6月某日、直江がこんなことを言い出した。
「高耶さんの誕生日のプレゼント、海外旅行なんてどうですか?」
超行きたい!そのプレゼント超欲しい!
でもオレは新入社員のデザイナーで、誕生日に長期休暇なんて取れるわけがなく。
「無理だと思う……」
「大丈夫ですよ。だって高耶さんには誕生日休暇と夏季休暇があるじゃないですか」
「なんでそんなこと知ってんの?」
「モトハルに聞きました」
モトハルってゆーのはオレの働いてるアパレルメーカーの社長で、モデルの直江とは旧知の仲。ついでにオレと直江が恋人同士で同居中ってことも知ってる数少ない理解者だ。
でも仕事とプライベートは切り離して考えようってことになってるから、社長がそんなことを直江に教えるわけ……あるんだよな……。
社長は器がでかい上に、オレと直江をしっかりくっつけておいて、自分の会社に貢献させる算段があるんだ。
だからたまに「直江と仲良くやってるか」とか聞いてきたりする。そんな社長だ。
「で、社長はなんてゆってた?」
「新婚旅行のつもりで行けばいいのに、と言ってました」
たぶんこれも本当に言ったんだろうな……。簡単に想像できたよ。
でも社長がいくらそんなこと言っても所詮は「直江の友達」として言ってるだけだからな〜。
「新人のオレが先輩を差し置いて夏季休暇と誕生日休暇を取れるかどうかはわかんねーぞ?」
「その時は諦めますが……」
オレの会社では7月、8月、9月の3ヶ月以内に5日間の夏季休暇を取れるようになってる。
誕生日休暇をくっつければ6日間の休みだ。
土日を入れたら10日間も休むことになる。いいわけないじゃん。
ダメモトで室長に休暇の申請をしてみたらアッサリOKをもらえた。7月より8月の方が忙しくなるから全然いいわよ、って言われた。
ついでに室長は9月に15連休するつもりらしい。
さっそく直江にメールをして、直江が考えてる旅行プランに合わせてくれって頼んだら、今日じゅうに決めるから帰ってから話しましょう、ってことだった。
あー楽しみだな〜!!
残業なんかしてられなくて急いで帰って夕飯を作って直江を待った。
どこに行くのかも何泊かも聞いてないからさらにワクワクしてきた。フランスかイギリスかイタリアか。
もしかしたらバリ島やタヒチみたいなリゾートで二人きりとか?!
うわー!それメチャクチャ楽しいじゃーん!!
「ただいま」
「おかえりー!!」
走って玄関まで迎えに行って、チューして抱きついた。
「もう決まった?」
「ええ、決まりましたよ」
「うー、楽しみ!どこ行くことにした?!」
「とりあえず着替えて夕飯食べながら話しましょう」
「うん!!」
直江が着替えてる間にご飯をよそったり、味噌汁をあっためたりして待った。
そんで直江がどこに旅行するか話してくれたんだけど。
「7月22日出発で、28日に帰国です」
「うん、そんでどこに?」
「アイスランドです」
「へ〜、なんで?行きたかったのか?」
「……実は22日から25日までは仕事で……」
ん?22日から25日は仕事?って、どうゆうこと?
「23日の昼間にショーがあって、24日、25日は撮影と取材です」
「それって……もしかしなくても……仕事で海外行くからオレを連れて行くか、ってことなんじゃ……」
「その通りです……」
「オレはついでか?!仕事のついでに連れて行くってことか?!」
「違います!!仕事がついでなんです!!高耶さんの誕生日は休みにしろって1年前から言ってあったのに、綾子が間違えてスケジュール入れてしまって!!」
目を吊り上げて怒ってるオレの様子を伺いながら直江の言ったこととは。
海外の仕事とオレの誕生日が重なってることに驚いた直江は、仕事をキャンセルしろってねーさんに言ったのにもう契約しちゃったからダメ、って言われたそうだ。モデル事務所としての信頼があるからって。
その代わりに「高耶くんが休み取れるなら連れてっていい。事務所で全部手配するから」って言われたらしい。
それでオレより先にモトハル社長に夏季休暇のことや誕生日休暇のことを聞き出してたのか!
「すみません……」
「……もういいよ。オレが最優先だってことならいい」
「もちろん最優先です!」
26日から29日は休みだから観光しましょうってことだった。
なんとなくアレだけど、誕生日プレゼントってことで喜んでおくか。
んで出発日、成田空港のJALの乗り場前にて。
「なんでまた私だけエコノミーなのよ……」
仕事で行くわけだからねーさんが付き添いで一緒だ。でも席はエコノミーらしい。
「飛行機代が出るのが俺だけなんだ。仕方ないだろう」
「高耶くんのは?」
「高耶さんをエコノミーに乗せるわけにはいかないだろう。俺の自腹だ」
直江の自腹でオレはファーストクラスに……。ファーストってビジネスクラスよりスゴイ値段だよな……。
いいのかな……?
