同じ世界で一緒に歩こう

55

彼と彼のソネット

その3

 
   

 


直江との会話もロクにしないまま合宿出発日になった。
昨夜は帰ってきて仲直りを迫る直江の言葉を全部無視して、家事だけはしっかりやったってアピールするために手の込んだ夕飯を出した。

気まずいテーブルになっちゃったけど、そこまでしないと直江はちゃんと理解してくれないだろう。
オレが何をしたら本気で激怒するのか知っておくのも同居では必要だと思うわけ。

そんで直江には今日も和室で寝てもらって、オレは直江にみつからないようにしてコッソリ合宿に出かけた。
手紙もメールもしないまま。

合宿所は湖だか池だかが近くにあって東京とは思えない自然の豊かなところ。
まずは合宿についての決まりや心得、注意点を林間学校のように会議室で説明してもらった。
昼飯が済んだら親睦会第一歩のウォーキングラリー。ホントに親睦会が目的の合宿みたいだ。

2日目からは本格的に会社の説明や商品知識、店舗での対応の仕方の練習、それに年間を通してどんな感じでコレクションのための準備をするか、コレクションで出した服の商品化を図るか、カタログの制作はどんな流れで行うか、そんな講習を受けた。

3日目は職種に分かれて、4日目は部門に分かれて、それぞれ説明やら仕事の仕方を教わって、グループミーティング的なものもやった。
5日目はバスに乗って1日かけて縫製工場見学へ。モトハルの工場は何箇所かあるらしいけど、今回は東京近郊のメンズの工場だ。

6日目は講習はまったくなし。同期同士でコミュニケーションを取ることになってるらしく、合宿所とその近所で自由行動。ただし呼び出しがあるかもしれないから30分以内で戻れるようにすること、って。
まあ要は脱走して家に帰ったり繁華街に行って集団行動を乱さないようにしろって意味だ。

6日間、覚えることいっぱいで、緊張もして、気分的に疲れたからオレは部屋で休んでた。
けっこうそうやってるヤツがいるみたいで、4人部屋の3人が戻ってきて一緒にダラダラしてた。
こういう合宿は入社してから心細くて萎縮しないようにするためでもあるって先輩に聞いてたんだけど、本気でそう思った。
同部屋の奴らとは普通の友達として仲良く話せるようになったし、女の子の新入社員が多いだけに男の同期は貴重だ。

「仰木、今夜打ち上げなんだよな?」
「打ち上げっつーか、激励会みたいだな。モトハルさんが来てちょっと挨拶するみたいだぞ」
「そっか、社長来るんだ?」

さっき女子から聞いたことによると、どうやらモトハルさんは昨日から来てて、今朝は早くから渓流釣りを楽しんでたらしい。毎年のことなんだそうだ。
オレの顔なんか覚えてないだろうけど、オレの社長なんだから会えるのは楽しみだ。

午後7時、みんなで宴会場に集合。温泉宿みたいな大広間だった。
決まった席ってのはないから自然に男同士がまとまって、適当なお膳についた。
夕飯を食べる前にモトハルさん登場。相変わらず渋いいい男だった。
15分ぐらいの挨拶が終わると、今日は他にもゲストがいるって言った。
こういう合宿って最近の株主総会みたいにアイドルとかが歌ったりするのかな?と思ってたら、なんと直江が出てきた。

あいつ、何やってんだ!!

当然みんなのテンションは上がった。モトハルに入社するぐらいだからタチバナのことは全員が知ってる。
そんな中に入って来やがってあいつ何考えてんの?!この前の店舗研修で懲りたんじゃねえのか?!

んで直江まで挨拶してやがった。ほんの2分程度だけどみんなの前に立って激励の言葉を言ってた。
しっかりオレと目を合わせたのはいったいどんな意味があったやら。

「じゃあ二日酔いにならない程度に楽しんでください」
「はーい」
「君たちの前途を祝って乾杯!」

モトハルさんの声でみんな一斉に乾杯した。それからはワイワイ騒ぎながらの夕飯だ。
誰かがビール瓶を持って席を移動し始めてから本格的な宴会状態に。
だけどオレは怒りもあり、ビクビクもありで落ち着かない。

「なんでタチバナが来てんのかな?」

横で同部屋の男が女の子に聞いてた。気になったから耳をダンボにして聞いてみたら。

「社長と釣りしてたんだって。本当は帰る予定だったんだけど、社長がせっかくだから参加しろって言って渋々残ったらしいよ」

そうか、直江は帰るつもりだったのか。じゃあここには本当に渋々来たってことなんだな。
だって店舗研修のことがあるもんな。浮かれて参加したんだったらオレに大目玉食らうわけだし。

「仰木もタチバナ知ってるだろ?」
「……知ってるってゆーか……」

もしここで「知り合い」って言ったらコネ入社って疑われるかもしれない。
でも直江と知り合いだってこと黙ってたら後からバレた時に信頼を失う。
どう答えていいんだ……?

