同じ世界で一緒に歩こう 54 |
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「じゃあまたね。ごちそうさま〜」 それぞれ勝手なことを言って店の前で別れた。今日のランチは合計5万円強。 『高耶くんの実質上の卒業なわけだから、お祝いもかねて♪』 だったらおまえらが高耶さんにごちそうをしろと怒鳴りつけたかったが、私の隣りの席でニコニコしている高耶さんを見たら出来るはずもなく、苦笑いしながら全額支払った。 「直江。帰ろ?」 高耶さんが大きな花束を持って、私が小さな花束をふたつ持っている。 「だって直江に貰ったやつだもん」 だそうだ。なんとまあ嬉しいことを!! 花束を持った色男二人は周囲を歩いている人にジロジロ見られながらタクシーを拾ってマンションに帰った。 「うは〜、着いた着いた〜。疲れた〜」 玄関に荷物を置いて靴を履いたまま抱き合ってキスをした。 「お疲れさまでした」 ショーが成功して安心したのと、緊張が一気に解れたので疲れがどっと出ているらしいが、そんな時の高耶さんは眠るよりもボーッとするよりも、私に甘えたがる。 「先に花を飾って、それからな」 玄関脇にある収納場所から花瓶を出した。エミール・ガレのレプリカの花瓶。 「どこに飾ろうか」 そこに置くとリビングが華やいだ。これからの生活を示唆するかのように。 「もうすぐ卒業か……」 手を繋いでソファに異動して、私が座ると高耶さんが膝の上に乗ってきた。 「チューする」 機嫌がいい高耶さんは笑いながらキスをしてきた。軽く唇を吸ってチュッと音をさせて。 「もうちょっと甘えてていい?」 無言で抱き合って、背中をさすって、高耶さんの匂いを嗅いでいた。今日もいい匂いがする。 「なあ……」 唐突なありがとうに困ったのは私の方だった。 「オレ、直江と付き合ってる間も勉強優先して、会えないだの何だのって寂しがらせて、イライラしたら八つ当たりもしたし、すぐ泣いたり怒ったりして……困らせてばっかだったのに、ありがとう」 今日のことではなかったのか。付き合いだしてからずっとの話とは。 「先週もせっかく休みの日なのに看病させちゃったし、制作もやらせちゃったし……直江みたいなヤツにあんなことさせて、悪かったなって思ってるけど……でも、ありがと」 おまえはまた変なことを……と言われた。 「要は意識しないで欲しいってことです。ありがとうって言わなくちゃ、とか、謝らなくちゃ、とか、そんなことをあまり考えないで接してください。何も言われなくてもあなたの気持ちが伝わってくればいいんですから。これからは同居なんですし、夫婦のように……なりたいな、と思っているわけで……」 今になってやっとわかった、みたいな顔をして密着させていた体を離して私を見ている。 「なるほどな。そういう感じがいいのか。言われてみれば夫婦って何をするにも自然にやってる気がする。ありがとうとか、ごめんなさいとか、言わなくてもわかってるからいいや、みたいな。直江も……やっぱりそーゆー感じになりたいってことだよな」 なんだ、そんなことか。 「直江にそう言われるの、好きだから……ありがとうより、嬉しいし……」 そ、そうなのか……忘れそうなのか……。 「でも毎日は無理でもちゃんと言うから!」 心の中はちょっぴりブリザードが吹いていたが、顔には出さずにニッコリ笑って大人の余裕を見せた。 「直江……」 温かい彼の体を抱きながら、髪にキスをしてしばらくそうしていた。
その日の夕飯は二人で買い物に行って食べたいメニューを考えながら選んだ。 それを手伝いながら作って食卓へ。 「あ、そーだ。忘れるとこだった」 さっき約束した「愛してる」の話かと思ったら違った。残念だ。 「引越しなんだけど、2月いっぱいでアパート引き払うことにしたんだ」 2月いっぱい?3月に越してくるものだと思っていたのだが。 「早まったんですか?」 ご飯を頬張りながらサラリと言ってのけた。 「そんでな、今週中にこのマンションを引越し環境にして欲しいんだ。電話の回線だとか、客間の改造とか。直江は時間がないだろうからオレがやるけど、許可とっておこうと思って」 いつからいつまでいないんですか、と聞きたかったのだが、そんなものより高耶さんの引越し環境の方が大切だ。 「そういうことですか。高耶さんの好きにしていいですよ。家具も注文してしまってください。あと何かしておくことは?」 何?兵頭?どうして兵頭が。 「なんで兵頭に頼んだんですか……」 この愛の巣にあんな男を招き入れるだと? 「そんな嫌そうな顔すんなよ……引越し当日は直江がいる日にするから、兵頭だって変なこと考えないっての」 直江じゃあるまいしって……。高耶さんの中で私はそんな評価なんですか……。 そして引越しについて少し話し合って、荷物は高耶さんと私と兵頭で運ぶことにし、それまでに客間を高耶さんの部屋に改造し、電話回線はやっぱり二つもいらないということで決定した。 「引越しやって、卒業式やって、研修やって、それから入社か。2月と3月は忙しそうだな」 高耶さんにとって私が何でも一番でないと気がすまない。 「直江もこれからなんでもオレが一番だからな!」 ほっぺにご飯粒をつけて首を傾げてそんなことを言われた日には!! 「たっ、高耶さ〜ん!」 拒んだ両手を掴んで阻止。でも顔を赤くして恥ずかしがって、少し怒っていたから、キスするふりをしてご飯粒を舐め取った。 「……またおまえは……」 こんな可愛い彼が私のものになる。生活も、心も。 「あと少しですね」
END
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あとがき 卒業展示会でした。
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