キズナ  〜カイナ2〜


 

※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※

 
         
 

その日の深夜、直江の携帯に高耶から電話が入った。

「何か進展があったんですか?」
『由比子を保護した』
「……どこに?」
『マンション。オレたちの』

確かにそれが一番安全な場所なのはわかる。
しかし高耶の元恋人をなぜ自分の住むマンションに保護しなくてはいけないのかと嫉妬心が首を擡げる。

「今は二人でそこに?」
『ああ、オレの部屋にいる。事情も全部話した。ちょっと錯乱したけど、今は落ち着いてる』
「すぐに戻ります。……それと、少し話したいことが出来ました」
『なんだ?』
「戻ってからにします」

千秋に後を任せたと言って、ボディガードの男と車で店を出た。
マンションに着くと男に含みを持たせてまた千秋の元に戻らせ、ひとりで部屋のドアを開けた。
千秋がしばらくは戻れないようにして欲しいと、言外に告げて。

「早かったな」
「ええ。急いであなたに話さなければいけないので。由比子さんは?」
「もう寝た。ちょっとおかしくなってたから、精神安定剤飲ませたらソッコーで寝たよ。たぶん起きないから何でも話していいぞ」
「先に着替えさせてください」
「あ、うん」

高耶が手伝う着替えは千秋と違ってスムーズで、負担も少ない。これまで高耶がどれだけ自分の世話をしてきたのかが改めてわかった。
その高耶に手ひどい真似をしたのを後悔した。しかし口に出してしまえばせっかく手に入れた高耶がどこかへ行ってしまうような気がした。

「リビングに行きましょうか」
「ん」

リビングで高耶が直江に出す酒の支度をした。ヘネシーの瓶を取り出して、氷と水を用意する。
直江に付き合って高耶も少しだけ飲んだ。

「こちらでも少し調べたんですが、どうやら相手は最上組系青木会の白石という男だそうです」
「ああ、加藤も青木会だって言ってた」
「千秋の友人だそうですよ」
「……マジで?」
「最終手段は白石を消すことも考えました。もしもその時、千秋が邪魔をしたら、ということも」

消すと聞かされて、高耶が身を強張らせた。
高耶は今までに二人殺している。本意ではなかったにしろ、殺人を犯した高耶がそれに過剰反応するのは当然だ。

「白石は上杉から最上に行ってのし上がってきた男で、今の地位やプライドを奪われるとなれば何をしだすかわからないでしょう。最悪、私たちと青木会との抗争になるでしょうね。スナッフはいい稼ぎになりますからそれを取り上げられた時の白石の怒りは半端ではない。青木会は新しい組織で、最上への上納金は白石のシノギがないと上げられないそうですから」

それは高耶にも理解できた。借金のカタに女を使ってスナッフビデオを撮るなど、金にならなければやらないだろう。
セックスビデオとは違って諦めの気持ちから進んで体を差し出している女ではないのだ。

「どっちにしろ、オレたちはその青木会の稼ぎを一個潰そうとしてるわけだよな?抗争なんかしたくなくてもそれなりの報復は免れないわけだ?」
「ええ。金を返す際に上杉会長か、赤司ぐらいの名前を出さないことには納得してくれないでしょうね」
「でも赤司はいない……会長に頼ればオレたちはヤクザになる……」
「そうなると、力を貸してくれるのは……柿崎だけです」
「綾子姐さんの?」
「綾子ならば私たちが組に入ることなく処理するでしょう。逆を言えば私が上杉に戻るということは、柿崎にとっては次期会長に据える人間が私になるかもしれない危機がありますから、会長に口添えされるよりは自分で買って出たいところだと思いますよ?」

しかし綾子にも色々と思惑はあるだろう。高耶が上杉を名乗っているのを本音では快くは思っていないだろうし、ここで柿崎の名前を出したところで、最上からの反感を柿崎が買う可能性もあるのだ。
そう簡単に引き受けてくれるはずがない。

「綾子姐さんに頼むのは保留だな。オレたちだけでできるんだったらそうしたい」
「まあ、そうですが……」
「千秋のためにも」
「わかりました」

その話は中断して、由比子の同居について高耶が直江に話しだした。
由比子が高耶の部屋を使う間、高耶は直江の部屋に移ること。
出来る限り刺激しないよう客扱いをして欲しいこと。
直江がおかしな嫉妬心を由比子にぶつけないこと。

