仰木荘奇譚



 
         
 

「あのさ、本のお礼に部屋の片付け、手伝う」
「え?」
「いいだろ、そんぐらい。ダメか?」
「いえ、とんでもありません。でもいいんですか?」
「いいよ。食器片付けたら行くから」
「……はい」

高耶の申し出を嬉しいと思った。これでもう少し彼といられる時間が作れる。もう少し話してもっと彼を知りたい。

「じゃ、あとで」

直江は部屋に戻ってまずダンボールを部屋の片隅にまとめた。
それから小物が入ってるダンボールを棚のそばに置いて整理し始めた。

「入っていい?」
「どうぞ」

高耶がスリッパを脱いで直江の部屋に入った。
部屋の中を見回してからどこを手伝えばいいのか聞くと、直江は服を押入れにある引き出しに入れて整理して欲しいと頼んだ。

「ん、わかった」

世間話をしながら一緒に片付ける。高耶の管理人生活での大変なことや、楽しいことや、ちょっとした愚痴も聞く。

「だけど一番困ってんのがさ〜」
「なんですか?」
「織田と蘭丸なんだよな」
「どうして?」
「あの二人、付き合ってるじゃん?だからその、夜とかうるせえんだって。真下の千秋や高坂が苦情言ってくるんだけど、オレが織田と蘭丸に『エッチの声がうるせえ』って言うわけにいかないだろ?」
「……それは……そうですね」
「まさか入居者同士で付き合うと思ってなかったんだよな〜。ましてや男同士だろ?なかなか言えないんだよな」
「ええ……確かに」
「だけどさ、オレ、最初はものすごく嫌だったんだ。ホモなんて。でもあいつらを見てると仲良くて、すごい好きなんだってのがよくわかってきて、今じゃ偏見とか何にもなくなっちゃった」

いいことなのかな?と言いながら高耶が笑う。それを見て直江もいいことなんじゃないかと思った。男同士だろうが愛し合っているのならそれでいい。

「変な下宿屋だけど、みんないい奴だし、面白いし、きっと直江も気に入るよ」
「そうでしょうね。もう好きになってますから」
「良かった」

建物も雰囲気も入居者も気に入ったが、一番気に入ったのは高耶という管理人だ。
妖怪だって今はもう楽しみのひとつになっている。
本当にここの妖怪たちはいい奴ばかりなのかもしれないという期待が湧いている。

「高耶さんは本当にここが好きなんですね」
「うん」

きっとここには高耶が好きで集まって来た人と妖怪ばかりなのだろう。
お爺さんの代からいる連中も、今では高耶が好きでここにいたり、来たりするのだろう。そう直江は思った。

 

 

直江が入居してから数日、直江が会った妖怪はタヌキと猫村さんとおチヨさんだった。
タヌキはたった一度、高耶の掃除を手伝って庭にいたのを見た。
急いで部屋から庭へ出て本当にタヌキなのかを聞くと、ニヤニヤ笑いながら尻尾を見せてくれた。
触ってみると本物の毛皮の手触りだった。

猫村さんには食堂へ会いに行った。
高耶の腰あたりまでしか伸長がなく、しかも猫の姿だった。
普通の猫と違うところは直立している姿勢とエプロン。椅子の上に立って猫の手で器用にフライパンを振っていた。
タヌキと違って人間の姿ではない猫村さんを見て卒倒しそうになったが、高耶が話しかけてきてくれたのでせずに済んだ。

おチヨさんはなかなか会えないでいたが、つい先日、物音が廊下からしたのでドアを見たら、下の隙間から封筒が差し込まれた。
高耶の足音ではないのを悟っていたので、急いでドアを開けたら小さなお婆さんがヨチヨチという表現が似合う姿で廊下を歩いていた。手には住人宛の手紙があった。
すぐにこれがおチヨさんだと思い、声をかけてみると穏やかで優しい笑顔を見せて答えてくれたのだ。

