書斎から出て、リビングにいた高耶の正面に座って今回の件について話をした。
「あなたの知り合いが金を借りているのは最上系の青木会らしいですよ」
「どうしてわかったんだ?」
「色々とコネがありましてね。それで……あなたは知らないと思いますが、最上は武田や上杉と違って金に関してはとことん汚いんですよ。300万を返したところで、素直に毎度ありがとうございました、またどうぞというわけにはいきません」
疑わしげな眼差しで高耶が直江の話の先を促した。
「返済したその場で利息であと200万払えなどと平気で言ってのける組なんですよ」
「それじゃ……っ、返そうが返すまいが……いつまでもあいつらは自由になれないってことかよ……」
「その通りです。いくらあなたが私から借りようが、結局女は持っていかれます」
闇金。特にヤクザがやっている闇金が甘くないことは高耶でも知っていた。
以前高耶が武田系の組に借金した時も、最初はたかだか20万だった。それが日増しに増えていく。
トイチどころかゴイチで利息がついていく。あっという間に元金の何倍にも膨れあがる。
「じゃあどうしたらいいんだよ」
「さあ……。切られるか、青木会を圧倒するカードを出して押さえつけるか」
「最上ってのは上杉と同盟組んでるとこだろ?会長にどうにか口ぞえしてもらえないのか?」
「会長に頼むということが、何を意味するかわかって言ってますか?」
直江か高耶のどちらかが上杉会に入るということだ。
高耶はヤクザになる気はまったくない。それどころかヤクザの性質に関しては嫌悪を抱いていると言ってもいい。
そして直江がヤクザに戻るのも許さないだろう。
会長には助けてもらった恩があるから手伝いをすることはあっても、ヤクザにはなれない。
裏側の社会にいても、筋者かそうではないかの差は大きい。
「……高耶さん」
「わかってるよ。会長には頼めないんだろ。だからオレたちでどうにかするしかねえって言いたいんだろ」
「まあ、そんなところですが……。正直言ってこんなに気が進まない話はありません。あなたの昔の女を助けるために知恵を絞るなんてね。でもあなたが助けたいなら私も手伝いますよ。あなたは私のものだから」
「そうだな。おまえのものだからな」
悔しげに顔を歪めて舌打ちをした。
昨夜、直江に抱かれたことで高耶の中の何かが倒壊した。張り詰めていた何かが。
「言い方が気に入らなかった?じゃあ言い換えましょうか。私はあなたのものだから、あなたのためなら何でもします。これなら?」
「どっちも同じだ」
憮然としている割にはその言い方が気に入ったように見えた。扱いが難しいが気分を測るのは簡単らしい。
「ですがスタートラインすら見えないのが今の状況です。あなたの知り合い、名前は?」
「加藤」
「運よく300万を返して終わりになればそれで終わりだ。まずはその加藤に借金を返済させるところから始めて、余計な利息を取ったり、女を要求されたら私たちが出るようにしましょうか」
「まあな、それが最初だな」
「利息を請求された場合……」
「景虎だって名乗ればいいのか?」
その名前を使うとしたら後々の上杉と最上の間で軋轢が起こるかもしれない
「スナッフをやっているのは今は最上系青木会の下っ端だそうですが元は赤司組です。あなたが名前を出せばそれなりに引くとは思いますが、青木会の組長に知られたら黙っていないと思います」
「景虎の名前が出ただけで引いたら青木のメンツが丸潰れってことか」
「ええ、いくら上杉と最上が友好関係を築いているとしても、青木本人が個人的に景虎にバカにされたと思えば上関係なく抗争を起こすでしょうね」
赤司組解散後、裏切った赤司と一緒に殺された者もいたが、上杉に忠誠心がある組員のほとんどは柿崎組へ行った。
数名は柿崎へは行かずに上杉から出た。
その数名に関しては上杉からの破門も絶縁もなく、友好関係を築いている最上なら行ってもいいと許した。その裏には最上組を最終的には上杉に吸収してしまおうという算段があり、それを知っているのは柿崎の綾子と直江だけだ。
