を掴んで離さない。

「あんたが景虎だったらなおさらだ。頼みがある」
「金は……」
「金なんかじゃねえ。もっと重要な話なんだ。頼む。聞いてくれ」

どうやら加藤はすでに盆に戻るつもりはないらしい。景虎と聞いて眼差しがバクチ打ちの目から人間の目に変わった。
こりゃ話を聞かないうちは終わらないな、と思い、空いている一室に入って備え付けの冷蔵庫からビールを出して飲みながら加藤の話を聞くことになった。

 

 

相談がある、と高耶が直江の寝室に入ってきた。

「どうしたんですか?」
「まずはおまえの意見を聞こうと思ってな」
「なんでしょう?」

上杉の盆から戻ってきた高耶は千秋や直江の言葉も耳に入らないほど考え込むことが多かった。
何があったのか聞こうとしたがまだまとまらないからと返事を濁すばかりで、直江も千秋も不安になるほど。
そして一昼夜ほど経って直江がベッドに入ろうとした時、珍しく自分から直江の寝室に入ってきた。
ベッドの上の直江の右側に座り、顔だけを直江に向けて話し出す。

「スナッフビデオって知ってるか?」
「ええ。人体を切り刻む映像の、でしょう?」
「そう。ソレ、やってる組あったら教えてくんねえ?」
「さあ?私がいたころはそんなものありませんでしたけど、今は資金集めのためなら何でもする若い連中がいますからね。たぶん血の気の多い組だったらやってるでしょうね」
「心当たりは?」

直江はしばらく考えて、たちの悪そうな組を思い出そうとした。

「やっているとしたら、武田の高坂組か、最上一家の下っ端か、上杉会二次組織の松田組でしょうか……あそこは上杉でも暴力的な連中ばかりですから」
「それってどこの二次組織?」
「柿崎です」
「……綾子姐さんのとこか?」

綾子の名前が出されて直江の方が驚いた。すでに高耶はそんな深部にまで上杉会を知っているのだろうか、と。

「どうして綾子の名を……」
「ああ、この前の盆で壺振りしてたんだ。それだけ」
「そうだったんですか……。綾子が組長代理をやっていることももう知ってるんですか?」
「うん。赤司組が吸収されたのも聞いた」
「松田組はその赤司の二次組織だったんですよ」
「ははあ、なるほどね」

また高耶が面倒に巻き込まれたのではないかと勘付いた直江が強く高耶の肩を引き寄せる。

「何を、するつもりなんですか?」

問い詰めるような真剣な顔をしている直江。瞬時に高耶が身構える。
こういう直江は高耶を縛り付けてでも好き勝手させない、と表明しているようなものだ。

「オレの知り合いが盆に来てたんだ。持ってきた100万はパーになって、そいつの女がどこかのヤクザに差し出されることになりそうでさ。オレがおまえに飼われたように、な」
「借金のカタですね」
「そう」
「それがソープでも人身売買でも臓器売買でもなく、スナッフビデオの被写体、ということですか」
「殺さないとは言ってるそうだけど、腕一本で済むわけないよな?足もだろうな」

借金をしたのは加藤で、そのカタに取られそうになっているのは由比子だ。
まだ返済期限が過ぎてはいないので、由比子も加藤も無事ではいるが、あと1週間程度しかない。

「借金はいくらですか?」
「300万とちょっと」
「それで?私に相談とは?」

あれから加藤はどうにか由比子の身の安全だけは確保できるよう、借金相手と話をつけてもらいたい、と相談した。
しかし高耶としては話をつけるよりも金を払った方が早くて確実だと説得し、300万を工面してくるから待ってくれ、と言って話を終わらせた。
高耶の持ち金は手持ちの5万だけだ。美弥に送っている仕送りと、由比子に返した100万でもう底をついた。
あとは直江に借りるしかない。

