「直江〜!いい加減起きろ!遅刻すんだろうが!」 オレが怒鳴ってようやく起きるこの男はオレの旦那さんだ。
一緒に暮らしてる。結婚生活ってやつだな。
「こっちは早起きして弁当作ってんのに、てめえは毎日そうやってギリギリまで起きねえなんて最低だぞ!」
「すいません!」
「マジで遅刻しそーだから早く着替えろ!」 急いで顔を洗ってヒゲを剃って髪の毛を整えて着替えて、朝食が乗ってるテーブルにたどり着くまで10分たらず。早業だ。 「こっちがおまえの弁当な。カバンに入れておくから」
「毎日すいません」
「すいませんじゃなくて、ありがとうって言え」
「ありがとうございます、高耶さん」 さっきまで寝てたとは思えないほど爽やかな笑顔を向けてくる。それだけで何でも許しちまうオレもオレだ。
ご飯と味噌汁と夕飯の残り物で簡単な朝食。オレも高校生ってのをやってるからそんなに手の込んだ朝飯は作れない。
夕飯だけは頑張って作ってるから許してもらうしかない。
大急ぎでメシを食ってから制服に着替えたオレと一緒に玄関まで出る。 「あ、高耶さん、キスしてないですよ」
「そうだったッ」 玄関で毎朝恒例のキスをして外に出る。外に一歩出たらオレと直江は『従兄弟』ってことになってる。 「じゃ、行ってきま〜す」 オレはチャリに乗って高校へ。直江に軽く手を振ってキコキコ漕ぎながら坂道を下っていく。直江は反対に坂道を上ってバス停へ。
直江とのしばしの別れ。ほんの少しだけのしばしの別れだ。 「おはようございまーす!」 校門をチャリでくぐって校舎裏の自転車置き場に。高校2年のオレは昇降口の下駄箱で青いゴムがついた上履きに履き替える。 「おはよ、高耶!」
「オース、譲!」 親友の譲と階段で会って一緒に教室まで向かう。その階段でひとりの教師に会った。 「おはようございまーす、橘先生」
「おはようございます。仰木くん、上履きはちゃんと履きなさい。転んだら危ないですよ」
「はーい」 橘義明先生。歴史の教師だ。身長187センチ。茶色い目と髪の毛のハンサムなモテモテ先生。
何かとオレにこうやってかまってくる。だけどそれも本当は嬉しかったりするんだよな。
だって橘先生はオレの旦那さんの直江なんだもん。 高校の入学式で初めて橘先生……直江を見た。入学式の司会をしてたその先生はオレのクラスの担任だった。
第一印象は「かっこいい人だな」ってぐらいで、だけどそのうち優しくて生徒思いのいい先生だって思うようになってきた。
入学して2ヵ月後、球技大会があった。
オレはバスケのメンバーで、橘先生もバスケの担当だった。練習中に足を挫いて保健室に行く時、先生が肩を貸してくれた。
その時に先生は「面倒ですね」って言ってオレを抱き上げて(体重だってそう軽くないのにだ)保健室へ連れて行ってくれた。
そこから、かな? 「せんせー!いいって!オレ重いんだから!」
「重くないですよ?」
「恥ずかしいから降ろせよ!」
「でももう着きましたから」 保健室には誰もいなかった。内線で職員室に聞いてみたら、養護の先生はバレーボールの練習をしてた女生徒と病院へ行ったってことだった。オレとは違って骨折したらしい。 「じゃあ湿布ぐらいは貼っておきましょうか。それから病院へ行きましょう?」
「へーきだよ」
「……仰木くんは言い出したら聞きませんからね…とりあえずは湿布だけして様子を見てください。ひどくなるようだったら自分で病院へ行くんですよ?いいですね?」
「はーい」 椅子に座って運動靴と靴下を脱いだ。冷蔵庫から湿布を出した橘先生は床に膝をついてオレの足を持って乗せた。
普段誰からも触られない素足を、先生のあったかくてスベスベした手が撫でる。 「このへんですか?」
「ううん、ここらへん」 くすぐったさをガマンして指差すと、そこに冷たい湿布をそっと貼ってくれた。 「つめてー!」
「熱を持ってますね。やっぱり今すぐ病院へ行った方がいいですよ?」
「病院キライなんだもん」
「そうですか」 クスリと笑って足に包帯を巻いた。その笑顔だとか、優しい手だとか、案外力持ちな腕だとか、そんなとこをメチャクチャかっこいいと思った。思ったとたんに気持ちがホンワカして、胸がズキュンとなった。 オレ、橘先生のこと、好きになりかけてないか? 「仰木くんの足って、思ったより細いんですね。指も長くていい形してる」