「じゃあコペンハーゲンで会おう」
直江は冷たくねーさんに言ってオレの手を取ってファーストへ。
すげえ!やっぱビジネスクラスよりすげえ!席が個室みたいになってる!シートがベッドみたいになる!!
超いいんだけど〜!!
「個室型だったのか……じゃあビジネスの方が良かったな……」
「え?!なんで?!」
「高耶さんとずっと手を繋いでいたかったからです」
「………………今度な。今度」
直江の「高耶さん病」はいまだに罹患中らしい。
そんでこんなものが飛行機で食えるのかってぐらい豪華な食事やら、高価なワインやらが出た。さすがファースト。
これだけでも誕生日プレゼントとしてはお腹いっぱいだよ。
寝たり映画見たりしてるうちに乗り換え空港のコペンハーゲンに。
出口でねーさんと合流して、乗り換えの飛行機の時間まで空港内のカフェで過ごすことになった。
成田空港や機内では気付かなかったけど、ヨーロッパ人はでかい。直江より10センチ以上でかい人がけっこういる。
「直江ってモデルでも小さい方ってゆうの、本当なんだな」
「たった186センチですから。欧米人のモデルと比べたらやっぱり差は出ますよ」
でもそんな中でも直江はしっかりモデルの仕事をして、人気もそれなりにとってて、10センチ以上背の高いモデルよりもかっこよく服を着ることができて、国内国外どっちからもいろんな会社からオファーが来る。
モデルになるために生まれてきたようなもんだ、って千秋が言ってたけど、その通りだ。
直江ってプロとしてかっこいいんだよな〜。
「ホテルはみんな一緒?」
「ええ、私たちが行くのはケフラビークというところです。会場そばのホテルに泊まります」
今回の会場は屋外の温泉施設『ブルーラグーン』だ。ホームページで見たけど本当に温泉なのかって思うぐらいキレイなところだ。有名で洒落てる温泉らしく、野外ライブイベントなんかもたまにあるらしい。
皮膚病の湯治にも使われてる施設なんだそうだ。水着着用で何時間も浸かれるのがいいと評判。
「直江の撮影もケフラビーク近辺で撮るから最低3泊かしら。あとは二人で新婚旅行なんでしょ?」
誕生日旅行なんだけど……。どうしてみんな新婚旅行って言うんだろう?
しかも直江は否定すらしないで受け流して……直江も新婚旅行だと思ってんのか?
そろそろ乗り換え機の搭乗時間になるから並びに行った。アイスランド航空の飛行機はなんだか小さい。
でも今回は3人ともビジネスクラスで座れて、ねーさんの「広い〜」ってゆう感激の言葉を聞きつつケフラビーク空港についた。
「じゃあホテルに行きましょうか」
「はーい」
引率のねーさんに連れられて外に出ると、日本人の案内係さんらしき人が「タチバナ様」と書いた紙を持って待ってた。
「タチバナさんとマネージャーさんたちですね」
「はい」
「今回雇われ運転手としてつきますので、わからないことがあれば言ってください。名前はユカ・グラーデュルドティルです」
アイスランド人と結婚したユカさんは日本人サポートという形で仕事をしているらしい。ちなみに姓は『グラーデュル』さんの『娘』という意味だそうだ。だから旦那様は『○○・グラーデュルソン』なんだって。
アイスランドではほとんどの人が『誰々の息子』または『誰々の娘』ってゆう姓がつくそうだ。
そんな話はいいとして、空港から20分ぐらい、ユカさんの運転で泊まるホテルに着いたんだけど……民宿というかコテージというか。
直江には似合わない家庭的なホテルだ。ここが一番近いからなんだろうけど。
フロントってゆうよりも受付みたいなカウンターでチェックインして壁にかかってた時計を見た。
「夜の11時?」
「ええ。現地時間で夜11時ですね」
「なんで明るいんだ?」
外はもうすぐ日が沈むよ〜、みたいな、子供たちが帰りそうな空だ。
でも夜11時?
