絆
※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※ |
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書斎を出た高耶は由比子とリビングでテレビを見ていた千秋に「ちょっといいか」と言って千秋の部屋に移動させた。 「なんだよ」 高耶の言う知り合いが誰を指しているか千秋なりに考えてみた。高耶は以前の知り合いとは一線を画していて、今は直江を通しての知り合いか、店の客ぐらいしかいない。 「千秋、そういう方面の知り合いいない?」 高耶ではなく『景虎』が欲しがっているのがバレるのがいけないのだと千秋は理解した。もしも欲しがっているのが上杉会長か柿崎だとしたら、手に入れること自体が危険な橋なのだろう、と。 「とりあえず聞いてみる。ハンパない金額だと思うけどいいのか?」 高耶が千秋を泳がせた。
その日の夕方、千秋は白石に直接電話を入れた。白石の持っている携帯電話も千秋の物も、両方トバシの携帯で、足がつかないように何度も取り替えているからお互いの番号はすでに使えなくなっているが、少しツテを辿ればすぐに番号程度ならわかる。 『千秋か。久しぶりだな』 スナッフビデオの相場は1本3万円から5万円。ビデオの出来や出演する人間の性別や容姿、内容で値段に差が出る。 『どんなのがいい?』 白石は友達の千秋だからと5万のビデオを4万で売ってくれると言う。このビデオは値段が高いぶん内容も濃いそうだ。 「んじゃソレでいいや。いつ会える?」 白石の言う『追い込み』は加藤のことだ。しかし千秋には加藤のことも由比子のことも知らされていない。 「明日でいい。おまえが普段使ってる事務所があればそこに行くから」 雑居ビルの住所を白石に聞いてメモを取った。 『千秋、おまえ今何やってんだ?』 千秋も直江たちと同じでプライベートを喋ることはほとんどない。いくら白石でもそれを正直に話すことは出来ない。 「破門が解かれたって赤司のオヤジはいないんだろ?だったら柿崎組に行くわけだよな?俺、柿崎の姐さん苦手なんだよな〜」 千秋は元は赤司組にいた。赤司組は組長の性格やスカウトによって集まってくる子分と、他の親分さんからの紹介で入ってくるものと居る。 赤司が銃刀法違反で逮捕され、実刑を受けている間に赤司の愛人と関係を持ってしまい、破門とエンコ詰めをされそうになったところで直江に助けられた。二人揃って破門されている間、直江の闇賭博の手伝いをしていた。 『へえ、そうなのか。千秋は俺より出世してたから柿崎が欲しがってると思ってた。ええと、なんだっけ。上杉会長が目ェかけてるガキがいただろ。あいつはどうだ?』 白石は高耶を知らない。名前だけが先走って大きくなっているだけだ。 『景虎ちゃんはさあ、上杉会長直々の子分なんだってな。上杉会のトップにするために教育されてんのか?』 千秋はもう組関係から破門された自由な身をまたヤクザに戻したいとは思わない。直江と仕事をして金を儲けて、直江のそばで世話をするのが性に合っている。尊敬する男の執事でいられるのが天職だろう。 『景虎ちゃんて普段どこにいんの?どっかの賭場で働いてるみたいだけど』 白石に言われるまで高耶がそんなに信奉されているとは知らなかった。いったいいつの間に。 「博打がうまいらしいからそっちで信奉されてるならわからなくもないが」 白石に探られているのがわかって千秋も余計なことは言わない方がいいだろうとどんどん話をそらした。
今朝、千秋が朝食を作る隙をついて部屋においてあった携帯電話をこっそり高耶が盗み出していた。 携帯電話での会話なら確実に拾って録音ができる。直江のパソコンに受信機を取り付けてそれでリアルタイムで聞けるようになっている。普通の盗聴もできるし電話の内容なら千秋だけでなく相手の声もしっかりと入る。 直江と付き合う前はアナログ人間だった高耶だが、カジノの仕事を覚えるとなると電機系統のことも覚えなくてはならず、カジノでの盗聴器の発見と設置、監視カメラのチェックと録画、それをパソコン1台ですべてできる様に直江に仕込まれた。 書斎のパソコンにラジオ受信機を取り付けて、高耶と直江で受信された内容を聞く。 「……事情を千秋に話してないんですから、こんなことがバレたら裏切りだって言いますよ」 高耶の絵図がどんなものなのか、直江にも予想ができない。オレを信じろ、と言った高耶を信じるしかない。
翌日の午後4時過ぎに、由比子の携帯に電話が入った。 『あんたの彼氏がね、借金でどうにも首が回らなくなって、あんたに返済を頼みたいって言ってるんだよ。今から来られるか?』 高耶の話通りに期限までに返済しなかったからと言って由比子を連れ出すつもりのようだった。 加藤が事務所で監禁されていると分かった由比子は、多分そうなるだろうと予想していた高耶から教わった通り、事務所の住所と電話番号を聞いた。 『一人で来いよ』 電話を切った由比子の手が大きく震えている。 「大丈夫だ。加藤は殺されないし、由比子も助ける」 今日、加藤に返済に行かせたのは高耶だ。時間も指定して行かせた。 高耶の目論見どおり、加藤は白石の事務所に監禁された。 白石から由比子に電話が入った直後、何も知らない千秋がマンションを出た。 裏ビデオでも犯罪性の高いビデオは普通、コインロッカーや車を使って取引されるものだが、白石と千秋の関係であれば手渡しでも構わなかったため、先日加藤が訪ねた事務所で会うことになっている。 「まだ動きはありません。たぶん加藤は別の部屋に入れられているんでしょう。千秋が気付いた様子はありませんから」 イヤホンをして高耶も中の様子を盗聴する。千秋の持っている携帯に仕込んだ盗聴器は思った以上に感度が良かった。 「加藤から聞いたところによると、あの事務所には白石の他に2人程度しか置かないらしい。今もそんな感じだな。直江が聞いてるときはどうだった?」 白石が千秋にビデオを渡し、それから昔話が始まった。久しぶりに会うのだから千秋も白石も少しぐらいは世間話もするだろう。 「あなたは千秋を信じているんですね」 高耶が千秋を信じているなら、直江も千秋を信じる。直江は少し笑ってからまたイヤホンから聞こえてくる音に耳を澄ました。
つづく |
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赤、青、白です。 |
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