ここは東京下町、昭和初期に建てられた古めかしい木造建築の下宿屋、仰木荘の食堂である。
「第一回仰木荘住人会議を開催する」
議長を務めるのは仰木荘管理人・仰木高耶。
渋面の下宿人たちが揃っている食堂は雰囲気が少し物々しかった。
「本日の議題は『無線LAN導入に際しての使用料について』だ」
半年前、この下宿に新しい住人がやってきた。その男は駆け出しの小説家で、出版社とのやりとりや調べ物などでインターネットを使用するため、高耶が親切にも管理人室だけにネット回線を引いてやったのだった。
小説家の男、直江は自前のノートパソコンを管理人室に持ち込み、その回線を使ってネットに繋げる、という使い方をしていた。
回線導入と同時に高耶もパソコンを購入し、直江に教わりながら下宿の経理などの管理を行っている。その高耶のパソコンは一分十円で住人に貸し出しもしている。
今回はそれに伴う弊害に高耶と直江が辟易したことから始まった。
ことの起こりは半年前、パソコンを購入してしばらく経ったころだった。
高耶が住まいとしている仰木荘一階の管理人室に住人の千秋修平がやってきた。
「高耶、ちょっとパソコン貸してくんねえ?」
「いいよ、そこに出てるから」
高耶に決められている通りに貸し出し用紙に時間と名前を書き込んでから、お膳に乗っている電源が入ったノートパソコンに向かってインターネットに繋げる。
「何か探してるんですか?」
そう聞いてきたのは高耶にパソコン購入を決意させた小説家の直江だった。この少し前から直江と高耶は特別な関係になっている。恋人同士というやつだ。だから直江は高耶の管理人室に入り浸っている。住人全員が知っている事実だ。
「俺も自分のパソコン買おうと思ってな。中古でいいからいくらぐらいするのか知りたいんだ。それと必要なスペックも知りたいし」
「何かやるんですね?」
「やっちゃうよ〜。ホームページ作っちゃうよ〜」
「ホームページ?」
「ま、出来てからのお楽しみってやつだ」
二十分ほど高耶のパソコンで調べると、その分の料金を支払って部屋に戻って行った。
「千秋がホームページだって。出来るのかな?」
「できるでしょう。今は簡単な制作ソフトも出てますから。それにしてもいったいどんなホームページを作るんでしょう?」
「さあ?」
その後、千秋は中古のノートパソコンを秋葉原のジャンク屋で購入してきた。
それを知った住人の織田は千秋と同じ店で似たようなパソコンを三万円で購入し、音楽ソフトを入れて作曲を始め、高耶の部屋にやってきてネットに繋げ、楽曲をメールでバンド仲間に送るという作業を繰り返した。
当然千秋もホームページを作るために管理人室にちょくちょく来ていた。
そんなある日。
直江が日課にしている夕飯後の管理人室訪問。
「高耶さん、大福買ってきましたから一緒に食べましょう」
「やった!大福大好き!」
お茶を飲みながら大福を食べて、高耶の頬についたアンコを直江がキスで取った瞬間、管理人室のドアが開いた。
「うわっと!悪い!」
「!」
なんとそのシーンをノートパソコン片手にやってきた千秋に見られてしまった。
二人が付き合っているのは知っているが、あからさまな場面を見るのはこれが初めてのことだった。急いでドアを閉めて廊下に出た。
「み……見られた……」
「……まあ、すでに皆さんご存知のようですが……」
「え?みんな知ってるってこと?なんで?」
「これだけ入り浸っていれば気が付くでしょう。織田さんと蘭丸くんの例もありますしね……」
「そっか……そうだったのか……」
それ以来、管理人室に入る際は住人全員が気をつけるようになり、高耶たちもパソコン貸し出し中の間はよそよそしくなってしまった。
そこで我慢がきかなくなったのは直江だ。やすらぎの時間をこれ以上邪魔されるのはたまらないとばかりに高耶に無線LANの話を持ちかけた。
どんなものか知らなかった高耶に一から説明し、便利な光通信への切り替えと、無線LAN用の機器購入と契約予算に渋る大家の仰木老人を説得しに千葉の老人ホームまで赴いて話し合った。そこで導入に対する条件を住人側が応じれば許そうと言われたのだ。