この三人それぞれに自己紹介をし、小説家であることを告げてモデルを頼んだ。
猫村さんとおチヨさんは快く承諾し、タヌキはギャラとしてパチンコ代をせびった。

 


その間、直江は取材と銘打って近所の散策をしたり、打ち合わせで出版社に赴いたりしていたが、昼食はほとんど毎日高耶と管理人室で食べるようになっていた。
学生とフリーターしか住んでいない下宿で、昼間に在宅しているのは直江だけ。自然と高耶と二人きりで食べるようになる。

「新作、進んでる?」
「ええ、そこそこは」

昼食ごとに直江の部屋まで行って呼び出すと、直江が小さな机に向かって小説を書いている姿が見られる。
書いていると言ってもノートパソコンに打ち込んでいるので高耶が想像していた小説家とはちょっと違ったが、それでもパタパタとキーボードを叩いている姿は小説家の容貌だ。

「なあ、部屋に電話回線なくて不便?」
「あー……まあ調べ物をしたい時にインターネットを使えないのは不便ですね。原稿はどうせメディアに入れて持って行ってしまうのでかまわないのですが、調べ物や出版社との連絡が不便と言えば不便です」

引っ越してくる前は電話回線がなくても携帯電話をノートパソコンにつけて使ってしまえばいいと思っていたのだが、今の直江は携帯電話の料金すら惜しくなっている。
貯金はまだじゅうぶんに残っているが、小説家になるのは一種の賭けで、順調に売れていかなければ話にならない。

「そっか。やっぱりな……千秋たちはパソコン買えるほど金ないから持ってないじゃん?だから今まで電話回線なんか公衆電話だけでいいやって思ってたんだけど、直江がいるなら話は別だよな」
「いえ、そんな気を使われても困ります。知ってて入居したのは私ですし」
「うーん、でもうちがローテクなばっかりに作家先生に不便させてんだなって思うとさ〜」

高耶は部屋を見回してから電話を見つめた。高耶の部屋だけには公衆電話とは違った電話回線が引いてある。

「オレの部屋の回線だけネットに繋げるようにしようかな」
「え?」
「そしたら直江は調べ物したい時にここへパソコン持って来りゃいいだけだろ?」
「ネット回線だと使用料も上がります。そんなことしてもらうわけにはいきませんよ」
「いいんだよ。オレもパソコン覚えたいし、メールもしてみたいし、ネットも見たいし。買うつもりでいたんだから」

その言葉には嘘が微塵も感じられない。本当にパソコンを覚えてみたいのだろうというのがわかった。

「直江がここの回線を使う代わりにさ、パソコンの講師やってよ。それなら気にしないで使えるだろ?」
「え、ええ。それなら私も有難いですけど……本当に?」
「本当だ!もしかしてオレじゃパソコン使えないとか思ってんのか?」
「そんなことはありません。じゃあお言葉に甘えてそうさせて頂きますよ」

嬉しそうにあれやこれやとパソコン購入計画を練る高耶を見ていると、直江も楽しくなってくる。
わざわざ直江のために回線を変えると言い出したのかと思いきや、実は本人が一番楽しもうとしている。
本当に純朴な人だ。

「パソコン買うとき付き合ってよ。どんなのがいいかとかわかんないからさ。あと回線の申し込みも!」

高耶の黒い瞳で頼まれると断ることができない。とても澄んだ目をしているからだ。

「いつがいいですか?」
「明日!」
「あ、明日?」
「あとで貯金下ろしてくるから。予算は二十万以下だったらいいぜ」

これはとんでもないせっかちだ。しかし直江には急かされて不快ではない。
むしろ直江から頼んで買い物に付き合ってやりたい気分だ。

「爺さんに請求しよーっと」
「そういうことですか……」

食事が終わるとさっそく直江に電話をかけさせた。
電話会社に回線の変更を申し込んで工事の日にちを決めさせ、それが終わると軽快に銀行へ走って行った。

 

 

 

つづく

 
   

14話いかないうちに
終わりそうです。
10話ぐらいかな?

   
   

5へススム