「もう少し慎重に行きましょう。とりあえずあなたは加藤に連絡を取って取立人の名前を聞き出してください」
「直江は?」
「情報の出所を確認しておきます」
さっそく高耶が加藤に会いにでかけた。
直江はその間にいつも利用している情報屋に連絡した。黒田という男だ。
電話をかけてスナッフビデオを作っている人間の情報を貰う。情報料は一般人が考えも及ばないほどの値段だ。
「最上だと聞いているんだが、それは本当なのか?」
『ええ。今は最上しかやっていません。半年ぐらい前までは他の組でもやっていたみたいですけど、警察の監視が厳しくなった機にやめてます』
「それをやっている組の名前は?」
『最上組系青木会という組織ですね。ここは最上の三次組織で、まだ若い連中ばかりの新しい組です。……元上杉の人間がいることは、知ってますか?』
「ああ。聞いている。赤司から流れたようだな」
『その上杉から来た人間が主にビデオを作製しています。名前は確か……白石』
「……白石?聞いたことはないが」
『そうですね。直江さんほどの人が知るような奴ではありません。上杉では準構成員でしたから、ほとんどチンピラです。最上は上納金も半端ではなく高額ですから、メインの裏ビデオやクスリだけでは間に合わないんです。ですからスナッフのような面倒なこともやっているわけです。今は青木会しかスナッフをやっていないから需要は100%。普通の裏ビデオと違って金額は倍以上ですし、物好きと変態は案外多くいるらしく数量も出ます』
この世にはどれだけの種類の変態がいるかわからない。
マニアだのフェチだのと横文字で洗練されてはいるが、とどのつまりは対象物でしか欲情できない変態だ。
それに昨今のメディアでの過激な描写に慣れているせいか、変態ではない人間までもスナッフに興味を持つ。
インターネットでも本物らしきスナッフの映像を見ることができる。
『他に調べることはありませんか?』
「いや、今はもうないな」
『わかりました。では後日お支払いをお願いしますよ』
「ああ」
電話を切ってまたリビングに戻ると、千秋が昼食の時間だと言ってきた。
「あれ?高耶は?」
「でかけた。たぶん夜にならないと戻らないだろう」
「ふうん。どこ行くって?」
「さあな」
二人きりで静かな昼食を摂っていると、直江がふと思いついた様子で千秋に話しかけた。
「おまえ、赤司の下にいた白石って知ってるか?」
よくよく考えれば黒田に頼まなくとも白石を知っていそうな人間が目の前にいたではないか。
「白石?って、白石?赤司組準構成員の?」
「ああ、元、だがな」
「知ってるけど、なんで?白石が何かしたのか?」
今ここで千秋にすべてを打ち明けてしまうのが躊躇われた。
千秋の口ぶりからするとどうやら千秋と白石は交友関係を保っているように見えたからだ。
「いや、ちょっと話に出ただけだ」
「赤司から最上の青木会に行ったらしいけど、うまくやってるって話だぜ」
「親しいのか?」
「まあまあかな。あいつと俺は一緒の時期に赤司組に入って、同じ苦労を分け合った仲なんだ。先に出世したのは俺だったけど、友達なのは変わらなかったな」
直江は眉間にシワをよせた。
赤司にいたころならば千秋に間を取り持ってもらって話をつけられたかもしれない。
しかし現在は青木会にいて、しかも準などではなくしっかりとした構成員で、それ相応のシノギを上げている男だ。
いまさら千秋の―――上杉を破門になっている男の言うことを聞くなどプライドが許さないに違いない。
そしてもしも、千秋がまだ白石に対して特別な友情を持っているのなら、最悪の事態になった時に千秋がどう行動するか予想ができない。
「あいつもさ、今じゃ立派にヤクザやってんだろ?そりゃまあ上杉と最上を比べるとなったらケタが違うけど。有名じゃないメジャーリーガーが日本のプロ野球に4番バッターで入るようなもんだ」
