同じ世界で一緒に歩こう それから


青空


 
   

 


タチバナの所属事務所にIT企業からのメールが来た。受取人は綾子。所長の秘書兼、広報だ。
内容は一度鮎川と綾子に話をしたいので事務所に行ってもいいか、というアポイントで、実際に話をして検討することになり、直江が事務所に呼び出され鮎川から説明があった。

「ブログやって欲しいんだと。芸能人や有名人のブログを扱ってる会社なんだが、そこにここのモデルたち数人のブログを立ち上げませんか?って話だ」

ブログを書くことでギャラは発生しないがいい宣伝になる。IT企業はスポンサーがついて収益になる。
どちらにとっても宣伝効果はあるし、リスクがない。

「今はどこもやってるからな。ブログからファンが増えたり、企画内容が浮かんできたりするもんなぁ」

鮎川はこういった広報活動をするのが好きだ。モデルに付加価値をあたえて仕事を取るのも必要なことだから、と。

「長秀は絶対やらせよう。あいつ今が大事な時だから。あとは寧波と……直江、だな」
「俺もか?!」
「IT会社の方でブログデザインをやってくれるそうだから、直江たちはパソコンなり携帯なりから日記を書いてアップする方法だ。簡単だろ?」
「簡単なのはわかるが……内容はどうするんだ?」
「テキトーに面白い話を書けばいいんじゃないか?」

鮎川は仕事のデキる男なのだが、性格がイケイケで先々のことや細かいところは考えられない。それを綾子がフォローすることで成り立っている。
しかし直江は、テキトーに、と言われても困るだけだ。

「ま、気楽にな」

そんなわけで直江はブログを書くことになった。

 

 

マンションに帰ってからその話を高耶にすると。

「直江、小指出して」
「はい」

直江の小指に高耶は小指を絡ませた。

「恋人のことは書いてもいい。でもそれがオレだとわかるようなことは書くな。指きりげんまんだ。嘘ついたら
針1万本飲ませるぞ」
「……了解です……」

直江たちのブログが出来るのはあと1週間ぐらいかかる。
モデル事務所のサイトから、長秀、寧波、タチバナ、この3人のブログが見られるようにリンクされる。

「どんなのが出来るかな〜」
「あまり期待はしないでください」
「なんで?」
「何を書いていいのかわらないですから。そんなブログ嬉しくないでしょう?」
「そうだけど……」

千秋と寧波のブログは若いぶん楽しい話題も多いが、直江の楽しい話題と言えば高耶の話しかない。
これでは短期間で閉鎖になってもおかしくない。

 

 

そして完成したモデル3人のブログ。
千秋のブログタイトルは『俺が天下取るまであと少し!』で、自分で考えて即決した。いつも前向きで千秋らしいが、天下取るなんて恥ずかしげもなくよく言えたものだと直江は思う。

寧波は女性らしく、美容と健康、スタイル、ファッションを中心に書くそうなので『寧波のビューティー計画書』というタイトルになった。デザインも女性向けの温かなイメージのサイトデザインだった。
そして直江は。

「なにこれ。『カフェタチバナ』?」
「……全然考えてなかったらこんなネーミングを勝手に作られました……」
「いいんじゃないの?あんまり構えた感じしないし、直江が客でもありマスターでもあり、みたいな感じだよな」
「高耶さんがそういってくれるのなら安心ですけど……」

タチバナが普段どんなことをしているのかを読みたいファンのためのブログという設定で、コメント欄はあるにはあるが、ここはファンのみの一方通行で返事を出したりはしなくていい。

リビングにノートPCを持ち出して二人でブログを見てみると、千秋も寧波もすでに何かを書いている。
千秋は今日の撮影場所の景色がいいとかでその写真を載せて軽い口調で書いてあった。
寧波はちょっと前に始めたピラティスがどれぐらい気持ちよかったかを書いている。

「直江も書けよ」
「何を?」
「今日の出来事」
「……撮影して家に帰ったら高耶さんがお迎えしてくれてチューもギューもしてくれて、美味しい夕飯を食べました」
「……えーとだな、家に帰ったらじゃなくて、仕事中にこんな楽しいことがあったよ、とか、明日は雑誌の発売日だから買ってくださいね、とか、そーゆーことを書くんだ」