「保護するのはかまいませんが……個人的にはとても不愉快です」
「ガマンしてくれ。オレはもう由比子には何の感情もない。今は加藤の女だしな。それにオレはおまえのものなんだろ」
「……その通りです。あなたは誰にも渡しません。どんなにあなたが苦しくても」
「だったらガマンしてくれ」
「はい……」

苦いと感じるヘネシーを高耶は飲み下して直江と供にバスルームへ向かった。
誰かを守るためにいつも直江に差し出される体を清めるために。

 

 

翌日の朝、直江が起きると高耶はベッドの中からいなくなっていた。あたりまえのことだが少し腹がたつ。
リビングに出ると高耶と由比子が朝食を食べていた。

「どうして起こしてくれないんですか」
「あ、おはよう。なんかよく寝てるから起こさない方がいいと思って」

高耶の言葉は本心だろうが、由比子との朝食を邪魔されたくないからじゃないかと疑った。
子供のような嫉妬心に自分で気付いて嫌な気分になる。

「由比子、この人が直江」

高耶が女の名前を呼び捨てる。それですら気分が悪い。

「ありがとうございます、直江さん。ご迷惑をおかけしてしまって」
「別に礼を言われるようなことはしてませんよ」
「でも匿ってもらって……」
「匿っているのは高耶さんであって、私ではありませんから。何か起きたとしても私は由比子さんのために動くことはありません。ここにヤクザが乗り込んできたとしても、私のことはあてにしないでください」

直江の言いように由比子も高耶も驚いていた。マンションのスペースを一時的に貸すだけであって、それ以外は一切関知しないと宣言したようなものだ。

「直江っ!」

高耶に睨まれる。客扱いをしろという条件を承諾させるために直江に体を差し出したのに、という目をしている。

「わかりましたよ。高耶さんの言う通りにします」

居心地の悪いリビングから出てダイニングに向かった。千秋が朝食を用意しているはずだ。
入ると千秋がちょうど直江のぶんの朝食を料理しているところだった。

「女が一人増えるとなんだかバランス悪くなった気がする」
「そうだな……私はできるだけ彼女と接触しない方がいいらしい。今後は別々に食事をすることにした」
「高耶は由比子ちゃんとか?まあ仕方がないけど、直江はそれでいいわけ?」
「短期間だけだからな。別にどうでもいい」

どうでもいいという顔ではないが、千秋がそれを指摘したら直江を怒らせてしまうに決まっているので頷くだけにしておいた。

食べ終わった直江がリビングで新聞を読む。普段の習慣だから普段の直江のままのはずなのだが、先ほど由比子への態度が悪かったせいか、リビングには高耶しかいなかった。

「まだ混乱中なんだから少しは労わってやれよ」
「わかりました。あなたがあなた自身の体を使って私に条件を飲むようにさせたんですから。客扱いしますし、嫉妬もしないし、八つ当たりもしませんよ」
「……ちょっと来い」

直江を立ち上がらせて寝室へ。千秋にも由比子にも聞かれたくない話だ。

「オレは……おまえに体を売ってるとは思ってない……直江に抱かれるのはいろんなことを思い出すから怖い。でもオレが何も思い出さないほど夢中になるセックスをするのならオレは直江の性奴隷だろうがなんだろうがなるよ」
「私が望んでいるのは性奴隷ではありません。私が望んでいるのは心でつながっている伴侶です。それが高耶さんです。私はあなたが受けたすべての物を自分の身に置いて考えて行動したいんです」

ようやくお互いの本心が見えてきたところだろう。確実ではないがここからが二人で土台を築いていかなければならない。
最悪の場合高耶も直江も極道になるかもしれないが、その時は頭脳戦ができるふたりを上杉会長が抱え込んで直属の駒にすることになる確率が高い。

「それでいいんですか?覚悟は?」
「こんぐらいの覚悟しないで景虎の名前をオレが持つわけがない。とっくの昔に覚悟なんか出来てたよ」

高耶の顔を見ればその覚悟はついているようだった。さすがに上杉会長から直々にスカウトがあって、さらに名前までも使わせてもらっている高耶の自信なのだろう。

「では次の指示は?」
「千秋だ」

千秋と白石を接触させて情報が欲しい。

「下手したら千秋は白石に吸収されてしまうかもしれませんよ?私と千秋の関係は上下関係ですが、白石とは横関係でしょう?もし私たちが白石を殺せば千秋はどちらに付くと思いますか?」
「殺せば横だろうな。じゃあその横関係で千秋に白石と会わせて、千秋に探られるなんてことは?」
「こちらの事情を話す前でしたら白石の情報を持って帰ってくるででょう。でももう千秋は由比子さんを知っている。匿ってる時点で白石にとって私たちは敵になります。たぶん千秋も」

