驟雨 しゅうう 2 |
||||
ある日の仕事帰り、駅で高耶さんを見かけた。彼は制服姿で一人で歩きながら携帯電話をいじっていた。 「高耶さん」 直江。なぜか高耶さんは私だけを呼び捨てにする。 「今、学校の帰りですか?遅かったんですね」 無遠慮なことを聞いてしまった。病気のせいで辞めなくてはいけなかった野球と学校のことを思い出させてしまった。 「直江って、たまに無神経だよな」 気まずいまま並んで歩いた。高耶さんの家は私と同じ方向のようだ。 「今週の練習、オレ、行けないって色部さんに話しておいてくんない?」 いきなり口を開いたかと思ったら練習の欠席。もしかしたら。 「私が無神経なことを言ったからですか?それで練習に行きたくないとか……」 怒ってしまったのか、高耶さんは歩みを速めて先を行ってしまった。しばらくついて行くと私の住むマンションから7〜8分ほど手前の家に入った。 「ここオレんち。んじゃな」 高耶さんは家に入っていった。温かそうな明かりが漏れる家だった。 「それなのに草野球か……」 本人はそんな素振りは見せないが、きっと悔しくてたまらないのかもしれない。 「直江」 高耶さんの家を後にした私に背後から声をかけてきた。いったん家に入ってすぐに出てきた感じだ。 「おまえのバッティングは決断力が欠けてるんだ。ピッチャーが投げたと同時に球種を判断しろ。間違ってもいいから決断して振る振らないを決めないとバッターの意味がない」 彼が私に初めて野球に関して指導らしきものをした。今まで一度もなかったのに。 「練習ん時に出来てなかったら特訓するから」 これが彼なりの優しさなのかもしれない。さっき私を責めた代償か。 「ではまた」 少年らしい気の使い方だ。可愛いところもあるじゃないか。
高耶さんが来なかった練習の日も、亜沙子さんはやってきた。また差し入れを持って。 「あら、今日は高耶くんはいないの?」 私と亜沙子さんの会話を聞いていた色部さんがそれはどうかと言って入ってきた。 「どうかって、どういうことですか?」 高耶さんをチームに誘ったのは色部さんだ。確か色部さんは高耶さんのご両親と付き合いがあった。 「あの子の両親が半分無理矢理にチームに入れさせたんだ」 友達が、いない? 「一人も?」 私たちの練習風景を遠くから見ていたらしい。野球への郷愁か、それともこの楽しそうな雰囲気が気に入ったのか、高耶さんはチームに入った。 「たぶん、今日も友達と遊ぶんじゃないだろうな。何か用事があるだけだろう」 何が彼をそうさせているのか。病気のせいですべてから心を閉ざしたのだろうか。 「気の毒ですね……」 かわいそう。そうか、可哀想、か。同情してしかるに値することか。 「だからさ、直江さんも亜沙子ちゃんも、高耶くんが楽しいと思えるようなチーム作りに協力して欲しいんだ。この弱小チームでも、少年の明るさを取り戻せるなら存在意義はあると思うしね」 色部さんが白い歯を見せて笑い、私と亜沙子さんも目を合わせて笑った。
その日は帰りに色部さんたちと食事には行かずまっすぐ家に帰った。 急ぎ足で駅前に向かう途中、高耶さんを見かけた。可愛らしい女の子と腕を組んで歩いていた。 「あ、直江」 声をかけずに通り過ぎようとしたのに、高耶さんの方が気が付いた。 「高耶さん……ええと、デートですか?」 よく見れば高耶さんによく似ている。黒い髪と瞳。顔つきは似ていないがふっくらした唇はまるで同じだ。 「お兄ちゃん、誰さん?」 クスクス笑って可愛い仕草をする。そんな妹に高耶さんはちょっと困った顔をする。 「直江は?どこか行く……」 駅前に向かう途中だったからか、亜沙子さんが私を見つけて駆け寄ってきた。そして私と高耶さんの前に立った。 「あ、高耶くん。お買い物?」 なぜか、私は、高耶さんに亜沙子さんと食事に行くことがバレたのに気まずさを感じた。 「じゃあまた。行こう、美弥」 亜沙子さんと駅に向かって歩き出しながら、さっきの気まずさを感じたことを話した。 「きっと直江さんは高耶くんの友達になろうと思ってたんじゃないですか?だからわたしたちと一緒に焼き鳥屋さんに行こうって誘えなかったのを気にしてるだけでしょう?」 今度は高耶さんをファミレスに誘ってみよう。何度か断られるのは目に見えているが、それでも根気良く誘えばいつかは折れてくれるだろう。 つづく |
||||
直江の行く焼き鳥屋はオシャレな所です |
||||
ブラウザで戻ってください |
||||