これが発端である。
「あたしはパソコンなんか使わないんだから家賃の値上げには応じないわよ」
「まずは直江の話を聞いてみてよ、ねーさん」
無線LANについて詳しくわかりやすく書いた紙を住人に配り、議長の高耶が直江に説明をさせた。
「簡単に言ってしまえば各自部屋でインターネットが使えるようになるということです。そのためにはやはり各自で設定、無線LANにするための付属品などが必要になりますが、わざわざ管理人室に来てやるよりも効率がいいと思います」
「てことは、パソコンを持ってる人だけが使用料を払えばいいってことよね?あたしは関係ないわよね?」
「ええ、そうですね。今のところは千秋さん、織田さん、私の三名が値上げ対象者です」
綾子以下のパソコン不使用組がほうと安堵の溜息をついた。
現在この下宿に住んでいるのは九人。
二階に千秋、直江、嘉田、中川、高坂。三階に綾子、蘭丸、織田、兵頭。
全部で十室あるが他一室はいわく付きの部屋なだけに入居は可能ではない。
「じゃあその三人が使用料を別途支払うという形か?」
「毎月いくら?」
「いくらなら払えますか?」
家賃の安い仰木荘ではほとんどの住人が生活ギリギリである。
織田はバンド活動でバイト代を使ってしまうし、千秋や高坂、綾子、中川は近所の国立大学に通う苦学生だ。
嘉田、兵頭はいつか一発当てるぞと、フリーターをやりながら気楽に暮らしている。そうでなければ皆、仰木荘などに住まずにマンションやアパートを借りているはずだ。
森はイギリスからの留学生で単に情緒を重んじて住んでいるので苦学生ではないが、パソコンには特に関心がないのか、それとも付き合っている織田が持っているから必要ないのか買わずにいる。
「あ、僕もパソコン買うから支払うよ」
中川が加わってこれで四人になった。
「俺は千円までだな」
「俺もそんぐらいかな」
「妥当だね」
仰木老人の条件の予算は高耶の支払う分も含めて一人頭千円だ。足りないぶんは家賃から持ち越すことになるところだったが五人もいればセーフである。
「じゃあそれで決定な。明日さっそく工事の手配するから今月中には使えるようになる。これでいい人は挙手をしてくれ」
全員が挙手をした。金銭的なことだから揉めるかもしれないと思っていた高耶もこれで一安心だ。
「ではこれで会議は終了!おつかれさん!」
高耶と直江がさっさと食堂から出て行くと、住人たちがヒソヒソと語らいだした。
「千円は高いな」
「けど管理人室に入ろうとしてチューしてる場面見るよりいいだろ?」
「まったくだ。毎日食堂でイチャついてるところを見ながらメシ食ってるのだけでこっちはウンザリしてるんだ。たった千円であの管理人室の居心地の悪さから解放されるなら安いものだ」
管理人側の思惑と、住人側の思惑がピッタリと重なった会議になった。
無線LANが導入されてからは各自部屋でパソコンを使っていた。静かになった管理人室では高耶が平穏に直江と過ごしている。
直江の部屋は二階の三号室。玄関の真上の八畳間だ。しかし最近ではこの部屋は仕事と眠るだけに使われているようなもので、他の時間や特に集中したい仕事でない場合は管理人室にいる。
そんなある日。
「ごめんください」
玄関で女の声がした。夕飯の買い物を終わらせ一休みしていた高耶が受け付けの小窓のカーテンを開けて対応した。そこにいたのは大学生風の若い女性で手には名刺を持っていた。
「はい?」
「こちらにせんざか探偵舎があると聞いて来たんですが」
「せんざか探偵舎?そんなものありませんけど」
その女性は困惑した顔付きを名刺に向けた。どうやらその名刺に仰木荘の情報が記載されているようだ。
「ちょっとそれ見せてもらっていい?」
「え、はい」
名刺を見ると確かにせんざか探偵舎と書いてあるが、仰木荘の住所どころか別の住所も書いていない。あるのはホームページのURLだけだ。
「やっぱ違うんじゃないかな。うちは普通の下宿屋だし」
本当は普通ではないのだが、それはまた後々にわかるだろう。
「ん?」
名刺を裏返して見ると、手書きで千秋修平と書いてあった。
「もしかして……千秋に会いに……ってこと?」
