ストーカー



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危険だとわかってはいるが、高耶は部屋から出るようになった。
だが今までと変わらず、誰かが付き添わなけばいけないと直江から命じられていた。
でかける際は武器になるようなもの……ナイフなどの警察の取り締まり対象は不可にし、違法にならない催涙スプレーや防犯ブザー、本来は防御のための品ではないがボールペンやライター、出かけた先で買える缶コーヒーなどを持つようにしている。

とりあえず手始めにストーカーが現れそうな時間帯に直江とコンビニへ出かけた。
今までよりも何倍も神経を張り詰めて、少しの違和感や異変にも気が付くように。
数日間繰り返してみて、何度か見られているという感じがあった。しかしそれだけだ。
振り返ってみると誰もいないことばかり。しかしこんな時の勘はそう外れるものではない。確実にどこかで見ているはずだった。

次は直江がよく行く場所を絞り、まずは安全性の高い場所から出歩いた。大学から始まり、出版社へ。
どちらもあまり尾行の気配は得られなかった。
時間帯にも問題があるのかも知れないと、夕方まで残ってみたがそれでもつけられていると感じることはなかった。

「時間帯も重要みたいですね……高耶さんがおかしいと感じたのはだいたい深夜から明け方ですよね。私が切られたのも夜でした。昼間は普通に働いて、夕方、または夜から見張っているのかもしれない。しかもそうとうランダムに」
「うん……深夜とか明け方とかって考えると、家の近所のヤツってことにならないか?」
「そうですよね……その可能性は大きいでしょう。ただ100%、昼間普通に働いているとは限りませんから近所と決め付けてしまうのは問題あるでしょうね」

でかけて帰ると必ず直江が二人の話を総合してノートに可能性を書き込む。
そしてプロファイリングをしていく。
今までで直江がプロファイルしたのは、大学卒業またはそれと同程度の学力があるということ、体力があるということ、激情型で偏執的な部分があるということ、外見にコンプレックスがあるということ、20代であろうということ。

「20代?」
「体力もヒントになりますが、私を襲った際の瞬発力は20代前半のものです。10代ならば大学卒業の枠から外れてしまいますからね」
「そうか……20代……」
「それと重要なことなんですが」
「ん?」
「……まだ決定したわけではりませんが……高耶さんの周囲にいる人物の中で……たぶん、若い、真面目な、女です」
「なんだって?!」

直江は淡々と説明した。さすがに大学で講師をしているだけあって、わかりやすく答えた。

「私の印象ではあなたの生活パターンを熟知しているように見えます。あのアパートに進入した日はたまたまあなたが早めに家に帰ったのでしょう?そのせいで鉢合わせしてしまったわけです。退勤時間も知っているとなると、単にあなたを見て一目惚れしたとかじゃないような気がするんですよね。あなたが自分からバーの退勤時間を教えている相手のはずなんです」

それならばあの日、高耶がアパートに戻る時間を知らずに侵入して鉢合わせしてしまったことに納得がいく。

「だけどバーのような場所は客が引かなければ閉店時間を遅めることもありますし、客が少なければ早めに閉めますよね?だけどそれをわざわざ友達に説明しないでしょう?千秋さんのように知り合いにバーで働く人がいたり、私や綾子のように深夜に飲みにでかける人間ならば、バーがそういうアバウトな営業時間をすることもあると知っています。ですから千秋さんほど高耶さんとは親しくない人という結論が自然にでます」

直江の話を聞いているともっともなことを言っているのがわかる。わかるだけに背筋が寒くなる。

「そして嘉田さんのバーのように常連でなければ敷居が高い場所には行ったことがない人物……若くて真面目という見解になります」
「女ってのは……?」
「男性で若くて真面目でも、飲みに行く機会は女性よりも多いんですよ。それに少し敷居が高くても男性は女性よりも無頓着なぶん、バーなどの店には入ります。あなたがいない日を狙って入っているはずなんです。男性客は一人で入っても目立ちませんから堂々といられますしね。そうすると営業時間がたまにアバウトになることも知る機会があるはずなんです。ですから男性ではない……。女のストーカーという答えがおのずと出ます」