今の時点では千秋は直江の部下だ。
ただ青木会の白石とコンタクトを取ったとしたら、スナッフをやられる女が由比子だと千秋にもわかる。
直江をいくら恩人だと言っていても、昔なじみの白石が出てきたら直江を見限るかもしれない。

「今の所は徹底的に千秋を蚊帳の外にしてしまいましょう。ここしばらくは白石とは会っていないようですが、何か起これば聞きつける可能性は高いでしょう」
「だったら白石に300万を返してそれで気持ちよく終わりにさせるしかないのか」
「終わりにはならないと思いますけどね」

白石が快く金を受け取るかどうかはわからない。その場合は白石より上の人間に押さえつけさせるか、300万にあと2〜300万の色をつけて返すかのどちらかだ。
しかし加藤と由比子で高耶に金を返すとしたら300万でギリギリに違いない。それに白石が色をつけた返済を納得するかどうかだ。

「直江はどう思う?」
「さあ、私は白石の性格はまったく知りませんので……。でもスナッフで金を稼いでいるのなら、それなりの男だというのは確かでしょうね」
「それなり、な……」

残酷で残虐な性格という意味だ。青木会は白石のような若者の集まりだと思った方がいい。
そうでないのなら最上系の青木会に行かずに、博打をメインの凌ぎにしている上杉の一次組織である柿崎組に吸収されるはずだ。

「とにかく300万を加藤に返済させる」
「まずはそこからですね」

話が決まって直江の寝室から出ようとしたら腕を引っ張られてキスをされた。

「なんの意味があるんだ?」
「愛した人にキスをするのは当然でしょう?意味も裏もありませんよ」

直江の右手が高耶の肩を抱いた。疑ってかかった高耶は直江の真意を探るために目を覗き込んだ。
もしも裏があるなら目を見ればわかる。

「……嘘じゃないみたいだな」
「どうしてそんなに警戒するんですか?」
「警戒……は、してない……。あ、いや、別の意味で警戒してるかもしれない……」
「じゃあどんな意味で?」
「……知ったら後悔するよ」

部屋から出て行こうとした高耶を右腕だけで捕まえて背後から強く抱いた。驚いた高耶が体を捩ってその腕から逃れようとしたら直江が首筋に顔を埋めた。

「両腕で抱けないことがこんなに辛いとは思いませんでした」
「…………」
「何か言ってください」
「何を……」
「なんでもいい」

首筋に埋めている直江の顔をそっと触った。そして首を回して直江の方に向けた。
高耶の動きに合わせるように直江も静かに首を回してどちらからともなくキスをした。

「……おまえはオレのために死ねるか?」
「ええ。いつだって覚悟しています」
「信じる……」

体を反転させて高耶が自ら直江の腕の中に入った。さっき直江がしていたように、高耶も直江の首筋に顔を埋める。
直江の動かない左腕を高耶が掴んで自分の腰に当てた。

「両腕で抱かれたい」
「それは私に対しての課題ですか?」
「そうだ」

何度も繰り返しキスをしながら高耶が直江に迫る。数歩下がらせたところで直江をベッドに押し倒した。

「どうしたんですか?」
「どうもしないから、もっとキスしてくれ」
「……わかりました」

静かに囁いたその言葉で直江は自分が高耶に愛されているのを感じた。愛されていて、必要とされていて。
今まで知らなかった自分の中にある気持ちが浮上してくるのを感じた。

「頼むから、安心させてくれ」

希われるように高耶がキスの間に呟いた。

「安心……ですか?」
「おまえにはオレしかいないって……今も、これからも、おまえはオレしか愛さないって、オレを捨てるなんてことがないって、安心したい……」

自分を警戒しているのはそれなのかと直江は納得する。高耶が直江を避けたのも、強く拒否をしたのも、これを恐れていたのだと知る。

「あなたしか愛しません……もし、私があなたを捨てるなんて言い出したら、殺してください」
「……直江……」
「あなたが私のものだとしたら、私はあなたのものです」
「うん……」

ベッドに倒れたまま高耶が直江のシャツの釦を外して、直江の心臓そばの傷痕にキスをした。直江の腰がゾクリと疼く。
この傷は昔愛した人を守った傷。

「この傷だって今はオレのものだ。直江全部がオレのものだ」
「……ええ、すべて高耶さんのものです」
「全部……」

 

つづく

 
         
 

最後まで鬼畜な直江がよかったのに・・・

 
         
 


 
         
   

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