武藤が用意してたタイマーが鳴って終わり。機材を片付ける時間も含めて1時間だから、もう終わりにしないとヤバいって。
楽しくなってきた時に終わったから少しだけ残念な気持ちもあったけど、これ以上は疲れるだろうから終わって良かった。腹も激空きだしな。
「じゃあ出来上がったらタチバナさんの事務所に送りますから」
「よろしくお願いします。ネガごとくださいよ?」
「わかってますって」
どうやら全部直江が貰うらしい。プロカメラマンに撮ってもらった卒業記念写真なんてなかなかないよな。
いい思い出ってことで納得しとくか。
帰りがけ、直江が駐車場に車を取りに行ってる間に武藤が玄関から出て話しかけてきた。
「付き合ってんだろ?」
「へ?!」
「隠してるつもりだろうけど見るヤツが見ればバレバレだからさ。卒業写真て名目だけどタチバナさんの本音はどうなんだろうな」
「……バレてる?」
そりゃもう、と言ってニッコリ笑った。やっぱこういう業界には多いから気にしないけどな、って。
オレは自分で思ってたよりパニックにならなかった。武藤にならバレても大丈夫な気がしてたし、なんとなく気付いてるんじゃないかと思ってたんだ。
だって直江が何年か前に撮ったオレの写真のネガを武藤から分捕ってたんだから。
「仲良くて、幸せそうで、いいんじゃねえの?」
「内緒にしといてくれよ?」
「あたりまえだろ」
そこに直江の車がやってきた。玄関前に横付けして早く乗ってって言ってる。
武藤にお礼を言ってから走って車に。助手席に乗り込んでからもう1回武藤に手を振った。
「またな!」
「おう、今度飲みに行こうな!」
武藤はいいやつだ。
「二人きりで飲みに行くんですか?」
「直江も来ればいいじゃん」
「でも」
「武藤にはバレてた。おまえが写真のネガ取り上げたり、今日もこんなことしたしで」
「本当ですか?バレてるんですか?」
「うん、でも大丈夫。理解あったよ」
直江も安心したみたいだった。やっぱ公言できるとか言ってるわりには気にしてるのかも。
「高耶さんが傷つかなくて良かったです」
「……オレが?」
「ええ、私はいくら罵倒されてもいいけれど、あなたが他人からの悪意で傷つくのは耐えられないから」
直江はいっつもオレのこと思いやってくれる。たまにワガママ言うけど本当に優しい彼氏だ。
こんないいヤツを彼氏に出来てオレは自慢に思う。直江がこんなに優しいなら他人からの罵倒も差別も怖くない。
「また惚れ直しちゃった」
「え?」
「なんでもない。早くメシ食いに行こうぜ」
「はい」
その日食べたペニンシュラホテルのレストランでの食事は今まで行った店の中でも一番うまかった。
きっと「愛」って名前の調味料がが入ってるに違いない。なんてな〜!
卒業式からすぐに、モトハル本社で研修が3日間あった。
社内の見学と会社の仕組みを教わって、それから配属の発表。
配属は希望の部署の試験を受けた時から決まってるようなものなんだけど、そうじゃなくて最初の半年は全員店舗勤めになるから、その配属。
首都圏にモトハルのショップは10件ちょっとある。
渋谷、池袋、新宿、六本木、青山、丸の内、横浜、川崎、大宮、その他。
合計20人の本社採用の新入社員はそれぞれ家だの交通だのを考慮して配置されるわけ。
オレは地下鉄で一番近い丸の内に配属になった。
直江には絶対に来るなときつーく言い聞かせた。まだ本採用じゃなくて研修中なんだ。
そんな時に直江が来たりしたらコネ入社だと思われちまう。
「ダメなんですか?」
「ダメ。ダメったらダメ」
「昨日も一昨日も研修で出かけてしまって、しかも夕飯は新入社員同士で2日間とも行ってしまったじゃないですか。そんな寂しい2日間だったんですから、少しぐらい顔を見るぐらいは許してもらえませんか?」
「毎日顔合わせてんだから寂しいわけねえだろ」
しかも丸の内は日本屈指のオフィス街。
直江みたいなカッコイイのが来たらOLさんたちが黙っちゃいないだろう。
「どうしても?」
「どうしても!」
ごねる直江をよそに明日のために早寝だ。販売はバイトのおかげで慣れてるとはいえ、今回はバイカーズショップじゃなくて何万円もする服を売ってるキレイなお店なんだから神経使うに決まってる。
「高耶さ〜ん」
「ダメ」
「……じゃあ行きませんから、キスして寝てください」
「そんならいいよ」
チューしてやったらそれ以上文句言わなかったから大丈夫だと思ったんだけど……。
翌日の研修中、直江はやってきた。あれだけ来ないでくれって言ったにも関わらず。
仕事帰りだったのか一人で来たみたい。
普段着なのにオシャレでかっこいい。しかもモデルなだけに目立つ。OLもサラリーマンも振り返る。
そんな野郎が店の前でコソコソやってんだ。さらに目立つだろうが。
店舗の先輩たちもタチバナだってことに気が付いた。そりゃそうだろ。
なんたってタチバナはモトハルのメンズの常用モデルだ。今現在、研修を受けてる店舗にも直江が載ってるカタログがある。
これが元でオレがコネ入社だって思われたらどう責任取るつもりだ。正真正銘、実力で入社したってのに。
「あれタチバナさんじゃない?」
「そのようですね……」
女性社員に話しかけられた。店舗の社員さんはみんな親切でいい先輩なんだ。
コネ入社だって誤解されて、冷たくされたらたまんない。
とうとう直江が店の中に入ってきた。無視だ、無視!!完全無視!!