「だから意見を聞きたいんだ」
「その男に金を貸してもいいかってことですか?」
「ああ、だけどオレは金なんかない。だからおまえがオレに貸して、それを又貸しすることになるんだけど」
「冗談でしょう?そんな金、本人が女を質に入れてでも作るものなんですよ。返せないなら腕や足の一本ぐらい取られてくればいい」

いきなりそうくるとは思わなかった高耶はグッと詰まった。
元の女の今の彼氏だ、とは正直には言いがたい。直江の独占欲を知っているだけにそれは逆効果だ。
どう誤魔化したもんかと思案したその顔で直江も勘付いてしまった。

「その男か、女か、どちらかがあなたの気持ちの中にいるんでしょう?」

やはり直江は上杉会の頭脳だっただけある。勘もいいが推理も正しい。

「だとしたらなおさら貸せません。どうして私がそんなヤツに金を貸して救わなければいけないんです?」

直江は善人ではない。冷酷非情な元ヤクザだ。
断られるのを承知で話したのだから、直江を責めるわけにもいかない。

「先日の、金を返したって女ですか?」
「……うん……」
「高耶さんが返した金を、自分の男に渡してバクチで借金分を稼ごうなんて思うからこんな目に合うんですよ。放っておきなさい」

肩を抱いていた直江の手を外し、しかたないかと言って立ち上がった。

「わかった。直江が貸さないならオレがどこかで借りるか、そのヤクザとナシつけてくるかする」
「……そこまでして守りたいんですか?」

しまった。地雷を踏んだ。
直江の声色に気色ばった感がある。こうなったら独占欲を逆手に取るしかない。

「そうじゃねえよ。……本当のこと言うと、オレが景虎だって知ってヤクザと話をつけて欲しいって頼まれたんだ。最初は断った。元はオレの女とはいえ、今は赤の他人だ。知ったこっちゃねえって思ったさ」

直江は高耶の顔を見つめて話を聞いている。真意を知ろうとしている時の直江の癖で、高耶の目の動きや言葉の運び、表情の変化を観察している。
ここで高耶が少しでも由比子に対しての未練を残していると直江が判断すれば由比子は破滅だ。

「だけど景虎が断ったせいでどこの誰かもわかんねえ三下ヤクザが、その景虎の元女を殺したり、肉ダルマにしたりってのが知れ渡って上杉会長の耳に入ったとする。あの人はおっかねえぶん、まだ任侠でもある。てめえの昔の女をなんで見殺しにしたんだと言われりゃ返す言葉もねえ。しかもだ、もしそのヤクザが上杉だとしたら、止められる立場にいたはずのオレとおまえはどうなるんだ?」

これで直江に対して王手を取ったつもりだった。ところが。

「詭弁ですね。残念ながら上杉会長は任侠への郷愁はあっても、完全なヤクザなんですよ。もしスナッフに嫌悪感を持ってようが、あなたがどう行動しようが、会長は関知しない。したとしてもあなたをヤクザにするために手助けするか、追い込むか、どちからかでしょう。もしかしたらそんなヤツらの腕一本、借金が返せないなら切り落とせと言うでしょうね。要はあなたの女も、その男も、バカだってことです」

ベッドサイドのテーブルからタバコを取って火をつけた。話は終わりだと言わんばかりに。

「オレが土下座して頼んでもか?」
「誰に?会長に?」
「おまえに、だ」
「笑わせないでください。いくら私たちがそういう仲でも、あなたの土下座程度で私がはいそうですか、と金を出すと思ってるんですか?あなたのためならいくらでも使いましょう。でも、あなたの昔の女などに使わせる金なんか一銭もありませんよ」

上杉同様、直江もヤクザと変わらない。

「どうしても、か?」
「さあ。あなたの出方次第では考えますよ」
「出方?」
「セックスさせてください」

つづく

 
         
 

なんかおかしな話になってきました。

 
         
 

鉄火場 ・・・ 賭博場。
ケン ・・・賭けに参加しないで見ていること。「見」でケン。

 
         
   

5へススム