同じ世界で一緒に歩こう それから


理想の彼氏


 
   

 


今日はフォーマルデザイン室のミーティングがあって、室長からすごい話を聞いてしまった。
モトハルブランドはいつも、というか、毎日のようにドラマに衣装を貸している。それに映画でもクレジットされるぐらい使われてる。

で、ここからが本題だ。
アイドルが出演するCMの衣装を、このフォーマルデザイン室でやることになった。
でもウチのフォーマル部門は実質的にまだ立ち上がってない部門で、服を作る段階にも入ってないのに何で?

「なんでウチのデザイン室で作ることになったかというと、社長がフォーマルドレスをモトハルでも作れるんだぞって宣伝するためです。それで来年度の立ち上げを盛大にやりたいそうです」

フォーマルデザイン室の室長をやってるのはそろそろ40歳かなってぐらいの感じの真田さんて女の人だ。
真田さんは前年度まではレディース服のデザイン室にいた人で、可愛い系の服をデザインしてた人。そこを見込まれてフォーマル部門に抜擢されたベテランだ。

「それでぇ……まだ立ち上げができてないうちにそんな仕事は無理だと思いますって社長に意見はしたんだけど、『大丈夫大丈夫、ははははは』って言われて強行することになりました……」

真田さんも苦労が耐えないな〜。社長はいつも真田さんを頼ってばかりに見える。

「でも私としては縫製工場との契約の仕事だとか、フォーマルに関しての勉強をみんなと一緒にやっていく予定だったので、この仕事がこのデザイン室全体にどんな影響を与えるか想像がつきません」

だよな。オレだって毎日毎日デザイン画を描いてるけど、商品化になるメドだってついてない。

「と、いうわけで、広告代理店のプレゼンに全員で行きます」
「ええー!!」
「全員で?!」

全員というとデザイナー7人だ。オレや室長も含めて。フォーマルのパタンナーは現在プレタで修行中だ。

「そう、全員で。それでプレゼンを見てもらったら自分なりのデザインを提出してもらいます。CM用のドレスなんて衣装会社じゃないんだから普通はうちのような会社ではやらないんだけどね……社長がね……」

なんかのツテで強引に取ってきた仕事らしい。

「なんのCMなんですか?」
「日本の酒造メーカーで新しく出す爽やかなロゼワインだそうよ」
「ふーん……」

そんなわけでそのプレゼンを見にいくことになった。これからさっそく。

 

 

「ただいま〜、直江〜」
「おかえりなさい」
「メシは?」
「どうにか作れました」

今日は直江が仕事早く終わるから、カレーを作っておけとメールしておいた。
カレーの作り方ぐらいはもう大丈夫になったかな。

「あ、チューしなきゃ」
「お願いします」

恒例のチューをしてからリビングに行くとカレーのいい匂いがした。

「うわ〜、匂い嗅いだら腹減ってきた〜」
「着替えてきてください」
「うん。あ、直江、ご飯は炊いてあるよな?」
「………………」

もしかして……ご飯なくてどーすんだ!

「たっ、高耶さんは先にお風呂に入ってみたらどうでしょう?風呂上りに食べる夕飯は格別でしょうし!」
「炊いてないんだな?」
「洗ってスイッチを忘れただけで……」
「もう、いいよ。先に風呂入ってくる」
「すみませんでした……」

寝室で服を着替えて部屋着になった。Tシャツとユニクロの綿ズボン。部屋着だからこんなもんだ。
でも直江はこの綿ズボンを穿いてるオレのケツがたまらないって言う。微妙に丸いケツらしい。

「たまには一緒に入るか?」
「……悩みますね……」
「エッチなしで暗くして入るんなら大丈夫だろ?」
「そうしますか」

米を研いでからスイッチ入れて風呂場にゴーだ。出てきた時にはホカホカご飯にカレーでまったりご飯だ〜。

 

 

 

 

とりあえず直江は本当にエッチなことしてこなかった。オレは別にいいのに、アレでかくして我慢しちゃってんの。
あとでしっかりエッチやるから風呂では我慢するって、いったいなんの我慢大会?

