驟雨 しゅうう 6 |
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行為が終わった後、だるい体を引きずりながら高耶さんと風呂に入った。後始末の仕方を教えられ、その通りに始末をして、バスタオルを渡して体に巻いて二人でリビングで休んだ。 「夕飯までには帰るから、もう少しいていい?」 ペットボトルの水を半分ずつ飲んで、潤った唇でキスをして、心地いいだるさを味わっていたら、突然高耶さんが固い声で私に聞いた。 「オレが言えた義理じゃないんだけど……亜沙子さんはどうすんの?」 高耶さんはいわゆる「不倫」をしていたことがある。相手が男性なので「不倫」という言い方でいいのかわからないが、既婚男性と性的関係を持っていたのだから不倫と考えてもいいだろう。 「高耶さんはそれじゃ嫌ですか?」 問い詰めたら嫌悪を表してそう言った。以前のような苦しい立場になるのはつらいのだそうだ。 「二股ってことはオレはいつも二番手だ。男だし、子供だし。子供ってだけで将来があるんだからって言って好きな人を諦めないといけないのはおかしいだろ?なのにみんなそう言う。まだ将来があるんだから、これからを見つめて生きろなんて、そんなもの慰めにもならないんだよ。もし直江がオレを二番手のままにしておきたいならそれでいい。でもオレはそんな男は願い下げだ。今すぐ、オレか亜沙子さんか選べ」 強引な物言いで私を脅かす。そんなもの、答えは決まっているだろうに。 「高耶さんを選びますよ。亜沙子さんと別れて山縣さんに罵られたって、草野球チームを辞めたって、あなたがいれば別になんてことはありませんから」 そういえばそんな話をしたな。 「キスしかしてないですね。仕事が忙しくて……って、これはたぶん言い訳です。する気になれなかったんです。亜沙子さんは素敵な女性であることは確かで、一緒にいたら楽しいんですけど……」 理想の女性であることは本当なのだが、私の欠けている何かを補う人ではない。温かいだけで、熱くなれない。 「オレには捧げられんの?」 一度ひどい目にあっているせいか高耶さんは疑り深い。 「信じてくれませんか?」 やっと手に入れた獲物があっさり逃げて行ってしまった気がした。しかしそれも通らなければいけない関門なのなら甘んじて受けよう。 私は寝室から白いTシャツと、高耶さんには少し大きめの膝下丈のズボンを渡した。たまに土手をランニングする時の服だ。 着替えた高耶さんを連れて家まで送る。その道のりでも私とのセックスの話題が出た。 今度はもう少し余裕を持ってしようとか、泊まりに行くからずっとしようとか、次回までにローションを買っておこうとか。 あの男に遭遇することもなく高耶さんの自宅に着いた。 母親は高耶さんを部屋に追いやり、私にその男の姿形を教えて欲しいと言ったので覚えている限りのことを教えるとみるみる青ざめた。 「すみません、たぶん高耶の知り合いです……その人には近寄らせたくないんです」 深々と頭を下げて仰木家から出て、もうすっかり暗くなった夜の道を歩いた。 帰ってから高耶さんのユニフォームを返していないことに気付いた。 彼の諦めた野球。そのユニフォーム。 そう考えていたら携帯電話が鳴った。高耶さんだ。 『適当に誤魔化してくれた?』 高耶さんに怒鳴られて、私に連れ去られたとしても諦めないだろう。あの男は家族を失い、それを高耶さんのためだったと言った。正気を失っているとしか思えない。 「とりあえず登下校は身辺に気をつけて。もし見かけたら周りの人に助けてもらうんですよ」 明日は平日だ。このところ毎日深夜に帰ってくる生活をしている。 「朝、届けに行きますから、駅まで一緒に行きますか?」 私からの拒否が許せないのか声がすぐに強張る。 「早くに帰れそうな日はメールしますから、そうしたら家に来てくださいね」 区切りがいいところで会話を終わらせ電話を切った。 『今日は試合後にお父さんに帰されちゃって……お話できなくてごめんなさい』 亜沙子さんは試合を見に来ていたが、帰りのファミレスでの反省会は部外者お断りだと山縣さんが言って亜沙子さんを帰してしまった。 「いえ、あれから夕立が来て大変でしたから……早めに帰って正解でしたよ」 今度、か。今度会う時は別れてくださいと言う日だ。 「明日……明日はたぶん夜中に帰りますけど……大事な話があるので家に来てください」 トーンが少し落ちた私の声を、亜沙子さんは吉と取ったか凶と取ったかはわからない。 つづく |
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ひどい男だ・・・ |
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