ここまで分析するのには、やはり警察からの情報や自分が襲われた経験がなければ無理だった。
そして最近の高耶との外出からもヒントを得られたからだ。

「一番重要なのは、合鍵を作ったってことです。あなたの周囲にいなければ、合鍵は作れません。ここまでのプロファイルを聞いて思い当たる節は?」
「……ある」
「誰ですか?」
「…………本屋で一緒にパートやってた……フリーターの女、かも」

高耶の言うことには大学を卒業したのだが、就職が決まらず、学生時代からバイトをしていた本屋でパートになった女性がいるという。
直江の本を取り置きする際に、タイトルをじっくり見ていた女だ。
性格は真面目で、友達を作るのが苦手なタイプらしくいつも休憩時間はひとりで本を読んでいた。
読むジャンルはファンタジーかジュニア向けの恋愛小説。少し大柄な身体をコンプレックスに感じていたのかいつも背中を丸めていた。

高耶が本屋で働き出した時にはすでにベテランになっていて、入ったばかりの高耶に指導をしたのも彼女だった。
世間話をするほどには親しい。
その話の中でバーでのバイト時間を話したこともあるような気がした。

「そうですか……ほぼ確定だとは思いますが、まだ決まったわけではありませんね。明日にでも二人で本屋に行ってみますか?」
「ああ……あんまり考えたくないけどな……いいヤツだったし……」
「人間の裏側とはそんなものなんですよ」
「……そうみたいだ……」

気は進まないが、ほんの少しの手がかりでも貴重だ。
まずは先に千秋に連絡しておく必要がある。千秋も週に何度かわざわざ高耶を連れ出しに来てくれていたのだ。
その千秋に断りもなしに彼女を調べるような真似は出来ないし、もしも千秋が協力してくれるのら先に少しでも探ってもらえる。

仕事が終わったころを見計らって千秋に連絡を入れると、たった今会社を出たところなのでマンションに向かうということだった。
千秋も最近はこのマンションに来る際には周囲を見回してから入るようにしている。
インターフォンを押してから自動ドアの開錠、そしてドアが閉まるまでを確認してからエレベーターへ向かうのだそうだ。

今回も用心しながらマンションの部屋まで来た千秋は、出迎えの直江の表情を見て何か進展があったことを悟った。

「どうしたんだ?」
「とりあえず話は中でしましょう。どうぞ」

高耶が思い詰めた様子で爪を噛みながらソファに座っている。千秋の顔を見ると何か訴えるような目をした。

「……どうやら俺に関係してるらしいな。なんだ?言ってみろ」
「オレが直江んちに住んでるってこと、誰かに話してないよな?」
「話すわけないだろ」
「じゃあ、千秋がつけられた可能性は?」
「……そりゃ……わかんねえけど……なんでだ?」

高耶が言いにくそうに言葉を詰まらせた。
それを直江が引き取って、残念なんですが、と付け加えて話だした。

「今までの動向をプロファイルしたんですよ。そうしたら該当者が浮かびました。たぶん、その人物に千秋さんか私が尾行されて、この場所を知られたんだと思います」
「じゃあなんだ?てことは本屋の……ってことか?!」
「たぶん」
「誰だ!」

千秋の頭の中を本屋の従業員の顔が駆け巡ったが、まったくそんなことをする人物は思い当たらない。
直江と高耶の被害妄想なんじゃないかと言おうとしたとたん、ひとりだけ該当した。

「あいつか……?清田……」

いつも穏やかで、真面目で、ストーカーをするような人間ではない。しかし千秋が考えていた『高耶のアパートの近くの人間で、高耶に好意を寄せている人物』だとすると、彼女でもおかしくない。

