キズナ  〜カイナ2〜


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※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※

 
         
 

書斎を出た高耶は由比子とリビングでテレビを見ていた千秋に「ちょっといいか」と言って千秋の部屋に移動させた。
由比子に関しては千秋は『高耶の昔の女で、借金のカタに身柄を攫われる恐れがある』としか聞かされていない。
直江も高耶も必要なこと以外は誰にも話さない癖がついていて、それは堅気ではない人間にとっては当たり前のことだ。
もちろん千秋も了承しているし、千秋本人もそういった癖を持っている。
だから千秋は由比子がどんな状況でこのマンションに匿われているか知らない。口外する気もない。

「なんだよ」
「あのさ、直江に内緒で手に入れて欲しいものがあるんだけど」
「何?」
「スナッフのビデオ」
「おまえ、あんなグロいのが好きなのか?」
「好きなわけじゃない。知り合いに頼まれて手に入れろって言われてるんだ」

高耶の言う知り合いが誰を指しているか千秋なりに考えてみた。高耶は以前の知り合いとは一線を画していて、今は直江を通しての知り合いか、店の客ぐらいしかいない。
店の客が高耶にそんなものを頼むわけがない。となると上杉関係の誰かだろう。
そして直江に頼まずに千秋に言ってきているのを考えると上杉会長か柿崎が有力だ。

「千秋、そういう方面の知り合いいない?」
「いるけど……最近は会ってないから売ってくれるかわかんねーぞ」
「聞くだけ聞いてくれ。それとオレが欲しがってるとか絶対言わないでくれ。バレたらまずいんだ」

高耶ではなく『景虎』が欲しがっているのがバレるのがいけないのだと千秋は理解した。もしも欲しがっているのが上杉会長か柿崎だとしたら、手に入れること自体が危険な橋なのだろう、と。

「とりあえず聞いてみる。ハンパない金額だと思うけどいいのか?」
「ああ、いいよ」

高耶が千秋を泳がせた。

 

 

その日の夕方、千秋は白石に直接電話を入れた。白石の持っている携帯電話も千秋の物も、両方トバシの携帯で、足がつかないように何度も取り替えているからお互いの番号はすでに使えなくなっているが、少しツテを辿ればすぐに番号程度ならわかる。

『千秋か。久しぶりだな』
「おう。あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、おまえってまだフナッフ扱ってんの?」
『まあな。けっこういいシノギになんだよ』
「知り合いが1本欲しがってるんだけど、売ってくんないかな?」
『値段が高いけど大丈夫か?』
「大丈夫だ」

スナッフビデオの相場は1本3万円から5万円。ビデオの出来や出演する人間の性別や容姿、内容で値段に差が出る。
DVDでは簡単に動画を配信されてしまう確率が高いので、いまだにビデオテープを使っている。

『どんなのがいい?』
「あー、俺はわからないからおまえのセンスに任せる」

白石は友達の千秋だからと5万のビデオを4万で売ってくれると言う。このビデオは値段が高いぶん内容も濃いそうだ。

「んじゃソレでいいや。いつ会える?」
『今、ちょうど追い込みかけてるんだ。明日以降ならどうにかなる』

白石の言う『追い込み』は加藤のことだ。しかし千秋には加藤のことも由比子のことも知らされていない。
千秋はその追い込み相手の女を自分が匿ってるなどとは露知らずだ。

「明日でいい。おまえが普段使ってる事務所があればそこに行くから」
『大久保に事務所がある。まあ明日なら大丈夫だ』

雑居ビルの住所を白石に聞いてメモを取った。

『千秋、おまえ今何やってんだ?』
「あーなんてゆうか……執事?秘書?みたいなこと。社長の身の回りの世話してんだ」
『なんか噂で聞いたけど、破門が解かれたんだろ?なんで組に戻らないんだ?』

千秋も直江たちと同じでプライベートを喋ることはほとんどない。いくら白石でもそれを正直に話すことは出来ない。
それに直江と仕事をしている間にヤクザの世界が狭すぎることがわかったので戻るつもりもない。直江が戻ると言っても自分もそれについて行くかどうかはその場になってみないとわからない。
でも今が自由なのは確かだ。その自由のためなら嘘もつく。

