激しく愛し合った後はもう脱力するしかなくて、幸せや充足感を味わう暇もなく寝入ってしまった。
それは高耶さんも同じだったらしく、深夜に目が覚めた時も彼はまだ寝ていた。
立ち上がってシャワーを浴びに行き、空腹に気が付いてレトルトの野菜スープとトーストを作った。
匂いに目を覚ましたのか私のシャツを羽織って高耶さんが出てきた。
「腹減った」
「とりあえずシャワーを浴びたらどうですか?体じゅう汚れてて気持ち悪いでしょう?その間に用意しておきますから」
「うん」
高耶さんがシャワーに向かったところで食事の準備をしてベッドのシーツを交換した。
数時間前までここで狂乱していた人間が二人いる事実があちこちに残っていたので少し掃除もした。
高耶さんにスープとトーストを与え、静かに話を始めた。
「どうして私についてきたんですか?」
「……どうしてって……」
「コーチとやり直す話は?」
トーストを口に運びながら下を向いて寂しげな顔をする。まるで叱られた子供のように。
追い詰めてはいけないと思い、話しやすい環境を作ることにした。
「責めるつもりはないんですよ。ただ色々と疑問があって。高耶さんは多く語らないから自分が誤解している点がありそうだと思って聞いてるだけです」
「うん、わかってる」
「……順番に聞いていきますから、答えられる範囲で教えてください」
「ん……」
まだ少し警戒している感じではあったが、わかりやすく、静かに訊ねた。
「前に、高耶さんが急に怒ったでしょう?試合の前日だったと思いますが、あなたが公園に一人でいた時」
「ああ、そういえば」
「危なっかしいって私が言ったら急に怒って、それから私を無視したじゃないですか」
「だって……危なっかしいって……。あいつとオレが別れさせられる時に親が言ったんだよ。あんたは危なっかしいから変な男に騙されたんだって。オレは騙されてないし、好きで付き合ってたのに、その言葉でオレの人格や性格なんかを全部否定された気がして……直江もそうなのかと思って腹が立ったんだ」
そうだったのか。あの時は高耶さんの事情も何も知らなくて、逆鱗に触れることだと思わずに口に出してしまった。
危なっかしいという言葉はよく考えなくても褒め言葉ではないし、高耶さんにそんな理由があったのなら怒らせて当然だったのだろう。
「すみませんでした……そんなつもりはなかったんですが……」
「もういいんだ。確かに危なっかしいもんな。直江とこういうことになってる時点でオレ自身が自覚しなきゃいけないってのわかったし」
少しだけ吐き出して気持ちが楽になったのか、表情が緩んだ。
「じゃあもう少し聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「私のことは、どう思ってるんですか?」
「…………」
コーチとやり直すと言ったり、私の部屋までついてきたり。
以前に私を好きだからコーチには未練がないと言っていたはずなのに、いきなり手の平を返して私を無視したり。
「今は……その、ちょっとうまく言える自信がないから……要点だけ伝える……。直江のことは……好き、だよ」
「セックスだけじゃなく?」
もしかしたら私の体が目当てかもしれないと疑念を持っていた。
高耶さんと会う時はいつも短時間で、玄関の門を挟んでの会話だったり、練習の時だったり、二人でゆっくりと話したことがない。
だから私を好きだと言うのも、若い彼の持て余している性欲のためだけかもしれない、と疑っている部分があった。
「オレは好きでもないヤツとセックスできる人間じゃない!!」
一瞬固まってから、スプーンを持っていた手をテーブルに叩き付けて立ち上がった。
怒った顔は真剣そのもので、睨みつける目も本気だった。
「ごめんなさい。言い訳をするつもりはありませんが、私も不安なんです。あなたが好きだから不安になるんです」
「あ……ごめん……」
興奮して大きな音を出してしまったことを謝って、また寂しげな顔をした。
これでわかった。高耶さんは他人の出す不用意な言葉に異常に敏感なのだ。それは傷つきやすいという結論になる。
「あなたが好きです。私だけを見て欲しい。あの男のことは忘れて欲しい。これが私の正直な気持ちです。セックスだけじゃなく、私はあなたを喜ばせたい。あなたの心の支えになりたい。私がそう思うのは贅沢なことですか?」
「……そんなことないよ……」
「あなたも私と同じような気持ちで、好きだと、言ってくれてるんですか?」
「うん……直江が好きだ。直江に全部わかってほしい。直江に愛されたい」
誤解ばかりですれ違っていた私と高耶さんの間がようやく埋まった気がした。
食事を終えた高耶さんを背後から抱きしめ、椅子から立ち上がらせて再度寝室へ連れ込んだ。
「愛してください。私も心の底から愛します」
「うん」
朝、私がいつも会社に行く時間よりも30分ほど早めに出て高耶さんを送り、玄関先までお邪魔した。
高耶さんは以前と同じように家に着くなり奥へ引っ込んでしまった。
お母さんに「ちゃんとお礼を言いなさい」と言われて戻っては来たが、ありがとうと素っ気なく言うとまた奥へ言って、それから二階の自室へ行ってしまった。
「すみません、甘やかしたせいでちゃんとお礼も出来ない子になってしまって……」
「いえ、昨日何度も言ってましたから。これ以上は私が恐縮しますのでもういいんですよ」
お母さんにつく嘘はこれで何度目だろうか。
「ああ、そういえば、直江さんは亜沙子さんとご結婚なさるそうですね」
「え?」
「昨日、色部さんから伺いましたよ」
「……ああ、そうだったんですか……」
そういえば忘れていた。昨日、亜沙子さんに結婚はできないと言ったのを。
「おめでとうございます」
「あ、それなんですが……ちょっと事情があってまだはっきりとは……」
「あら、ご近所ではもう話題になっているのに」
もう?昨日の今日じゃないか。
「でも結婚話はそう簡単に進むものじゃないから、直江さんもゆっくり亜沙子さんと話し合えばいいんじゃないですか?」
私の様子をおかしいと思ったのか、お母さんは焦りながらフォローを入れた。
居心地が悪くなってしまって仰木家をそそくさと出て駅に向かうと、道すがら亜沙子さんと鉢合わせてしまった。
この時間帯に出勤していたとは知らなかった。
「直江さん……」
「お、おはようございます」
「あの、昨夜のことなんですけど……」
昨夜はインターフォンで追い返した後に何度も携帯に電話やメールが入っていた。
それに気が付いたのは今朝になってからだ。
昨夜は高耶さんを何度も抱いて、その後は二人で泥のように眠っていたから亜沙子さんを無視した形になった。
「わたし、何かしたんですか?」
「そんなことは……あなたに責任はありませんよ」
「結婚できないって……本当にそう思ってるんですか?」
「はい……」
泣き出しそうな顔を見ていると心が締め付けられる。
亜沙子さんを愛していなかったかと聞かれればそうだと答える。だがまったく愛していなかったかと聞かれたらそれは違うと答えるだろう。
結婚をする相手としては申し分がなかった。それも一種の愛だろうから。
でも、高耶さんへの愛と、亜沙子さんへの愛は別物だ。
「今夜、ちゃんと話してください」
「え、ええ……わかりました。仕事が終わったら電話します」
「じゃあ」
いつのまにか駅前についていた。亜沙子さんはもう私とは居られないとばかりに足早に駅に入り、そのまま姿を
消した。
今夜の言い訳を考えておかねば。
つづく |