「あ、はい、。ここに住んでると聞いたので」
「あいつ……」
基本的に仰木荘では下宿人の来客は禁止だ。どうしてもの場合は高耶の許可を取り住人の責任をもって部屋に通すか、食堂で会う程度にさせている。
「ちょっとここで待っててくれる?千秋呼んでくるから」
「はい」
玄関に女性を待たせて二階の千秋を呼びに行った。そこに高耶の足音を聞きつけた直江が部屋から出てきたので捕まえて付き合わせる。
「どうしたんですか?」
「千秋が何かやってるくさいんだ」
ドアを叩いて呼ぶと、千秋がうるさそうに出てきた。
「なんだよ」
「……せんざか探偵舎って何だ?」
「う」
「言え」
「あー……ちょっとな」
「玄関に来い。客だ」
ばつが悪そうな顔をした千秋を残して高耶と直江は玄関に向かった。
「すぐ千秋来るからそこで待ってて」
「あ、はい」
さっきはいなかった直江を見た女性の目が大きく見開いて輝いたのが気になるが、そのまま管理人室に引っ込んだ。
「なんでしょうね?」
「おかしなことじゃなきゃいいけど」
「探偵舎って、探偵始めたとしか思えないんですが」
「あとで問いただそう」
玄関に千秋がやってきて、女性に明日大学のサークル棟の部室で待っているからと約束してから帰らせた。逃げるように二階に行こうとした千秋を怒気を含んだ声で高耶が制し、直江が手首を掴んで管理人室に引きずり入れた。
「せんざか探偵舎ってなんだよ。ここで商売なんかさせないからな。やってんだったら出てってもらうぞ」
「違うんだって。聞いてくれよ」
観念したのか千秋は事細かに話し出した。
高坂と千秋が所属している部は『超常現象倶楽部』で、ESP研究会や妖怪研究会といった細かい分類の『サークル』とは違って大学内でも古い歴史を持った『クラブ』である。
しかしクラブで起きたり、調べたりする超常現象が部員の想像を超えて『くだらない』ものばかりのために、時間が経つごとに退屈した部員が一人減り、二人減り、とうとう高坂と千秋のみになってしまったという悲しいクラブだ。
そのまま廃部にしてもおかしくないのであるが、なぜか千秋と高坂は執着があるのか残ったままだ。
そして廃部寸前のこのクラブでは今や資金が足りなくなり、何か稼げるものはないかと考えあぐねた末、高坂が使っているカラス天狗を使って失せ物を探す仕事を始めた。
それだけではうまく稼げなかったために二人で正式に『せんざか探偵舎』を発足させて会社として活動し始めたそうだ。
「んでホームページ作って、まずは名刺を構内で配ってだな」
「……そのためのホームページか……」
「千秋さんの『千』と高坂さんの『坂』で『せんざか』なわけですね……はあ」
悪くはないネーミングではあるが、センスはまったく感じられない。当の本人たちは最高だと思っているようだが。
「そしたらあの人が最初の客になってくれたってわけ。誰かに聞いてここに俺が住んでるの知ったんだと思う」
「ここじゃやらないでくれよ。他の住人に迷惑だ」
大学構内でそんな会社を発足させるのもいけないんじゃないかと思いながらも黙って聞いていた直江が、これだけは確認しておかねばならないと嫌な予感を抱えながら千秋に尋ねた。
「あまり考えたくはありませんが……その探偵舎って、普通の探偵とは違うんじゃ……?」
「……正解」
「やっぱり超常現象関係、ですよね?」
「一番知られたくないやつに知られたな……」
高耶の顔がみるみるうちに険しくなる。それを見て千秋は眉間にシワを寄せた。
仰木荘は妖怪が住む下宿屋である。そのことを外部には漏らしてはいけないのが仰木荘の鉄則なのだが、今回その鉄則を半分は外部に持ち出してしまっている。
カラス天狗を使っている時点でNGだ。
「うちの妖怪を外で使うなって言っただろ!」
「しょうがねえだろ。部の存続のためだ」
「そんなん知るか!」
「まあまあ高耶さん。今のところはバレていないんですからそんなに怒らないで。これからのことを考えましょうよ」
「そうだけど……。ん〜、まあいいや。それもそうだ。で、さっきの女は何を依頼してきたんだ?妖怪を使うような仕事だったら断れよな」
「あ、それなら大丈夫。今回は人間様の霊能力でどうにかなりそうだから」
