同じ世界で一緒に歩こう

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ソツテン

その3

 
   

 


なぜか私の全額支払いでたらふく食べた4人と高耶さんと私。
店を出て綾子とマリコさんは広尾ショッピングをすると言い、長秀と譲さんは渋谷に出て遊んで帰ると言い出した。
高耶さんは特に何も言わなかったが、私とマンションに帰るつもりでいるはずだ。

「じゃあまたね。ごちそうさま〜」
「またおごってくれよ〜」

それぞれ勝手なことを言って店の前で別れた。今日のランチは合計5万円強。
ランチメニューのコースの他にワインまで飲まれてしまった。
奴らの言い分はこうだ。

『高耶くんの実質上の卒業なわけだから、お祝いもかねて♪』

だったらおまえらが高耶さんにごちそうをしろと怒鳴りつけたかったが、私の隣りの席でニコニコしている高耶さんを見たら出来るはずもなく、苦笑いしながら全額支払った。
二度とおごるものか。

「直江。帰ろ?」
「あ、ええ、そうですね。タクシー拾いましょうか」

高耶さんが大きな花束を持って、私が小さな花束をふたつ持っている。
大きい方は重いだろうから私が持つと言い張ったのだが、高耶さんはどうしても自分で持つんだと抱えてしまった。

「だって直江に貰ったやつだもん」

だそうだ。なんとまあ嬉しいことを!!

花束を持った色男二人は周囲を歩いている人にジロジロ見られながらタクシーを拾ってマンションに帰った。
エレベーターの中で高耶さんが腕を組んできたので、無言で微笑んで、そのまま部屋まで歩いた。
まるでバージンロードを歩く新郎新婦のようじゃないか。同じことを彼も考えてくれればいいのだが。

「うは〜、着いた着いた〜。疲れた〜」

玄関に荷物を置いて靴を履いたまま抱き合ってキスをした。

「お疲れさまでした」
「あっとゆーまにショーも終わって、昼飯も終わったのに、なんか今日はもう動きたくない気分」
「緊張してテンションも上がって疲れてしまったんでしょう。マッサージチェアで少し休んだらどうですか?」
「……そんなら直江の膝の上がいいな」
「じゃあ……そうしましょう」

ショーが成功して安心したのと、緊張が一気に解れたので疲れがどっと出ているらしいが、そんな時の高耶さんは眠るよりもボーッとするよりも、私に甘えたがる。
今日はとことん甘えてもらおう。

「先に花を飾って、それからな」
「花瓶を出しますよ」

玄関脇にある収納場所から花瓶を出した。エミール・ガレのレプリカの花瓶。
それを渡すとさっそく花を生け始めた。
どの花も色彩のトーンは落ち着いているが、花束になっていたすべての花を生けると清廉さが引き立つイメージになった。
派手ではないが、清潔感と華々しさを持っている高耶さんのような。

「どこに飾ろうか」
「やっぱりリビングがいいんじゃないですか?飾り棚の上にでも」
「うん」

そこに置くとリビングが華やいだ。これからの生活を示唆するかのように。

「もうすぐ卒業か……」
「来月ですね」
「長かったような、短かったような……でも長かったかな。たくさん課題やって、いろんなことあって」
「3年間頑張ってましたからね。こっちが寂しくなるぐらい勉強勉強で」
「直江ともしょっちゅう会ってただろーが」

手を繋いでソファに異動して、私が座ると高耶さんが膝の上に乗ってきた。

「チューする」
「いくらでも満足するまでしましょう」
「うんっ」

機嫌がいい高耶さんは笑いながらキスをしてきた。軽く唇を吸ってチュッと音をさせて。
何度も短いキスをしてから、満足したのか寄りかかって大きな溜息をついた。

「もうちょっと甘えてていい?」
「いいですよ」

無言で抱き合って、背中をさすって、高耶さんの匂いを嗅いでいた。今日もいい匂いがする。

「なあ……」
「はい」
「ありがとな」

唐突なありがとうに困ったのは私の方だった。
ショーを見たいと言い出したのは私だし、食事なんか高耶さんのためならどんなに高価でも惜しむつもりはないし、花だって自分が渡したくて買ったのだし。

「オレ、直江と付き合ってる間も勉強優先して、会えないだの何だのって寂しがらせて、イライラしたら八つ当たりもしたし、すぐ泣いたり怒ったりして……困らせてばっかだったのに、ありがとう」

今日のことではなかったのか。付き合いだしてからずっとの話とは。

「先週もせっかく休みの日なのに看病させちゃったし、制作もやらせちゃったし……直江みたいなヤツにあんなことさせて、悪かったなって思ってるけど……でも、ありがと」
「いつもそんなふうに考えてたんですか?」
「んー、まあな。人間、感謝の心が大切だろ?」
「大切ではありますけどね、あまり感謝感謝で思われているよりも、自分としてはそれが当たり前なんだと無視してくれた方がいい場合もあります」

おまえはまた変なことを……と言われた。
さっぱり意味がわからないから説明しろとのことだった。

「要は意識しないで欲しいってことです。ありがとうって言わなくちゃ、とか、謝らなくちゃ、とか、そんなことをあまり考えないで接してください。何も言われなくてもあなたの気持ちが伝わってくればいいんですから。これからは同居なんですし、夫婦のように……なりたいな、と思っているわけで……」
「ふうふ?」
「あ……いえ、希望なだけですから……」
「そっか、夫婦か」

