絆
※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※ |
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そんなことか?と高耶は聞いた。そんなくだらないことが直江には重要なのか、と。 「重要というわけではありませんけどね、正直なところ、あなたの気持ちがわかりません。私を愛しているのか、嘘なのか。嘘だとは思いたくありませんけど、あなたは私に抱かれるのを徹底的に拒んでますよね」 直江が何を言いたいのかわかった。高耶を貶めたいのだ。 「それは……」 あの時の罪悪感も、孤独感も、人を殺した不快感も、すべて。 「……そういうこと、ですか。だったらなおさら抱かれてください」 歯の根が合わずにガチガチと鳴った。怒りとも、恐怖ともつかない感情が直江に向かって噴き出しそうだ。 「バカにしてんのか?」 直江はタバコを揉み消してベッドサイドのランプだけをつけ、リモコンで室内の明かりを消した。 「どうしますか?あなたが完璧に私のものになるだけで、女は救われますよ?」 実を言えば直江の右手は恐ろしさで小刻みに震えている。この冷酷な選択は高耶を試すものだ。 「……抱かれりゃいいんだな?」 搾り出すようにして言った高耶の言葉は、まるで断頭台から聞こえてくるかのようだった。 「いいぜ。その代わり金を貸せ。それと……おまえに抱かれたら、もうオレは二度と、立ち直れないから」 直江とセックスするたびにあの夜を再現するはめになる。だから抱かれたくなかった。 「わかった……」 右腕の中に入って来た高耶を強く抱きしめる。もう直江の震えは止まっていた。
隣りで泣いている高耶がいる。肩で息をしながら、声もなく。 「高耶さん……」 覆いかぶさるようにして直江が顔を覗く。 「大丈夫?」 唇を、血が出るほどに噛んでいた。 「おッ……おまえなんかっ……」 しかし高耶がそこから動く気配はない。聞こえていないのかと思ったが、そうではないらしい。 「動けないなら、連れて行きましょうか?」 その一言で直江は気が付いた。高耶が欲しているのは直江の腕。包んでくれる腕だ。薄汚れた、腕。 「……もう、これで終わりにします。私が出す金はあなたに差し上げます。だからもう、別れましょう」 涙をひとつふたつシーツに振りまきながら、高耶が起き上がって直江の髪を掴んだ。 「おまえのしたことがそれで全部チャラになるとでも思ってんのか!!別れて終わるとでも!!」 急に怒り出した高耶がわからない。せっかく解放してやろうと言うのに。 「人殺しをさせたのもおまえなら!!オレにおまえを愛させたのもおまえだろう!!今になって投げ出すんじゃねえよ!!」 目を瞠った。髪を掴んでいる高耶の手を振り払った。 「……あなたがそんなだから!!」 気が付いたら思い切り抱きしめていた。呼吸ができないほど、強く。 「あなたがそんなだから愛するしかなかったんですッ……!」 息苦しくなった高耶が逃れようと身を捩る。それを封じて直江が圧し掛かった。 「逃がすわけないでしょう!」 さっきとは違った泣き顔で、高耶が直江の首に腕を回した。 「頼むから……おまえのそばにいさせてくれよ……」 どこまでも堕ちろ。オレと、一緒に堕ちてくれ。
明ける空をベッドから見ていた。 「鎌、だな」 高耶が力なく腕を上げて、空に浮かぶ月を指差した。 「今まではあれが猫の目に見えてた……だけど、今は、死神の鎌に見える」 まさかと笑って直江が高耶を抱き寄せる。 「そんなはずはありません。もしも殺されるのだとしたら、私があなたに殺されるんです。あなたに捨てられて、殺されるのは私です」 そっと羽根布団を引き寄せて、直江の体に掛けた。 「冷えたら、痛むぞ」
高耶に金を渡すのは数日後にした。直江にとってはたいした金額ではないが、いったいどこの組でスナッフビデオが撮られているのかを調べてからにしたかった。 気は進まなかったが高耶に見つからないように、上杉に電話をかけた。 『どうした』 直江は簡潔に、わかりやすく上杉に説明をした。 『普通だったらそんなこたぁ知ったこっちゃねえと言うところだが、あの小僧が関わっているならそうも言えねえな。上杉を名乗らせているだけに、滅多矢鱈とやられてもかなわん。情報が欲しいなら柿崎に聞け。あいつは女だが胆は亭主よりも座ってる。しかも女の情報網ってなぁ侮れねえからな。おまえが知りたいなら、俺から話を通しておく』 言外に組に戻れと言われているのがわかった。高耶をヤクザにしたくはない。もし上杉に自分だけが戻ればいいのならそれでもかまわなかった。 1時間ほど間を置いて、慣れた手つきで番号をプッシュして、柿崎の私邸へ電話をした。 『久しぶりね、直江。あんまり元気じゃないらしいじゃないの』 そういえば盆で綾子と会ったと高耶が話していた。そんなことを聞かれたのか。 『さっき会長から電話があったわ。情報欲しがってるんですってね』 借金を作らせて、その返済で暴利を貪る。しかしスナッフビデオを作っているとなると組からの借金を避けるようになってしまう。 『言っておくけど借金を返済したって青木会は甘くないわよ。なんだかんだと文句つけて全額返済したのに利息だなんだってさらに絞り取ろうとするでしょうね』 こちらがいくら金を用意しても無駄ということだ。高耶からは300万と聞いているが、返済した瞬間500万に跳ね上がるのがヤクザから金を借りるということなのだ。 「そうだな。赤司のところの人間だったとしたら、そのぐらいはやるだろう」 電話を切ってデスクにあったタバコを出した。片手で箱から出すのは意外に難しいと知ってから、蓋を簡単に外せるシガレットケースを置くようにしてある。 バカ正直に金を返済しても無駄に終わるのは目に見えている。 300万を返済させて、それっきり高耶が関わらなければそれでいいのだが、きっと高耶は納得しない。 そんな高耶を憎いと思う反面、愛しいとも思う。
つづく |
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直高の修羅場でした。 |
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