私と色部さんの説得で高耶さんは草野球を続けた。千秋医師からも体を動かすことでストレスを発散できると言われて、それもうまく手伝ってくれたようだった。
高耶さんは週に1回のカウンセリングを苦痛とは思わず、どちらかと言うと新しい面白い経験として捉えている。
世間ズレした余分な知識がないぶん、カウンセリングを受け入れるのがスムーズらしい。
私はと言えば、高耶さんとは毎週草野球が終わってからマンションで会って、気分次第でのんびり過ごす日もあれば狂ったようにセックスをする日もある。
主に高耶さんのやりたいようにさせているので私からセックスを望むことはない。二人でいられれば良いのだ。
ただ若い彼としては体が求めるのか、のんびりするよりもセックスをする割合が多いのは確かだ。
それと千秋医師に会った。
私がいつもの小料理屋で夕飯を食べていたら、色部さんと一緒に店に入ってきたので紹介してもらった。
千秋医師は守秘義務があるため高耶さんとお母さんのカウンセリングに関しては絶対に漏らせないと言い張るが、酔うと口端から零れるように些細な内容が漏れる。
それを自分なりに統合してみると、高耶さんのカウンセリングは順調で、今はもう他人との係わり合いを拒否するつもりもないし、他者の気持ちも考える努力が実っている途中らしい。
ところがお母さんの方がやっかいで、子供依存というか「高耶依存」が抜けないそうだ。
何を話しても「高耶のためにやったこと」「高耶がしたいと言ったから」になってしまい、何が悪いのか、何が間違っているのかがわからない。
それについて他の「普通」の母親の事例を出しても、それはおかしいと拒否反応を示す。
高耶さんのカウンセリングは1年以内、乃至は半年程度で済むかもしれないのに、お母さんの方はこの調子では数年かかるだろうことがわかった。
子供と違って大人の価値観を直すのは難しいんだと千秋は眉間にシワを寄せて呟いていた。
そんな話を聞いていたので予想はしていたが、カウンセリングが始まって2ヶ月ほどしてから千秋の提案で高耶さんのお父さんがあるひとつの決定事項を出した。
高耶さんとお母さんを離れさせるという案だ。
それを聞いた高耶さんが落ち込みながら私のマンションにやってきた。平日の夜に。
「オレ、もしかしたら父さんの田舎に預けられるかもしれないんだって」
「……どこなんですか?」
「長野」
それは高耶さんが野球を諦めざるを得ない状況になるということだ。私は週末に会いに長野へ通えばいいだけの話だが、高耶さんは野球を諦め、学校も変わり、一から友達を作らなくてはいけない。
それは希望を持ち始めた高校生には過酷な選択だ。
「でもまた転校しなきゃいけなくなるから、今の高校に通える距離で一人暮らしって案もあるんだ。だけど母さんが……その、オレがコーチとセックスしてたこととかたぶん考えてるみたいで、絶対に一人暮らしはダメって言うんだ。見境なく男を連れ込んでやりまくるとか考えてんのかもしれない」
高耶さんのセックスは激しくて淫猥ではあるが、相手は誰でもいいというわけではない。好きな相手としかしない。
でもお母さんからしてみれば、高耶さんはコーチに弄ばれたことになっていて、そうやってまた男に遊ばれてしまうと考えるのかもしれない。
「美弥はまだ中学生だし、来年は受験だから両親と暮らさないといけなくて、そうすると自然にオレが出て行く形になるんだよな。オレだって来年は受験するかもしれないのにさ」
「そうですよね……」
「オレ、捨てられるみたいだな……」
すべては高耶さんのためなのだと言うと、それはわかってるけど寂しいんだと呟いて私に抱きついてきた。
「私は高耶さんを捨てませんよ」
「うん……。なあ、直江んちに来たらダメなのかな?」
「え?ここに?ここで同居ってことですか?」
「あ、直江が嫌だったらいいんだ」
以前だったら「ダメなのか?」と詰め寄られていたと思う。でも今は私の気持ちを優先している。
これもカウンセリングの成果なのだろう。
「私は大歓迎ですよ。高耶さんと暮らせるなんて。でもそうなったら大事な息子さんをお預かりしますってことでセックスなんかできそうにありませんけど」
冗談まじりに言った言葉で高耶さんが笑った。
「それでもするくせに」
「するかどうかはわかりませんよ?でもしたい気持ちでいっぱいでしょうね」
「エロいなあ」