「破門が解かれたって赤司のオヤジはいないんだろ?だったら柿崎組に行くわけだよな?俺、柿崎の姐さん苦手なんだよな〜」

千秋は元は赤司組にいた。赤司組は組長の性格やスカウトによって集まってくる子分と、他の親分さんからの紹介で入ってくるものと居る。
白石は赤司組にいた少年院仲間からの情報でスカウトされ準構成員になった。千秋は死んだ柿崎の親分が目をかけていた男で、
最初は柿崎組に入る予定だったが、柿崎は千秋の性格を考慮すると赤司組の方がいいのではないかということで赤司に入れた。
実情は千秋に赤司組を内偵しておかせることだった。この事実は千秋と死んだ柿崎しか知らないはずだ。赤司の内部事情を逐一柿崎の親分に報告していた。しかし2年と経たずに親分が病死をし、千秋は帰る場所をなくしてしかたなく赤司組の構成員を続けた。

赤司が銃刀法違反で逮捕され、実刑を受けている間に赤司の愛人と関係を持ってしまい、破門とエンコ詰めをされそうになったところで直江に助けられた。二人揃って破門されている間、直江の闇賭博の手伝いをしていた。
千秋が直江の秘書をしていることは直江と親交があった幹部クラスしか知らない。

『へえ、そうなのか。千秋は俺より出世してたから柿崎が欲しがってると思ってた。ええと、なんだっけ。上杉会長が目ェかけてるガキがいただろ。あいつはどうだ?』
「…………堅気のか?」
『なんだっけ、名前……上杉……』
「景虎」
『ああ、そうそうそう、景虎ちゃんだっけな』

白石は高耶を知らない。名前だけが先走って大きくなっているだけだ。
でもその「景虎」という名前が伊達や酔狂で付けられた名前ではいことを千秋は知っている。

『景虎ちゃんはさあ、上杉会長直々の子分なんだってな。上杉会のトップにするために教育されてんのか?』
「さあな。俺には関係ないし」

千秋はもう組関係から破門された自由な身をまたヤクザに戻したいとは思わない。直江と仕事をして金を儲けて、直江のそばで世話をするのが性に合っている。尊敬する男の執事でいられるのが天職だろう。

『景虎ちゃんて普段どこにいんの?どっかの賭場で働いてるみたいだけど』
「俺が知るわけないだろ。そんなガキ」
『でもちょっと有名になりすぎたな。会ったこともないヤツラが景虎を信奉するようになるなんておかしいだろ?』
「そうなのか?」

白石に言われるまで高耶がそんなに信奉されているとは知らなかった。いったいいつの間に。

「博打がうまいらしいからそっちで信奉されてるならわからなくもないが」
『名前だけが先走って有名になったってところか』
「そんなところだろ」

白石に探られているのがわかって千秋も余計なことは言わない方がいいだろうとどんどん話をそらした。
肝心のビデオを受け取るために、明日の夕方の約束を取り付けた。

 

 

今朝、千秋が朝食を作る隙をついて部屋においてあった携帯電話をこっそり高耶が盗み出していた。
直江の書斎に持ってきて工具を使って盗聴機をしかけ、すぐ携帯を元に戻して千秋の部屋に置いてきた。

携帯電話での会話なら確実に拾って録音ができる。直江のパソコンに受信機を取り付けてそれでリアルタイムで聞けるようになっている。普通の盗聴もできるし電話の内容なら千秋だけでなく相手の声もしっかりと入る。
そしてマンションから出た場合でもFMの電波を使って半径2キロぐらいなら直江のパソコンに届くようになっている。

直江と付き合う前はアナログ人間だった高耶だが、カジノの仕事を覚えるとなると電機系統のことも覚えなくてはならず、カジノでの盗聴器の発見と設置、監視カメラのチェックと録画、それをパソコン1台ですべてできる様に直江に仕込まれた。

書斎のパソコンにラジオ受信機を取り付けて、高耶と直江で受信された内容を聞く。
まずわかったのは千秋が由比子について本当になにも気付いていないこと、白石は高耶の顔を知らないこと、白石が加藤の追い込みをかけていること、それと白石がビデオを扱っていることがわかった。
景虎の名前はすでに多くに知られているようだ。

