同じ世界で一緒に歩こう それから


君を愛す


 
   

 


おはよう、みんな。オレ高耶。
今は出勤のためにJR山手線の満員電車に乗ってるところだ。
毎日毎日思うんだけど、通勤ラッシュは大嫌いだ。ギューギューに押し込まれて足が浮くほど混んでて超イヤだ。
でも仕方がない、会社員なんだから。美弥の学費のためにもお兄ちゃんは頑張るしかない。

モトハルの本社があるのは目黒区青葉台。JR山手線で渋谷まで行き、そこから早足で歩いて15分。
バスも出てるけど運動のつもりで雨の日以外は歩いてる。

その行きがけの電車の中ですっげームカつくことがあった。
最初はまさかと思ったけど、1駅ずつ停まって人が出入りして周りの人も変わっていくのにずっと誰かの手がオレのお尻を触ってる。
4駅目でこれは完全に痴漢だと思ってたら今度は手が前にきた。

そこは直江しか触ったことがないんだぞ!!
どこのどいつだ、この野郎〜〜!

そう思って前を揉んできた手の腕を力いっぱい握って、満員の電車内の少しの隙間を縫ってその手を頭上にあげた。

絶対逃がさない!!オレは触り逃げは許さない!!直江以外は!!

「なにしやがんだ、痴漢野郎!!」

オレの声に驚いた乗客たちがこっちを見る。
こっちはそのつもりででかい声出したんだから見てもらわないと困る。

オレが掴んでる手の主はどこにでもいそうな50代の会社員風な姿をしていた。
一瞬にして晒し者になったオッサンは、自分は何もしていない、勘違いだと叫んだ。男に痴漢なんかするはずもない、と。

「さっきからオレのケツ撫で回してただろ!次の駅で降りろ!」

ありがたいことにオレの近くにいた若いサラリーマンがオッサンは挙動不審でずっとオレに貼りついて触ってた、と言ったおかげで周りにいた男性客5人が協力してくれて、次の駅でオッサンを捕まえたまま降ろした。

「俺じゃない!なんで男のケツを触らないといけないんだ!俺はホモじゃない!」
「そんなの知るか!触ったから手を掴まれたんだろ!」

駅員が駆け寄ってきて事情を聞くと、男が男に痴漢をしたのが信じられなさそうな顔をした。
でも証人は何人かいる。ようやく理解した駅員とオレを含めて7人がかりで駅長室に連れて行った。
警察がすぐに来るらしい。
オレは手伝ってくれた人たちにお礼を言った。

「朝の忙しいところをありがとうございました」
「災難だったね」

みんな苦笑いだ。男を狙う男の痴漢なんて今まで考えもしなかった、と。
警察に電話した後で駅員が言った。

「皆さん、後で警察が色々と証言を聞くと思います。お時間がないと思いますので連絡先を書いてください」
「あ、じゃあすみません、オレにも教えてください。改めてお礼をしたいんで」

住所と携帯の電話番号を駅長室のノートに書いてもらって解散して、オレと痴漢男だけが駅長室に残された。

痴漢男は独身のサラリーマンで、なかなか自分だと認めない。
認めないのが当たり前かと思って駅員に任せていると警察がきた。
警察も男同士の痴漢被害は信じられないらしくて何度も質問してきたけど、証人が数人いることもあってやっと本気にした。

世の中には直江以上の変態が多いんだから、男が男に痴漢されても当たり前だと思って欲しいよ。
ったく迷惑な。
とりあえず被害届を書いてからまた電車に乗った。

「早出して仕事するつもりが……くそ〜」

今日は頑張らないと残業必至だ。直江が早くに帰ってくるからいつもより長く一緒にいられると思ったのに、これじゃせっかくの二人きりの時間が短くなっちまう。
ああ、悔しい!!

 

 

早出のつもりで出勤したから遅刻にはならずに済んだけど、あの感触や痴漢の態度に腹が立って腹が立って腹が立ってしょうがない。

「仰木くん、どうしたの?なんでそんな怒った顔してんの?」
「実はさ〜」

愚痴のつもりで作業をしながら同僚の女の子に話したら、昼休みにはフォーマルデザインルームの全員にその話が広まってた。

「あんまり広めないでくれよ」
「いいじゃん、ちょっと面白いんだから」
「もう……」

室長からは可哀想にね、とプリンの差し入れまでもらってしまった。

「仰木くんに痴漢するなんてね〜。見る目はあるけど、判断が甘い痴漢ね」
「なんですか、それ」
「仰木くんはかっこいいし可愛いけど、痴漢されて黙ってる大人しい子じゃないってどうしてわからなかったのかしら、ってこと」
「室長はわかってるんですか?」
「当然でしょ。一緒に働きだしてそろそろ1年。けっこうやんちゃだってことぐらいわかってるって」

