驟雨 しゅうう 8 |
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どうしたんだとこちらを見るメンバーの視線を気にしながら練習を抜け、高耶さんの家に走った。 「私が探してきます。お母さんは家で待っていてください。高耶さんが帰ってくるかもしれませんから」 高耶さんが消えたあたりを隈なく探し、近所中を走った。 何やら言い争いをしているようで、どちらも刺激してはいけないので静かに下へ行き、様子を伺った。 「だから、あれはチームメイトでオレとは別に関係ないって何度も言ってるだろ」 これは高耶さんがまだあの男を好きだから言っている言い訳なのか。私は騙されていたのか。 「高耶さん!」 殴ってでも高耶さんから引き離そうとしたら、高耶さんが男を庇った。 「来るな」 やり直す?この男と?高耶さんを捨てた男と? 「帰りましょう。お母さんが心配してますから」 男はためらっているようだった。まだ社会人としてまともな思考があるのだろう。単なるストーカーとは違う。 「高耶」 男が諦めたように高耶さんの名を呼び、そして彼の背中を強く押して私の方へ寄越した。 「コーチ!」 二人の会話は私にとって大きなショックだった。私は高耶さんに遊ばれていたのか、この男の代わりにされていたのか。 「おまえを絶対に迎えに来るから、それまで待っててくれ」 高耶さんがこちらへ歩み寄ってきたので肩を抱いて守ろうとした。 「いい。一人で帰る」 日陰の橋の下から、明るい土手へ出て、高耶さんは振り返りもせずに走って行ってしまった。 「待ってください」 私の言葉に男はカッとなって掴みかかってきたが、その熱も一瞬のことだった。 「家族に捨てられて、初めて高耶がどれだけ大事だったかわかったんだ。どうしてもやり直したい一心であいつの地元を探し出して、草野球チームに入ったことを知った。試合があるのを聞いたから球場まで行って試合を見て、それからあいつが一人になるまで待った。あんたと歩いていた時がたぶん最後のチャンスだと思って声をかけたんだ。あんたと高耶は一言も話さないから、たぶんあんたはすぐにいなくなる程度のチームメイトだと思って」 あの時高耶さんは私が「危なっかしい」と言ったことを怒って避けていた。 「そうしたらあいつはあんたの腕を掴んで離さなかった。それで、なんとなく悟ったんだよ。今はこいつを好きなんだろうって」 まだ付き合ってはいない。今は一度寝ただけの関係としか言えない。 「そうしたら、付き合ってないどころか、好きでもないと言われた。それで……このまま駆け落ちしようと……言ったんだ」 私を好きでもない、と……? 「でも高耶は駆け落ちはしない、まだやり残したことがあるから、と言って……」 私のことは高耶さんの心の中にはなかったのか。好きだと言われたのは、この男の代わりだったということか。 男の表情には先日のような暗さがなかった。高耶さんに愛されている自信があるのだろう。 「じゃあ俺はこれで帰るよ。……高耶に、そのうち迎えに行くから、今は待っててくれと伝えてくれ」 完敗とはこういうことを言うのだろうか。 男の姿を見送って、呆然としながら橋の下にいた。携帯電話が鳴り我に返り、出てみると高耶さんのお母さんだった。 『高耶が帰りました』 ここで嘘をつけば高耶さんとあの男のためになるのだろうか。 高耶さんの携帯電話にはあの男が新しく教えた連絡先があるに違いない。 「……私の見間違いだったようです……先日の男ではありませんでした」 高耶さんのためを思うなら。 それから口裏を合わせるために、高耶さんにメールを出した。 道化になってしまった自分を嘲笑いながら、この気持ちを持て余して、私は他の誰かを愛して、いや、愛せなくなって、偽りの愛を誰かに囁いて生きていくのだろう。
つづく |
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なんちゅーことを! |
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