この下宿に住んでいる住人は全員が大なり小なり霊感を持っている。自然と、偶然なのか必然なのか、集まってしまったのだ。
「どんな依頼なんです?」
「彼女が住んでるのもこのへんなんだけどさ、アパートに変な音がしたり、黒い影が出たりするんだと。今までは影響なかったんだけど、この前とうとう寝てる時に布団の上に乗っかってきて、それが毎日続くようになったらしい」
寝ている間に金縛りになり、苦しくてうなされているうちに消える。悪い時は朝日が差すまで金縛りが続くというのだ。
「マ……マジかよ……」
高耶は妖怪は怖くはないが、幽霊は怖い。
「それで困って相談してきたんだよ。可哀想だろ?女の子の一人暮らしで金縛りなんてさ。勉強だって手につかないし、睡眠不足になったりして健康にも影響する。な?おまえだったらどうするよ?」
「な……直江に来て追い払ってもらう」
「だろ?だから俺と高坂で調べて、必要だったら直江に」
「ちょっと待ってください。私?やるなんて一言も言ってませんよ?」
「あ」
どうやら勝手に直江をアテにしていたようだ。直江は寺の息子で、中学から大学まで仏教系の学校にいて僧侶の資格も持っている。小さい頃に鋭敏だった霊能力が強すぎて、自分で自分の能力を封印してしまったのだが、仰木荘に引っ越してきてから妖怪のせいか運命なのか、いつのまにか封印が解けてしまったようだ。
おかげで幽霊を弱らせた実績もあり、この下宿では一番の霊能者だ。
「妖怪だけじゃなく直江も使用禁止だ!」
「おまえは困ってる人を見てなんとも思わないのか!」
「うるせえ!直江は小説家で坊さんじゃねえんだ!危ない目に遭わせられっか!」
二人の喧嘩を見て直江が頭を抱えた。高耶の言うことはもっともだし有難い。だが千秋が依頼を受けたあの女性を助けてやりたいとも思う。なぜなら。
「高耶さん、今回は私も千秋さんに賛成です」
「なんで!」
もしかしたらさっきの女に惚れたとか言い出すんじゃないだろうか、と、いらぬ妄想が頭を駆け巡った。
「さっきの女性、相当弱ってましたよ。生気が」
「へ?」
「生気?」
高耶も幽霊を見るぐらいのことは出来るが、直江のような強い霊能力は持っていない。それは千秋も同じことだ。
「ええ。先ほどの女性、このままではあと一ヶ月も生きていられませんよ」
「マジで?」
一瞬で高耶と千秋の顔色が真っ青になる。生死の問題となると若い二人は過剰に緊張してしまう。
「生気が見えたんです。そうですね……頭のてっぺんに炎があるように見えるわけですが、それが弱弱しくて消えそうだったんです。高耶さんや千秋さんは、例えて言うなら赤い炎が全身から湧き出て頭のてっぺんに向かって発せられる感じです。これが普通に健康な若者です。女性も男性も変わりません。年を取るごとにこの火は勢いを失うんですけど、先ほどの女性はほとんど消えかかってました。最悪、一ヶ月もたないかも知れません」
「……嘘」
「高耶さんに嘘ついたことありますか?」
直江が高耶に嘘をつくなど有り得ない。それよりもそんな嘘をついて直江に得があるのか。
「ちゃんとした消え方でもありません。あの濁った感じは霊障害ですね」
直江の能力に関しては、僧侶である父や祖父が驚くほどのものだったそうであるから半端ではないのを高耶も知っている。そんな霊能力の持ち主が、不思議なことばかり起きる建物で過ごせば嫌でも能力は元に戻る。
「すげー。さすが直江」
「感心している場合じゃありませんよ。明日、さっそく話を聞いてきてください。手伝いますから」
「わかった!明日、高坂と聞いてくるから頼んだ!」
今がチャンスとばかりに千秋は管理人室を飛び出して逃げてしまった。
横で高耶が不満そうな顔をしている。直江に危険なことに足を突っ込んで欲しくないのがよくわかる表情だ。
「オレが心配してんのになんで引き受けるんだよ。どいつもこいつも勝手すぎる」
「そんなこと言わないで。高耶さんだって本心では助けたいと思ってるでしょう?」
「……そりゃな」
唇を突き出して膨れる高耶の本心を直江はお見通しだ。こういう顔をしていても、根が優しい高耶なのだから本気で反対しているわけではないことを。
