驟雨

しゅうう


 
         
 

それから、私は別れるつもりでいた亜沙子さんとそのまま付き合い続けた。
草野球で高耶さんと顔を合わせるが、最初の頃のようになんとなく避けられ、私もそれに合わせて避け、特に話もしないまま過ごしていた。

橋の下での出来事から1ヶ月。
雨で練習が中止になった日に、初めて亜沙子さんを自分のマンションに呼んだ。
昼ごはんを作ってもらって、お互いに趣味の合うクラシック音楽を聴きながら話をして、会話の途切れた時にキスをする。
キスは高耶さんの方が格段にうまい。緻密な計算をしているが如くの唇の動き、舌の絡め方。
どこを取ってもあれほど気持ちが昂ぶったキスはなかった。

それを払拭したくて亜沙子さんの体を触った。抵抗なく受け入れてくれる肌は滑らかで、女性特有の柔らかさがある。
匂いも優しい甘い匂いだった。
高耶さんの肌は少年らしい張りがあり、柔らかい部分はほとんどなかった。なのに薄い筋肉の心地いい弾力はどんな女性にも持ち得ない極上の官能があった。

「あなたを抱いてもいいですか?」
「……はい」

小さく呟いた可憐な唇は、彼の色香に飢えていた私を諦めと寂しさの淵に追い詰めた。

 

 

その日から3週間、亜沙子さんとは週に数回会い、私の部屋の高耶さんを抱いたベッドでセックスをし、愛と言う名の嘘を育んだ。
亜沙子さんを抱くたびに、私は高耶さんを思い出してさらに愛しく思い、反面諦めの極致に向かう。
どうしようもない彼への思いは亜沙子さんを抱くたびに忘却されると考えていたのに、まったく逆で、彼への愛しさしか募らない。

それでももう終わったのだ。彼は私を愛していない。
愛してくれない人を愛したって、永久に報われることはない。痛切に感じた。

心の痛みが極まって、私は笑顔しか作れなくなった。
その偽者の笑顔で、亜沙子さんにプロポーズをした。

「結婚してください」
「……はい」

亜沙子さんは涙を浮かべて返事をした。出会った日から好きだったと、運命で結ばれるような気がしていたと、そういって喜びからの涙を流した。

「2ヶ月間しか交際期間はありませんけど、私は本気ですから」
「わたしもです」

その話はその週の草野球の練習の際に山縣さんから発表された。
周りは口々に「こうなると思ってた」などと笑って祝福をしてくれた。
たった一人を除いては。

「ホントに結婚すんのか?」

ずっと私を避けていた高耶さんが聞いてきたのは、あの夕立の日のような帰り道だった。今度は私の後ろを高耶さんが歩いてついてきていた。

「ええ。結婚しますよ」
「……やっぱそうか」
「そうなりましたね」

もうこれ以上、高耶さんと関わってはいけない。私の隠れた思いが噴き出さないように。

「草野球ももう辞めます。最初から地域の交流のために入ったようなものだし、これからは結婚準備で忙しくなるでしょうから。辞めないまでも長く休むことになるのは間違いないですから、とりあえずは長期欠席ってことで色部さんとは話がついています」
「…………オレのことは?」
「え?」
「いや、なんでもない」

私を追い越して背中を丸めて早足で過ぎ去って行く。
いつもよりも小さく見えるのは気のせいだろう。

「高耶さんも、あの男とうまく続けてください。せっかく私がお母さんに嘘までついて取り持ったんですから」
「……そーだな」
「いつか二人で遠くに駆け落ちなんて、ロマンティックじゃないですか」

自分の言葉に深く傷つく。一番愛している人が他人と幸せになってしまう。
それを平気な顔をして、なんともない声を出して、幸せになってくれと願うなんて。
地獄だ。

「じゃあ、私はこれで」

マンションの前まで来て、こちらを見ない高耶さんに笑顔で言った。たぶん今の私は幸せそうな声を出している。
でもきっと、顔は泣き出す寸前だ。

「うん、じゃあな」

そっけない声が返ってきて、私はもうこれが最後の最後だと諦めてマンションのエントランスに入った。
オートロックのパネルに暗証番号を打ち込んでエントランスの自動ドアを開けた時、背後でバタバタと足音がした。

「直江!!」
「……なんですか?」

高耶さんが、もう諦めた高耶さんがまだ後ろにいる。

「なおえ……」

突然、背後から抱きしめられた。予想もしていなかった。
いや、予想はしていなかったが、想像はしていた。
高耶さんが私を追いかけて来てくれはしないかと。

「どうしたんですか?」

違う。勘違いだ。私の勘違いでしかない。これは私が想像していたような意味のものではないはずだ。

「直江……」

でももう、限界だった。勘違いで嫌われてもいい。愛せないなら嫌われてしまいたい。
殴られてもいいからキスしたい。

勢いよく振り向いて体勢を変え、彼の後頭部を押さえ込み、思いの丈を注ぎ込んでキスをした。
汗と泥の匂いが混じった彼特有の青い体臭を鼻で吸い込みながらキスをした。

「高耶さん……!!」

開いた自動ドアに、拉致するように連れ込んでほとんど抱えたままエレベーターに乗った。
エントランスとエレベーターの防犯カメラに映っているだろうが、それさえ構わずにキスをし続けて部屋の前にやってきた。

