同じ世界で一緒に歩こう それから


独占したい


 
   

 


オレの仕事もなんとなく落ち着いてきて、やっと社会人として自覚が持てるようになった。
給料もバイトの時とは大違いの金額だし、店舗勤務の日は自分の接客で売り上げが違うってことも知ったし、内勤の日は数のノルマをこなすのもデザイン能力と同じく重要だってこともわかった。

こうやって考えると、モデルやってる直江はもっと大変なんじゃないかって思ったりする。
モデルって意外とやることが多い。
まず華やかなショーに出たり撮影があったりがメイン。その次は体型の維持のためにジム行ったり(女性モデルはエステもあるし)食事に気を使ったり。
で、オレもあんまり気にかけたことがなかったんだけど、レッスンてのがある。
ウォーキングでのリズム感、撮影の時の姿勢、千秋みたいなタレント的なことやってる場合はダンスレッスンもある。

そんで今日は土曜日で、オレが休みなのに直江はレッスンが入って超機嫌悪かった。
だからレッスンスタジオまで一緒に行って、終わるまで待ってるからやってこい、と命令してるところだ。

「でも3時間もあるんですよ?」
「喫茶店でも行ってるし」
「3時間も?」
「そのへんブラブラしてるし」
「1人で?」
「いいから早く入れ。遅刻するぞ」

どうも直江はこのレッスンが苦手というか嫌いらしくて、なかなか行きたがらない。
欠席常習犯だそうで、今日はどうしても来い!ってねーさんから電話が入ったのをオレも聞いてて、こーゆー事態になってる。

「ああもう……なんでレッスンなんてあるんだ……」
「それはおまえがまだまだ期待されてるからってことだろ」
「でも……」

レッスンスタジオの前でモタモタしてたら中からねーさんの登場だ。

「直江!来てたんだったら早く入りなさい!」
「ほら、怒られた」

それでも嫌がる直江の背中を押して、スタジオへ押し込んだ。これならもう逃げられないはずだ。

「高耶くん、直江が逃げ出さないように見張っててよ」
「逃げ出すって?」
「途中でいなくなることもあるから。見学ってことでどう?」

見学か……モデルのレッスンがどんなのか見たことないからそれも悪くないかも。

「なんで高耶さんに余計なことを!」
「いいからアンタは着替えてスタジオに入ってなさい!」

ねーさんに怒鳴られて直江はすごすごと更衣室へ。オレはガラス張りのスタジオの廊下の長椅子に座った。
欠席や遅刻の常習だけじゃなくて、逃げ出したりしてたのか……。本当にレッスンが嫌いなんだな。
まったく人様に迷惑かけてんじゃねーっつーの。

「……見学ですか……」
「おう」

着替えてきた直江は期待してたレオタードとかじゃなくて、普通のオシャレジャージだった。
直江のレオタード姿ってのはどうなんだろ?キモいのかもしれないな。

「見張ってるから逃げ出すなよ?」
「はい……」

スタジオにはすでに何人か男のモデルがいて、ウォーミングアップしてた。ほとんどオレが知ってる人ばっかり。
だから手を振ってもらったり、冗談でおかしなポーズ作ったりしてくれて面白い。
そんな中に直江が入っていくとみんないきなり緊張しはじめた。もしかしてレッスンやってる時の直江って最低に機嫌悪くて迷惑かけっぱなしだとか?

「ねーさん、直江ってレッスンやってると機嫌悪くなるタイプ?」
「機嫌は悪いけど、別に何かあるわけでもないわよ。なんで?」
「んー、みんないきなり緊張し始めたから」
「ああ、それね。まあ見てなさいよ」

そんで見てたら……確かに機嫌は悪いんだけど、しっかりやってた。
しっかりやりすぎて完璧で、かっこ良すぎて隙がなくて、威圧感てゆーか存在感てゆーか、そーゆーのが大きくて周りが萎縮してるのがわかった。
でも萎縮だけじゃなくて対抗しようとしてる雰囲気があって、モデルさんたちみんな最初の動きより良くなってた。

「ね?苦手って言うわりにはすごい出来るから周りが緊張しちゃうのよ。どんなに頑張っても直江には追いつかないってゆう感じなのね」
「は〜、なるほど」

あれじゃオレがモデルだったとしても直江とのレッスンはやりずらいよな。
ムカつくを通り越して自己嫌悪に陥りそうだ。

「みんなを奮起させるためにも直江がレッスンに出てくれないと困るわけ」
「そういうことか。本人はどう思ってるか知らないけど、ま、レッスンやる意義はあるよな」
「でしょ?」

さすがに1時間見てたら飽きてきて、ねーさんと一緒にマンガ喫茶に行こうってことになった。
でもオレたちがいなくなったら直江が逃げ出すかも、と思って、休憩時間で出てきた直江に一言。