「……事情を千秋に話してないんですから、こんなことがバレたら裏切りだって言いますよ」
「いや、千秋のことだからな。もう自分の考えで動いてる。オレが景虎だなんて匂わせないようにしてただろ?」
「そういえば……誰が景虎なんだって話は答えませんでしたね」
「直江のことも自分自身のこともうまくはぐらかせて言わなかったんだ」
「じゃあ他にやることは?」
「今はない。直江は千秋のスケジュール管理だけしてくれ」

高耶の絵図がどんなものなのか、直江にも予想ができない。オレを信じろ、と言った高耶を信じるしかない。

 

 

翌日の午後4時過ぎに、由比子の携帯に電話が入った。
高耶も由比子の部屋に入って電話の内容を聞いた。相手は白石だ。

『あんたの彼氏がね、借金でどうにも首が回らなくなって、あんたに返済を頼みたいって言ってるんだよ。今から来られるか?』

高耶の話通りに期限までに返済しなかったからと言って由比子を連れ出すつもりのようだった。
加藤が本当に自分に返済を頼んでいるのか、と由比子が聞くと、白石に替わって加藤の声が聞こえた。くぐもった声は顔を殴られたか、頭を押さえられているからだろう。

加藤が事務所で監禁されていると分かった由比子は、多分そうなるだろうと予想していた高耶から教わった通り、事務所の住所と電話番号を聞いた。

『一人で来いよ』
「わかりました……」

電話を切った由比子の手が大きく震えている。

「大丈夫だ。加藤は殺されないし、由比子も助ける」

今日、加藤に返済に行かせたのは高耶だ。時間も指定して行かせた。
千秋と白石の約束の時間が午後5時だというのは昨日の電話で知っている。
昨夜、加藤に電話して、白石から電話が来ても出るのは午後3時すぎにしろと言い、高耶の言う通りに3時過ぎに電話に出て4時に事務所へ行かせた。
監禁されるだろうということも加藤には言ってあり、高耶とは面識がないような芝居をしろとも念を押した。
当然、景虎が誰かも絶対に言わないように、と。

高耶の目論見どおり、加藤は白石の事務所に監禁された。

白石から由比子に電話が入った直後、何も知らない千秋がマンションを出た。
直江は高耶からの指示で由比子に車を運転させて出かけている。行き先は白石の事務所そばの駐車場だ。
千秋が気付かないように通り道を外れた駐車場に停めて、パソコンで盗聴できるようにスタンバイしている。

裏ビデオでも犯罪性の高いビデオは普通、コインロッカーや車を使って取引されるものだが、白石と千秋の関係であれば手渡しでも構わなかったため、先日加藤が訪ねた事務所で会うことになっている。
千秋が出かけてすぐに高耶も直江がいる場所へ向かった。車に入って直江に千秋の様子を尋ねた。

「まだ動きはありません。たぶん加藤は別の部屋に入れられているんでしょう。千秋が気付いた様子はありませんから」

イヤホンをして高耶も中の様子を盗聴する。千秋の持っている携帯に仕込んだ盗聴器は思った以上に感度が良かった。
会話が全部聞き取れる上、周りにいる人間の声や白石が名前を呼んだ人間のこともわかる。

「加藤から聞いたところによると、あの事務所には白石の他に2人程度しか置かないらしい。今もそんな感じだな。直江が聞いてるときはどうだった?」
「やはり白石を含めて3人です」

白石が千秋にビデオを渡し、それから昔話が始まった。久しぶりに会うのだから千秋も白石も少しぐらいは世間話もするだろう。
そして千秋に直接会うということは、白石が景虎の情報を千秋から引っ張ることも目的に入る。まだ何も知らない千秋だが、直江や高耶の情報は簡単には漏らさない。

「あなたは千秋を信じているんですね」
「おまえのことも信じてるよ」

高耶が千秋を信じているなら、直江も千秋を信じる。直江は少し笑ってからまたイヤホンから聞こえてくる音に耳を澄ました。

 

 

つづく

 
         
 

赤、青、白です。

 
         
 


 
         
   

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