「入ったら出られませんよ。いいんですか?」
「うん」
「このまま監禁してしまうかもしれない」
「していい」
「愛するなと言われたら、あなたを殺してしまうかもしれない」
「それでもいい」
「愛しています……!」

部屋に入り、ユニフォームのままバスルームに入って熱いシャワーを出した。
濡れた生地が肌に張り付いてなかなか脱げず、いくつかボタンを引きちぎって、縫い目を裂けさせて、ようやく全裸になった。
気が狂いそうなほど求めてやまなかった高耶さんの肌。髪。唇。瞳。

「あなたは俺を愛していないんでしょう?」

言葉とは裏腹に狂おしいほどの愛を込めてキスをした。

「あの男と駆け落ちして幸せになるんでしょう?」

そんな言葉ばかりが出るのに私の腕は高耶さんをきつく抱きすくめる。

「俺を困らせて楽しんでいるんでしょう?」
「直江ぇ……!」

熱いシャワーは雷雨のように、私と高耶さんの体温を同じにする。
乱暴なほどに優しく、憎しみを込めて愛おしく、突き放しながら繋がり、私たちは堕ちていく。

 

 

何度目かわからない。
ベッドで彼を犯し続けていた時に、リビングに放り出していた携帯が鳴った。
そういえば今夜は結婚式の日取りを決めるために亜沙子さんと食事に行く約束をしていた気がする。

「電話……ッ」
「放っておきなさい」

彼の足を持ち上げて、繋がった部分を見ながら今自分は愛する人とセックスをしているのだと実感する。
高耶さんの狭い器官は私の性器で押し広げられて、赤く腫れているのに離そうとしない。
もっと欲しい。高耶さんのすべてを自分のものにしたい。

「出る……っ」
「まだ出るの?こんなに貪欲だなんてあの男も知らないでしょう?」
「う……ん……直江だけが……オレをこんなに貪欲にするんだ……」

このまま死んでもかまわない。繋がったまま死ねるなら。繋がったまま死にたい。

「愛しています……!あなたを……あなたしか……!!」
「直江っ……」

高耶さんの性器からほとんど透明に近い精液が飛び、誰よりも淫乱な絶頂の姿を見た私も彼の中で射精して果てた。
息を整えながらまだ繋がった部分だけを意識して幸せを貪っていた時、部屋のインターフォンが鳴った。

「抜いて……痛い……」
「あ……」

彼の生理的な涙を吸ってから抜き、さっきから何度も鳴るインターフォンに向かった。
モニターに映っていたのは予測と寸分違わぬ亜沙子さんだった。
まだ息が荒かったが、かまうものかと思いながら受話器を取った。

「はい……」
『直江さん?約束の時間過ぎても来ないから、心配で来たんですけど……』
「すいません、今日は……いえ……もう、無理です……」
『え?何がですか?』
「結婚は出来ません」

返事を待たずに受話器を置いて、まだベッドで四肢を投げ出して恍惚に浸っている高耶さんのもとに戻った。
キスをして濡れた股間をまさぐるとピクリと体が動いた。

「まだ……するの?」
「ええ」
「亜沙子さん、来たんじゃないの……?」
「追い返しました」
「なんてヤツだ……婚約者を追い返すなんて……」
「もう婚約者ではありません」

二人分の大量の精液で汚れた彼の体を抱きしめて、腰を押し付けた。

「ウチに電話しなきゃ……」
「しなくていい」
「でも……直江まで……コーチみたいになる……」
「じゃあ、電話しなさい」

高耶さんの携帯電話をリビングに置いてあったバッグから出して寝室に持っていった。
受け取ろうとする高耶さんの手に渡さずに、ひとつ条件を出した。

「セックスしながらだったら、電話してもいいですよ」
「え……」
「そのぐらいの意地悪したっていいでしょう?」
「うん」

足を開いた高耶さんの中に入り、静かに腰を動かした。胸や首にキスをしながら電話をするように促すと、高耶さんは素直に家に電話をした。
中で私の性器が彼の性感帯を刺激しているというのに、彼は平静を装って電話で話している。

「今、直江んちにいる。さっきコーチを見かけたから避難させてもらったんだ。今日はこのまま直江んちにいていい?学校も明日は休む。なんか怖いし」

よくもそんな嘘が平気で出るものだ。しかも感じているくせにまったく普通に話している。

「うん。朝になったら直江に家まで送ってもらうから大丈夫。じゃあね」

通話を切るなり切ない声を出して喘いだ。

「泊まるよ」
「ええ」
「どうせなら……このまま監禁してもいいよ……」
「なんて人だ……」

私は愛されていると思ってもいいのだろうか。

 

 

 

 

つづく

 
   

まだまだトラブル続きます

   
         
   

10へススム

   
         
   
ブラウザで戻ってください