ストーカー 4 |
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真剣に言われて驚いた。どうしてそんなことを言われなければいけないのかわからない。 「なんで?」 さきほど料理の話が出たときに嘉田たちが一瞬戸惑ったのはこのことだった。 「大丈夫だよ。もし狙われてるとしても、ちゃんと断ればいいんだし。けっこういい人だよ?」 エプロンを外して直江の待つカウンターまで行った。その場にいた中川に挨拶をしてから直江と肩を並べて出た。 「助かったよ。一緒に帰れて。今朝のことでちょっと怖かったからさ。嘉田さんたちにはみっともなくて言えないしさ」 直江は高耶の家まで送った。それじゃ申し訳ないとアパートの部屋にあげ、酔い覚ましの濃いお茶を出した。 「あのさあ……綾子さんて誰?」 もしかしたら親友という名の恋人かもしれない。もしも直江が不実なバイであれば、恋人を数人持っていることだろう。その中のひとり。 「いつも一緒にいるの?」 なんとなく気付いてはいたが、どうやら自分は直江が好きらしいとわかった。優しいところも、頼れるところも。 「あ、そうだ。直江の好きなお菓子あるぞ。買っておいたんだ。持って帰れば?」 暗に「帰って欲しい」と告げたつもりだった。 「そんな、いいですよ。気を使わないで」 高耶の頭を撫でてから直江が立ち上がった。 「帰ります。またいつでも電話ください」 玄関先で直江を見送ってから、もう一度自分に問いかけた。
その日から数日後の土曜の明け方、また誰かが高耶の部屋にやってきた。今度はドアではなく窓から。 ギギという音で目が覚めた。窓にかかったカーテンの方からしている。 アパートの敷地内をタ、タ、タ、と歩く足音がする。諦めて帰ろうとしているところのようだった。 「……うそだろ……」 何か丈夫な棒で壊そうとしたのか、板にはヒビが入っている。 「どうしよう……なんで……」 心臓が大きな音をさせて鼓動している。頭の中で響いている。緊張で心臓が爆発しそうだった。 「な……なおえ……」 充電器に差してあった携帯を取り上げ、リダイヤルで直江にかけた。すぐに耳元に直江の声がした。 『また何かあったんですね?』 携帯の通話を切ってから玄関に走った。早く直江に来てもらわないと、高耶の心臓は押しつぶされてしまう。 「高耶さん?」 ドアを開けて直江に抱きついた。 「怖い!!」 混乱している高耶の背中を抱いて、頭を撫でて直江は窓を見た。 「覗かれましたか?」 雨戸を閉めろと直江にアドバイスを受けていたのに閉めなかった自分を高耶は恨んだ。 「どうしたらいい?!」 高耶は直江から離れることが出来なかった。怯える自分の体が震えて自由に動かせない。 「昨夜はバイトだったでしょう?その時に怪しい人影はなかったんですか?」 もちろん高耶には心当たりがない。 「それはまずありませんよ。私のような不特定多数の読者を持つ場合はそれも考えられますけど、高耶さんのように普通に生活して、周りにいる人間を把握できる場合、だいたいが顔見知りの犯行なんです」 友人と仕事先の人間の顔をスライドショーのようにして思い出すが、どの人間もそんなことをするようには見えない。 「心当たりがないのなら、警察に言ってもあまり効果はありませんね……でもパトロールの強化ならしてもらえます。今から電話を入れましょう」 高耶の動揺が激しかったため、直江が以前ストーカー被害にあった時に担当してくれた刑事に電話をした。 「今日は非番だそうですけど、一応、最寄の交番と鑑識から警察官が来てくれるそうです」 ずっと無意識に直江の服を掴んでいたらしい。そこだけシワになっている。 「缶コーヒーでいいですか?コンビニで買ってきたんです」 コンビニの袋の中には直江の朝食らしきものが入っていた。コーヒー、パン、ヨーグルト、牛乳、トマトジュース。 「警察官が来るまでに着替えておいた方がいいですね」 直江の目の前で高耶が着替える。高耶本人は恥ずかしかったのだが、そんな様子を見せてしまえば直江に自分の気持ちを悟られてしまうかもしれないという思いから、何も気にしていないふうを装って、直江の背後で着替えた。 着替え終わるとすぐに警察官が3人来た。ふたりは警察官の制服、もう一人は鑑識の制服だった。 「作家をしています」 そう言われてすぐに反応したのは鑑識の男性だった。最近直江が出版した本を持っているという。 一通りの質問をされ、外から窓を壊されたという説明をすると、高耶と直江を伴って建物を周り、部屋の窓を見た。 「あ〜、本当だ。壊されてるねぇ。バールか何かで壊したんじゃないかな。写真撮って」 鑑識の制服の男性が壊されたところを何枚か写真に収めた。中からも写真を撮るため、高耶の部屋の中に入りこちらも数枚撮った。 「しっかり調べてくださいね」 こうして直江と色部刑事の関係を警察官にわからせるのが目的だった。この程度の被害では調査すらしないのが現在の警察の実情だと直江は知っている。 警官がいたのはたったの20分程度だった。高耶は残りの缶コーヒーをようやく味わって飲めた。 「色部刑事ってのが前に世話になった人?」 高耶を一人にするのが忍びないということで、その日と翌日の日曜は直江のマンションに泊まることになった。 「でも、綾子さんが来るんじゃないの?」 直江の恋人の綾子と会うことと、一人でストーカーに怯えるのとを天秤にかけたらストーカーの方が重かった。
つづく |
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直江王子様。 |
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