絆
※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※ |
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千秋にくれぐれも由比子から目を離さないように、と直江が出かけ際に言った。 「でもあの子は直江にとっては邪魔なんじゃねえの?高耶の昔の女だぜ?」 高耶が直江に早くしろとマンションの玄関から呼んだ。千秋との話はそれで終わり、直江は仕事へ行くためにマンションを出た。 千秋にとって直江は恩人であり雇い主でもある。 直江が出て行ったドアを見つめながら千秋は小さく溜息をついた。
数日後、高耶は金を持って加藤との待ち合わせ場所へ行った。高田馬場駅前からすぐの喫茶店だ。 「まだ早い。白石がそれを受け取って完済になってからにしてくれ。でもたぶん、それで完済にはならない。ちょっと面倒なことになるかもしれないから、これを持って行ってくれ」 高耶は加藤にICレコーダーを持たせた。加藤と白石の間で何を話し合ったのか録音できる。決済されずにまた何かを要求してくればいざという時の証拠にもなる。 「録音ボタンは赤いやつだ。闇金の建物に入る前にその録音スイッチを押せ。レコーダーを出して録音ボタンを押すなんてマヌケなことはしないでくれよ。見つかったらその場で取り上げられて、オレがやってることがパーになる」 これから加藤は1駅離れた大久保にある青木会の闇金事務所へ歩いて行き、帰りはタクシーでこの喫茶店に戻り、レコーダーを高耶に返すとともに、青木会の出方を報告する予定になっている。 「由比子はどうしてる?」 録音ボタンの場所を覚えてから加藤は喫茶店を出た。
加藤は青木会の闇金融で使われている雑居ビルの前に立った。 「加藤です。白石さんはいらっしゃいますか?」 一応敬語を使っているのはヤクザの闇金だと一発でわからないよう常に気を配っているからだ。 一番奥の応接セットまで通され、そこに白石が待っていた。 「おー、加藤さん!今日は何の用だ?答えによっては帰れなくなるかもしれないぜ」 加藤が座るとすぐに背後に先ほどの若者と、もう一人スーツの男が立った。 1万円札を数える白石の手を見て、加藤も何枚あるのか目だけで追って数えた。300枚あった。 「加藤さ〜ん、まだ9万ちょっと足りないんだけど」 高耶から前回借りた10万で端数を支払っていたから今回は300万きっちりを返済すればいいはずだった。 「このまえ払ったのは端数でしょ?俺が足りないっつってんのは今日までの利息だよ、りーそーく!」 加藤が身を乗り出すと背後の二人が片腕ずつ取って制した。 「しっかりしてくれよなあ!加藤さんよ!利息があるってのを忘れたわけじゃねえだろ!」 白石は加藤の借用書と利息の計算表をおもむろに出して、加藤の目の前に突きつけた。 「今日中に残金払ってくれたら終わるけど?」 背後を取っていた二人に入り口ドアまで連れて行かれ、突き飛ばされて追い出された。 「もし後ろにつけてくる車があったら撒いてくれ」 そうしてようやく高田馬場に戻り、高耶が待つ喫茶店に入った。さっきと同じ席で高耶が待っていた。 「どうだった?」 レコーダーを高耶に渡し、20分程度のやりとりを聞かせた。 建物から出て高耶に電話を入れた。 『もういなくなってたか?』 それで電話が切れた。今度はタクシーでまっすぐ戻った。 「ああ、そうだ。直江が調べた根城と同じところだ。他にはないか調べられるか?頼む」 そう言って高耶が電話を終わらせ、加藤に向き直った。 「闇金や怪しい街金なんかでよくある手なんだよ。期日までに全額返せっつって一回追い出す。借り手がどうにかして金策して返しに行くと事務所は閉まってて、何日か後に『期日までに全額返さなかったから差し押さえする』って言われて、建物なり女なり金になるものを奪われるんだ」 高耶から説明されて加藤は頭を抱えた。加藤には担保になる物件もないから差し押さえられるのは間違いなく由比子だ。 「じゃあどうしたらいいんだよ!!」 白石の手口からすると由比子を引き渡さない限りは借金も終わらないだろう。どうして白石が加藤ではなく由比子に執着しているのかも気になる。 「おまえ、由比子のこと本気で好きなんだな」 以前、高耶が直江に脅されていた時は妹の美弥が人質のようなものだった。もしあの時、美弥ではなく由比子が人質になっていたら高耶も失踪していたかもしれない。 「俺はそんな真似はしない」 高耶は昔の自分を思い出して加藤とダブらせた。闇金で金を借りるということは大事なものを奪われる可能性がほぼ100%ということだ。 「オレも他人のこと言えた義理じゃないけど、闇金使う時点ででおまえは由比子を差し出したのと同じだ」 この件が解決して加藤が博打をやめて堅気になって由比子を幸せにすることができれば高耶も救われる。 「おまえがどんな気持ちでいるか一番わかるのはオレかもしれない。由比子のために金を貸したけど、結局はオレ自身のためなんだろうな」 それだけ言って立ち上がり、会計のためにレジへ行った。
タクシーに乗ってマンションに戻った高耶が直江を書斎に呼んで、ICレコーダーに録音した内容を思い出しながらさっきまでの出来事を詳しく話した。 「ここにいる限り由比子は危険じゃないと思うけど、そうすると加藤が何をされるかわかんないよな……」 単純なことだと直江は言った。 「そんなものですよ、人間なんて」 由比子への執着はそれだけではないと高耶は思う。由比子は誰から見ても美人でスタイルもいい。 「じゃあ青木会の方は金さえ取れれば加藤や由比子が今後どうなろうと知ったこっちゃねえって感じだよな。白石が執着してるだけで」 高耶が立ち上がって部屋から出ようとしたのを直江が腕を掴んで止めた。 「もし白石に寝返ったらどうするんですか?」 力強い目で訴えられたら直江は納得するしかない。こんな時の高耶は計算を間違えたりしない。 「じゃあ私には話してください。千秋をどうやって使うのか、全部」 腕を掴んでいる直江の手を大事そうに包み込んでゆっくり離した。それだけで直江は高耶を信じた。 つづく |
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話としては深くないのでそのへん気にしないように。 |
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