驟雨

しゅうう


 
         
 

晴天の翌日。
試合はリーグ制で午前と午後1日2試合ある。
高耶さんは元高校球児の球威を買われてピッチャーをやり、4番でバッターボックスに立つ。
昨日のことがあったからか、高耶さんは私を見ようともしない。試合でも本気で投げるものだからほとんどが三振かフライやゴロでアウトを取れるからセンターの私との連携もない。
どういう心境でいるのかも読めない。

試合は2試合とも私たちのチームの圧勝で終わり、反省会と称してファミレスで勝ちを味わうことになった。
高耶さんは帰ると言い張ったが、今日の功労者が帰っていいと思ってるのか、と、おじさんたちの無茶な説得により残った。

午後5時に反省会はお開きになり、次の試合でも高耶さんがピッチャーを務めることに決まった。
こんなにチームが勝ちを収めるのは初めてのことだから、メンバーはみんな浮かれていた。

解散後、それぞれ家路についた。
朝は晴天だったのに、ファミレスにいるうちに空がどんよりしてきて、今は夏特有の夕立が来そうな空。
気まずいままだったが私と高耶さんは同じ帰り道だ。土手の道を歩いて行くしかない。
高耶さんの後ろを距離を保ちながら歩く。高耶さんの方も背中から気まずい雰囲気を漂わせている。

そうして歩いていたら、背後から走る足音がして、私たちのそばで立ち止まったかと思ったら声をかけられた。

「高耶!!」

高耶さんを呼んだ男の声は息切れしていて必死な様子だった。
そして体全体をビクリとさせて振り向いた高耶さんは、私の肩の向こうにいるその男を見て、驚愕している。

「……なんであんたが」

私はそのまま高耶さんの脇を通り過ぎて先に行こうとした。
高耶さんの表情や、その男の声からして何か重要な話があるのだろうと思った私は早めにいなくなった方が良さそうだったから。
なのに高耶さんは通りすぎようとした私のユニフォームの裾を掴んだ。

「たか……」

しかし目線は男を捕らえたまま、私を見ようとしない。

「どうしてあんたがここにいるんだよ」
「どうにか探し当てて来たんだ」
「……よくオレの前にのうのうと出られたもんだな」

この口論のような会話が私の胸を大きく跳ねさせた。聞くのが怖い。聞きたくないのに、高耶さんの手は離れない。
何か嫌な予感がする。高耶さんもきっと本当は関わって欲しくないような、そんな場面な気がする。
でも彼の手はユニフォームが破けんばかりに掴んで離さない。
その手を見てしまったら、逃げ出したくても逃げられない、そんな枷が私についているのだとわかった。

「離婚したんだ。おまえのために」
「よく言う!今じゃないとやり直せないとか言ってオレを捨てて家族のとこに戻ったくせに!」

いったい、どういうことなのだろうか。

「あんたは一時の気の迷いだって監督に言ってたじゃねえか!オレは本気だったのにそう言って逃げたじゃねえかよ!」
「あの時はそう言わないと大事になっただろ?!だから……!!」
「嘘つくな!さんざんヤリまくっといてオレから誘ったんだっつって被害者ぶってただろ!今更なんだ!!」

ヤリ……まくった?
高耶さんから誘った?
これは……もしかしたら……。

「学校も野球も辞めなきゃいけなかったオレの気持ちなんか考えてなかったくせに!!」

そうだったのか。
この男が原因で高耶さんが学校と野球を辞めたのか。二人は恋人同士だったのか。
どんどん怒りが込み上げてきて、私の体は自分でも思いつかなかった行動に出た。

「帰りましょう」
「え、直江……」
「帰りますよ」

高耶さんの肩を抱いて土手を進んだ。男はまだ叫んでいたが、無視して歩いた。
高耶さんは何度も振り返ろうとしたがすべて我慢して私についてきた。
夕立が私たちを包んだ。

 

 

 

びしょ濡れになって私のマンションについた。グラウンドのそばのファミレスからなら私の家の方が近いということもあったが、このまま彼を家に帰してはいけないと思って。
あの男が実家に行っているかもしれない。もしそうなら暴力を振るわれる可能性もある。あの場は私がいたから男は高耶さんを追わなかったのだろう。もしこれで一人でいたのなら恐ろしい展開になっていてもおかしくない。

先に無言でいた高耶さんを風呂に入れて、出てきたらすぐに温かいコーヒーを飲めるように用意をした。
バスローブを貸してソファに座らせて休ませ、私が風呂から出てきた時にはだいぶ落ち着いてきたようだった。

