同じ世界で一緒に歩こう それから番外


クロスロード

高耶編

 
   

 


松本から東京に出てきて4ヶ月。
入学した専門学校で友達が出来て、ゴミゴミした東京にもなんとなく慣れてきた。

オレが住んでるところは下町とは言うものの、大通りに出れば松本のどこよりも人が多くて車の通行量も凄い。
住宅街だって密集してるから日当たりも良くないし、ラジオの電波も悪くてまともに聞こえないこともある。
それでも自分で選んだ道なんだから文句は言えないけど。

オレが想像してた東京は犯罪が多かったり、中高生が異常にませてたり、冷たい人しかないコンクリートジャングル。
確かにそんな感じで最初は驚くこともたくさんだった。
けどちょっと慣れてくるといろんなことが見えてきた。

別に普通にしてれば犯罪に巻き込まれることはない。
オレが地元にいた頃は「札付き」なんて言われて『深志の仰木』とヒソヒソ噂をされたり、ケンカ売ってくるヤツが多かった。
でも東京に出てきたら誰も『深志の仰木』なんて知らないし、繁華街にいても目つきがどうのこうのと因縁をふっかけるヤツらもいない。

松本でガラの悪さで目立ってたって、東京に来ればオレなんかアリンコみたいなもんだ。
誰も気にしない。

昔のオレを知らない学校の友達や、近所のお人好しなオジサンオバサンはなんのてらいもなく話しかけてくる。
普通の子だと思ってる。
だからオレは松本にいた時より肩の力を抜いていられる。

譲はそんなオレを見て「東京に来て良かったね」と言う。
まだいいのか悪いのかはわからないけど、現時点では悪くはない、と思う。

譲の家で夕飯を食った後にコンビニに行った時の話だ。
コンビニでたむろってる高校生の不良集団がいた。いつもいるそいつらを複雑な思いで見てたら、通りかかった爺さんがいきなりそいつらの中の一人にぶつかって倒れた。

「何してんだジジイ!」と言うのかと思ったら「ヤベー!!」と言いながら助け起こそうとした。
怒らなかった不良に感心してたら、次の瞬間にその爺さんの様子がおかしいことにオレと譲は気付いた。
胸を押さえて苦しそうにしてた。ぶつかって倒れたわけじゃなく、発作か何かで倒れてぶつかったんだ。
しゃがんで爺さんを見たら、高校生がオレたちに言った。

「どうすればいいっすか!?」

って。

パニクッてるそいつらを譲が落ち着かせて、オレが携帯電話で救急車を呼んで爺さんが連れて行かれるまでを一緒に過ごした。
鼻ピアスしたりヒゲ生やしたりしてる不良集団はオレたちにちょっと頭を下げてありがとうございました、と言った。
オレたちが考えてた東京の不良は意外にもいい奴らだった。
それからはコンビニで会うたびに挨拶しあったし、名前も覚えて立ち話をしたりするようにもなった。

オレはこれが普通なんだと初めて知った気がする。
オレがいつもピリピリしてたから悪かっただけで、してなければ誰とでも普通に話せるんだと。
東京はなかなか、どころか結構いい場所だった。

 

 

 

7月23日。
3日前から学校は夏休みになったけど、8月にある合宿のためにオレは同じ班になった矢崎ってやつと学校にいた。
オレんちにはミシンがないから学校でやるしかない。矢崎は持ってるくせに一人じゃ退屈だからって理由でオレと一緒に学校で作業をしてた。
その時に。

「仰木、今日って誕生日だろ?」
「なんで知ってるんだ?」
「学生証見たことあるから。おめでとう19歳」
「あ、ありがとう……」

それから矢崎は渋谷に買い物に行くから一緒に行こうと誘ってきた。
デザイン画の授業で使う色鉛筆を買い足したいそうだ。オレも絵の具を買いたかったから二人で渋谷に行って、買い物帰りにマックに寄った。
そこで矢崎は誕生日プレゼントだと言って奢ってくれた。

「安上がりで悪いけど」

そうやってニヤッと笑った矢崎。
安上がりだろうが何だろうがこうして祝ってくれるのが妹や譲だけじゃないのが嬉しかった。
オレも矢崎の誕生日にはマックで安上がりな誕生日プレゼントをしよう、と決めた。

食べ終わった頃に矢崎の携帯にメールが来た。フラップを開けてそれを読んだ矢崎の顔が青くなる。

「やべー!今日彼女と出かける約束してたんだった!」
「ええ!じゃあ急いで行けよ!」
「悪いな、仰木!」

急いで片付けて矢崎は電話をしながら駅の方へ走って行った。
残されたオレは服屋を回ってデザインの勉強をしようと思って公園通りに出た。

オレが入ったデザイン学部はレディースデザイン科とメンズデザイン科の2コースがある。オレや矢崎はレディース科で、メンズの服は作らない。
どうして両方とも習えないのかっていうと、型紙の作り方が根本的に違うから。
どっちも習得するには3年かかる。両方やったら6年かかる。だから両方は習えないんだ。