もしもご両親が了解してくれれば高耶さんを引き取るつもりではいる。
だがそれは難しいだろう。
「一応親に直江んちで預かってもらいたいって言っていい?」
「誤解されますよ?」
「もうたぶんバレてるよ」
毎週私のマンションに来て、たまに平日も公園や玄関先で会っている。
母親はどう思っているかはわからないが、父親は絶対に気が付いていると高耶さんは言った。
「どうしてそう思うんです?」
「んー、コーチの件の時、父さんはあんまり関わってこなかったんだ。母さんばっかり熱くなってさ。でも父さんにこっそり言われたんだ。おまえがコーチを本当に好きなら、それはしょうがないって。それだけしか言われてないけど、父さんはオレがゲイだってわかってる。そんな息子が毎週直江と二人で会ってれば恋人だって思うよな」
「……たぶん」
てっきり疑われもしないと思っていたから少し衝撃だ。
高耶さんに構いすぎる母親と、放任の父親。両極端が生んだ高耶さんに関する騒動は、父親の肩にどれだけの負担になっているのか想像に難くない。
「オレが家に直江を連れてった時点で確定だったんじゃないかな」
「そうですか……じゃあ交際を反対されたりしませんか?」
「しないよ。したら大変なことになるのわかってるもん」
甘えてくる高耶さんをそっと抱きしめて、疼く体を持て余しながらキスをした。
いつもより熱を帯びているキスに気が付いた高耶さんは家に帰るのが遅くなってもいいからセックスがしたいと言って私の股間に手を這わせた。
「大きくなってる」
「寝室に行きましょうか」
「うん」
もし二人でここで暮らせたら。どれだけ幸せだろうかと考えながら抱き合った。
高耶さんのお父さんが私との関係を知っているとなれば心中は複雑だろう。
交際を反対すれば高耶さんは本気で家出をしかねない性格だから反対できない。だからと言って同居を認めたら未成年の息子が男に犯される生活を賛成することになる。
私の予想としては高耶さんとの同居は絶対に認めないだろう。
たぶん長野へ行ってしまうだろうな、と一人になった部屋で考えていると、電話が鳴った。
高耶さんのお父さんからだった。
『高耶から直江さんの家に預かってもらいたいと聞きまして……』
「あ、親御さんのお気持ちとしては無理なのはわかってますから、本気にしないでください。すみません」
『いえ、そうではなくて……色々と考えてみたんですが……長野へやるのはあまりにも可哀想だと思ったんです。草野球を始めてから楽しそうな顔を見られるようになったので、野球を取り上げてしまうことはできません。でも直江さんにお世話になるのも……申し訳ないんですがちょっと……』
この様子では私と高耶さんの関係に気が付いているのは間違いない。
『なので一人暮らしをさせることにしました』
「一人で大丈夫なんですか?」
『食事なんかは私か美弥が届ければ問題ないでしょう。でもやはり一人にさせるのは心配なので……直江さんに監督というか、毎日でなくて構わないので高耶が無茶や馬鹿をしないように見ていてもらえませんか?』
母親は高耶さんのアパートへは行ってはいけないことにし、高耶さんに会うのは週末のみ。
食事は美弥さんかお父さんが届けるか、高耶さん自身で自炊をするかでどうにでもなる。
何よりも高耶さんがお母さんから自立するためには誰かに預けるのではなく、なんでも一人でやってみるのが一番いいのではないかと、千秋と相談して決めたんだそうだ。
それについては学校にも相談をしに行っていて、学校側の許可も取れているらしい。
『高校生でも一人暮らしの子は数人いると学校からも言われていまして、監督者を数人つけるなら大丈夫でしょうとのことでした。監督者は私の他に千秋先生と色部さんにお願いしてあります。あとは直江さんがいてくれれば高耶も心強いと言っていましたので……』
同居は無理だと高耶さんもわかっていたんだろう。だから一人暮らしの案に拒絶をせずに乗ったに違いない。
それなら学校も野球も辞めずに済む。
そして私との関係も続けられる。
「そういうことでしたら喜んでやらせていただきます」
『ご迷惑をかけると思いますがよろしくお願いします。何か起きましたら私が責任を持ちますから』
「ええ、でも大丈夫だとは思いますよ」
高耶さんの一人暮らしは再来週からスタートするそうだ。
これでお母さんの「高耶依存」も改善できたらいいのだが。
つづく |