う〜、室長にはそんなふうに思われてたのか……。できるだけ大人しくしてたつもりだったのに。

「で、警察はなんて言ってたの?」
「ああ、えーと、色々わかったらまた連絡するって言ってました。だから仕事中にも電話があるかもしれなくて、その時はちょっとだけ席を外します」
「うん、OKよ」

指でOKサインを出して室長は席に戻った。
たまに思い出してムカムカするけど、今日は直江のために早く帰らないといけないから手早く作業しなきゃな。

ちなみに来年度からはフォーマル部門が正式に発足する。
そのためのデザインを山ほど描いて、シーチングで実際に作ってみることを毎日している。
デザインが描けてもパターン(型紙)を作るシミュレーションを頭に叩き込まないと意味が無い。
展開図をパタンナーに渡せるようなデザインを描くことがフォーマル部門の今現在の課題だ。

午後3時の休憩時間にお茶を買いに行くついでに携帯のメールチェックをすると、直江からのメールが1通来てた。
痴漢の話はまだ直江にはしていない。
メールや電話で報告したら仕事を放り投げて駆けつけてくるだろうから。

『あと1時間ぐらいで仕事が終わります。帰りに買い物してカレーを作っておきます』

「またカレーか……そろそろ和食を覚えさせなきゃな……」

残業しなくて済むように仕事をスピードアップしよう。休憩室に行くのはやめだ。
オレの大事な直江のために。

 

 

「ただいまー」
「お帰りなさい!」

帰宅したのは午後7時半。30分の残業になったけどその程度で済んで良かった。
痴漢に遭ったのに今日も仕事を頑張るオレって偉いと思うよ。

「カレー完成したか?」
「しましたよ」

ここ数年間、いつも玄関でチューとギューしてるけど、今も毎回嬉しいのは変わらない。義務的にじゃなくて本当にこうしたくてしてる。
あ〜、直江にギュッとされると気持ちいいな〜。すげー大切にされてるのがわかるんだよな。
オレも負けずにギューしてやろう。

「高耶さんが無事で本当に良かった……」

ん?なんだ?痴漢のことは話してないのに、なんでそんなセリフが出るんだ?

「どこかで聞いたのか?」
「何をですか?」
「オレが今朝、電車で痴漢されたのを」

ギューしてた腕がガッチガチに硬直した直江。これぞ「固まった」というやつだろう。

「電車の中で痴漢だって叫んで、近くにいた人たちに助けてもらって警察に突き出したんだよ」
「…………」
「仕事中に警察から電話があってさ、鉄道警察でマークされてた男だったんだって。女には痴漢しなくて男の学生とか若いサラリーマンばっかり狙ってたから捕まえるの遅くなってたらしい。オレの他にも被害にあった男が何人もいたからたぶん実刑だろうってさ」
「…………」
「直江?」

まだ固まったまんまだったから肩を掴んで揺すってみた。
そしたらハッと我に返った。直江って期待通りの動きをしてくれるから面白いんだよな。

「正夢とは……」
「正夢?何が?」
「とりあえず座りましょう」

腰を抱かれたままでリビングに。カレーのいい匂いがしてて空腹に気付いたんだけど、直江がブツブツ言ってるからまずはこいつからだ。

「で、何が正夢なんだよ」

ソファに座ってまたギュッとされて直江の話を聞いた。

「今朝は高耶さんが早出で私を起こさずに出勤したでしょう?その後で嫌な夢で目を覚ましたんです」
「どんな?」
「ここで私が新聞を読んでいたら、高耶さんが悲壮な顔をして帰ってきたんです。どうしたのか聞いたら知らない男に犯された、と言って泣き出して、私がその男を探し出して毒殺する夢です」

毒殺もアレだけどオレが知らない男に襲われたって……?

「そんな夢見るな!気持ち悪い!なんでオレがそんなことされなきゃいけないんだ!」
「そう言われても夢ですから仕方がないでしょう」
「直江がそんな夢見たからオレが痴漢にあったんだ!絶対!」
「違いますよ。高耶さんが痴漢にあったから私がそんな夢を見たんですよ」
「直江のせいだ!」
「高耶さんが!」

しばらく不毛な言い合いをして、バカバカしいと同時に気が付いて一緒に笑ってしまった。
ただの偶然だろうけど、もしかしたら深層心理で繋がってたのかもしれない。

「なんか面白いな」
「ええ。でも本当にひどい被害ではなくて良かったです。……まあ、私の高耶さんに触った男は許せませんが……」
「だからって毒殺なんかすんなよ」
「できるなら殺したいですよ、まったく」
「おまえが言うとマジっぽくて物騒すぎる。毒殺したら直江が逮捕されてオレとは会えなくなるんだからな」
「わかってますけど……」

逮捕されて直江と離れ離れになったらと考えるといきなり怖くなった。

「えーと、カレー食い終わったら直江に甘えてあのキモい感触を忘れるからそのつもりでいろ」
「……そうしましょう!」

たまに直江を困った男だと呆れることもあるけど、やっぱり一番大切にしてくれる直江が好きだ。
冗談抜きで直江にあの感触を忘れさせて欲しい。
今夜はいつもより多めに甘えることにしようっと。