「カレー!ご飯!…………これ何?」
「ほうれん草の……おひたしのつもりが……茹ですぎてしまい……」

ぐちゃっとしたものが皿に乗せてあって、その上にカツオブシがハラハラと振り掛けられ……

「ま。食えないわけじゃなさそうだし食うか。でもまずかったら直江が完食するんだぞ」
「はい……」

んで、食べながらデザイン室の話をした。直江がオレの仕事の機密なんかを知ってるのはオレが喋っちゃうからだ。
でも絶対に口外しないって約束してあるから大丈夫。口外したら別れるぞって脅しといた。

「へえ、なんのCMなんですか?」
「ロゼワインだって。爽やかな味らしい」
「ああ、それですか」
「知ってんの?」
「私も出ますから」

へ???
今なんて???

「何か言ったか?」
「私も出ます、と言いました」

空耳じゃなかったのか!直江が?!出演?!

「相手はアイドル女優さんですよね。長秀も出ますよ。女優を真ん中にしてドレスが生かされる座り方をして、私と長秀でウェイターをやります。CG一切ないという監督が作るCMだそうですから、たぶんCGよりも幻想的か、またはハッキリした芝居でやるか、どっちかでしょう」
「そんなもんなの?」
「監督さんによりますよ」

そうなんだ?長秀も出るし、直江も出るし、アイドル女優からしたら緊張するんじゃないかな〜。
そのアイドル女優のドレスをフォーマル部門の誰かが作らないといけないのか。ショーじゃなくてCMか〜ぁ。
オレの夢と希望はまだまだ先だな。

 

 

 

「ミーティングするよ〜!集まって〜!」
「はい!」

真田さんの号令でオレたちが立ち上がる。真田さんの手には何枚かのデザイン用紙。もしかしてこれって。

「女優さんはやっと二十歳になったばかりの女の子で、設定はお酒がちょっと苦手。でもこれなら飲めるロゼワインてこの前のプレゼンで聞いたわね。そのロゼワインをウェイターが持ってくる。こんな感じなのはOK?」
「はい!」
「それで、あなたたちが描いたデザインを先方さんに見せたところ」
「え、もう見せたんですか?だって室長、最近でかけてないじゃないですか」
「社長が持って行ったに決まってるでしょ」

あり得る。あの社長ならあり得る。世間には知らされてないが、この会社の人間ならあのアクティブさを知らない者はない。

「で、仰木くんに白羽の矢が刺さりました〜!おめでとう!」
「え!オレ?!」
「そうよ〜」

誰も声に出さないけど、明らかに自分じゃなくて良かった、と思ってんだろうな。
だってこれから毎日のようにドレスについてお酒の会社と話し合ったり、広告代理店の人ともお金のことで交渉したりもするわけで。
普通のデザイナーと違ってオレは営業も企画も関わらないといけないってことだろ?その他にもデザイン室で細々とデザイン作ったりすんだぜ?仕事量がすごそうだ……

「白羽の矢かあ」
「仰木、その白羽の矢の意味、知ってた?」
「んー。知らないけど」
「白羽の矢があたった家は娘さんを人身御供にする家って意味らしいぞ。マジ白羽だな」

そうか……白羽の矢の人ってのは、要するにイケニエってわけか。

「明日から色々回ってもらうから頑張って♪」

室長に渡されたのは分厚いファイルに入った資料と、その他諸々を渡された。
スケジュールは、まず明日は代理店の人に会って絵コンテを見る。このファイルに入ってるから明日は確認て感じか。
それから酒造会社に代理店の人と行って、自己紹介をして、企画の人のイメージを教えてもらって……

あ〜!めんどくせえ!!
なるようになれってんだ!

