同じ世界で一緒に歩こう それから


コンシェルジュ


 
   

 


開崎さんとメシ食ったって話を海外から帰ってきた直江にした。

「……私がいない間に開崎さんとデートしたんですか」
「うわ〜」

なんで直江はたった数十分の食事、しかも色気もないラーメン屋での夕飯なのにこんなに嫉妬するんだろ。
デートじゃないし、どっちも男だってゆーのに。

「そんな話じゃなくて、開崎さんが直江のファンかもしれないよって話だろ」
「誰が私のファンだろうと知りませんよ。私が気になるのはあなたが私以外の人間とデートをしたという事実なんです」
「だからデートじゃないって。ただの夕飯」
「じゃあ私と高耶さんが初めて食事をした日のことも、『ただの夕飯』なんですか?」
「そりゃそうだろ、あの当時は」

直江と付き合うなんて考えてもなかった頃の話なんだぞ?デートであるわけがない。
そりゃ直江は最初からオレのこと好きだったって言うんだからデートのつもりかもしれないけどさあ。

「私の高耶さんと食事なんて10年早いですよ」
「そんなこと言ったらランチで一緒に出てる同僚はどーなんだよ」
「それだって私にとっては半デートですよ!プライベートでの食事なんて本格的なデートじゃないですか!」
「う〜」

頭痛くなってくる。同僚とのランチですら半デート?
独占欲が強いのはわかってたけど、ここまで強いと神経を疑うぞ?

「それでどんな話をしたんです」
「ほとんど直江の話。開崎さんが買ってる雑誌って直江が出てる雑誌の世代だから」
「年齢は……まあ、そうかもしれませんけど」
「いいじゃん、別に。口説かれたわけでもないんだし」
「口説いてたら住民の権限を使って苦情を入れます。しかも本社の御偉いさんに」
「こえーなー」

直江ってマジでやりそうだから怖いんだよな。こいつに冗談は通じないと思った方がいいな。

「もう二度と開崎さんとデートなんかしないでくださいよ。いくら一人ぼっちの夕飯でも」
「はいはい」
「本当にわかってるんですか……。まったく」
「千秋や譲だったらいいんだろ?今度から一人での夕飯は普通の友達と出かけたりするっつーの」

だからって直江の機嫌は簡単には直らなかった。ずっとブツブツ文句を言ってる。
オレだって直江が美人と夕飯してきたら怒るかもしれない。でも直江が「恋愛感情なんか一切ない相手だ」と言えば、だったらいいやって別に気にしないと思う。

それはオレが直江を信じてるからで、嫉妬しないとか、独占欲がないとかってわけじゃない。
だとしたら、直江はオレを信用してないことになる、のか?

まだブツブツ言ってる直江に聞いてみた。

「なあ、おまえがそうやって文句を言うのはさ、オレを信用してないから?」
「え?信用してますよ?」
「じゃあなんで文句言うんだ?信じてないから不安になったりするんだろ?違う?」

直江は少し考えてから、ちょっと目を逸らしながら、小さめの声で言った。

「高耶さんのことは、信用してます。私が……文句を言ったり、嫉妬するのは……自信がないからです。高耶さんを信じてはいるけれど、自分が、その、あなたに好きでいてもらえる自信がなくて、それで……私以外の人間を高耶さんが見たら、いいところがあまりない私を捨てて、別の人を好きになってしまうんじゃないかと、そう考えてしまうわけで……」

なるほどな。オレを信用してないんじゃなくて、自分に自信がないせいなんだ。
直江と付き合ってだいぶ経つけど、なんてゆうか、直江って……本物のバカというか、周りが見えてないっていうか。
理解してやんなきゃいけないかもしれないけど、甘やかしてばかりもいられない。これは直江の人間性に関わることだ。

「あのさー、よーく考えてみなよ。何年付き合ってきたと思う?そろそろ3年になるはずだよな?その間に直江は何人の人と出会ったりしてる?」
「仕事関係でけっこうたくさんいますが……」