「いいじゃないですか。お人好しでいる方が私たちに似合ってますよ」
「そーだな」
ようやく落ち着いた高耶は夕飯作りに取り掛かるために食堂へ移動した。直江も仕事は急いでないのかその後に続く。食堂に入るとすでに猫村さんが来ていた。
「あ、猫村さん、もう来てたんだ?」
「ええ、寒くなってきたので外にいるのがつらくて」
猫村さんは正真正銘猫の妖怪だ。姿形も猫そのもの。他の猫と違うのは二足歩行で少し体が大きいぐらいで、見た目はそのへんの猫と変わらない。
昼間はどこに行っているのか誰も知らないが、夕方になると高耶の手伝いをしに夕飯を作りに来てくれる。報酬はカツオブシパックと、小さな重箱につめた夕飯だ。
「最近毎日来てくれるのは寒くなったからなのか?」
「それもありますけど、ここのご飯を作るのが好きなんです」
こういう感じで仰木荘にはたまに妖怪が出る。
パチンコ代欲しさに掃除を手伝う老タヌキ、パンの耳を貰うお礼に郵便物を仕分けして各部屋に届けるハトのおばあさん、住人を含めた建物全体を守っているらしい姿を見せないコケオドシ。
他にもたまにいたずらをしたり、何か手伝ったり、遊びに来たりしている妖怪も何人かいる。
「ランドリールームに猫村さんの寝床作ってやろっか?」
「いえいえ、私を本物の猫だと思って良くしてくれる方がよそにいらっしゃいますので大丈夫です」
「……よそにいるんだ?」
「下町ですからね。色々なところで親切にしてくれますよ」
たぶん『うちのタマ』として何件かの家が飼っているつもりになって世話をしているのだろう。それに猫の町と呼ばれる地域が近くにあるので、そこで過ごしていれば不自由はないのかもしれない。
「さあ、高耶さん、早くしないと夕飯の時間に間に合いませんよ」
「だな。やるか」
そんな光景を直江は微笑みながら見ている。
入居当時は妖怪の存在に焦りもしたが今ではすっかり打ち解けて、たまにタヌキとパチンコにも出かけるまでになっていた。見つかると高耶に怒られるので内緒で待ち合わせをして。
妖怪たちも直江を気に入ったらしく小説の題材になってくれている。おかげでその小説は雑誌の連載にまでなった。
だからこうして妖怪と高耶を眺めるのは直江の仕事の一環でもある。と、本人は思っている。
「ところで高耶さん」
「ん?なんだ?」
「今日、ここに何かに取り憑かれた人が来ませんでしたか?」
「来たけど……なんで猫村さんが知ってるんだ?」
「気っていうんですかね?特別な匂いとか、そんなのが玄関付近に残ってたものですから」
さすが猫の妖怪、あなどれない。妖怪と幽霊はまったく違うものだと祖父に聞いてはいるが、異世界の住人という共通点がある。そのあたりで通じるものもあるのかもしれない。
「ちょっと深刻な状態らしいから、手伝うことになったんだ。直江が」
「直江さんが?」
「祓えそうなのが直江しかいないからさ」
「高耶さんでも出来ますよ?」
「え?オレ?そんなのやったことないし、出来るとも思えないんだけど」
「たぶん直江さんより、高耶さんの方が向いてるでしょうね」
それについてどうしてかと何度も聞いてみたが、猫村さんは「そのうちわかりますよ」としか答えてくれず、結局何のヒントも貰えないまま夕飯が完成し、重箱とカツオブシパックを持って猫村さんはいなくなってしまった。
「……なんでオレ?」
「さあ?でもなんとなくわかる気はしますよ。あなたがいるから妖怪の皆さんもここに来るんですから」
「そんなもんか?」
「たぶんね」
それからドヤドヤと住人がやって来て食事の時間になった。毎度のことながら全員が大変な健啖家で、作り甲斐はあるが米粒ひとつ残らない状況ではもう少し食事代金を値上げしたいところだ。
しかし先日無線LAN導入での値上げをしたばかりなのでどうにかやりくりするしかない。一方、高坂と千秋だけは高耶に近づかないように食堂の隅っこで食べ、いつもならおかわりをするところをそそくさと食べてすぐに部屋に引っ込んでしまった。
「わかりやすいやつら」
「あれでも一応気にしてるんですよ」
「……もうちょっと別のところで気を使って欲しいよな」
つづく |