「ごめんな……。ビックリした?」
「ええ。まさかそんな理由だったなんて」

病気で学校も野球も辞めたと言っていたのは親の用意した嘘だった。
真相はコーチであったあの男と肉体関係を持ったのが監督にバレたからだそうだ。部室でのセックスの現場を見られて高耶さんは退学になり、コーチは辞職させられた。
コーチは元プロ野球の選手で、肩を壊して廃業し、高校野球のコーチをしていたのだそうだ。
強豪校でスキャンダルはご法度だから、二人揃って辞めさせれば問題ないと判断されたのだろう。

「すげーいい人で、すぐに好きになったんだ。いろんなこと質問したり練習してるうちに、あいつが二人きりの部室でキスしてきて、そんで付き合うようになった。でもオレは寮生活だし、あいつは家族がいるしで、自然とそうゆうことするのが部室になっちゃって……。みんなが帰った後に部室でセックスしてたら忘れ物した監督が入ってきてさ……。入ってるとこバッチリ見られて……言い逃れなんか出来なくて……。すぐ退部で退学だよ。事が大きくなる前に辞めろって。そんで地元に帰って編入したんだ」

人と交流をしなかったのは、しなかったのではなく出来なかったそうだ。
もしも昔のことがどこかから漏れて知っている人間がいたら、二度と人前に出られなくなるから、そう言った。

「オレね、本気で好きだったんだ。だからあいつがもし、家族を捨ててオレと駆け落ちするって言ってくれたらどこにでもついてくつもりだったんだよ。でも、あいつは……奥さんにバレはしたけど『誘惑されて気の迷いで』って言ったら許してもらえたんだって。だからオレと別れて家族とやり直すって……捨てられちゃったんだ。結局、オレはあいつにとってたいした存在じゃなかったってことだよな」
「でもあの人は、高耶さんとやり直したいって……」
「そんなの奥さんとうまく行かなかったからだろ。逃げてきただけだ。そんで心の支えが欲しくてオレを思い出したってことだと思うよ。それに、オレもう、あいつに未練ないし。野球にも前の学校にも未練がないのと同じで、あいつのことももう好きじゃないよ」

それが嘘だということはわかった。
そうじゃなければ夜の公園で寂しげな顔をしているわけがない。

「ごめんな」
「どうして?」
「こんな話、聞かせて……あと、直江に冷たくしたのも。気が付かなかった?あいつと直江って似てるんだ」
「あ……」

身長も体重も同じぐらいだろう。体格も似たような感じだった。

「直江を見てるとあいつを思い出すから、わざと無視したり冷たくしてた。別人だってわかってるんだけど、こいつもコーチと同じで何かあったらオレを犠牲にして逃げるかもしれないって思ってたんだ」
「……そうだったんですか……」

繊細な彼の考えそうなことかもしれない。ましてや高校生だ。心の傷はどんなに深かったのだろう。

「もう誰にもバレないと思ってたのに……直江にバレるなんて……最悪」
「誰にも言いませんよ」
「でもおまえが知ってる」

顔を覆って背中を丸めた。泣いている。嗚咽も漏らさずに。
そんな彼が悲しくて、ソファに座る彼の前に跪いて肩を掴んで優しく説得するように話した。

「誰にも言いません。あなたが泣くようなことは絶対にしません。あなたを裏切ることもしません」
「そうじゃなくて……」

震える肩が元高校球児らしくなく細くて驚いた。こんな肩であの球を投げているのか。
こんな肩であんなに重たい罪悪感を背負っているのか。

「大丈夫です」
「違う……」

顔を覆っていた手を外すと濡れた瞳があった。そしてキスをされた。

「……高耶さん?」
「あいつに未練がないのは、おまえのことが好きだからだ」

好きだから。
私が亜沙子さんにも言ったことのないその言葉がなぜかすんなり入ってきた。
私の心の欠けたピースが埋まったように。

「ごめん……おまえは亜沙子さんのこと好きなんだもんな……ごめん、もう帰る」
「帰さない」

抱きしめて自分からキスをした。いつ、私は彼に対してこんな気持ちになったのだろう。
その暗い瞳に惹かれてはいた。彼が笑ってくれないことが悲しかった。いつのまにか目で追っていた。
あなたを。

「直江……」
「帰さない。あなたがあんな男に傷つけられたのが許せない。あなたが泣くのを見たくはない」
「でも、おまえは……」
「何も言わないで、私にすべてを預けてください」
「……うん」

もつれ合いながら私たちは寝室へ向かった。

つづく

 
   

次は裏です。
下の「6ヘススム」をクリックすると
裏へは行かずにコトが終わった後の
話になります。

   
   

6へススム

   
         
   
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