驟雨 しゅうう 7 |
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朝、高耶さんの家に寄ってインターフォンを押すとお母さんが出てきた。 「おはよう」 母親の様子からすると、地元に戻ってから友達を作ろうとしなかった息子に新しい友達が出来たとでも思っているんだろう。 「ではいってまいります」 駅までの道を並んで歩き、他愛もないことを話し、駅に到着した。このあたりは住宅街ということもあり、駅を利用する人間がとても多い。なので毎日満員電車だ。 「ええと、高耶さんは5駅でしたっけ?」 高耶さんの学校は私の道のりの途中にあるので電車の中でも用心ができる。しかし帰りが心配だ。 そして会社が終わったのが夜10時すぎ。いつもは終電間際まで仕事をしているのだが今日は亜沙子さんと話す日だ。 『ごめんなさい。今日は都合が悪くなっちゃって……』 せっかく早めに終わらせたのにドタキャンを食らい、罵られる覚悟も一気に冷えた。 『やっぱり会いたい』 それだけだった。もしかして何かあったのかと思い、電話をかけてみようかと思ったのだが、夜11時を回っているのに高校生に電話をしていいのだろうか、高耶さんの両親が怪しまないかと考え直し、こちらもメールを返した。 「直江」 彼は用心のためなのか門の中で待っていた。あの男が来た時にこの門でガードできるように、だそうだ。 「今日は遅くなるんじゃなかったのか?」 じっと私の顔を見て、何かを探っている。 「オレは別に……何もないけど……」 小さな子供のような表情で少し拗ねている。逢いたかっただけなのが恥ずかしいのか、耳を赤くしながら。 「もういい。逢えたからいいよ。帰って」 それでも家の中に入らずに話しているのは怪しいと言って、高耶さんは少し怒った顔をして「じゃあな」と冷たく家の中に入ってしまった。 「直江」 頭上から高耶さんの声。見上げたら窓から顔を出していた。 「おやすみ」 さっきまで沈みかかっていた気持ちが一気に浮上した。たったこれだけの言葉で私は機嫌が良くなる。
休日、いつもの草野球の練習に亜沙子さんは現れなかった。会えたら別れ話をする機会を作ろうと思っていたのに。 「そうだったんですか」 結婚?亜沙子さんが?誰と? 口から出る前に気が付いた。山縣さんは私と亜沙子さんを結婚させたいらしい。 「直江さんはどうかな?あいつ、我が娘ながら出来はいい方だと思うんだ」 山縣さんが親バカでなくて良かった。交際したのだから今すぐ結婚しろなんて言い出すのかと思っていたから。 「それで、うまくいってるのか?」 親としては複雑な心境もあるのだろう。自分の娘がよその男に遊ばれたりしていないか心配でたまらない気持ちと、早く結婚して安心させて欲しい気持ちと。 色部さんの休憩にしようという声が聞こえて、炎天下のベンチにメンバーが集まってきた。 「今日はうちの女房の手作りだ」 亜沙子さんの作ったものより形のいいおにぎりが出た。それぞれ冷やしておいたペットボトルをクーラーバッグから取り出して、土手の木陰で食べ始めた。 「またあの子は一人だな」 高耶さんのいる木陰に入り話しかけた。今日はなぜかおにぎりを持っている。 「もしかして無理矢理渡されたんですか?」 不思議そうな顔をしてから「ああ」と納得したように言った。 「だってこれ、奥さんが作ったんだろ?オレが断ってたのは、亜沙子さんが作ったやつだから。本人にそんなこと言えないから嘘ついた」 言っている意味がわからない。 「亜沙子さんが作ったのを食いたくないだけ。正確に言うと亜沙子さんの触ったものが嫌だったんだ」 思ってもみなかった言葉にショックを受けた。 「でもたかがおにぎりですよ?」 確かにそうかもしれない。 「わかった?」 話はわかる。わかるが、高耶さんの性格にも問題があることがわかった。 「オレ、もう帰る。なんか暑過ぎて気持ち悪くなってきた。熱中症かも」 さっきまでおにぎりを食べていたのに、突然気分が悪いだなんて。 高耶さんはユニフォームを脱いでアンダーシャツだけの姿になりながら、色部さんのところへ行き、何やら話してから土手を上がって帰って行った。 「どうしたんだ?突然具合悪いなんて言って帰ったけど、直江さんと口論でもしたか?」 目で追っていた高耶さんの姿が見えなくなった時、先週の出来事を思い出した。 「心配なので様子を見て送ってきます」 走って高耶さんを追った。土手の道を過ぎていつも通る道に入ると、ようやく高耶さんの背中が見えた。 「た……」 声をかけようとした瞬間だ。あの男が高耶さんの目の前に立っていた。 「高耶さん!!」 大声で叫んで止めたが、振り向いた高耶さんが私を見て恐れ戦いた。 「え……」 あの男を拒否していたのは高耶さんのはずだったじゃないか。なぜ私を避けてあの男と手を取り合って逃げるのか。 しかし去年まで高校球児だった少年と、そのコーチの足の速さは私などが追いつけるものではなく、角を2回曲がったあたりで撒かれてしまった。 「どこに……」 あたりを探し回ったが見つからなかった。高耶さんをあの男に渡してはいけないのに。 「どうした?」 ダメだ。色部さんといえども高耶さんの退学の秘密を他人には話せない。 「高耶さんの家の人に連絡を……」 走って自宅に戻り、手早く着替えてから仰木家に向かった。
つづく |
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