同じ世界で一緒に歩こう

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ソツテン
その2

 
         
   

「……なんだ、そのでかい花束は……」
「愛情なんですってよ」

見れば譲さんの手には紫色が基本で作られたこれまた小さな花束が。高耶さんには紫も似合うだろう。
なんといっても高貴な色だからな。

「さっさと入って場所取りしましょう」

綾子に促されて入ると、もうすでに最前列のパイプ椅子は埋まっていた。椅子は5列ほどしかないので、さらに後から来る人々は立ち見になるそうだ。

花道の左側2列目の椅子が空いていたのでそこに5人で陣取り、長秀と譲さんは椅子に荷物を置いて展示物を見に行ってしまった。
私は綾子に、目立つんじゃないわよ、と言われているので大人しく座って待つことにした。

もう高耶さんはステージ裏にいるのだろうか。普段は私がいるような場所に。
今日は私が観客で、高耶さんが出品者で、立場が逆転している。
しかしそれも今日という日には気持ちのいい逆転だった。

1時間ほど雑談をしたり、握手を求められて過ごしているうちに照明が暗くなった。
そろそろ始まるのか……。待ちに待ったこの時が。

ライティングも音楽も凝ったステージ上に、スーツ姿の女の子たちが3人まとめて出てきた。
どれも独創的なスーツで見ているのが面白いと感じる。
それから次々と出てくるモデル役の女の子たち。ドレスあり、ボンテージあり、ゴスロリあり、とにかく生徒数だけ出てくるのだから統一性はないものの、種類も雰囲気も豊富だ。
これは面白い。

中盤に差し掛かり、フワフワしたイメージの服を着たモデルが出てくる。
15人ほど出て戻ると、見たことのある顔の女の子が、私が手伝ったチェックのワンピースドレスを着て出てきた。
あの襟のファーは私が縫ったものだ。

「高耶さんの作品だ。チェックのドレス」
「あら、ステキじゃない。クラシック調なのに新しいデザインね」

当然だ。高耶さんの作る服はいつだってステキに決まっているじゃないか。

「今回刺繍はしなかったのかしら?」
「よく見るとスカートや袖口にしてあるんだ。黒い糸で刺繍していたから、チェックの上だと目立たないが、そばで見ると見事に刺繍されてるぞ」
「へ〜」

長秀も譲さんも、改めて高耶さんの実力に感心したのか、呆けた顔で見守っていた。

「あいつってすげーんだな」
「高耶があんなの作れるようになったのか〜」

たった1分足らずで作品は引っ込んでしまったが、私としては今まで出てきた服の中で一番の出来なように感じる。
欲目かもしれないが、そう思うのだから仕方ない。私が審査員だったら満点をあげているだろう。

そして後半の後半……見てはいけないものも見た。
なんと高耶さんがモデルで登場したのだ。しかも不愉快なことにあの女の子と手を繋いで。

「た、高耶さん!!」
「しーっ!直江、うるさい!」

演出で手を繋いでいるのは重々承知だ。
メンズデザイン科の女子が作った服を着るのは今までにも何度かあったのを知っているが……まさかこんな日に手を繋ぐ演出とは……!!

女の子はコットンで作ったヒラヒラの上下にニットのチュニックを重ね着していた。
それと木綿糸で編んだ花がいっぱいついているカーディガンを着て、同じような帽子を被っている。
編み物を得意としている生徒が作った作品だろう。

高耶さんはその服に合わせたようなイメージのニットの重ね着。8分丈のフェルトのパンツと、同じフェルトで作ったらしき個性的な帽子も被っている。
どこから見ても可愛らしいカップルだ。

「くそ……」
「まあまあ、抑えて抑えて」

二人並んで出てきて、最後まで手を繋いで出て行った。私の高耶さんに触るなんて十万年早い。

「あ、フィナーレみたいよ。花束用意しなさいよ、直江」
「わかっている」

生徒が順番に出てきてお辞儀をして去る。その間に花束やプレゼントを受け取ったりしていた。
高耶さんは着替える時間がなかったのか、さっきのニットの重ね着で出てきた。花道の一番前でお辞儀をして、戻る際に声をかけた。

「高耶さん!!」
「高耶〜!!」

会場の割れんばかりの拍手や歓声に負けじと声を張り上げた。高耶さんがこちらを見る。

「直江〜!」

譲さんも、綾子も、背伸びをして腕を伸ばしてステージ上の高耶さんに花束を渡した。
こんなに嬉しそうに笑っている高耶さんは初めてかもしれない。
私は背の高さを利用して背伸びせずにゆったりと腕を伸ばし、大きな花束を渡した。

