翌日、午前中に高耶が祖父に電話をして幽霊に心当たりはないかと聞くと、どんな服装でどんな顔だったかを尋ねられた。
「水色のワンピースで、髪の毛が長くて、美人」
「…………ああ、あの人か」
「知ってんのか?」
「知っているというほどではないがな……ははあ、そうか、来たか」
祖父は知っているらしいが、高耶が何度誰だと聞いても教えてくれない。怖がらせないためだとも思えない。
「言えよ!」
「それほど心配するような幽霊じゃないはずだから大丈夫だろう。それよりもおまえ、最近何かいいことあっただろう?」
「ほえ?」
高耶にとっていいことと言えば直江を好きになったことぐらいだ。しかしなぜ祖父にそんなことがわかるのだろうか。
「なんで?」
「勘だ」
いつもいい加減なことを言っている祖父ではあるが、確かに勘だけは良かった。
それがあって妖怪とも親しくなっていたのだろうし。
「楽しかったらそのまま突っ走っていいんだぞ。おまえには味方がたくさんいるんだ。何かと協力してくれるだろう?その幽霊もおまえの協力人にしちまえばいい。ま、がんばれ」
それだけ言って勝手に電話を切ってしまった。
高耶にはさっぱりわからない。しかし味方がたくさんいて、楽しいことがあるならそのまま突っ走っていいという話は全面的に信じられる。
「あとで猫村さんに相談しようかな……」
猫とは言え女性で、しかも若い頃に熱愛をしていた猫村さんになら直江への恋心を話しても大丈夫かもしれない。
相談にも乗ってくれそうだ。
受話器を置いて部屋の中央に戻ると向かいに座っている男が話しかけてきた。パソコンのキーを打ちながら。
「お爺さん、なんですって?」
直江は朝食が終わるとまた高耶の部屋に戻ってきた。
布団もそのまま、パソコンもそのままにして、高耶の恐怖心が薄れるまでか、幽霊騒ぎが解決するまで半居候することに決めたそうだ。
「心当たりがあるみたいだったけど、教えてくんなかった」
「どうして?」
「心配するような幽霊じゃないんだって」
そうですか、と肩を心持ち落としながら直江がパソコンを閉じた。そして寝室から布団を持ち出そうとした。
「なにしてんの?」
「心配するような幽霊じゃないなら戻りますよ」
「ダメ!」
高耶が直江の前に立ちふさがる。その目は泣きそうにも見え、怒っているようにも見えた。
「まだダメ!もしまた来たらどうすんだよ!オレひとりじゃ何もできねえんだからまだここにいろってば!」
「でも」
直江としては高耶の部屋にいられるのは嬉しいことこの上ない。
しかし他の住人の手前もある。何よりも自分の欲望の大きさにも困惑している。
「デモもストもねえの!いいからいろ!管理人命令だ!」
「……はあ」
「みんなには直江の部屋の鍵がなくなったってことにしとけ!」
「……わかりましたよ。そんな顔しなくてもいいでしょう?」
そっと高耶の頬に触れる。ビクリと動いたが、すぐに心地よくなったらしく目を閉じて溜息をついた。
(キスしたい……。いや、ガマンだ。今はまだダメだ)
邪な考えを払いのけて手を頭に持って行って髪を撫でた。
子供にするように撫でたせいか、高耶の顔が少しだけ幼い頃に戻って無垢に笑う。
「もうしばらくいます」
「うん」
できれば。もうしばらくなんて言わないでずっといて欲しい。いつもそばにいて欲しい。
「直江」
「はい」
「なんでもない」
満足そうにして高耶はいつもの定位置であるテレビが見えるお膳の前に座った。直江も続いてその隣りへ座った。
「お昼ご飯は何ですか?」
「何がいい?好きなの作るぞ」
「……何にしましょうかね」
高耶が作る料理なら何だってかまわない直江。ちょっとだけ考えるふりをしてから、
「高耶さんの好きなものが食べてみたいです」
そう言うと高耶の顔が赤くなった。
直江にはなぜ赤くなるのかわからなかったが、高耶は子ども扱いされたと思い込んだのか、言い放つようにしてスパゲティだと控えめに怒鳴った。
その日の夜、昨夜のあの気まずさを再現しないために直江と高耶は別々に風呂に入った。
高耶もお爺さんから幽霊のことは心配ないと言われたため、一人でもどうにか大丈夫になり、集中してパソコンで下宿の経費管理をやりはじめた。
「うわ、やっぱ難しいかも。直江が戻ったら教えてもらわなきゃな〜」
パソコンから手を放して直江のいる風呂場へ目を……と言っても部屋の中なのでカーテンの閉まった受付の小窓を見た。
その時、窓が開いているはずがないのにカーテンがフワリと膨らんだ。
「……閉め忘れかな……?」
立ち上がって小窓へ一歩近付いて、ふと背筋が寒くなった。もしかしたらまたあの幽霊が来たのではないか、と。
「……う……な、なお……」
直江を呼ぼうとしてもここにはいない。けれど頼れるのは直江しかいない。
「なッ!直江ぇ!」
つづく |