「推測の範囲を超えませんけどね。可能性はじゅうぶん高いんですよ。あまりにも合致点が多すぎて」

直江のプロファイルを詳しく聞かされて千秋の疑念がますます確固たるものになっていく。
ほぼ100%間違いないと思えた。

「ちょっと待ってくんねえ?俺が探るからさ」
「そりゃ……千秋がやってくれるならいいけど……でも何もなかったことにはできねえぞ?」
「わかってる……。ここまで事が大きくなってんだからな……でも本人に自首の機会ぐらいは持たせてやりたいんだよ。やっぱずっと一緒に働いてきたヤツだしさ……」
「千秋さんや本屋の皆さんには申し訳ありませんが、揉み消しなどは考えないようにしてください。こちらにとっては生き死にの問題にまで発展したんですからね」
「それもわかってるよ」

とにかく明日、千秋が探りを入れて、少しでも不審なところが見られたら問いただすことになった。
しかし相手はストーカーをするような危険人物なので、細心の注意を払いつつ、千秋以外にも誰かに立ち会ってもらい、さらに暴力行為に及んでも危険回避できるような状況での面談という形を取る。

「もうちょっと早めに俺が気付いてればな……」
「いや、無理な話だろ。オレだってわかんなかったんだから」
「とりあえず、今から会社に戻って店長と話してみる。明日また連絡するから、おまえたちは店に来ないでくれ」
「うん……」

千秋が慌しくマンションを出た。

 

 

 

千秋が店に戻ったのは午後8時前。すでに渦中の清田は退勤していた。
店長は毎日8時過ぎまでは店にいるので、難なく合流できた。
さすがに店内で話せる内容ではないため、店から少し離れた居酒屋の半個室で夕飯を摂りながら話したが、千秋はもちろんのこと、話を聞き始めた店長も酒も食事も喉を通らず、出された品に手をつけることさえなかった。

「しかし、その直江さんてのはただの大学講師なんだろう?そのプロファイルが間違っている可能性は高いんじゃないか?」
「ただの大学講師じゃねえってば。ほら、作家にいるだろ。橘義明って。あいつのことなんだよ。まだ若いから教授じゃねえけど行動学じゃ名前の知れた奴なんだよ。俺も最初は疑ってたけど、話を聞いてるうちに99%は当たってると思ったんだ。どうにかしねえとマジでヤバイよ。直江も仰木も金積んだからって無かったことにしてくれそうもないぐらい怒ってるんだ。現に直江は腕切られて何針も縫ってる。仰木は引越しまでしたし」

しかし店長はそれでもどうにか会社のために不起訴にしてくれないか交渉してくれと言ってきた。
自分たちが雇っていたパートが犯罪を犯したとなれば、会社の名前に傷がつく。

「無理だって!店長はあいつらのこと見てないからそんなこと言えるんだよ!」
「しかしなあ……」
「あのな、よく考えてくれ。もし本当に清田が犯人だったとする。そしたらまずはストーカー規制法にひっかかる。その次は器物破損、不法侵入、脅迫、傷害……。直江に『殺意があった』って言われれば傷害が殺人未遂になる。そんなヤツを雇ってたってことより、そんなヤツを庇う会社ってどうなんだって話になってくるだろ?違うか?」

ずっと渋っていた店長がようやく頷いた。
本部長にまずは連絡を取って、こちらで何もしないなら警察に直江と高耶が清田のことを話すであろうことを言い、もしも清田が犯人だったとして、その時の本部での対応を決めてもらわなければならないことを話す。
それが済んでから店長と千秋で清田の面談をすることになった。
もちろん自首を勧めるためで、追い詰めるつもりはない。

「たぶん店内にいる時はナイフは持ってないから、作業の途中でどこか連れ出すしかないな」
「そんなら喫茶店とかの方がいい。いきなり暴れるかも知れないけど、逃げられる可能性も少ないから」

明日のことを千秋と店長でさんざん計画した。
テーブルにはまったく手のつけられていない料理が最後まで残った。

 

 

つづく

 
         
   

単純な話だなぁ。次回最終話。

   
         
   

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