どうにか聞こえるように大声で叫ぶと、直江が頭を拭きながらドアから入ってきた。
「どうしたんですか?」
今廊下を歩いてきたところらしい。ホッとして直江のそばに寄り、カーテンのことを話した。
「……小窓なら閉まってましたけど……。玄関ももう鍵がかかっていたし、そんなはずは」
「じゃあどうして……」
直江の浴衣の襟をキュッと掴んでカーテンを見る。直江もカーテンをじっと見つめた。
「高耶さんはそこにいてください。私が見ます」
掴んでいた手をそっと外して直江はカーテンを開けに小窓へ行った。
用心深く手をカーテンの隙間に入れ、ゆっくり開ける。
そこには女の手形がクッキリ残っていた。どうやらその手形は水でできているらしく、水滴が一筋滴っていた。
「なお……それ……」
「……姿は見えませんでしたけど、来ていたみたいですね。札と塩で力は減少されているようですが……ここまでするとは」
「ど、どーすんの?」
「私だけではどうにも……。タヌキさんたちに力を貸してもらうことはできないんですか?」
直江で出来ないところや、わからないところをフォローしてもらうつもりで高耶に聞いたが、妖怪たちは高耶や住人の必要に応じて勝手に出てくる存在なのでこちらから連絡は取れないそうだ。
「今夜は私が起きて見張ります。明日の朝、猫村さんが来たら助けを請いましょう」
「でも」
ドア付近で立ち尽くしている高耶のそばに戻り、そっと抱き寄せた。
「大丈夫。私があなたを守ります」
「直江……」
うつむいて怯える高耶を安心させるためにしたことだった。
気持ちのままに抱き寄せてしまったのに気付き、慌てて高耶から離れようとしたが、逆に背中を引き寄せられた。
「高耶さん……?」
「怖い……」
他人、と言ってもすでにこの世のものではないが、高耶は今まで他人から悪意を直接ぶつけられたことがない。
ましてや相手は人間ではない。誰かにすがるほど怖くなって当然だ。
「大丈夫ですよ。数珠をしてるでしょう?これは私の父が祈祷をしたものですから、あなたに直接害が及ぶことはないと思います。それに私がそばにいます」
「ん……」
少しだけ強く抱いて、背中を撫でて落ち着かせた。
高耶の不安な様子が心臓の鼓動でわかる。ドキドキと早鐘を打っている。
「今夜はきちんと戸締りをして寝ましょう。窓やドアに護符をつけます。部屋には絶対に入れないようにね」
「直江は?一晩中起きてるつもりか?」
「高耶さんがそうして欲しいならしますよ」
「そこまでしなくていい」
直江から離れて寝室に布団を敷きに行く。
それについて行って直江も自分の布団を敷いた。昨夜よりも少しだけ布団を近づけて、いつでも高耶を守れるように。
居間に戻って直江が半紙に筆ペンで護符を作った。
梵字を書いてそれに向かって念を入れる。
本業は小説家だがその一連の作業は本職の僧侶のようだった。
「なんで坊さんになんなかったの?」
「さあ?なんとなくでしょうね。それにやはり趣味とは言いながらも小説家を目指してましたし」
「坊さんの方が向いてそう」
「……なんだかそれ、ショックなんですけど」
「いやその!直江の小説は面白いから小説家の方がオレはいいけど!つーか、小説家じゃなかったら困るっつーか、坊さんだったら直江に会えなかったのかって思うと……」
言って後悔する。まるで直江に恋をしているのを告白するかのようだ。
「私も、僧侶にならなくて良かったと、思っています」
「直江……」
「あなたに出会えない僧侶なんかに……」
もうお互いに気持ちがわかってしまった。
直江は高耶が好きで、高耶は直江に恋をしていて。直江の予感は当たっていた。
見つめあいながら直江はゆっくり驚かせないように高耶の手を握った。
「好きです」
「オレも……。その、あの、ええと」
「あなたが好きです。ちゃんと返事を聞かせてください」
「好き……だ。けど、オレのは友達とか、そーゆーんじゃないぞ……?」
「ええ、私もです」
まだハッキリと恋をしていると言えない二人は、繋いだ手を固く握って、顔を寄せ合った。
「キスしていい?」
「うん……」
目を閉じた高耶の艶やかな唇に、直江はそっと口付けた。
「高耶さん……」
高耶は直江の胸に顔をつけて抱かれる心地よさを味わった。
数珠よりも、護符よりも、この腕の中にいるのが一番安全を約束してくれそうに感じる。
「直江がいるなら怖くないかも……」
「そう?良かった。じゃあ護符を貼ってしまいましょう。それからまた抱いててあげますよ」
「朝まで?」
「あなたの望み通りに」
もう一度キスをしてから二人で手分けをしてドアと窓に護符を貼った。
「寝よっか」
「はい」
寝室に入ってそれぞれの布団を見て、どちらからともなく布団をくっつけた。
「照れくさいな……」
「だけどあなたを朝まで守らなくてはいけませんから。これでいいでしょう?ずっと抱いててあげますよ」
「うん」
くっつけた布団の上で直江の腕の中に入った。額にキスをされると高耶は自分の体が清浄化された気がした。
「全然怖くなくなった」
「そうでしょう。私が守ってるんですから」
「……直江……」
優しいキスを何度もされているうちに高耶は眠ってしまった。
それを見届けた直江も目を閉じて眠りに落ちた。
つづく |