高耶さんにメールが来た。
嫌な予感がしたので背後から覗いてみたら。
『ユイコの買い物に付き合って欲しいの』
これは……。CMで共演したアイドル女優ではないか。
「デートのお誘いですね。完全に」
「人のプライバシーを……!」
「高耶さんのプライバシーは尊重しますけど、恋敵に対しては遠慮はしませんよ」
「恋敵ってなんだ!オレの友達関係に絡むな!」
これが絡まないでいられるはずがないじゃないか。
どうして買い物に高耶さんを誘うのか、そんなことは知れている。高耶さんのことが好きだからだ。
それ以外にない。もしあったとしたら腕に「高耶命」と刺青をする罰ゲームを受けてもいい。
「で、行くんですか?」
「どうしようかな〜。オレは土日しか休みじゃないからな〜。会社の帰りっつってもほとんど残業してるし」
聞き方を間違えたか。
「聞きなおします。行きたいんですか?」
「……日にちを聞いてからな」
それは日にちが合えば行きたいという意味だろうか。
私としてはそこで「行きたくないよ。直江と過ごすんだから」という極上な返事がくるのを望んでいたのだが。
モヤモヤしながら高耶さんがメールを打っているのを見ていたら、どうやら今週の土曜がお互いに都合がいいらしい。
今週の土曜といえば私も休みで、高耶さんと何をして過ごそうかと毎日考えていたのに。
例えば映画に行ったり買い物をしたり……そうか。
「じゃあ3人で行くのはどうですか?」
「3人て、直江もってこと?」
なんだか私を見る目が嫌いな人を見る目になっているような気がするが、まさかそんなことはないだろう。
もしあったらバルコニーから紐無しバンジーをしてやる。
「ユイコちゃんが嫌がる気がする」
「どうしてですか」
「だって直江は誘われてないじゃん」
「だから高耶さんからタチバナも行っていいか聞いてくださいよ」
今度は珍獣を見るような目をした。なぜだ。
「オレがそんなメールしたらユイコちゃんは『いいよ』としか言えないだろ?親しい間柄だったらねーさんや千秋みたいにダメって言えるけど、ユイコちゃんがキッパリとダメって言うわけないじゃん」
「それを狙ってるんですよ、こっちは」
自分でも計算高くて陰険だとは思うが高耶さんが女性と2人きりで出かけるのは我慢できない。
こんなに高耶さん一筋な私なのだから、たまにはワガママを聞いてもらったって許されるんじゃないか。
「私は高耶さんと付き合い出してから女性からの誘いで出かけたりしてないでしょう?」
「……まあ、そうだけど……」
「だから本来なら高耶さんには断ってくれと言うのが妥当なんですよ。でも断れなんて私は言ってませんよ。3人でなら行くって、この提案は寛大なものじゃないですか」
ツボを突かれたようで言葉に詰まった高耶さん。渋々だが納得してくれたようだ。
「じゃあユイコちゃんに聞いてみる。ダメって言われたら直江は留守番だからな」
「ええ、いいですよ」
たぶんダメとは言わないだろう。そのぐらいは女性の心理に自信がある。
なぜ自信があるかは高耶さんには言えないが。
案の定、ユイコさんは3人でもいいと返してきた。誰が高耶さんと2人きりにさせるものか。
「でも絶対にオレと付き合ってることバラすなよ。それとユイコちゃんに気遣ってやれ。出来ないなら来るな」
「出来ますよ」
「……はぁ……」
どうして溜息をつかれるんだ?
待ち合わせは丸の内のカフェにした。ここなら休日は混雑しないし、ユイコさんの目的の所属事務所の社長への誕生日プレゼントに相応な品があるからだ。
女性を待たせないように早めに出かけてカフェの一席を取った。私などはるかに及ばないほどの有名人なのだから、先に座って待っているのは人目が気になるに違いない。
高耶さんとコーヒーを飲みながら待った。あと少しでこの2人の時間が終わってしまう。ユイコさんが来なければいいと本気で思っていると、私の願いも叶わず来てしまった。
「すみません、お待たせして」
縁なしのメガネをかけていた。変装しているのではなくて本当に近視らしくレンズの奥が歪んでいる。
たぶん休みの日はコンタクトをしないのだろう。でもメガネがあると逆に迫力のある美人になる。
こんな美女が高耶さんを本気で誘ったら……。
有り得ないが。万が一だが。確率0%だと思うが。
高耶さんを奪われてしまうかもしれない……。考えただけでも恐ろしい。
「あの、誕生日プレゼントだけじゃなくて、ユイコの服も欲しいんだけどいいかな?」
「うん。もちろん」
高耶さんに甘えるような口調。
それを当然のように受け止める高耶さん。
……今度高耶さんにやってみようか。いや、たぶん殴られる。
「今度ね、映画の舞台挨拶があるからその時の服。ちょっと映えるのが欲しいから仰木くんに選んでもらえたらと思って」
なるほど。それが高耶さんを口説く口実なのか。デザイナーをやってる好きな男性が選ぶ服、が欲しいわけだ。
そして高耶さんにアピールをするつもりなのだろう。小賢しい。絶対に高耶さんは渡さない。
「じゃあ行きましょうか。丸の内なら年上の男性向けのものが豊富で色々選べますよ」
「はい。タチバナさんが一緒だといろんなお店入りやすくなりそうで良かった」
タチバナさんが?一緒だと?良かった?
