キズナ  〜カイナ2〜


 

※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※

 
         
 

そんなことか?と高耶は聞いた。そんなくだらないことが直江には重要なのか、と。

「重要というわけではありませんけどね、正直なところ、あなたの気持ちがわかりません。私を愛しているのか、嘘なのか。嘘だとは思いたくありませんけど、あなたは私に抱かれるのを徹底的に拒んでますよね」

直江が何を言いたいのかわかった。高耶を貶めたいのだ。
金を貸す代わりにセックスをして、拘束を強めようということだ。拒んでいるのならなおのこと。

「それは……」
「どうしてそんなに嫌がるんですか?抱かれることであなたの何が傷付いたり、変わったりするんです?」
「……おまえに抱かれたら、また思い出すから……」

あの時の罪悪感も、孤独感も、人を殺した不快感も、すべて。

「……そういうこと、ですか。だったらなおさら抱かれてください」
「え?」
「そうして思い出せば私が必要だってこと、常に感じてくれるでしょう?」

歯の根が合わずにガチガチと鳴った。怒りとも、恐怖ともつかない感情が直江に向かって噴き出しそうだ。
拘束とはこんなにも不愉快なものか、と。

「バカにしてんのか?」
「いいえ。私の願望を述べたまでです。あなたが抱かれてくれないのなら、この話は終わりです。勝手に腕でも足でももがれてくればいい」
「金でオレの体を買うってことなんだぞ?」
「違いますよ。金であなたの身も心も支配するつもりなんです」
「最低だな……」

直江はタバコを揉み消してベッドサイドのランプだけをつけ、リモコンで室内の明かりを消した。

「どうしますか?あなたが完璧に私のものになるだけで、女は救われますよ?」

実を言えば直江の右手は恐ろしさで小刻みに震えている。この冷酷な選択は高耶を試すものだ。
高耶の性格なら拒否して、別の手段を取って女を救い出すだろう。
しかしこれを断れば直江と別れると言っているのと同義だ。そうなるのは怖かった。
女を取ったらこれでふたりの関係を終わりにしようと直江は考えていた。

「……抱かれりゃいいんだな?」

搾り出すようにして言った高耶の言葉は、まるで断頭台から聞こえてくるかのようだった。

「いいぜ。その代わり金を貸せ。それと……おまえに抱かれたら、もうオレは二度と、立ち直れないから」
「どういうことですか?」
「おまえに依存するしかなくなる。おまえがオレと別れたいって言ったって、別れられない。おまえを守ってやれないほど弱くなる。それでもいいのか?そうなっても、愛していけるのか?」
「……ええ、かまいません。愛してあげます。ずっと」

直江とセックスするたびにあの夜を再現するはめになる。だから抱かれたくなかった。
泣いて、吐いて、苦しんだ夜を。何度も思い出して、再体験する。

「わかった……」

右腕の中に入って来た高耶を強く抱きしめる。もう直江の震えは止まっていた。

 

 

 

隣りで泣いている高耶がいる。肩で息をしながら、声もなく。

「高耶さん……」

覆いかぶさるようにして直江が顔を覗く。

「大丈夫?」

唇を、血が出るほどに噛んでいた。
髪を梳いて裸の肩を撫でて目元にキスをした。

「おッ……おまえなんかっ……」
「……明日、金を用意します。それを渡して、借金を返済させなさい」
「う、っく」
「あなたが泣いている理由が、あの夜を思い出しただけならいいんですけどね。いいですよ、もう、部屋に戻っても」

しかし高耶がそこから動く気配はない。聞こえていないのかと思ったが、そうではないらしい。

「動けないなら、連れて行きましょうか?」
「だ……ダメだ……嫌だ、ひとりになるのは」

その一言で直江は気が付いた。高耶が欲しているのは直江の腕。包んでくれる腕だ。薄汚れた、腕。
愛しているからではない。高耶と同じに血で汚れた腕が欲しいだけだ。
すべて間違っていた。

「……もう、これで終わりにします。私が出す金はあなたに差し上げます。だからもう、別れましょう」
「ッ……!」
「その方がいいでしょう?私といたら、あなたは苦しくなるだけだ。忘れることも出来ずに……」
「おまえは!!」