 

 

そんでオレは毎日慣れない仕事をたった一人でして、ドレスのだいたいのイメージが掴めてきた。オレ努力家。
その代わり体力の擦り減り方もハンパないし、睡眠不足で頭もヤバくなりかけてる。
ついでにそんなオレを心配してる彼氏は言葉には出さないけど欲求不満になってるらしい。

「じゃあ仰木さん、しばらくここでお待ちください」
「はあ」

代理店の応接室にはオレと、お茶と、数枚のデザイン画。小さな会議室みたいなところでボーッとしたり、デザイン画に訂正を加えたりしてた。
そしたらドアをノックする音がして、ちょっと居住まいを正して待った。
ドアから男男男女って順で入ってきた。男男は代理店と酒造メーカーの企画人だ。もう一人の男はマネージャー。女はアイ
ドル女優だ。

「よろしくおねがいしまぁす」

ううう、超かわいい!!テレビで見るより断然細くて小さい顔!!こんなに可愛いんじゃ学校じゃ1番可愛かったんだろうな〜!!
アイドル女優っていまいち理解できなかったけど、これこそアイドル女優だよ!!

「彼女が今回の主役でドレスを着る武田ユイコちゃん。で、彼がユイコちゃんのドレスを作るデザイナーさんだよ」
「わ〜、若いんですね〜」
「実力はお墨付きだからね、若いけどいい作品を作るらしいよ」
「そうなんですか?嬉しいかも〜」

たまらん。すげー可愛い。美弥と比べちゃいけないけど、美弥の数倍は可愛いぞ。

「仰木くん、デザイン画をユイコちゃんに見せてくれないかな」
「あ、はい」

こんな感じ、って描いたから、全部で4枚デザイン画がある。ユイコちゃんは全部をじっくり見て言った。

「ユイコのイメージカラーはピンクだったんだけど、20歳になったらちょっと違うぞ、ってゆうのを出したいの。だからこの薄い水色のか、白に赤いポイントのやつかどっちかがいいな〜」

水色のドレスはソフトオーガンジーとソフトチュールを重ねて作ったやつ。首から右肩、お腹にかけてチュールとオーガンジーで出来たフワフワの花みたいなイメージで包んである。スカートは真ん中にスリットを入れて、裾には全部花っぽいギャザーにしたフワフワってゆうかモコモコの飾りが。飾りに重量があるように見せるため、スカートは真下に落ちる細身のデザインになってる。袖はなくして少しセクシーな感じに。
これはたぶん少し大人向け。ロゼの色に合う明るめの水色を使う。

もうひとつの白に赤ポイントのやつは、基本的には水色のと同じ形なんだけど、袖がパフスリーブになってて首から肩までの飾りがなくて、普通の丸首。スカートの方はペチコートでふわっとさせて膝下まで。大きな飾りがない代わりに、首や袖には細い赤リボンで巾着みたいに絞れるような形になってて、少し幼いイメージではあるけどロゼを引き立てるにはちょうどいい白だ。

そこで代理店の人がメーカーさんにどっちがお酒のイメージに合うかを聞いた。

「ロゼだから本当はピンクがいいんだけどね……下手したらお酒の色を引き立たせないドレスになる可能性があるよね?」
「ええ、まあ」

ユイコちゃんが選んだドレスのどっちかに決まるのかな?

「仰木くん」
「あ、はい」
「水色のドレスなんだが、多少お金がかかってもいいから白に近い水色にすることはできるかな?重なったらやっと水色に
見えるぐらいの水色」

それって、生地から作るってやつだよな……。学生んときに先輩がどうしても使いたいチェックがあったからって生地工場に行って一反だけ作らせてたよな……。

「ええと、時間があれば出来ると思います。でも予算がどの程度使えるかによります」
「いいよ、多少かかっても」
「わかりました」

その場で水色のドレスのデザイン画を消しゴムと色鉛筆を使って白っぽい水色に直した。
ユイコちゃんが興味津々な顔をして覗き込んできて、なんか……ヤバい。緊張する。

「こんな感じですか?」
「うん、そうだね。こんな感じ」
「重なった時に水色になる色だとしたら、モコモコの花のところにちょっぴりピンクのチュール入れるとロゼワインのイメージに近くなりそうですけど……どうでしょうか?」

思い切って自分なりのアイデアを伝えてみると、全員から褒められた。それで行こう!と。
ちゃんと自分の意見が言えたのが功を奏したみたいだ。ドキドキしたけど好評で良かった。
ピンク色を薄めにデザイン画に加えると全員納得したみたいに晴れやかな顔。特にユイコちゃんが。