「オレとねーさんで直江のレッスン用ジャージを買いに行って来る」

嘘だけど。

「そんなものいりませんからここにいてくださいよ」
「でもさあ……直江ってレッスンしてる時もかっこいいから……オレが選んだジャージ着て欲しいな〜って思って」
「う……」
「だからサボらないで頑張れよ?」
「はいっ」

これで脱出成功だ。直江も真面目にレッスン受けるだろう。

「さ〜、行こうぜ、マンガ喫茶!」
「アンタ……直江の操縦がうまくなったわね」
「まあな。このぐらいは慣れたもんだ。それに最近、色々吹っ切れてきたしさ」

モトハルさんに直江との関係がバレたのをねーさんに話した。あれ以来、バレたらバレたでいいやって思うようになってきて、半分ぐらいは開き直れたんだ、って。

「でもあんまり公言はしない方がいいわよ。まだまだ差別はあるからね」
「うん、わかってる」

そんでねーさんとマンガ喫茶の二人用のブースに入ってしばらくしたころ、ねーさんが「いいもの見せてあげる」って封筒から一枚のカラーコピーを出した。

「何?」
「いいものよ。ほら」

しーんとしたマンガ喫茶の中、オレの悲鳴が響いた。
わかっちゃいたけど驚かずにいられないものだ。

「うるさい!」
「ゴメン……けどこんな所で見せなくても……」

カラーコピーに写ってたのはヌードの直江。あの香水の宣伝用のポスターの縮小版だった。
オレが思ってたより精悍な感じに仕上がってる。

「今朝パリからメールで送られてきたの。完成したからチェックしてって。これをウチの事務所がOKしたら本格的に印刷に入るんですって」
「……これが……」

やっぱり全裸だ。セクシーでかっこよくて、だからってエロい感じはあんまりしなくて、直江の魅力最大限て感じ。
これが全世界に……うーん、やっぱ微妙な気分。

「もしこれが好評だったら直江の仕事がまた増えるわよ。現役続けてもらわないと」
「だなあ」

直江が現役続行で売れっ子継続なら嬉しい。でもこのヌードはやっぱり……不安だ。
インパクトが強いから絶対に目に留まる。それで今まで知らなかった人からの人気も出る。
そしたらますますオレなんかと釣り合いが取れない彼氏になって……。

「どうしたの?」
「オレ、直江に捨てられるかも……」
「………………まさか」

急にねーさんの声が低くなった。もしかして……マジで?捨てられるの予想してたとか?

「あんたがいないと死にそうになるあのバカが?世界があんたで構築されてるあのアホが?誰の話も聞かないくせにあんたの一言で全部決定になるあの最低男が?あんたを捨てる?地球が逆周りしたってそれはないから安心しなさい」
「……そ、そんな評価って……」
「だって事実なんだもの。仕方ないじゃない。てゆうか、捨てられるって考えるあんたの頭もどうかしてるわよ」
「そうかな……」
「そうよ」

ねーさんの言葉はちょっと不穏だったけど、他人から見て直江がそういう人間だってなら安心かな。

「ちょっと早いけどそろそろ戻る?直江の機嫌が悪くなってたらなだめるの大変だからね、あんたが」
「……オレが」
「そうよ」

直江のジャージは見つからなかったってことにしてスタジオに戻った。まだレッスンは続いてて、直江が姿勢の矯正をされてるところだった。
気が付かないうちに姿勢は変わるんだってさ。

しばらくして時間がきて終わった。直江はソッコーでオレんとこに来て話しかける。

「ジャージはありましたか?」
「んー、直江ほどかっこいいとなかなか似合いそうなのなくて。だからまた今度、一緒に選びに行こうな?」
「はい!その方がいいです!」

バカだ。騙されてやんの。

「じゃあ着替えてきますから、これからデートしましょう」
「うん」

ほんの5分程度でジャージが入ったカバンを持って更衣室から出てきた直江。そのカバンを受け取ろうとしたら。

「いいですよ、自分で持ちますから」
「いや、直江がこんなでっかいカバン持ってるの不自然だよ。オレが持ってればマネージャーみたいだし、二人で歩いててもゲイカップルだと思われないからいいと思うんだけど」
「でも高耶さんに荷物を持たせるなんて、彼氏失格だと……」
「オレがそうしたいって言ってるんだ。彼氏の言うこと聞かない方が失格だぞ」

渋々オレにカバンを渡した。そんなに重いわけでもないのになんでこんなに気を使われるんだろ。
まだ遠慮とかあるのかな?

「さあ、出ましょう」
「待って、直江!!」
「……綾子……これ以上なんの用だ……」
「これ、見ておいて欲しいから今から喫茶店行くわよ」

さっきの封筒だ。まだ直江は見てないのか。
じゃあ仕方ないよな。仕事の用なんだから直江もきちんと見ておかないと。

「高耶さんとデートなんだが」
「30分以内で済む話だからいいでしょ」
「仕事なんだから我慢しろよ」
「……高耶さんまで……」

 

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本当にこういうレッスンしてるかは知りません
   
         
   
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