 

 

いつもより多く甘えるということは、当然寝室でもそうなった。
今夜は直江の手がしつこくて焦らされてる感じがして困った。けどその手のおかげで朝のことを少し忘れられた気がして効果ありって感じだ。

「触りすぎ」
「そうですか?」

チューしながらまた少しだけ触られたお尻と股間に直江の手が這った。

「そこ触るな。もう終わりだ。それとももっとしたいか?てゆうかもっと出る?オレはまだ出るけど」
「……もう全部搾られました」
「だろ?じゃあシャワー浴びて寝ようぜ」
「はい」

もう1回チューしてから一緒にバスルームへ。相変わらず明るいバスルームでは興奮して血圧が上がる直江のために、バスタブに浮かべるタイプの丸いバスライトだけをつけて入る。
疲れた体を直江に洗ってもらいながらふと考えた。

もしも直江の夢が本当になったら、今日のように全部隠さず話せるのかな、と。

「なあ」
「なんですか」
「オレが直江じゃないやつにやられたら、今みたく優しく出来るか?」
「当たり前でしょう。高耶さんが悪いわけじゃないのに。私はあなたが誰に何をされても優しくしますよ。むしろ今よりももっと優しくします」
「……そっか」

直江の言葉が嬉しくて頭の中で反芻してたら気が付いた。

「てことは?まだオレは直江に最高に優しくされてないってことか?」
「……そういう意味じゃなくてですね、何があっても高耶さんを全力で愛していると言いたかったんです」
「うーん、そうか……」
「そうですよ。変なこと考えないでください」

心配そうな顔をしたのを見たら、オレも直江を全力で愛そうと思った。

「直江、オレも洗ってやる」
「いいですよ。先に出て寝ててください」
「オレが洗うんだよ」

スポンジを取り上げて直江を丁寧に洗う。その丁寧さが直江にはくすぐったかったらしく、笑いながらもうちょっと強めに洗ってくれと言われた。

「じゃあこのぐらい?」
「それじゃ強すぎます」
「じゃあこう?」
「だからくすぐったいですよ」
「うー、注文の多いヤツだな。もうやめた。自分で洗え」

体についた泡を流してバスルームから出た。
出る時に直江がありがとうって言ったから、オレの愛情はしっかりと伝わったらしい。

 

 

数日後、痴漢撃退の手伝いをしてくれた人たちにお礼として送るネクタイをラッピングしてた。
包装は店舗勤務の時に何度かやったことがあるけどやっぱり難しい。
真剣にやってたから直江が帰ってきたことに気付かなくて出迎えに行かなかった。

「ただいま、高耶さん」
「あ、おかえり」
「何してるんですか?」
「これ?痴漢の時に助けてくれた人へのお礼をな」
「モトハルのネクタイですか。いいですね」
「お礼って何していいかわかんなくてさ、室長に相談したんだ。そしたらモトハルのネクタイなら社販で安く買えるし、売れ筋なら貰っても困らないだろうって言われて、販売部に連絡して買ってきた」

直江はテーブルの向かい側でオレがせっせとラッピングする姿をずっと見てた。

「可愛いなぁ……」
「ん?なんか言ったか?」
「……言いましたか?」
「可愛いとかなんとか言ってただろ」
「……心の声が出てしまいました」
「しょうもないこと言うなよ。見てるんなら配送伝票書いてよ。オレ、字ヘタだから直江がやって」
「はい」

配送伝票を5枚と、名前と住所が書かれたメモを渡すと、言われるまま記入していく直江。
書きながらニヤニヤしてる。

「何をニヤニヤしてんだ?」
「こういったものに高耶さんの名前を私が書くなんて、本当に夫婦みたいでときめきますね」
「あー、それわかる。家電話に出る時に『直江です』って言うとなんだか胸がグッとくるのと同じだ」

お互いにニヤニヤしながら少し見つめあって、直江が体を乗り出してテーブルの上でチューをした。
こんなことが誰かに知られたら絶対に気持ち悪いって言われるだろうな。でもいいんだ。
自分たちはこうして一緒に過ごすのが好きなんだから誰に何を言われても変えるつもりはない。

気分よくラッピングしたネクタイを封筒に入れて、伝票を貼って完成。

「今からコンビニに出しに行くけど直江も来るか?」
「ええ、ついでに今日は外食しましょう。夕飯、作ってないですよね」
「あ、うん、まだ」
「じゃ、行きましょうか」

エコバッグに荷物を入れてまずはコンビニへ。それから近所のよく行く中華料理店に入って夕飯にした。
一緒に住んでそろそろ1年が経つけど、オレと直江はどこで何をしてても楽しいし、飽きないし、新鮮だ。
直江がオレを選んでくれて本当に良かったと思う。

 

 

その2へ

   
   
季節は2月か3月だと思ってください。
   
         
   
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