どうせ私のルームメイトである高耶さんへ向けて言ったことだろう。そんな言葉で絆されはしない。
高耶さんを見てみるとなんとなく不機嫌な顔をしている。
なぜだ。
私の考えが見透かされてしまったか……?
「高耶さん?」
「なんだ?」
「……いえ別に」
どうしたんだろうか。
丸の内でユイコさんはゼニアのネクタイを買った。私の見立てで。年上の男性に渡すものだから選んでもらえて助かった、だそうだ。
ついでに私の服もゼニアで何点か購入。毎月自由に使えるお金は40万まで。ちょっと買い物をしただけで半分も減ってしまった。高耶さんいわく、値段の低いものを買えばいいそうなのだが、一応職業のことも考えないといけない。人に見られることを意識しないと続かない仕事なのだから。
それからユイコさんはプラダで新作のワンピースを買った。人に見られる職業なのをユイコさんはよく理解しているようで、
21万円のワンピースを少しだけ悩んでから買っていた。
しかしそのワンピースは21万円を出しても惜しくないほどの芸術品で、さらに高耶さんが選んで「すごい似合ってる!」と褒められたから思い切ったように見える。
要は高耶さんが選んだ服がいい、ということだろう。
ものすごい腹が立ったが自分の性分でユイコさんが買ったものを私が持った。
恐縮されたが綾子以外の女性に大きな荷物を持たせるのはタチバナの名が廃る。何度も言うが見られることが仕事なのだ。
それから秋物のコートを買うと言って高耶さんがバーバリーに入った。
当然だが高耶さんのお買い物は私が全額出すつもりだ。しかし高耶さんはそれを拒否する。特に今日はユイコさんもいるから、買ってもらう場面を見られるのはまずいだろ、と強く言われてしまった。
自分のお給料ではちょっとキツイが奮発するらしい。
「それ可愛いね。ユイコも同じの買おうかな」
高耶さんの選んだコートはデザインがまったく同じのものがレディースであるらしい。
もしやこれはお揃いで欲しい、みたいなことか。……女性にこんな言い方をしたくはないが100年早い。
「えーと……」
「色違いならいいよね」
「え、あ、うん」
色違いで買うそうですよ、皆さん。
高耶さんは私と服のお揃いはしてくれませんけどね。どうなんでしょうね。
そして若者2人は色違いでお揃いのコートを買っていた。
お店の人はきっと、今をときめくアイドル女優のユイコさんの彼氏が高耶さんだと思ったに違いない。
絶対そうだ。
ユイコさんがカードで購入している間に高耶さんの会計が終わり、私に近づいて小さな声で言った。
「顔、怖いよ」
「これで笑ってろって言うんですか?」
「我慢しろ」
会計が終わったユイコさんからまた荷物を預かり店を出た。
高耶さんにユイコさんの荷物を持たせるわけにはいかない。それでは本当に高耶さんが「彼氏」に見られてしまう。
冗談じゃない。
高耶さんに持たせるぐらいなら一人で全部持つ。
「直江、腹減った」
「あ、そうですね。どこかで夕飯にしましょう」
「ユイコちゃんも一緒に行こうな」
「うん」
男だったら誰もがうっとりするような笑顔を高耶さんに向ける。
どうかお願いですから高耶さんだけはうっとりしないでください……。
夕飯は以前高耶さんと行った中華料理店にした。値段は高いが個室に通してもらえるからだ。
これ以上、高耶さんとユイコさんがカップルで、私が邪魔者だと思われたくないからちょうどいい。
高耶さんはいつものことながら、ユイコさんもよく食べた。太らないタイプなのだろう。華奢な腕がまた愛らしい。
ユイコさんに特別に優しくしているように見えるのは私だけだろうか。
夕飯が済んでからタクシー乗り場へ行き、ユイコさんを乗せてから次のタクシーで私たちも帰った。
マンションに着いてから高耶さんはコートを出して嬉しそうにしていた。
「これ欲しかったんだ〜」
「……似合いますよ」
ドラマや映画で活躍している女優とお揃いのコートか……。
「ちょっと疲れたので先に風呂に入ります」
「うん。直江の服も出してクローゼットに入れておく。あと着替えも持って行くからそのまんま風呂行っていいよ」
「お願いします」
高耶さんが少しでも優しくする相手に嫉妬してしまう自分が嫌いだ。
今日はもう早めに寝てしまって、明日にはすっきりと忘れてしまおう。
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