こっちを見た直江をギッて睨みつけて、先輩社員の女の人にレジ裏にある商品袋や包装紙に関して聞きたいことがあるって言って逃げた。
あれだけ来るなって言ったのになんで!!
10分ぐらい説明を聞いてから戻ったら直江はいなくなってた。オレが怒ったのわかったんだな。
今までは学生ってことで特に面倒はなかったけど、今のオレは研修中とはいえモトハルの人間だ。
仕事なんだからそのへんしっかり分けて欲しい。邪魔なんだよ。
とりあえず無事に3日間の研修は終わり、明後日からは合宿だ。
合宿で何をするかってゆーと、まずは販売に関しての練習と商品の説明の仕方、それと心構えみたいのを教わるらしい。
あとは団結力を固めるとか。半分は親睦会みたいなもんだって先輩から聞いた。
新入社員はデザイナーも事務も販売も全員集まる。だいたい50人ぐらいだ。
研修指導する社員たちの都合で場所は東京の奥多摩。現地集合、現地解散。学生の合宿とは違った仕組みになってる。
その説明が書いてある書類を見ながら電車に乗って丸の内から家に帰った。
たぶん直江が先に帰ってるだろう。あのバカが家にいるのかと思うと同居をさっそく後悔した。
これからはケンカしたからってアパートに篭城するわけにいかないんだな。帰って顔を合わせないといけないなんて。
鍵を使ってドアを開けて玄関に入ると、直江が出迎えに来た。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
抱きついて来ようとする腕を潜り抜けてスタスタとリビングへ。背後で直江の溜息が聞こえてきたけど無視。
カバンを自分の部屋に置いてから寝室に行って着替え。
今日はモトハルの服を着ていくのが決まりだったからスーツだ。ちゃんとハンガーにかけてブラシしておかないと。
部屋着に着替えてリビングに出ると、直江が肩を落として座ってた。自分のしたことを反省してるんだろうか?
「何か言うことはないのか?」
「……大変申し訳ありませんでした……」
「自分が何したかわかってるんだな?」
「あなたの邪魔を……」
「邪魔になるって知っててなんで来たんだ」
本気で怒ってるのがわかったみたいで、下手なこと言ったら何をされるかわかんないとでも思ったんだろう。
黙りこくった。
「マジムカつく」
そんでオレは一人で夕飯を食べた。今日のメニューはカレーうどん。オレが家事出来ない時はこんなメニューだ。
ネギを切って豚肉を入れて煮込んで終わり。
これ食ったら風呂入って寝る。直江には和室で寝てもらおう。
「あの、高耶さん」
「なんだ」
「私の夕飯は……」
「ねえよ。勝手に食え」
このムカムカは謝られたって収まるもんじゃない。明日も無視して、明後日からは合宿だ。
少し頭冷やせばいいんだ、バカ直江。
それから直江は何度も謝ってきたんだけど、やっぱり寝室には入れないで一人で寝た。和室には布団もあるんだし別に不自由はしないよな。
翌朝は直江のノックの音で起きた。これから仕事に行くから服を着ないといけないって。
確かに昨日の部屋着のまま仕事に行かせるわけにいかないから、クローゼットの中の服をいくつか出してドアから放り出した。
「高耶さん……」
「さっさと行け」
直江が出かけるまで寝室にいるって決めて、物音を確かめた。
玄関ドアが閉まった音がしてから寝室を出ると、直江からの手紙がテーブルに置いてあった。
もう二度としませんとか、心配でたまらなかったとか、そんなことが書いてあった。
わかってないな。どれだけオレが迷惑を蒙るかとか、嫌な気分になるんだとか、最悪の場合は就職だって諦めないといけないのをわかってない。
こんな陳腐な言葉で許されようなんて軽く考えてるとしか思えない。
だから手紙を丸めてゴミ箱に捨てた。
今日はたまってた洗濯物をやったり掃除しないといけない。合宿で1週間いないから。
合宿の準備もやっておかないとな。
そんな感じで1日過ごした。家事と仕事と両立させるのはやっぱり難しいんだなって実感した。
たった3日間の研修なのに夕飯もまともに作れないし洗濯もできない。
でも社会人てそんなもんだよな。そう考えると仕事しながら主婦やってる奥さんたちは偉いよ。
家事を終わらせて合宿の準備を始めたとき、直江からメールが入った。
『仕事が終わったらすぐに帰りますからちゃんと話をしましょう』
って。
言い訳なんかされたら腹が立つだけだ。態度で示してくれないとダメ。
だからメールの返事はしなかった。あと1週間、ずーっと反省してりゃいいんだ!
ツヅク
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