キズナ  〜カイナ2〜


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※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※

 
         
 

千秋が事務所に入ってからすぐに白石が応対し、懐かしい友人に会った2人は笑顔で挨拶をした。
ビデオを渡され金を支払い、千秋が以前から疑問だったスナッフについて聞いた。

赤司組にいた頃はスナッフをやっているのは上杉には内密にしていた。上納金を何で捻出しているかは上杉は問わなかったが、残虐なシーンの記録が残るタイプの物は『証拠』として不利になるためいい顔をしない。

「今は都内じゃ白石んとこしかやってないのか?」
「今はそうだな。面倒が多い割りに単価が安いから」

ドラッグなら倍以上稼げるが仕入れを考えると青木会に回ってくるドラッグは質も悪いし量が少ない。それだとドラッグの売買だけでは上納金が稼げない。だからスナッフにまで手を染めなければいけないのだと白石が言う。

だが千秋は白石の性志向を思い出していた。
千秋は同期ということもあり、白石が何をしてヤクザの道に入ったのかを知っている。白石は少年犯罪を繰り返している頃に、由比子のようなタイプの女性を手当たり次第レイプして、ペニスを立たせたまま包丁などで女性を切り付けている時に射精をする人
間だ。
それが高じてスナッフになったのだろう。
千秋にはわからない、というよりも、わかりたくない志向だ。

「ビデオに出てる人間てのは、この闇金事務所で金を返せなかったやつ?」
「ほとんどそうだな。男の借金のカタにされた女もいるけど」
「このビデオも?」
「ああ、それは借金の代わりに足や腕を出した女たちのやつ。見ればわかると思うけど切断ショーの映像だ」

聞きなれない言葉に千秋が目を丸くした。

「ショー?」
「青木会が手に入れた廃屋の倉庫があって、そこでショーやんだよ。客を呼んで金取ってショーすりゃけっこうな金になんだぜ?」
「想像したくねえな……」

少し青ざめた千秋を見て、面白くなった白石が後を続ける。
聞いているうちに吐き気がしてきそうなグロテスクな内容にますます興奮した白石を遮って止めた。

「俺は好きじゃないんだからやめてくれ。これは知り合いに頼まれただけなんだよ。おまえ、相変わらず鬼畜だよな」

白石にとっては鬼畜という言葉は賞賛でもある。
聞くだけでも吐き気がしてくるのだから、上杉がいい顔をしなかったのも頷ける。

「摘発されたらヤバいんじゃねえの?」
「納得済みのやつを切るんだから摘発されたってたいしたことねえよ。一応誓約書も取ってるし、サツに駆け込んだら腕だけじゃなく命も取られるって言ってあるしな」

笑いながら残酷な話をしている白石を見て、千秋はもう自分がヤクザではないことに気付いた。
以前だったら一緒になって笑っていただろう。不運な人を人間とは思わずに痛めつけていただろう。
それがどうして不愉快にしか思えなくなったのか考えた。高耶だ。直江が連れてきた日から少しずつ変わった。
高耶の言葉に傷ついたり、憤慨もした。人の心を抉り取ってその奥にあるものを引き摺り出し、おまえの本当の姿はコレなんだと突きつけてくる。

「まあ、無茶すんなよ」
「おう」

その場がやけに居づらくなって千秋は立ち上がろうとした。

「帰るのか?もうちょっといたっていいだろ?あとで飲みにでも行こうぜ」
「仕事があるんだよな〜……」

その時、千秋の携帯に電話がかかってきた。それを取って通話ボタンを押すと、高耶の声が聞こえた。

『そのまま聞け。おまえがどこにいるかわかってるから、驚かないで聞いてくれ。奥にドアがあるだろ。その中に加藤って男がいる。借金抱え込んで監禁されてるはずだ』
「……ああ、それで?」
『由比子の男だ』

マンションに匿われている由比子の男が借金で監禁されている。白石に金を返せないから由比子が身代わりになる。
その身代わりの使い方は白石が仕切っている。
自分を白石に会わせるのが高耶の目的だったと千秋は気付いた。ビデオは上杉にも柿崎にも回らない。このタイミングで電話があるということは盗聴もされているに間違いない。

『白石に悟られないようにして外に出ろ』
「わかった」

白石の目の前で話せる内容ではないらしく、ちょっと待っててくれという仕草をして部屋の外へ出て非常階段に行った。利用されていたのだと腹を立てたが、由比子が犠牲になるよりはいいと腹の中に抱え込んだ。

『千秋の考えで言えば青木会を押さえ込める名前は誰だと思う?』
「名前か……上杉と、柿崎と、最上……あとは景虎だ」
『じゃあ千秋から見て、今回はどの名前が適切だ?』

元赤司組構成員は柿崎と青木に入っている。
先日の盆茣蓙に綾子が出ていたように、柿崎組は博打と売春がメインだ。ドラッグも多少扱ってはいるが、現在の組長代理の綾子は、実業家のように手広く飲食店やキャバクラ、風俗店などをやっている。
柿崎の親分が亡くなってからは綾子の手腕で組を経済的に盛立てていて、性格なのか、あまり揉め事には入ってこない。

上杉と最上はいわずもがなで、規模が大きすぎる。そうなると一人しかいない。

「じゃあ、景虎……しかない」
『だろうな。でもオレが出るってことは上杉会長にまた貸しを作ることになって、直江と揃ってヤクザ行きだ。だから千秋』
「オレが中に入れってか」
『頼めないか?』