涙をひとつふたつシーツに振りまきながら、高耶が起き上がって直江の髪を掴んだ。

「おまえのしたことがそれで全部チャラになるとでも思ってんのか!!別れて終わるとでも!!」
「……た……」
「オレをこんなにしたのはおまえだろうが!!おまえが抱きたいっていうから抱かれてやったんだろうが!!金なんかもうどうでもいい!!おまえが全部やったんだ!!やったことの責任を取れ!!」

急に怒り出した高耶がわからない。せっかく解放してやろうと言うのに。
直江は髪を掴まれたまま高耶の目を見つめた。

「人殺しをさせたのもおまえなら!!オレにおまえを愛させたのもおまえだろう!!今になって投げ出すんじゃねえよ!!」
「だけど私といたらあなたは辛いだけでしょう?!」
「だから責任を取れっつってんだ!!オレが辛い時はおまえが絶対そばにいろ!!怖いのか?!泣いてるオレが怖いのかよ!!泣かせてるのが自分だから、怖いんだろう?!」

目を瞠った。髪を掴んでいる高耶の手を振り払った。

「……あなたがそんなだから!!」
「あ、ぅッ」

気が付いたら思い切り抱きしめていた。呼吸ができないほど、強く。

「あなたがそんなだから愛するしかなかったんですッ……!」
「な、お」
「私の心を抉り取って掻き回して人間に戻したのはあなただ!そうやって何もかもお見通しで、私を犯した!本当だったらあなたなんか放り捨ててまた機械に戻った方が平静でいられる!だけどもう駄目だ。あなたを深く愛しすぎて、もう失えない。失ったら最後だ。俺は自分がどうなるかわからない。それが怖いんだ!」

息苦しくなった高耶が逃れようと身を捩る。それを封じて直江が圧し掛かった。

「逃がすわけないでしょう!」
「にっ……逃げるわけねえだろ……おまえがいなきゃ……生きて、いけない」

さっきとは違った泣き顔で、高耶が直江の首に腕を回した。

「頼むから……おまえのそばにいさせてくれよ……」
「……高耶さん……」
「愛してるって、言えよ……」
「愛してます……高耶さん……」

どこまでも堕ちろ。オレと、一緒に堕ちてくれ。

 

 

明ける空をベッドから見ていた。
南の中天には細い細い三日月が。

「鎌、だな」
「鎌?」

高耶が力なく腕を上げて、空に浮かぶ月を指差した。

「今まではあれが猫の目に見えてた……だけど、今は、死神の鎌に見える」
「……あなたの魂を奪う死神ですか」
「そう。それを持ってるのはおまえってゆう死神だ。いつかオレはおまえに殺されるんだろうな」

まさかと笑って直江が高耶を抱き寄せる。

「そんなはずはありません。もしも殺されるのだとしたら、私があなたに殺されるんです。あなたに捨てられて、殺されるのは私です」
「はは。じゃあおまえは三人目だな」
「……かもしれない」

そっと羽根布団を引き寄せて、直江の体に掛けた。

「冷えたら、痛むぞ」
「痛んだら、あなたがそばにいてください」
「そうだな……」

 

 

 

高耶に金を渡すのは数日後にした。直江にとってはたいした金額ではないが、いったいどこの組でスナッフビデオが撮られているのかを調べてからにしたかった。
もしもそれが上杉傘下であったなら、今回の件で高耶が上杉に相談もなく動くのはマズい。
300万円を加藤がどこから都合したのかが漏れれば、上杉だろうが他の組だろうがどちらにせよ上杉にはいつか伝わって高耶と自分の立場が悪くなる。

気は進まなかったが高耶に見つからないように、上杉に電話をかけた。
取次ぎに直江だと名前を告げると、少々待たされて上杉に繋がった。一般人には取り次がないが、破門を解かれた今では直江は仮にではあるが上杉会の構成員でもある。多少の融通は利いた。