今になってやっとわかった、みたいな顔をして密着させていた体を離して私を見ている。
ああ、もう少し抱いていたかったのに……。

「なるほどな。そういう感じがいいのか。言われてみれば夫婦って何をするにも自然にやってる気がする。ありがとうとか、ごめんなさいとか、言わなくてもわかってるからいいや、みたいな。直江も……やっぱりそーゆー感じになりたいってことだよな」
「ええ……あ、でも高耶さんが嫌なら別に……」
「嫌じゃないけど……1個だけ絶対に言わなくならないで欲しい言葉があるんだけど……」
「なんですか?」
「……愛してるって、ちゃんと口に出してくれないと嫌だ……」

なんだ、そんなことか。
それならお安い御用。私が言わないはずがないでしょう。毎日言いますとも。

「直江にそう言われるの、好きだから……ありがとうより、嬉しいし……」
「私だって言わないで我慢なんか出来ませんよ。毎日愛してるって言いますよ。……高耶さんは?」
「え?オレ?」
「毎日、私に愛してるって言ってくれますか?」
「……いや、それはどうかな……忘れそうだな……」

そ、そうなのか……忘れそうなのか……。

「でも毎日は無理でもちゃんと言うから!」
「それでいいですよ」

心の中はちょっぴりブリザードが吹いていたが、顔には出さずにニッコリ笑って大人の余裕を見せた。
高耶さんは安心したのかまた寄りかかって、体全部を私に預けてきた。

「直江……」
「はい」
「愛してるぞ……」
「私も、愛していますよ……高耶さん」

温かい彼の体を抱きながら、髪にキスをしてしばらくそうしていた。

 

 

その日の夕飯は二人で買い物に行って食べたいメニューを考えながら選んだ。
昼間にフレンチなんかを食べたからさっぱりしたものがいいと言うと、刺身と、風呂吹き大根と、具沢山味噌汁と、もずく酢という純和風のメニューになった。

それを手伝いながら作って食卓へ。

「あ、そーだ。忘れるとこだった」

さっき約束した「愛してる」の話かと思ったら違った。残念だ。

「引越しなんだけど、2月いっぱいでアパート引き払うことにしたんだ」
「え?」

2月いっぱい?3月に越してくるものだと思っていたのだが。

「早まったんですか?」
「そう。3月ってモトハル本社だとか合宿所とかで研修があるんだって。そーすると引越ししてる時間がなくなるだろ?だから2月中に引越した方がいいみたいだなって思ってさ」

ご飯を頬張りながらサラリと言ってのけた。
引っ越してくるのはまあいい。
しかし研修だの合宿だのは聞いてなかった。高耶さんが数日間家を空けるということか。

「そんでな、今週中にこのマンションを引越し環境にして欲しいんだ。電話の回線だとか、客間の改造とか。直江は時間がないだろうからオレがやるけど、許可とっておこうと思って」

いつからいつまでいないんですか、と聞きたかったのだが、そんなものより高耶さんの引越し環境の方が大切だ。
たった数日間のお別れよりも、ずっといてくれるために環境を整えなければ。

「そういうことですか。高耶さんの好きにしていいですよ。家具も注文してしまってください。あと何かしておくことは?」
「特にないな。引越しは兵頭がトラック出してくれるってゆーし」

何?兵頭?どうして兵頭が。

「なんで兵頭に頼んだんですか……」
「あいつならオレと直江の関係知ってるじゃん。それにトラックの免許も持ってるし、適役だろ」

この愛の巣にあんな男を招き入れるだと?

「そんな嫌そうな顔すんなよ……引越し当日は直江がいる日にするから、兵頭だって変なこと考えないっての」
「盗聴器つけられたらどうするんですか……」
「まさか」
「まさかって言い切れますか?」
「言い切れる!直江じゃあるまいし、そんな変態っぽいことしないっての!」

直江じゃあるまいしって……。高耶さんの中で私はそんな評価なんですか……。

そして引越しについて少し話し合って、荷物は高耶さんと私と兵頭で運ぶことにし、それまでに客間を高耶さんの部屋に改造し、電話回線はやっぱり二つもいらないということで決定した。
高耶さんには携帯電話があれば充分らしい。

「引越しやって、卒業式やって、研修やって、それから入社か。2月と3月は忙しそうだな」
「何かあったら必ず相談してくださいよ?これからは何があっても一番に私に相談してください」
「わかった。直江が何でも一番な?」
「はい」

高耶さんにとって私が何でも一番でないと気がすまない。
それがワガママだとしてもそうでないと嫌だ。

「直江もこれからなんでもオレが一番だからな!」
「当然です!というか、今までも高耶さんがなんでも一番でしたよ!」
「そうなのか?」

ほっぺにご飯粒をつけて首を傾げてそんなことを言われた日には!!

「たっ、高耶さ〜ん!」
「メシの最中だ!よせ!」

拒んだ両手を掴んで阻止。でも顔を赤くして恥ずかしがって、少し怒っていたから、キスするふりをしてご飯粒を舐め取った。

「……またおまえは……」
「あとでちゃんとキスしますよ?」
「あとでなっ」

こんな可愛い彼が私のものになる。生活も、心も。
引越しまで待ち遠しくてたまらない。
ここに高耶さんが住むようになれば、今日は何をしているのだろうとか、明日は何か用があるのかとか、昨日は何をしていたのだろうとか、そんな物思いにふけることがなくなる。
寂しいような気がするが、それはきっと倍の喜びになって返ってくるんだろう。

「あと少しですね」
「だな」


END



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あとがき

卒業展示会でした。
次回で最終話です。
なんか今回の話、
うまく書けなくてごめんなさい。