仰木荘奇譚



 
         
 

高耶が猫村さんと作ったという夕飯を食べながら、直江は少しだけ、ほのぼの気分になっていた。
同じテーブルで夕飯を食べながら、高耶と話をしていると、素朴な疑問が直江に向けられた。

「小説って、どんなの書いてんの?」
「時代物です。主に戦国時代や江戸時代を背景にした時代劇のようなフィクションを。この辺は江戸時代の名所があるでしょう?それで大学教授に取材がてら散歩していたら、この下宿があって」
「なるほど」
「私には最適だと思いませんか?」
「そうなのか?」
「はい」

史跡を巡ってアイデアを出すこともできれば、現地調査をするにも徒歩ですぐに行ける。
そんな立地も手伝ってこの下宿を選んだ。
主な理由は建物が気に入ったからだったが、まさかその建物におかしなものが住み着いているとは思いも寄らなかった。

「本屋に売ってる?直江の本」
「ええ、たぶん」
「明日、買ってこよっかな」
「私のをあげますよ。デビュー作の他にも何冊か」
「やった!」

屈託のない高耶が純粋で、今まで会ったこともないほど『いい子』だと気がついた。
一体、どんないい家庭で育ったやら。直江は多少の興味も手伝って高耶に聞いてみた。

「ところで高耶さんの出身はどこなんですか?お爺さんの他にもご家族がいるんでしょう?」
「松本にいる。オレは昔からここが好きでさ、松本から爺さんの家に遊びに来るたんびに、ここを継ぐって言ってたのを爺さんが本気にしてて。で、高校を卒業して就職探すときになって、管理人やりたいな〜って思って爺さんの後を継いだってわけ」
「ああ、そうだったんですか……」
「おう、そしたら爺さんが跡取りが出来たって楽隠居決め込みやがって、何にもわかんないうちに一人で管理人やらされるハメになったんだよ」

その時、高耶は妖怪がいると知っていて管理人になったのだろうか?
なんとなく踏み込みたくない領域の話に、直江がためらっていると。

「まさかこんなたくさん妖怪がいるとは思ってなかったな〜。タヌキだってさあ、爺さんの友達かなんかだと思ってたんだ。そしたらタヌキだろ?マジビビッたね」
「……はあ」
「千秋と高坂が色々と教えてくれたからやっと慣れたって感じ?最初は猫村さんによく引っかかれたよ。カツオブシ寄越せって」

できることならもうその話には触れたくなかった直江だが、高耶のお喋りは止まる様子がない。

「他にもいるんだぜ。たまにしか顔を出さないヤツもいるけどさ、何かとオレの面倒みてくれるんだ。きっと爺さんがうまいこと仕込んだんだろうな〜」

どんなものがいるのかはあえて聞かないことにした。そのうちわかるに違いないだろうから。

「あ!そうだ!大事なこと忘れてた!おまえの部屋の真上、三階よりも上に小さい小部屋……屋根裏部屋みたいのがあるんだけど」

そういえば外観では三階よりも上の屋根の真下に小さな丸い窓があった。

「そこ、絶対に入るなよ?爺さんから絶対に入るなって言われてんだ。なんでも、そこに妖怪のボスが住んでるって……」

直江の顔から血の気が引いたのを見た高耶は、いきなり笑い出した。

「嘘、嘘。ボスはいないと思う。爺さんが言うには、そこから色んな妖怪が出入りしてるんだって。だから邪魔しちゃダメだって」

同じことです、と言いかけたが飲み込んだ。
タヌキや猫村さんは玄関や勝手口から入ってくるけれども、他のたまにしか来ない妖怪たちはまずその屋根裏から空気のようにして入ってくるらしいのだ。
ちょうど妖怪が入りやすい湿度や暗さになっているんじゃないか、というのが高耶の見解だった。

「基本的にさ、ここは人間が生活してるとこじゃん?だから玄関から入るのが嫌だってヤツもいるんだろうな。人間臭いとか」

そこで先程の千秋が話を聞いたのか入ってきた。

「そうじゃねえよ。人間てのは人間の気ってゆーのを持ってんの。それが人間が歩くことによって、妖怪にとっては結界みたいな効果になるわけ。だから嫌だとかじゃなくて、入れないんだよ」
「え〜?じゃあタヌキとかは?」
「あいつはもう慣れちまってんだろ。人間臭いもんよ」
「そっか」

