同じ世界で一緒に歩こう それから


愛妻家


 
   

 


仕事にも徐々に慣れてきて、今日は本社勤務の日。
デザインルームの自分の席で、ノルマのデザインをこなしてたら、なんだか外がざわつき始めた。

「なんだろ?」
「なんだろうね?」

好奇心の強い女の同僚がドアを開けて通路を歩いてた社員に声をかけて聞き出したところ……

「タチバナが来てるって!」
「は?!」

どうやらカタログだかショーだかの契約か打ち合わせに来たらしい。
そんなの聞いてねえぞ……あいつなんで黙ってたんだ……。

「仰木くんと知り合いなんでしょ?」
「まあ、そうだけど」

研修のための合宿でオレと直江が知り合いだってゆーことが新入社員全員にバレた。
コネ入社って疑われたりしなくて済んだけど、やっぱり直江と会社で顔を合わせるのは微妙だ。

「プレスルームにいるみたいだよ。ちょっと見たいな〜。行こうかな〜」
「行ってみたら?」
「仰木くんは?」
「別に珍しいもんじゃないし」

同僚はその言葉が笑いのツボに入ったのか、ちょっと笑ってから出てった。
オレはそのまま仕事を続けた。だって直江を見たってしょうがないじゃん。家に帰ればいるんだから。
それに会社で会うっつーのは気恥ずかしいものもあるしな。

 

 

帰り際にチーフにデザインを提出してたら、珍しくモトハルさんがデザインルームに入ってきた。
時間が出来たから新入社員のデザインのチェックをしたいらしく、気に入ったら商品化できるぐらいに手を加えようかと思うって言ってた。
オレのデザインを一枚ずつ見ながら色々指摘された。

「まだインパクトが弱いなあ。ディテールはいいんだからもう少し遊んでみるとか、そういう工夫してごらん」
「はい」
「……そういえば直江には会ったか?」
「いえ……」

モトハルさんは見た目のイメージと違って物事をあんまりカチカチに考えない人で、誰とでも世間話をしてコミュニケーションを図るところがある。
ちょっと気になったことがあれば仕事しながらでも世間話をする。

「キミのこと心配してたぞ」
「はあ……」

余計なこと言わなくていいんだよ、あいつはまったく〜!

「直江が他人を心配するなんて珍しいから驚いたよ」
「そうなんですか?」
「ああ」

直江ってオレ以外にはどんな態度取ってるんだろ?
一蔵さんやねーさんには結構ワガママ言ってるっぽかったから案外お山の大将なのかも。
それに優しかったり親切なとこも見たりしたけど、興味ない相手には冷たかったりするしな。
嫌われ者……じゃなければいいけど。

「あ」
「はい?」
「いや、なんでもない。じゃあデザインはもうちょっと工夫を重ねてみてくれ」
「はい」

それでオレの今日の仕事は終わり。珍しくデザイン画が早く片付いたから今日は定時に帰れそうだ。
これなら夕飯の買い物してメニューもちゃんとしたものが作れそうだな〜。

 

 

直江が帰ってくる前に夕飯の準備が終わった。
帰ってきたら魚の煮付けを終わらせて、煮物を温め直して完成だ。
冷めても大丈夫なおかずはすでにテーブルに乗ってるし。

「ただいま」
「おかえり〜!」

同居してからおかえりのチュー&ギューがオレの時間の都合で減ってたけど、今日はちゃんとしてやれる。
やっぱこれがないと落ち着かないよな〜。

「珍しく高耶さんの方が早く帰れたんですね」
「ああ、今日は定時で終わったから。夕飯も5品作ったし完璧な食卓だぞ」

すっごく嬉しそうに直江が笑った。たかが夕飯、されど夕飯だからな。
しっかり食って体力つけて、モデル体型を維持してもらわないと。

直江が着替えてる間に煮付けと煮物の温め直しが終わった。味噌汁もあっためたしこれで完璧。
最近直江はファンから室内着を貰ったとかで部屋着にしてる。
オレとしてはあんまりそーゆーファンやらなんやらからのプレゼントを身に付けて欲しくないんだけど、あんまりヤキモチ妬いてもウザがられるかも知れないから我慢してる。

まあ帰ってきてすぐにパジャマ着るようなヤツになって欲しくないからいいんだけど。

「おいしそうですね」
「あたりまえだろ」

直江とのんびり夕飯を食べられるのは土日ぐらい。でもやっぱ直江は土日も仕事に行くから月の半分はこうやって二人揃ってってわけにはいかないんだな。
すれ違い夫婦みたいだ。

「そーいや今日は契約かなんかで来たんだってな」
「ええ」
「なんで言わなかったんだよ」
「忘れてたんです」

嘘だ!忘れてない!
だって昨日の寝る間際にスケジュールのチェックしてたもん!