勉強のために男一人でレディースの売り場に行くのは最初はすごい苦痛だったけど、アジャストケースや定規がはみ出たカバンを持ってれば服飾学校の生徒だってわかるから、最近はまあなんとか大丈夫になった。

いつの間に渋谷って街を迷わずに歩けるようになったのかと思いながら坂を上って行くと、ガイドブックを見て立ち止まってるカップルに気付いた。
高校生か大学生か。オレと同じぐらいの歳だろう。
夏休みだから観光に来てるのかも。

そのカップルの横を通り過ぎようとしたら声をかけられた。

「すみません、この店に行きたいんですけど、現在地って地図のどこら辺なんですか?」

男の方が話しかけてきた。
行きたい店はちょうどオレが見てきた店だったから簡単に教えることが出来て、カップルはありがとうと言って歩き出した。
背後で彼女が「方向オンチだったの?」って彼氏に聞いてたのがちょっと笑えた。

なんだか楽しそうだな、カップルって。
オレは松本じゃ『深志の仰木』だったから女の子からは怖がられてた。だから女の子とまともに付き合ったことがない。
もしかしてこれが付き合ってるって状態なのかな?って思ってた女の子もいたけど、恋って感じではなかったから違うんだろう。

松本より人が多い東京に、オレが好きになれる女の子がいるのかもしれない。
いたらいいな。
一緒にああやって渋谷を歩いたり、夏休みに旅行に行ったり。
そんな彼女が出来たらいいんだけど。

オレの過去なんか全然気にしないで、いつもとなりで優しく笑ってくれるだけでいい。
外見なんかはどうでもいい。どんな子だって笑顔になれば可愛いんだろうから。

けどオレみたいな短気でワガママで、実はものすごい甘ったれなヤツと本気で付き合ってくれそうな女の子がいるのかが一番の不安点だ。
自分でなんとなく気付いてはいたけど、たぶんオレは自分より年上じゃないとダメっぽい。
包んでくれる感じの人なら長く付き合えそうだ。

来年の今日には絶対彼女と誕生日を祝うぞと決めて帰るために駅に向かった。
渋谷駅前の交差点でバカみたいな人数の人が信号待ちをしてる。たった1回の青信号でいったい何人がすれ違うんだろう。
もしかしたらこの中にいるのかもしれない。

夕日が落ちて青くなった渋谷のスクランブル交差点を渡るために立ち止まる。
こんなにたくさん人がいるのに、今日オレが19歳になったことを知ってる人はここにはいないんだな、と思うと改めて東京の人口の凄さを思い知る。

四つ角の信号を待つ人数は一角だけでも60人はいそうだった。広くない歩道で縦5メートルぐらいに重なって待つから、最後列にいたオレは信号が青になってから何秒かかけて白黒の線を踏んだ。
でかいスクランブル交差点なのに青信号の時間はすごく短い。早足で渡っても駅前広場に溢れる人間が歩道で渋滞するから、いつも赤になっても車道に残される。
今日もそんな感じだ。

急いでたのとちょっとだけよそ見をしてたせいか、交差点の真ん中で反対側から渡ってきた人と肩がぶつかった。
その時ぶつかった人が持ってたキーホルダーが地面に落ちた。

「あ、すんません!」

オレのよそ見でぶつかったわけだから謝って、すばやく落ちたキーホルダーを拾った。
もう信号が点滅してる。
だから顔も見ないでキーホルダーを渡した。

「いえ、こちらこそすみませんでした」

向こうも頭を下げてキーホルダーを受け取って早足で去って行った。悪いことしたな、と思って振り向くと、雑踏の中で頭一個分出るぐらいの背の高さの男だった。
身長178センチのオレよりでかい。
まともに顔を見なかったのは、普段オレは人の顔を見上げることがほとんどないからってのもあった。
自分より背の低い人が多いから立ってる時の視線はいつも目線か下だ。

「でけー」

しばらく後姿を見送ってたら信号が赤になった。
人がまだたくさん渡ってるのに車が動き出す。渋谷のハチ公前広場の交差点は毎回焦る。

これから地下鉄に乗ってオレのお気に入りのボロアパートに帰る。
途中のコンビニで安いケーキ買ってひとりで虚しい誕生日会でもしよう。
もし今日もあの気のいい不良たちがいたら誕生日なんだって言ってみようかな。言葉だけでも祝ってくれるかも。

東京と同じでこんな誕生日も悪くない。

 

直江編

 

   
   
過去に一度会ってたわけで。
   
         
   
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