漬物の最後の一切れを食べ終わった直江は、すぐにその場から逃げ出したかった。
もうこんなわけのわからない話を聞いていたくない。

「ご、ごちそうさまでした」
「あ、食器はちゃんと分けてあそこの棚な。残飯は……ってないか。ある時は横のゴミ箱に入れてくれ」
「はい」
「じゃ、引越しの片付け、がんばってな」
「ありがとうございます」

そそくさといなくなる直江を見守りながら、千秋、綾子、高坂が高耶の元に集まった。

「大丈夫なのか、アレ」
「さあね〜?でもタヌキに気に入られたってことは、高耶にとって何か大事な人になる可能性があるってことでしょ?」
「たぶん、そうだろう。綾子のおかげで高耶が妖怪と話せるようになったのと、同じようにな」

三人の顔を見回しながら、高耶が笑った。きっと何か楽しいことを直江が持ってきたんだろ、と。

 


翌日の朝、直江が顔を洗いに洗面所へ行くと、他の住人がいた。
一人は二十代前半の髪の赤い青年。もう一人はハーフのような顔をした少年だった。
直江が洗面所へ入るとすぐに二人は振り返って直江を見た。

「あの、おはようございます。昨日から二階の三号室に入りました直江と申します。どうぞよろしくお願いします」
「直江、か。俺は三階の五号室の織田だ」
「僕は三階の四号室の森です」

織田と名乗った青年は横柄な態度だったが、森という少年は可愛らしい顔をしていて愛想も良かった。
挨拶だけしてその場は終わり、朝食を食べに食堂へ行った。
そこには先程の二人も座って食事をしていた。昨夜のメンバーに加え、さらに二人が追加されている。

「おい、直江。こっちこっち」
「ああ、おはようございます」

千秋に手招きされて隣りに座ると、さっそく先程の二人を顎でしゃくって示された。

「あいつらデキてるから」
「は?」
「織田と森はデキてんだよ。つまりホモだ」
「ええ!」

千秋が言うことには、織田が入居したのと間を空けず、森が入居してきた。
そこで森は優しくしてくれる織田に心を惹かれ、織田は何度もアタックを続ける森にほだされ付き合うようになったとか。

「本当ですか?」
「ここの住人はみんな知ってる。だけど過敏に反応するとイヤがるからしばらくは気付かないフリで」

妖怪がいる上にホモか。
直江は差別するような気持ちはまったくないが、同じ屋根の下にいると思うとつい想像してしまった。

「……まあ、アリなんじゃないですか?」
「俺もそう思う」

森はみんなから「蘭丸」と呼ばれている。
本名は英語で難しい発音なので、織田が自分の趣味でつけたあだ名で通っているそうだ。
そして高校生だということ。両親の意向でイギリスからやってきて都内の進学校へ通っている優等生だ。

織田の方はバンドをやりながらアルバイトをしているフリーターで、周りから見たらどうしてそんな男に蘭丸が惚れたのかわからない。

「いろんな人がいますね。千秋さんと高坂さんと綾子さんは学生さんですか?」
「ああ、すぐそこの大学のな。俺は二年。綾子と高坂は三年だ」
「高耶さんは何歳なんでしょう?」
「今年で二十歳」
「じゃあまだ十代ですよね?それで管理人をやってるなんてよっぽどしっかりしてるんですねえ」
「は?あいつがしっかり?全然!ほとんど一人じゃできねえよ」
「というと?」
「メシは猫村さんか綾子が手伝ってるし、掃除はタヌキとやってるし、毎日の郵便だって伝書鳩がやってるんだぞ」

直江は耳を疑った。高耶がひとりでやっているわけではない、というところではなく、伝書鳩のところだ。

「で、伝書鳩?」
「伝書鳩、って呼ばれてるだけで、本当は何かの妖怪。みんなはおチヨさんて呼んでる。高耶が毎朝パンの耳を三階三号室の前に出しておくと、新聞だの郵便だのを取ってきて俺たちの部屋に配ってくれるんだ」
「…………」
「背の低いお婆ちゃんがいたら伝書鳩だから挨拶しとけよ?」

どうしてここの住人はそれを平気で受け止められるのか。直江は今までの常識が音を立てて 崩れていくのを感じた。      

 

 

つづく

 
   

やっぱりほのぼのです。
本気でこのまま
怪しくないまま進みます。

   
   

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