高耶に利用されていることに気が付いて腹を立てたのも今の言葉で氷解した。あの高耶が自分を頼っているとはなんだかくすぐったい。

「頼み、聞いてやる。どうしたらいい?」
『おまえは由比子の前の彼氏ってことにしてくれ。今から由比子を行かせる』
「わかった」

通話を切って白石の元に戻り、仕事には行かなくて済みそうだと言ってもう少しこの事務所に残ることになった。
白石としては由比子が加藤の身代わりになりに来たらすぐに舎弟に自分のマンションへ行かせ、ショーをする直前まで監禁して、したい放題するつもりだった。
どうせ千秋も元はヤクザなのだからその程度のことに口出しするわけはないだろうと考えていた。

千秋が時間稼ぎのためにとりとめもない雑談をしていると、そこに由比子がやってきた。
応接セットに通され、そこに千秋がいるのを見てわざと驚いた顔をした。そうしろと高耶に指示されたのだろう。

「なんだよ!由比子じゃねえか!どうしてたんだよ!」

大袈裟に驚いてみた千秋に白石も驚いた。

「千秋、おまえこの女知ってんのか?!」
「別れた女だよ。おい、由比子、おまえなんでこんなとこ来たんだ?」
「……お金の……返済で……」

蚊の鳴くような小さな声で由比子が下を向いたまま言った。この声は芝居ではなく、本当に恐ろしくて出ている声だとわかった千秋が由比子の肩を抱いた。

「返済?白石に借りてんのか?」
「うん……」
「残金いくらあんだ?俺が立て替えてやろうか?」
「でも……」
「でも?もしかして追い込みかけてるって由比子のことだったのか?」

慌てて白石が割って入った。返済額はもう10万程度しかないが、期日までに返さなかったからという理由で加藤が監禁されている。それを千秋に聞かれるのはまずい。
何を聞いても千秋は誤魔化していたから、バックボーンに大物がいるのではないかと白石は予想をしていた。
いくらヤクザと言えども白石はただの構成員で、元ヤクザの千秋が秘書をしているぐらいの人間ならばそれなりの筋の大物に違いなく、一介の構成員風情は鼻であしらっただけで消される。
千秋にバレるのはある意味命を取られるのと同じだ。

「いや!あと10万ぐらいだから!今日はその金を持ってきたんだろ?」
「お金はありません……」
「じゃあやっぱ俺が立て替えるって。な?」

千秋が財布から10万を出して白石に渡した。

「これで完済だろ?由比子、おまえ金がないなら俺に言えばよかったのに。別れた女だからって俺が冷たく追い返すわけねーじゃん。闇金なんか二度と手出すな」
「う、うん……ありがとう……」

あとは加藤だ。加藤の安全を確保しなければならない。由比子に危険が及ばないように高耶が配慮しているだろうということは想像できたが、加藤をどうやって助ければいいかがわからない。
自分が出来ることと言えば白石と一緒にこの事務所を出ることだけだ。
まずは由比子を安全な場所に返すのが先決だと、高耶がこの雑居ビルの前で待っていることだけを願って言葉を続けた。

「白石、由比子の借用書返してやってくんねえかな?」
「あ、ああ」

借用書などあってないようなものだ。どうせ加藤の身柄はこちらのものだし、千秋に知られないようにまた別の日に由比子を呼び出せばいい。
そう思って加藤の借用書を由比子にじかに返した。

「それ持って帰んな。今度は俺を頼れよ?」
「うん……」

千秋からすすんで由比子をドアまで行かせて部屋から出した。白石の舎弟2人が由比子を追わないように、目で威嚇しながら。
ホスト風の2人の男は千秋の視線の強さに気圧されて動けなかった。千秋と比べれば2人はまだ幼い子供のような存在でしかない。

「じゃあもうちっと暗くなったら俺の知り合いの店が開くからそこ行こうぜ、いいだろ?」
「あ、ああ……」

千秋の余裕の表情が白石に疑念を抱かせる。俺の背後には気をつけろ、そんなふうな表情だ。

「そこの2人もさ、俺がおごってやっから一緒に来いよ」

舎弟2人は目を見合わせながらどうしようかと迷っていたが、白石の「そうしろ」という警戒をはらんだ声で行かなくてはまずいことを悟った。

「すいません、ごちそうになります、兄さん」
「気にするなって!」

あとは直江と高耶でどうにかしてくれるだろう。まだほんの少し背中から冷や汗が出ているが、自分がへまさえしなければ加藤は助かる。

「白石」
「あ?なんだ?」
「……もしかして由比子がビデオに出ることになってたのか?」
「いや……それは……」
「じゃあおまえの女にしたかったとか?」
「そういうわけでも……」

視線を泳がせる白石を見て、これ以上は何かのきっかけでキレてしまうかもしれないと思い、白石の体面を保つためにも聞かないことにした。
どうやら自分のバックに誰かがついているのを本気にしているようだ。キレさせたら半狂乱になって襲いかかってくるかもしれない。
金はしっかり返したようだから儲けになって青木に怒鳴られることもないだろう。とりあえず借金は終わりだ。あとは由比子に手を出したら後で恐ろしい目に遭うということを高耶なり直江なりから警告させればいい。

その後は他愛もない話をして、高耶が由比子を安全な場所に避難させる時間稼ぎをしてから白石らとでかけた。

 

つづく

 
         
 

千秋がかっこいい感じで。

 
         
 


 
         
   

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