「フィッターのバイトで……知り合いになった」
「マジで?!」

結局オレは後者の方が怖かった。コネ入社なんてことはしっかり仕事してればみんな忘れてくれるだろうけど、後から直江との関係がバレた時はその時点でしっかり仕事してたって、一個でも失敗すりゃ「どうせコネだもんな」なんて陰口言われる可能性もある。
だからそれなら今のうちに知り合いだって言っておいて、コネ入社じゃないことを誰かに話しておきさえすれば何かあった時の防御線にはなりそうだ。

「もしかしてコネ入社とか?」

さっそく疑われたし……。

「いや、違う。オレ、フォーマル部門だから……」
「あ、そっか。フォーマル部門てコンテストの入選者ってゆう条件で採用したんだもんな。コネなわけないか」

その会話を周りの数人が聞いてた。コネじゃないってのがわかってもらえて一安心したけど、逆に直江のことを聞かれてしまった。

「どんな人?」
「どんなって……まあ普通のオッサンてゆーか……仕事熱心ではあるけど」
「なんか前と体格変わってない?」

特に女の子が興味津々だった。そりゃそうか。タチバナっていやぁ女に人気のハンサムモデルなわけだから。

「あー、仕事を続けていくに当たって、とか言ってた……」

まだ香水のモデルが全裸だったから、とは言えない。企業機密だもんな。撮影見学したオレですら機密保持の契約書書かされたんだから。

「タチバナさんとこ行かないの?ねえ、ねえ」
「行かないよ。面倒だもん」

直江と話したいってゆう女の子の頼みは断った。話したいなら自分で行けばいいんだよ。
オレは絶対に行かない。いらないこと疑われるのヤダし。
だけどオレたちの尊敬するモトハル社長がそれを打ち破っちゃってくれた。くっそ〜。

「仰木くんだっけ?」
「……はい」

ほろ酔いでいい気分の社長は新入社員ひとりずつと話をして回ってた。それがオレのところにまで。

「いや、まさか直江の知り合いが入社するとは思わなかったな。履歴書とコンテストの名簿で名前を見てもわからなかったのに、あいつが電話で君が入社試験受けるって言ってやっと気が付いたよ」
「電話?ですか?」
「ほら、直江が引退するとかって噂があっただろう。あの時に心配で電話したら」

引退って、あの頃か。

「ウチはコネ入社なんかないから受かって良かったな。落ちたら直江に逆恨みされるところだった」

そう言って豪快に笑った。
コネ入社じゃないってことを周りに確信させてくれたのは有難いんだけど……。

「ちょっと直江のところに行って来たらどうだ?君がしっかりやれてるか心配してたから」
「は……はあ……」

余計なことを……。酔ってる人間はこれだから……。

「じゃあ、後で行ってみます」
「いや、今すぐだよ。後でなんて言ってたら直江が女の子たちに囲まれるぞ」
「……分かりました」

仕方なく立ち上がって直江の座る上座のスタッフ席に。みんなためらって行かないほどの場所なのに。

「……タチバナさん」
「はい、あ、高耶さん……」
「えーと、お疲れ様です……モトハル社長にタチバナさんとこに行けと言われて来ました」
「そうですか……」

ちょっとビクビクしてる直江。合宿中に何度もメールしてきたのに、オレは全部無視したんだ。
だからもしかしたら破局を想像しちゃってんじゃないかな?お灸がきつかったかな?

「で、なんでここにいんの?元々予定に入ってたとか?」
「ええ、まあ。モトハルと釣りの約束をしていたので……まさか合宿所の近くでとは思いませんでしたが」
「ふーん」

目をじっと見て嘘じゃねえだろうなって威嚇してみたけど、直江は嘘をついてる感じではなかった。
だったら本当なんだろう。

「合宿、どうでした?」
「ためになった。楽しかったし、友達も増えたし」
「いい出だしですね」
「まあな」

携帯を出して直江に見せた。なんのことかわからないまま直江も携帯を出したから、そのまま無言で立って直江から離れて元の席に座ってすぐメールを打った。

『今から玄関に来い』って。

横目で見たらソッコーで読んだ直江がお辞儀をしながら立ち上がって宴会場を出た。
もちろんオレのことを見てから。
すぐにオレも自分の席を立って外へ。

「直江」
「高耶さん、なんですか、呼び出しなんて」
「こっちこい」

玄関で待ってた直江を連れて屋上に続く階段の踊り場まで連れて行った。ここなら寒くないし暗いし人も来ない。

「反省した?」
「しました」
「懲りた?」
「……懲りましたよ」
「……今日はホントは帰るつもりだったんだってな。でも引き止められて残ったって噂を聞いた」
「その通りです……合宿所なんかに来たら高耶さんに怒られますから……でもモトハルがどうしても来いと」