「すごいね。頭の中にちゃんとイメージがあるんだ〜?」
「あ、はい、まあ、たまに……」

ユイコちゃんは大きな眼をオレに向けてしっかりと覗き込んできた。
女優ってのは目ヂカラがあるなあ。そうじゃないとなれない職業だとは思うけど、それにしてもすごい。

それから採寸をするんでオレがユイコちゃんのサイズを測った。女の子のサイズを測るのは学校でもやってたけど、有名な女優さんの採寸なんて……手が震える。

「仰木さんはなんでデザイナーになったんですか?」
「ええと、妹がいて、ヤツが着る服を作りたいって思って」
「へー、妹さん思いのお兄ちゃんなんですね」
「うちは母親がいなかったんで……母代わりというか……」

採寸の間にユイコちゃんと話した。年齢が近いだけに代理店の人や酒造会社の人よりもオレの方が話しやすいんだろうな。
なんか、笑う時のクセとか、驚いた時の感じが美弥に似てるような気がしてきた。

「じゃあこれで終わりです。採寸そのまま作りますから、太ったり痩せたりしないでくださいね」
「あ、うん」

緊張したけど採寸は完璧だと思う。でもなぜかユイコちゃんの目が不安そうなんだけど。

「どうかしましたか?」
「ううん。太るなとは言われるけど、痩せるなって言われたことないからちょっと驚いただけ」
「そっか」

二人でハハハと笑ったら、少し打ち解けてきた。話し方も普通に友達っぽくなった。

「他にはまだやることある?」
「特にないけど、仮縫いって過程もあるし撮影日までけっこう時間かかるよ。体型には気をつけてな」
「うん」

オレたちが採寸してる間にマネージャーさんたちは企画についての資金の話をしてた。
まったくこっちには関係のない話みたいで、採寸が終わったって言ったらもうちょっと待ってて、だって。
特にやることがなくなったオレとユイコちゃんで共演する千秋と直江の話をした。

「仰木さんはタチバナさんて当然知ってますよね。モトハルのモデルをよくやってるし」
「うん」
「なんかね、今回のCMって長秀さんとタチバナさんの出演が先に決定してて、ユイコは後から決まったんだって」

へえ〜、そうなんだ。千秋と直江が先に決まってたのか。じゃあどっちが主役かわかんないな。

「モトハルさんの交友関係で酒造メーカーさんと話をつけて、それからモトハルの服を全面協力で出すからタチバナさんをまず使おうってことになって」

直江がモトハルのモデルやってるから?じゃあこれ出来レースみたいなものだとか?
まあ出来レースでもオレのデザインを選んだのはメーカーさんだからコネとかは関係ないか。

「長秀さんとタチバナさんてどんな人かな〜。怖いかな〜」
「怖くないよ。でも長秀の方が仕事に関しては少し厳しいらしい」
「仰木さんの知り合い?」
「う、うん」

つい出ちゃった。でも別にデザイナーとモデルなんだから交流あってもおかしくないか……な?

「だから仰木さんがデザイナーなの?」
「ううん。オレはたまたま」

って、もしかしてこのCMの仕事ってオレと直江で一緒にやる初めての仕事だよな?!
いつか一緒に、って言ってたのにもう?!
なんか急に緊張してきた!!ミスなんかしたら直江に嫌われちゃうかもしれない!!

「どうしたの?」
「いやその。タチバナさんたちと会ったりするかもって思ったら緊張して」
「知り合いでしょ?」
「だから怖いんだよ。もしオレがミスったら呆れられちゃうかもって思ってさあ」
「大丈夫!そういうの庇うのユイコ上手だから!」
「そん時は頼むよ……」

ちょっと色々妄想してたらユイコちゃんが携帯電話を出してきた。番号とアドレス交換しようって。
いいよって普通に答えて交換してからメーカーさんに呼ばれて挨拶だけして解散になった。
帰ったら直江に色々話さないと嫌われる予感する。

 

その2へ

   
   
ワタクシも途中まで書いて仕事で一緒だと気が付きました
   
         
   
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