100人以上だとオレは思うぞ。

「その半分は女だろ?しかも直江の周りの女はモデルだったりタレントだったり、センスが良かったり頭が良かったり、あと面白かったり趣味が合ったりしてきただろ?」
「ええ……」
「じゃあオレがその間に出会った人ってどのぐらいだと思う?」
「さあ?」
「たぶん50人程度だ。直江の半分。しかも就職した時点で同じ会社にいる人ってだけの関係で、会話をするのは50人中20人もいない。んで、オレは閉鎖的なオフィスと自宅の往復をしてるだけ。直江は毎日違う人たちと仕事をして、いろんな場所に行ってる。しかも仕事以外でもパーティーやら食事会やらに行かないといけない。さらにおまえには知名度もステータスも金もある。顔もスタイルもいい。性格は微妙だけど外面がいい。女にとっては優良物件どころか一攫千金なみだ。おまえと付き合えたら宝くじで3億円当てるようなもんだ。そんなおまえがだな、オレだけと真剣に付き合ってる。ここまでは理解できたか?」
「はい」

ちょっと褒めすぎた気がしなくもないけど、とりあえず直江はまだ疑問顔だから続けるとしよう。
しっかり理解してもらわないといけないから。

「で、反してオレは手取り20万円にもならないデザイナー見習いだ。毎日毎日オフィスにこもってデザイン画を書き、たまに話す女の子は同僚だけどライバルでもある。仕事が終わればまっすぐ家に帰って寝るだけ。知名度もなければステータスも金もない。気の利いた会話もできない。女にとっては退屈で面倒な魅力の無い男だ。そんなオレが世界中でポスターになったり、雑誌の表紙になったりしてる直江と付き合ってる。どこをどうしたら別のやつに惚れる要素があるんだ?」

これで完璧だと思うんだけど。直江よりもいい相手なんかいないんだってことを、一言じゃなく噛み締めるような説明文にしなきゃわかってもらえないから。
でもあと一押し。

「今まで直江が出会ってきた中で、可愛い女の子もいたし、美人もいたし、趣味や性格の合う女もたくさんいただろ?男も気の合うやつはたくさんいた」
「…………ええ、まあ……そう、ですね」
「その何百って人間の中で、直江はオレを選んだ。一生を懸けるぐらいだ」
「もちろんです」
「目移りは絶対にしないと自分に誓ったんだろ?」
「はい」
「だから、オレも同じだ」

これでわかってもらえたはずだ。じゃなかったら直江の理解力は最悪ってことになる。
頼むから理解してくれ!!これ以上の説明はオレには無理だぞ!!

「……つまり……私が高耶さんを愛しているのと同じように、高耶さんは私を愛してくれている、と、こういうことでしょうか?」
「そう。オレは直江がオレを一番大事にしてて、愛してるってことよく知ってる。だからそんな直江が誰かと二人きりで食事をしてきたからって浮気を疑ったりはしない。これは自信じゃなくて、おまえを信用してるからだ。おまえがオレを愛してるってことを信用してるんだ」

直江に自分で考えて欲しいから、自分でちゃんと答えを出せよ。ほら。

「高耶さんが私を愛してくれていることを信用するってことは、自分にも自信を持っていいって意味になるわけですか」
「ようやくわかったか」
「わかりました」

やっと直江に笑顔が戻った。こうして甘い笑顔になる直江が一番いい。
オレが直江を好きになったのは、この笑顔があったからなんだ。それ本人は知らないだろうけど、意識して笑顔を作られたらイヤだから教えてやんない。

「高耶さん」
「直江ッ」

いつもみたいに膝の上に乗って抱きしめてもらって、チューして、甘やかしてもらう。
直江の不安は必要ないものなんだぞ。オレは直江が好きで、直江はオレが好きで、他の人間になんて目が行かない。
それは自信を持っていいって意味になるんだ。

「もうちょっと自信を持てるようにしてもらえませんか?」
「ん?どうやって?」
「決まってるでしょう?今夜は誰にも見せない高耶さんを見せてください」
「…………うん」

1週間も離れてたから寂しかったし、溜まってたし、たくさんさせてやろっと。

 

 

 

次の日、直江の仕事が深夜までかかるってことだったから、またオレは手抜き夕飯にしようと思ってコンビニへ。
そしたらまた開崎さんがお惣菜コーナーにいた。

「こんばんは」
「ああ、仰木さん。今日も直江さんはいないんですか?」
「うん。でも開崎さんは制服なんだね?」
「休憩時間なんですよ。今日はお弁当を買って休憩室で食べます」

またラーメン屋か定食屋に誘おうかと思ったけどやめた。
昨日、直江があんなにブツブツ言ってるとこ見ちゃったからな。いくら自信が持てたからって余計な心配をかけることはない。