「そうだな……」
「元気にしてんのかな〜」
直江はパッタリと口をつぐんで話さなくなった。これ以上話してしまえばもし何かあった時に千秋が白石にリークする可能性はある。
いくら直江に恩を感じていても、だ。
「お、そろそろ店行く準備しないとな。直江、着替え手伝うぜ」
「ああ、頼む」
高耶が戻ってきたら相談しなくてはいけないことが一つ増えてしまった。
そのころ高耶は加藤と池袋の喫茶店で会っていた。周りをキョロキョロと見渡しながら現れた加藤が高耶を見つけてホッと安心して息をついたのが高耶の印象に残った。
こいつはすでに脅しを何度もかけられているのだろう。
そして高耶に会っているところを見られるとまずい相手もいるのだろう。
「ちょっと確認したいことがあってな」
「なんだ?」
「……金借りてるとこって、最上の青木会か?」
「ああ。それでこの前の盆に呼ばれたんだ。稼いで返せって」
稼いで返せどころか、加藤の借金をさらに増やすために呼んだに違いなかった。
しかし加藤は由比子の金を使いきった時点で高耶に話を持ちかけたのだから、借金は利息は別として増えることはなく済んでいる。
「知り合いの知り合いが青木会にツテがあって、そんで金を借りたんだが……失敗したな」
「失敗しねえ闇金なんかねえよ」
自分の経験が元になっているだけに、高耶の口ぶりは真実味がある。加藤がその高耶を見て感心した。
「景虎って名前は伊達じゃねえんだな」
そのたった一言が、高耶の神経に障った。
「言っておくがオレはヤクザじゃねえ。名前を上杉会長から貰ったのは確かだ。だがそんなものオレにしてみりゃ邪魔なだけなんだ。おまえみたいな名前に頼ってくるヤツや、景虎って名前聞いて逆上するヤツがいる。これを背負ってるだけでオレは上杉から離れらんねえんだ。離れたくともな」
「悪かったよ」
いきなり気色ばんだ高耶に圧倒されて加藤が謝った。それも高耶は気に入らないらしい。
「悪かったと思うならオレを頼りにすんじゃねえよ。由比子はおまえの女だろうが。ヤクザに持ってかれるってわかってて借金したんだろ。だったら最初から誰のことも頼るんじゃねえ。今回はオレだけでどうにかできる相手じゃねえんだよ。由比子のためとはいえ、いくらかの犠牲を払ってるこっちの身にもなってくれ」
声を低くして周りに聞かれないようにした高耶の気遣いは、加藤にとっては凄まれたとしか思えないほど迫力があった。
この高耶がヤクザではないことが不思議でならない。
青木会の取立てよりも底冷えするほどに恐ろしかった。
「……由比子はスナッフやられること、知らないんじゃないのか?」
「ああ……言ってない……」
やはり高耶が予想した通りだった。さきほどの周りをキョロキョロと見回す加藤の行動は、暗に『いつ拉致されるかわからない』という意味がこめられていた。
「バカか。だったら由比子の保護が最優先だろうが」
「でもそんなこと言ったら」
「おまえいい加減にしろよ。テメエの女が腕ちょん切られるんだぞ?他人事みたいに言うな。これから由比子に本当のこと話して、保護する」
「……わかった」
渋々納得したような加藤の姿を見て、高耶は加藤に由比子の保護に付き添わせることが出来ないと判断した。
こいつはきっと爪を一枚剥がされただけで由比子の居所をベラベラと話してしまうだろう。
「おまえはとりあえず……この金を持って青木組に行け。借金の返済って名目だ。足りないだろうが少しでも返せば向こうも即行動には出ないだろうからな。その隙にオレが由比子を連れ出す」
「ああ」
直江から何かあった時に使うように言われていた財布の中の10万を加藤に渡して、すぐに店を出て加藤は電車に乗って青木会へ。高耶はタクシーで由比子のアパートへ向かった。
つづく
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