「……ありがとう!!」

私からの花束に一番嬉しそうな顔をして、少し涙ぐんだ。ああ、今すぐキスして抱きしめたい。
高耶さんの潤んだ目を見て、これが学校生活最後のイベントであり、もう二度と授業を受けることはないのだと悟った。
悲しくもあり、嬉しくもある今日のショーが、成功に終わって良かったと心から思った。

最後に審査員からの発表があり、今回の優秀作品が5点ほど番号と名前で言い渡された。
そこに高耶さんの作品は入っていなかったが、素晴らしい努力の結晶である作品と、制作者に惜しみない拍手をしてステージはライトを消した。

 

 

ショーが終わると観客が流れて出口に向かった。まだ他に展示物があるが、そちらは下級生の作品のため今日の客にとってはあまり感心がないらしい。

「どうする、直江。みんなでメシ食って帰るか?」
「ああ、そうしようか」

きっと高耶さんは片付けで忙しいだろう。それに今日は学校の友達とこの後過ごすのだろうし。
そう思ってパイプ椅子から立ち上がり、先に帰る旨を高耶さんにメールしようと携帯電話を出したら受信のランプが光っていた。
その場で確認すると高耶さんからのメールだった。

『少ししたら帰れるから、会場の玄関で待ってて』

なんとも嬉しいお知らせじゃないか。忙しいに違いないのに私のために出てきてくれるなんて。

「長秀。俺は高耶さんと帰るから先に帰っててくれ」
「なに?高耶、すぐ出られるんだって?だったらみんなで……」

長秀がそこまで言ったところで綾子が割り込んできた。

「そんな無粋な真似しないのよ、長秀。二人きりにさせてあげなさいよ」
「かーっ、めんどくせえ奴ら」

会場の外まで5人で出たはいいものの、私と長秀に気付いた人々がチラチラとこちらを見ている。
もしこれで一人で待っていたとしたら後から来る高耶さんが注目を集めてしまう。
困っていると譲さんが気を利かせて助け舟を出してくれた。

「直江さん、高耶が来るまで一緒に待ってようか?」
「そうしてくれると助かります」
「俺も高耶に感想言いたいから全然OKです」

そんなわけで全員で待つことにした。チラホラと握手攻撃に遭いながら15分ほど待っていたら高耶さんがやってきた。両手には先程渡した花束が。

「うわ、みんなで待っててくれたんだ。今日は来てくれてありがとな!」

まだちょっと興奮状態なのだろうか。頬が赤い。食べてしまいたいほどに可愛いほっぺた。

「直江が一人じゃ待てないってゆーから仕方なくな〜」
「そんなことは言ってない」

長秀とのやりとりを笑って見ていた高耶さんに、譲さんが今日の感想を言った。
高耶があんなにちゃんと服を作れるなんて思ってなかった、と。

「でもすごくいいショーだったね。モデルやってる高耶もうまかったしさ。得した気分」
「そっか。ありがと。なんか照れくさいけど……」

それから綾子もマリコさんも長秀もそれぞれに高耶さんに褒め言葉を投げかけ、高耶さんはいちいち驚いたり照れ笑いをしたりしていた。
今日は本当に可愛らしい顔ばかりする。

「大通りまで一緒に行きましょ。私たちは食事して帰るけど、あんたたちは二人で帰るんでしょ?」
「え?いいじゃん、一緒に昼メシ食おうよ。オレさ〜、緊張してて今日何も食べてなくってさ〜」

このまま可愛い高耶さんをタクシーで連れ帰ってラブな午後を過ごそうと思っていたのに……。
やはり先に帰ってもらっていた方が良かったかもしれない。後の祭りというやつか。

「じゃあ直江、今から6人分の席を予約できるレストランに電話してちょうだい」
「……俺がか?」
「アンタなら美味しいものの店たくさん知ってるでしょ?雑誌読むと必ずチェックして携帯に入れてるじゃない。今度高耶さんと行こう、とかなんとか呟きながらさ」

見られていたのか……。
そんな綾子の暴露に高耶さんは呆れながらも、なんとなく嬉しそうな誇らしそうな顔をした。
その期待には答えなくてはいけないな。

「何が食べたいですか?」
「おいしーものなら何でもいいよ」
「じゃあ広尾にカジュアルフレンチの店がありますから、そこにしましょう」

そこは雑誌でチェックした店ではなかったが、仕事仲間に紹介してもらって何度も行っている店なのでランチタイムの予約も店長を通せば難なく出来るはずだ。
すぐに電話を入れて予約をし、タクシーに分乗して向かった。


 

ツヅク


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ギャグが少なくて不満。