オレも弁当を買って開崎さんと一緒にマンションに帰った。
その道すがら。

「直江さんにお土産をもらったんですよ。私たちコンシェルジュに。有名な店のチョコレートをたくさん」
「ああ、フランスだったから。オレがあのチョコレート好きだって言ったら、周りに配るお土産も全部アレにしたみたい。うまかった?」
「とても美味しかったですよ」

歩きなが歩調が直江とは違うことに気が付いた。開崎さんは歩くのが少し早い。
休憩中だから時間がもったいなくて早足になるんだろうか。直江と歩いてても歩調を気にしたことないな。

「モデルの仕事で海外なんて、私には想像もできませんよ。あんなにスタイルが良かったら、色々なファッションで楽しめるんでしょうね」
「逆に背が高すぎて服が買えないって言ってたけど」
「そうなんですか?はあ、大変なんですね」
「開崎さんだってセンスいいじゃん。背も高いしハンサムだしオシャレだし、モテるんじゃないの?」

開崎さんは声を上げて笑った。全然モテませんよ、だから今になっても独身なんですよって。
そんなふうには見えないんだけどな〜。なんで結婚してないんだろ?

「彼女は?」
「いません」
「じゃあ、好きな人は?」
「好きな人……いるような、いないような、ですね」
「なにそれ」
「憧れを見ているだけって段階です」

マンションに着いて開崎さんは休憩室に、オレは自宅へ。
コンビニの弁当をテレビを見ながら食ってたら、オレはあることに気が付いた。

「開崎さんて……もしかして……ゲイ?」

オレだってここ数年で「ゲイの匂い」がわかってきた。
見た目、話し方、雰囲気。これでゲイか違うかの判断ぐらいできる。開崎さんは……たぶんバイセクシャルだ。
服装も話し方もゲイじゃない。でも雰囲気が……あの独特の柔らかい物腰は……たぶんバイだ。
直江が世の中の男の5人に1人はゲイの素質を持ってるって言ってたもんな。開崎さんがそうだとしてもおかしくない。

「直江のことばっかり話題に出すし、出てる雑誌も保存してるって言ってたし、さっきの『いるような、いないような』好きな人って、直江のことなんじゃ……」

じゃあオレのライバル?!
直江を狙ってるってこと?!
開崎さんは大人っぽくて男らしい外見してるけど、よく見れば「美人」だ。メガネが似合うキレイな顔してる。
そんでオレと同じ黒髪だ。
直江がよく言う「高耶さんは美人ですね」とか「高耶さんの黒髪は素敵だ」とか、そういう言葉が直江の好みのタイプを言い表してるんだとしたら……?

「まさか!ないし!ありえないし!直江はオレのものだし!本人もそう言ってたし!」
「何を叫んでるんですか」
「うわあ!!」

ちょっと混乱してたところで声をかけられたもんだからビビッた。ビクーッ!!ってなった。

「ただいまって言っても出てこないから何をしてるかと思ったら、大きな独り言ですね」
「お、お、おかえり」
「ただいま」
「えっと、まだ帰る時間じゃないんじゃないの?」
「早めに終わったんですよ。それで?私は高耶さんのものですが、何か?」

オレが開崎さんの気持ちを直江に伝えてもいいものか?ダメだよな。卑怯だよな。

「な、なんでもないよ。ハハハ」
「……高耶さん?隠し事は良くないですよ」
「隠してないから!」
「隠してますね。何を隠してるんです。言いなさい」

直江の目が怖い。
開崎さんのプライドを守ってあげるべきか、それともオレの不安解決を優先させるべきか……。

「言わないととんでもなく恥ずかしいエッチさせますよ……?」
「うう……それは……すっごいイヤだ……」
「じゃあ言いなさい」

ダメだ!!やっぱ開崎さんの秘密をバラしたらいけない!!人として!!

「言わない!」
「じゃあ恥ずかしいエッチですね」
「おう、オレも男だ!!好き勝手しやがれってんだ!!」

マジで好き勝手されるとは……。
直江のエロ大王め。

でも結局、とんでもなく恥ずかしいエッチでフニャフニャになったオレから真相を聞きだしたエロ大王。
最初はそんなはずないでしょう、って笑ってたけど、詳しく話すごとに徐々に本気の顔になった。

「それは……困りましたね……」
「嬉しくないのか?」
「私は高耶さん以外は受け付けません」

わかってたことだけど嬉しかった。
エッチは恥ずかしかったけど、それでも直江はいつも優しくて、無茶はしない。恥ずかしさなんてどうでも
よくなって、直江に甘えながら眠った。

 

 

その3へ

   
   
直江が狙われている・・・!
   
         
   
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