玄関で見送って部屋に戻ろうとすると、タヌキが直江に話しかけてきた。
「うわ!いたんですか!」
「高耶はどこに行ったんだ?」
「銀行です」
ふうん、と鼻を鳴らして外を見た。
「で、どうして金が必要なんだ?」
「パソコンを買うんですって」
「買ってどうするんだ?」
「さあ?色々やりたいことがあるんじゃないですか?」
ここまで話していて、ふと思う。いったいいつの間にタヌキとこうして普通に話せるようになったのだろうか。
そういえば猫村さんとも親しく挨拶を交わすようになっている。
つい最近までは怪しげなものとしての認識しかなかったはずだ。
「そのパソコンを買って、あんたは高耶に何をしてやれる?」
「は?」
「高耶に何が出来る?」
いきなり要領を得ない質問がされた。
ここは人間ではなくタヌキの言うことなのだから、たいした意味はないのだろうと直江は適当に答えた。
「さあ……使い方を教える程度でしょうか」
「そうじゃなくてだなあ。おまえさんはあいつの……まあいい。そのうちわかることだ」
「はい?」
「気にするな。いいことは後にとっておいた方がいい」
ランドリールームへ入っていくタヌキの背中をじっと見た。何が言いたかったのかわからないのが引っかかる。
やはり聞いておいた方がいいのかもしれないと思い、後を追ってランドリールームへ入ったらタヌキがいなくなっていた。
「……どこへ……?」
中を一通り見回してから気付く。高耶が言っていた猫用のドアが何かが通った後のように振り子状に揺れていた。
「なるほど……」
ここから彼は出入り出来るのだろう。そうすると以前高耶がここから出たことがある、と言っていたのはタヌキの仕業かもしれない。タヌキに化かされた、というアレだ。
「楽しいイタズラだな」
ランドリールームから出て自室へ戻って仕事を再開した。次回作はきっと面白いものが出来るだろうと思いながら。
夢中で文章を書いていたら忙しないノックがされた。
「直江、直江、直江〜!」
「……高耶さん……」
声を弾ませてノックをしている。
文章を打つ手が止まってしまったのをちょっと残念に思いつつ、しかし楽しそうな声が聞けたのを嬉しく思いつつドアを開けた。
「カタログ貰ってきた!」
直江の目の前に出されたのはパソコンのカタログ。近所の小さなホームセンターから持ってきたそうだ。
「今日のうちにどれを買うか決めたいんだ。そんで明日、秋葉原に行って安い店で買おうぜ」
だいぶ気が早いが本人はワクワクしている。可愛らしいところがあるものだ、と直江は部屋に招き入れた。
「直江のパソコンを回線に繋げるときはどかせるようにしたいんだ。だからオレもノートパソコンがいい。持ち運び出来れば直江の部屋でも教えてもらえるだろ?」
「え、ええ」
高耶の言葉に一瞬動揺した自分を不思議に思う。この部屋にパソコンを習いに来る、とは。
「直江のってどれ?」
直江の使うパソコンは二年前に購入した型遅れで、高耶のカタログに載っている最新式のものとは形が違った。
「このパソコンの二世代ほど前のものですね」
「これが一番新しいんだ?」
「ええ。メーカーによってセットアップ……設定の仕方がちょっと違うので、他のメーカーのものだとわからないかもしれません」
「んじゃ直江のと同じメーカーにしよっと」
高耶の希望を聞いてみるが、まったくわからないから何でもいいと言われてしまった。
とりあえずDVDが見たい、ということだけはわかった。
「今はどれでもDVD見られますから、この最新式の前の機種でどうでしょう?」
そう言うと高耶はそのページの隅を折った。それから直江の顔を見て急に不安そうな顔をした。
「……今更なんだけど」
「なんですか?」
「オレ、もしかして仕事の邪魔してる?」
確かに手が止まってしまったことに関してはそうだが、直江にとっては邪魔どころか楽しくて仕方がない。
「明日も予定とかあったよな……?」
「ありませんよ。大丈夫だからそんな顔しないで」
手を伸ばして高耶の艶やかな髪を触る。思ったよりも柔らかくて手触りが良かった。ずっと触っていたいと思わせる髪だった。
「んじゃ明日、一緒に行ってもらってもいいのか?」
「ええ。一人で行かせたら何を買っていいのかわからなくて、店員に勧められるままいらないものまで買ってしまいそうですから」
「む〜」
膨れる顔がまだまだ少年らしい。微笑ましいその表情に直江はもっと相好が崩れる。
「笑うな!」
「すいません。でもなんだか楽しくて」
「……そっか?ん〜、じゃあいいや」
翌日は午前中の高耶の仕事が終わったらすぐにでも買い物へ行くことになった。
秋葉原までは散歩しながらでも行ける距離なので歩いて。帰りは重たい荷物があるだろう、ということでタクシーの予定だ。
「楽しみだな〜」
「そうですね」
向かい合って座って、笑顔で会話をする。最近、高耶とこうしていることが増えた。
それを直江は温かな感情で続いて欲しいと願った。
つづく |