『どうした』
「お耳に入れておかなければいけないと思いまして、お電話しました。不躾で申し訳ありません」
『かまわん。話してみろ』

直江は簡潔に、わかりやすく上杉に説明をした。
高耶の元女が借金のカタにスナッフビデオに出されそうになっていること。
その借金を高耶が直江から借りた金で返済させようとしていること。
そしてビデオを制作している組が上杉内部にあるかもしれないこと。

『普通だったらそんなこたぁ知ったこっちゃねえと言うところだが、あの小僧が関わっているならそうも言えねえな。上杉を名乗らせているだけに、滅多矢鱈とやられてもかなわん。情報が欲しいなら柿崎に聞け。あいつは女だが胆は亭主よりも座ってる。しかも女の情報網ってなぁ侮れねえからな。おまえが知りたいなら、俺から話を通しておく』
「ありがとうございます」
『貸しにしておくぞ』
「……はい」

言外に組に戻れと言われているのがわかった。高耶をヤクザにしたくはない。もし上杉に自分だけが戻ればいいのならそれでもかまわなかった。

1時間ほど間を置いて、慣れた手つきで番号をプッシュして、柿崎の私邸へ電話をした。
上杉同様、取次ぎが出た。しかしこちらは家政婦。
すぐに綾子に繋がった。

『久しぶりね、直江。あんまり元気じゃないらしいじゃないの』
「……誰に聞いた」
『あの子よ。あんたのとこの……景虎』

そういえば盆で綾子と会ったと高耶が話していた。そんなことを聞かれたのか。

『さっき会長から電話があったわ。情報欲しがってるんですってね』
「ああ。知っている範囲でかまわない。上杉内部、外部でスナッフビデオを扱っている組はあるか?」
『……あの汚いビデオでしょう?こっちも困ってるのよ』
「どこだ?」
『最上よ。それがちょっと複雑でね。赤司のとこから最上系青木会に流れたヤツが始めたの。だから元々は上杉会』
「……会長はそれを知っているのか?」
『以前は知ってたみたいよ。昔は上杉の二次組織もやってたんだけど、うちの旦那が辞めさせたの。確かに金は必要よ。でもヤクザがみんなああいうビデオ作ってるなんて思われたら、うちがやってる闇金も賭場も儲からなくなるわ。手足切られてまで借金したいなんて思わないでしょ?』

借金を作らせて、その返済で暴利を貪る。しかしスナッフビデオを作っているとなると組からの借金を避けるようになってしまう。
何事にも限度がある。

『言っておくけど借金を返済したって青木会は甘くないわよ。なんだかんだと文句つけて全額返済したのに利息だなんだってさらに絞り取ろうとするでしょうね』

こちらがいくら金を用意しても無駄ということだ。高耶からは300万と聞いているが、返済した瞬間500万に跳ね上がるのがヤクザから金を借りるということなのだ。

「そうだな。赤司のところの人間だったとしたら、そのぐらいはやるだろう」
『当然ね』
「この礼は千秋に届けさせる。また何かあったら頼む」
『どうせアンタのことだから一回の礼金で何度も情報引っ張るつもりなんでしょう?それなりの色つけてよね』
「わかってる」

電話を切ってデスクにあったタバコを出した。片手で箱から出すのは意外に難しいと知ってから、蓋を簡単に外せるシガレットケースを置くようにしてある。
その中から一本取り出して咥え、火をつける。

バカ正直に金を返済しても無駄に終わるのは目に見えている。
だとすると最上よりも強力なカードを出して圧さないといけない。元の自分であれば最上の下部組織など雑魚も同然だったが、今の自分には力が足りない。
直江が出せるカードはない。

300万を返済させて、それっきり高耶が関わらなければそれでいいのだが、きっと高耶は納得しない。
たかが昔の女の身柄なのに、金を出してくれるならと抱かれた高耶。
あれほど拒否していたのに、たいして大事にもしなかった女のために壊れる覚悟をした。

そんな高耶を憎いと思う反面、愛しいとも思う。
高耶が人の心を抉るのは、自分にはない情を持っているからだろう。


つづく

 
         
 

直高の修羅場でした。

 
         
 

 

 
         
   

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