やっぱさっきの噂は本当だったんだ。じゃあ責められないな。責めるつもりもないけどさ。

「なんでモトハルさんが?」
「高耶さんがいるからですよ。面白いとでも思ったんじゃないですかね。こっちはビクビクしっぱなしだって言うのに」
「ホントに来たくなかったんだ?」
「……実を言うと来たかったんですよ。でも邪魔をしたらいけないから……」

まだオレのこと警戒してるみたいだった。怒られると思ってんだな。
それに機嫌悪いとか勝手に決め付けてるっぽい。

「なんかさ、合宿、けっこう大変で疲れてたんだ」
「は?」
「楽しいし、役立つこと教えてもらってやりがいはある。でも神経すり減らして体力使って……疲れてたんだよ」
「え、ええ……」
「チューしたら疲れも吹っ飛ぶかも」
「………………は?!」
「チューしたら、疲れも、吹っ飛ぶ、かも!」
「はいぃ!!」

勢い良く抱きついてチューしてきた。1週間ぶりのチューだ。そりゃもう熱烈なチューになったさ。
オレだって今までにないぐらい甘えて抱きついた。直江のシャツ越しの胸にスリスリして鼻を鳴らして。
どんなに怒ったってオレは結局直江にメロメロだ。

「寂しかったんですか?」
「んー、少し」
「私は物凄く死にそうなほど寂しかったですよ!ウサギが寂しさで死ぬ理由がわかりました!」
「じゃあもっとチューしよう?」
「はい!」

しばらくチューしまくって、お互いに心臓がドキドキしてきたころ、直江の手がお尻を触った。
オレも負けじと直江の固いお尻を触る。
なんか……ヤバくなってきちゃったかも……。

「もうダメ、ストップ」
「ダメですか?」
「明日、帰ってから」
「続き、楽しみにしていますよ?」

う、楽しみにしてるってことはいつもより濃ゆ〜いチューを期待してるって意味か。
まあ別にそれがダメなわけじゃないんだけど……ケンカの後なだけに恥ずかしい……。

「もう戻らないと」
「そうですね……」
「最後にもう一回チューしよ?」
「はいっ」

そんで最後に軽くチューして別々に戻った。
直江は宴会が終わったらモトハルさんと運転手付きの車で帰るらしい。だから今日はさっきのチューがおやすみのチューだ。

宴会は10時前に終わってそれぞれ部屋に帰った。
モトハルさんが来てるってことで、みんな酔えなかったみたいなんだけど、部屋に戻ったとたんに酔いが回って風呂にも入らないで寝るやつもいた。
オレはちゃんと入ったぞ。全然飲んでないからな。

翌日は昼頃に解散になって、みんなでバスや電車を乗り継いで帰った。
直江からのメールに気が付いたのはその帰りの電車の中だ。車で迎えに行くからどこがいいかって。
もうすぐ着くのに今更……と思ったけど、せっかくだし迎えに来てもらおう。

『水道橋の駅まで迎えに来て』

それだけメールしておいた。オレが水道橋駅に着いたのはそれから20分後。
改札を出て駅前を見回すと、直江の車がガード下にあった。
駆け寄って行ったら中から助手席のドアを開けてくれた。

「おかえりなさい。お疲れ様でした」
「ただいま」

直江は周りを見回して、学生がたくさんいることに残念そうな顔をした。さてはチューする気だったな。

「このまま帰りましょうか?それともどこか寄ります?お腹、すいてるでしょう?」
「うん、少し」
「あなたの少しは普通の人の空腹ぐらいですから、どこかで食べて帰りましょうね」
「失礼な」

そうは言ってみたけど実際その通りなんだから仕方がない。
大人しく直江の意見に従って、帰りがけに寄れる店に入った。直江のオススメのハンバーガーがうまい店。
テレビで見たことあるところで、チーズバーガーが一番人気だそうだ。うまかった。さすが直江だけあってうまい店なら任せとけって感じ。

1時間ぐらいかけて休んでから、マンションに戻った。その帰り道で先月まで住んでた根津を通ったからついでにアパートの様子が見たくなった。
あのボロくて住みやすいアパートの前に車を停めて、懐かしいドアを見てたら、まだ子供っぽい男の子が出てきた。