仕事中の面白いこと?特になかった場合は?仕事は好きだが楽しいことはほとんどない。
直江の楽しみと言えば毎日家に帰って高耶の顔を見るのが一番の楽しみだ。

「覚えてません……」
「う〜」
「これじゃダメですね」

ちょっと考える素振りをしてから高耶が言いにくそうに切り出した。

「あのさあ……自分で言うのもなんなんだけど、オレ宛にブログ書いてみたらどうかな」
「高耶さん宛てに?」
「2、3行とかでいいんだ。ほら、おまえって仕事の休憩時間になるとオレにメール送ってくるだろ?毎日毎日飽きもせず。それをちょっとアレンジしてブログに書くんだよ。ファンが恋人って感じで」
「はあ……」
「ファンは絶対見るだろうし、これで直江を好きになる人もいるだろうし、逆にキモいけど面白いって感じでイマイチ良くない意味で注目されるかもしれないけど、全然ブログ書かないよりもいいんじゃん?」

イマイチ良くない意味で、というところが気になったがそのアイデアはありかもしれない。

「でも高耶さん宛てのメールを人に晒すのはちょっと……」
「だからアレンジしろって言ってんだろ」

高耶は携帯電話を出してメールを直江に見せた。内容は『今日は寒いのに春物の撮影です。慣れてはいますがやっぱり寒いです。早く帰って高耶さんに心も体も温めてもらわないといけませんね』とあった。

「これをだな、『高耶さん』のところを『あなた』にするんだ。ブログを見た人が自分宛てに思えるように」
「なるほど」
「そーするとファンの人はタチバナからメールもらったようで嬉しいし、大笑いされるかもしれないけど面白いから読んでみようって人もいるだろうし。別にテレビに出るような芸能人じゃないんだから、ちょっとバカにされるようなブログでもいいんだろ?」
「まあそうですけど……」

バカにされるのはどうかと思うが、世の中には人数分の感性があるわけだから何を書いてもバカにされることもあるだろう。
ちょっと引っかかるがそう思っておくことにした。

「携帯からも書けるんだから写真も一緒に入れたらいいよ。たぶんファンの人は写真がある方が嬉しいはず」
「どうしてですか?」
「同じ景色や物を見たいなーって思うから」
「高耶さんも?」
「うん」

高耶からの返事はほとんど来ないが毎日のメールは喜ばれているということだ。
自分で考えるよりも愛されているんだなあ、と思うと胸が熱くなってくる。
一人で感動していたら早くブログを書けと言われた。試しにさっきのメールを高耶のアドバイス通りに作って更新してみた。
それを見せたら。

「どうですか?こんな感じで」
「……やっぱやめよう」

書かせた張本人の高耶が眉を寄せてパソコンに手を出して、書いたブログを削除してしまった。
「恋人に向けた感じ」をやりすぎだと思い直したしたのだろうか。

「どうしたんですか?」

直江の顔をじっと見てからもう一度パソコンに向き直って、聞き取れないほどの小さい声で言った。

「オレが嫉妬するから」

高耶が嫉妬。それは直江が高耶以外の人間に愛を囁くような文章を書いたのが悔しかったと、そういう意味だ。
さっきよりも更に胸を熱くして感動していたら突然抱きつかれた。

「こんな程度で嫉妬なんて呆れたか?」
「いいえ!全然呆れません!むしろ嬉しいぐらいで!」
「本当にか?」
「本当にです!!」

久しぶりに嫉妬丸出しの高耶を抱き返して喜びを噛み締めていた。こんなところがどうしようもなく可愛い。

「この気持ちをブログに書いていいですか?!」
「それはダメ!!」

結局先程の文章の『今日は寒いのに春物の撮影です。慣れてはいますがやっぱり寒いです』という部分だけをブログにアップした。
たったの1行だが初ブログなのだしこの程度で様子を見るのがいいだろう。
明日以降はもうちょっと長めの文章にしてみるか、と思いつつ。

 

 

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直江の楽しくないブログの巻
   
         
   
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