「……嘘つくんだ〜?へ〜?」
「嘘じゃないですよ」
「オレの目は節穴じゃねえんだよ」
「………………すみません……」

行くって言ったら緊張して仕事が手につかないんじゃないかと思ったそうだ。
オレが考えてるより直江は自意識過剰のようだ。

「今度はちゃんと言いますよ。これでいいでしょう?」
「よし」

食事が終わってからはイチャイチャした。最近こういう時間が減ってて正直つまらない。
だから今日ぐらいは思いっきり甘えようかと直江の膝に乗った。

「仕事は大変ですか?」
「大変だけど楽しいから平気」
「あんまり仕事ばかりになって私を忘れないようにしてくださいね?」
「忘れるわけないじゃん」

しばらくベタベタ甘えてるうちに眠くなってきて、先に風呂に入らせてもらってベッドへ。
直江には悪いけど毎日遅く帰って来るもんだから疲れて眠くてしょうがない。
先に眠っちゃえ。

 

 

そんな日々を送っていた毎日、会社に行ってモトハルさんに会うとなんか視線が痛い。
どうもチラチラ見られてるんだよな。
何かしたのかと思ってビクビクしながらチラ見すると、逆にモトハルさんの方がビクビクしてるみたいで目を逸らしたりする。
なんか怪しい……。

別にオレ、何かしたわけじゃないし、仕事も真面目にやってるつもりだし、変なデザイン作ってないし。
それよりオレは部下なんだから遠慮なく言ってもらいたんだけど。
自分の向上とか考えると、厳しくても言ってもらった方がいいもんな。

エレベーターで一緒になった時、また視線が突き刺さったから思い切って聞いてみることにした。

「あの、オレのデザインって……もしかしてダメ……ですか?」
「え?!いや、そんなことはまったく」
「じゃあ店舗の販売がダメってゆう報告が来てるとか……ですか?」
「いや、それも別に」

やっぱビクついてるよな。変だなあ。

「オレの悪いところ直しますから言ってください。もっとちゃんと仕事できるようになりたいんです」
「あー……そういうところは無いんだが……うん、ないから安心してくれ」

そこでエレベーターが開いてオレの降りる階に。

「ほら、着いたよ。仰木くん」
「……はい」

追い出されるようにしてエレベーターを降りてから振り返ると、モトハルさんは引きつった笑みを浮かべて手を振った。

「失礼します」
「じゃあな」

ドアが閉まったけど疑問は残る。いったい何だろう??

 

 

次の日、店舗の閉店時間が8時だから直江と待ち合わせて外食した。
待ち合わせ場所は勤務地の丸の内。
このあたりは再開発が進んでべらぼうに高級なレストランがたくさんある。
今日は金曜ってことで直江にレストランを予約させて豪勢におごってもらうつもりだ。

待ち合わせ場所の丸ビル1階に行ったらバカみたいに目立つ男が立ってて、ダウ平均株価の電光掲示板を見てた。
株なんかやってないくせに真剣に見てるのはカッコつけてるだけだと思う。
だからかわかんないけど、周りの人たちがすごい直江を見てる。背が高いだけで目立つってのに、あんなにカッコ良くてどうすんだろ?

「直江」
「あ、お疲れ様です」

そんでオレに向かってこれまたきれいな笑顔を見せるもんだから、目を丸くしてホッペ赤くして見てるOLさんまで出る始末。
トップモデルがここにいるだけで珍しくて見ちゃうだろうけどさ。

「もう予約時間まですぐですから、早く行きましょう」
「うん」

直江が今回選んだのは個室のあるフレンチ。店の前に立っただけでオレみたいな薄給人間が入れない雰囲気醸し出してたけど、どうせ直江の財布から出るんだから気にしない。
それに今日はモトハルのスーツで来てるし変な目で見られないし。

個室に通されて直江がメニューを選んだ。オレじゃ難しくてさっぱりわかんないからな。
とにかく魚料理だけは外すなって命令してオーダーだ。

「個室なんだ?」
「他人に聞かれたくない話がありまして……」
「何?」
「ワインと前菜が来てからにしましょう」

前菜はスズキの刺身でエゾネギやらニンジンやらハーブやらを巻いたやつ。バルサミコ酢と醤油、隠し味に果物のソースを使って作ったドレッシングみたいのがかかってる。

「うまそう!いただきま〜す」
「いただきます」
「っと、テーブルマナーとかわかんないけど、大丈夫かな?」
「個室ですから好きなように食べてください。使うフォークやナイフは私が教えますから」
「おう!」

直江はこういう気遣いがうまく出来る大人の男だ。気楽に食べられるようにしてくれる。個室ってのもそういう意味合いもあるんだろうな。

「んで、人に聞かれたくない話って?」
「今日の午前中の私の仕事が何だったか覚えてます?」
「えーと、ウチの会社のカタログだかポスターだかの撮影だっけ?」
「ええ。そこにモトハルが来てまして」

モトハルさんが撮影に顔を出すのはいつものことだ。直江がモデルをやってる日はだいたい参加するって聞いたことあるし。
それがどうしたんだろ?

「撮影の合間に昼食の時間があって、一緒に食事をしたんですよ」
「うん」
「で、モトハルもどうしようか迷ってたそうなんですが、あの性格ですからハッキリしないと気持ち悪いそうで、思い切って私に聞いてきました」
「何を?」
「おまえが付き合ってる指輪の相手は高耶さんかって」
「えええええ!!!」

 

 

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食べてばっかり
 
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