「もうあの部屋に住んでるんだな……」
「今年の新入生でしょう。まだ一人暮らしに慣れてない感じですね」
「……なんかさ……寂しいよな……。もうオレ、あの部屋に入れないんだもんな」
「高耶さん……」
「車、出して」

3年間住んだ自分の部屋が、もう今は他の誰かの部屋になってる。愛着もあったし、初めての自分だけの家だったから「自分のもの」ってイメージがあったけど、今はそうじゃない。
寂しくて悲しくて見てられなかった。

落ち込んだオレを乗せた車は5分後、マンションに着いた。このマンションも愛着あるけど、やっぱりアパートとは少し違った愛着の湧き方だ。
こっちは「直江の家」だからな。

「高耶さん、大丈夫ですか?」

部屋に入ったとたん、直江が心配そうにして抱いてきた。
直江もわかってたみたいだ、オレの気持ち。

「大丈夫……」
「寂しいかもしれませんけど、あなたが成長した証でもあります。だからそんなに落ち込まないで」
「うん……」
「あなたはまだまだ成長し続けるんでしょう?今度はそれをこの家が見守っててくれます。あなたを守り、育ててくれる家だってことを忘れないで。そしてその家には私がいます。家は住むところでもあり、帰る場所でもあるんですよ。私がいつもあなたの家にいますから、この家ごと愛してください」

直江はこういう口説きなら世界一だ。おかげでオレは救われる。そんで安心する。
ホントに直江を選んで良かったと心から思う時だ。

「1週間の疲れを癒してください。昼寝しててもいいですよ」
「うん」
「でもその前にキスしてくれませんか?」
「……そっか」

昨夜からお預け状態だったチューをしなきゃな。濃ゆ〜いヤツだったっけ。
玄関でチューしたら、したまま中に連れ込まれた。唇くっつけたままお姫様抱っこされて、ホワホワした気分のまま気が付いたら座らされてた。直江の膝の上に。
てことはここはリビングのソファかと思いきや。
唇を離して目を開けたら寝室だった。

「なんで?」
「なんでって、何がですか?」
「なんで寝室?」
「昨日の続きでしょう?」

どうやらオレと直江の間に微妙な誤解があったらしい。
オレは濃いチューの続きかと思ってたのに、直江はチューのさらに続きを望んでたみたいだ。

「昼寝してもいいって言ったじゃん」
「言いましたけど、今すぐとは言ってませんよ」
「ズルだ」

ズルじゃないですよって言いながら服が脱がされていく。なんかさっきの口説きが効果なくなってるような……。
せっかく見直したとこだったのにな〜。

「もっとムード盛り上げてくれよ」
「私は盛り上がってますけどね」
「別のとこがだろ」

それでも直江の優しい手には逆らえなくて押し倒されてやった。仕方なくだ。
オレの居場所を作り続けてくれた極上に素晴らしい男のために。
そんでこれからも作り続けてくれる大好きな彼氏のために。

「愛してるぞ」
「愛してます」

ちょっと頼りなくて嘘つきで、でもこの言葉だけは嘘じゃないってわかるほど優しい直江を愛してる。

「私のそばにいてください。あなたがいないとダメな男になってしまうから」
「うん」
「絶対に幸せにしますから」
「オレもおまえを幸せにするよ」
「ありがとう」

その日はずっと、こんな甘い言葉でオレを酔わせて、一日中いい気分でいさせてくれた。
それが直江の本音なんだってわかって嬉しくてたまらない。
だからオレも出会った頃に戻って思いっきり甘えて、たくさんチューしてたくさんエッチして、ずっと笑ってた。
直江の前だったら強がらなくて良くて、泣いたって良くて、何したってオレがオレのままでいれば大丈夫なんだ。

いつか一緒に仕事するのが夢だから、それを目標にして頑張れば直江も応えてくれる。
ふたりでいればなんだって出来る、そんな気持ちを忘れないように約束した。

 

 

たぶんオレたちはこれからもたくさんケンカするだろうし、強情も張るだろうし、泣いたり怒ったりするんだろう。
それでお互いの立場に悩んだり、落ち込んだり、嫉妬したり、いっぱいイヤなことも経験するんだと思う。
愛してるって気持ちだけじゃダメなのもわかってる。

だけど一歩だけでいいから直江がオレの世界に、オレが直江の世界に入っていけばきっとわかり合える。
だからこれからも一緒にいよう。
手を繋ぎながら、ずっと二人で歩いて行こう。
同じ世界で、歩いて行こう。


END



その2にもどる

 

あとがき

これで終わりです!
ダラダラやっていたのに
お付き合いくださりありがとうございました!
最後まで盛り上がりのない
全55話で申し訳ありません。