「そ、そんなとこ見るなよ!」
「見えるんだからしょうがないでしょう?」
「恥ずかしいッ!」
「はい、終わりました。戻ってもいいですけど、球技大会は見学してくだいね」
「……うん……」 けっこう楽しみにしてたんだけどな。しかもクラスメイトから頼られてキャプテンなんかになってるのに。 「仰木くん?」
「本当に見学しかダメ?」
「ダメです。たかが挫いただけとはいえ、無理をしたら大怪我になってしまうでしょう?自分のクラスの教え子がそんな怪我をしたら心配でたまりませんから」
「わかった……」 先生と練習に戻ってみんなに見学だけになったって伝えた。ブーイングされたけど仕方がない。先生も説得に入ってどうにか話を収めてくれた。
その姿がさ、なんつーか、優しいってゆーか、一生懸命先生をやってるんだなってゆーか、とにかく良かったんだ。
帰りは先生の車で家まで送ってもらって帰った。二人きりで車の中で話したのは先生の趣味について。休みの日はドライブしたり散歩をしに出かけたりして家にいないことが多いって。
どこらへんまでドライブするのか聞いたら、日帰りで行けるとこまでだったら平気でどこまでも行くらしい。
楽しそうって言ったらみんなには内緒で連れて行ってくれるって。だから今度の日曜は二人で鎌倉に行こうってことになった。 球技大会が終わった週の日曜日。先生がウチまで迎えにきてくれて鎌倉へ。
しかし!さすが歴史の教師だ。最初から最後まで鎌倉時代の話ばっかり!
だけど先生の話はわかりやすくて、いろんな逸話を交えながら面白可笑しく教えてくれた。 「今度は小田原に行きましょうか。一夜城跡の地形なんかさすがですよ。昔の人はそうやって自分を有利にする術を心得ていて感心するばかりです。どうですか?」
「うん、行ってみたい。戦国時代って好きな方だし」
「そうですか。実はですね、私の姓の橘ですが…これは祖母の実家の名字なんです。二十歳までは『直江』っていう名字だったんですよ。色々ありまして一家で改姓したんです。戦国武将に直江っていう人がいるの、知ってますか?」
「知ってる!テレビで見た!『愛』の文字を兜の前たてにしてたやつだろ!」
「それです。あの人とは家系が違うんですけど、その直江家です」
「へ〜、じゃあ先生って直江ってゆーんだ〜」 みんなが知ってる先生の、誰も知らない秘密を知って嬉しくなった。 「直江って人はどこの武将だっけ?」
「じゃあ、次回までの宿題にしましょうか。調べてきてくださいね」
「おっしゃ!当てたら先生になんか美味いもん奢ってもらうからな!」
「いいですよ」 それで鎌倉から家に戻って、車を降りる瞬間にこう結論が出た。
オレは先生が好きだ。って。
また出かけたいのは好きになったからだって。 オレにも先生にも予定ってものがあるから、次回のドライブは一ヵ月後になった。それまでに調べておいた直江って武将の話をみっちり頭に仕込んで。
そうやって月に一回ぐらいの割合でオレ視点でのデートが続く。先生はどう思ってるのかなんてわかんないけど、でも楽しいからいいやって思って会ってた。 3月。期末試験が終わったら先生には毎日会えなくなる。クラス担任が変わるからだ。
そう思ったら苦しくなってきて、今までドライブに連れて行ってくれたのも今度からなくなるのかなって辛くなった。
だから思い切って告白することにしたんだ。フラれたって担任じゃなくなるなら会わずに済む。たまに会ったとしても授業ぐらいだ。
1年の修了式が終わって職員室に行ったら先生はいなくて、歴史準備室にいるんじゃないかって思ってそっちへ行った。
とにかく言いたい事を頭の中で整理して、ドアをノックした。 「どうぞ」 いた。橘先生の声だ。 「失礼しまーす」 引き戸を開けて室内を見ると、橘先生しかいなかった。 「どうしたんですか、仰木くん。ここに来るなんて珍しいですね」
「んーと、その、橘先生に話があって」
「はい、なんでしょう?」 さっき考えたセリフを口の中でもう一回ゴニョゴニョやってから唾を飲み込んで、緊張で乾いた唇を舐めて、声にした。 「オレ、先生のこと好きだ!」
「え?」