「白夜ですよ」
「白夜……?」
「ええ。北極に近い地域は日が沈まない時期があるんです。それが白夜。夜なのに明るいんですよ」
「へ〜」
「その代わり、冬は日光が3時間から4時間ぐらいしか出ない、それを極夜と呼びます」
「ふーん」
「だからショーをやったり、撮影したりは夏が向いてるんでしょうね」
そうなんだ。夏なんだよな。でもこの肌寒さってやっぱり北極に近いところにいるからなのか。
長袖じゃないと出歩けないほどだ。
「オーロラは見れないの?」
「冬しか見えませんよ。今度は冬に来ましょうか」
「おう!」
直江とオレとユカさんに、ねーさんが明日のスケジュール確認をして今日はもう自由時間。
つってももう11時だけど。
ユカさんはレイキャビクに住んでるからそっちに帰るらしい。1時間もかからないで来られるから泊まらないって。
オレと直江は同じ部屋。ツインルームだった。ねーさんはシングルルームで別棟に行った。
「とりあえず夜だから寝ますか?」
「そーだな。直江は明日仕事だし。……てことは、
ショーが終わってから撮影の時間までしか誕生日できないのか……」
直江の言うことにゃ、その時間にレストランで夕飯の約束をしてる。夜10時には撮影のためにまた温泉行くらしい。
なんの撮影か聞いたら日本のファッション雑誌が作るムック本みたいな旅行特集だって。北欧をメインにして出す本だそうだ。
「じゃあノルウェイとかスウェーデンとかは他のモデルさんが行くの?」
「みたいですね。家具や小物が好きな女性モデルさんがスウェーデンだったと思います。ノルウェイはノルウェイを舞台に小説を書いた作家さんが行くそうです」
「なんで直江はアイスランド?」
「好きな国を聞かれたので。高耶さんと白夜を見られたらいいな、ってずっと思ってたんですよ」
こいつバカだ。バカだけど最高のバカだ。嬉しい。
「仕事とオレとゴチャマゼにすんな!」
「してませんよ。あなたがやっぱり最優先ですから」
「バカ!そうゆうとこがバカで大好きだ!」
白夜か。なんだかずっと明るいなんて贅沢な誕生日だよな。
翌日のショーはやっぱり直江はちょっと小さかったけど、一番かっこよかった。オレの目にフィルターがかかってるせいかもしれないが。
そのショーが終わってから温泉施設にあるレセプション会場でパーティーだ。一般のお客さんは入れない、モデルやお偉いさんや報道関係の人だけの。
「ヨシアキ!」
パーティー会場で直江とねーさんと3人で挨拶回りをしてると背後でそんな声が。
「ピエール!」
直江も振り向いてピエールさんにご挨拶。オレも一応ご挨拶。ピエールさんは雑誌の記者だそうだ。
直江はまたオレをモナムーって紹介してたから、ピエールさんはフランス人だろうな。
しばらく二人で話してて、なんか直江が困ったような顔をしてノンて言ってたから何かを断ったんだろう。
そしたら残念そうにピエールさんは去って行った。
「なんて?」
「パーティーが終わったら3人で夕飯しないかって」
「断ったんだろ?」
「ええ、高耶さんの誕生日ディナーが待ってますから。あと高耶さん。ピエールには近づかないでくださいね」
「なんで?」
「食事が終わったら部屋で3Pしないかって言われたもので……高耶さんが狙われてることがわかりまして」
「全力で護れ」
「はい」
なんでオレはホモにもてるのか。しかも外国人さんにも大モテだ。永遠の謎だ。
直江が言うには「高耶さんは女性以上の色気と艶かしさがあるから」だって。そんなん持ってないぞ。
直江とオレとねーさん一行はパーティー会場に来てるお客さんやモデルさんに挨拶回りしてパーティー終了。
ピエールのことがあったから、直江は知り合いらしき人にはオレを恋人だって紹介して牽制してて、ちょっと独占欲が見えて面白かった。
迎えに来てたユカさんの車で会場からホテルに戻った直江は大きな溜息をついてベッドに座った。
「お疲れ様」
「ええ、本当に疲れました。隅っこで休んでいたかったですよ」
「直江もねーさんも仕事なんだからブーブー言うな」
「わかってますよ」
直江が腕を広げる。抱きしめさせてくれって合図だ。
溜息ついたりしてるけど本当は楽しかったんだろうな。笑ってるから。
直江の腕に入ってギューってされて、朝からお預けだったチューをした。外国だろうが日本だろうが、オレが一番落ち着く場所が直江の腕の中。
「朝はバタバタして言えませんでしたけど、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとな。色々してくれて」
「……本当は仕事なんかなしで高耶さんと来たかったんですけどね」
「けど直江のカッコイイところが見られるからこれでいいような気がする」
「可愛いことを言いますね」
もっとギュってされて、もっとチューされた。
これだけでも誕生日プレゼントになるぐらい、直江の気持ちが伝わってきた。
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