「先生はそんな気まったくなくて色んなとこに連れてってくれたんだと思うけど!オレは違ったんだ!先生が好きだからデートのつもりで行ってた!……だから、もうどこにも連れてってくんなくなってもいいから、とにかくオレの気持ちを知っててほしくて……学年が上がったらたぶんこんな機会なくなるだろうから、今のうちに言っておかなきゃって……」 一気に言った後に恥ずかしさと後悔で下を向いてしまった。たぶん気持ち悪いって思われた。
先生が立ち上がってオレの横を通り過ぎた。背後でドアを開けるカラカラって音がする。
出てけって言われるんだろうな……。 「仰木くん……」
「…はい」
「そういうことはドアを閉めてから言ってください」
「へ?」 振り向いて見たらドアが閉まってた。オレってば開けっ放しで告白したのか!! 「誰もいなかったからいいようなものの…誰かに聞かれたらどうするんですか」
「すいません…」
「仮にも私とあなたは教師と生徒なんですよ。おかしな噂でも立ったらどうするんです?」
「……う〜」 断られたのがわかって泣き出してしまった。こんなことで泣くなんてオレ、サイテー。 「仰木くん?!」
「すいませんでした!帰ります!」
「ちょ、ちょっと待って!返事は聞かなくていいんですか?!」
「もういいです!わかったから!」
「わかったって何が?!仰木くん!!」 腕を掴まれて引きとめられた。もうこんなとこいる必要ないんだよ!早く帰って大声で泣きたいんだよ! 「仰木くん!」
「離せ!」
「そうはいきません!」 体ごと持っていかれた。?って思う暇もなく、先生に抱きしめられてるのがわかった。 「ありがとう、仰木くん。私も、あなたが好きです。1年間、ずっと私から好きだってサインを出してたのに気付かなかった?」
「……は?!」
「ただの教え子をドライブに誘うわけないじゃないですか。あなたが好きだから誘ってたんですよ」
「マジで?!」
「はい」
「えっと、じゃあ、その…どうなるわけ?」 断られることしか考えてなかったオレの頭がフル回転したけど、混乱の中で回転させたって正しい答えは見つからない。 「どうって…お付き合いしましょうってことです」
「オレと?!先生が?!」
「そうです」
「………」
「仰木くん…?」
「ぃやったー!!先生、大好き!!」 てなわけでオレと橘先生はお付き合いを始めた。
先生って呼ばれるのが嫌だって言うから、義明さんかな?とも思ったんだけどなんか違う。だから二人の間だけの呼び名を作った。
それが直江。
直江にも仰木くんて呼ばれるのが変だったから高耶で呼んでもらうことにしたんだけど、人を呼び捨てするのに慣れてないからって一時は「高耶くん」になったんだけど、それだと子供扱いされてるみたいで気に入らない。
だから「高耶さん」になった。
春休みの間に何度もデートして、キスもして、橘先生の…おっと、直江のマンションにも遊びにも行って。
そしたら急に離れて暮らしてるのが変に思えてきて、同棲したいって言ったんだ。 「それは…私もしたいですけど、高校生とその教師じゃ…」
「嫌なのか?」
「むしろ結婚したいとまで思ってますけど。でも世間的に許されないわけですし。第一高耶さんの親御さんが何て言うか」
「じゃあ来い、今から来い」 オレのウチに直江を連れて行った。ちょうど夕飯時でみんな揃ってるし。 「た、高耶さん。本気なんですか?教師と付き合ってるって本当に言うんですか?しかも男ですよ?」
「へーき。ウチはオープンだから」 家に連れ込んでみんなに紹介した。両親と妹に直江を会わせる。 「これ、オレの彼氏。1年生の時の担任教師」
「はじめまして!橘義明と申します!」 ウチの親は今でもラブラブで子供の前でも平気でキスするような夫婦だ。妹の美弥もそんな中で育ってるからすでに彼氏もいるし玄関先で送ってきてくれた彼氏とキスだってしてる。だからオレが男の教師と付き合っててもたぶんヘーキ。 「高耶が毎月ウキウキして出かけてたって人か?」
「そうよ、お父さん。もう毎回毎回デートのたびに新しい服を買えってねだったあの片思いの人でしょ?じゃあなに、高耶。もう片思いじゃないの?」
「うん。この前から付き合ってるんだ。な、直江?」
「え、あ、はい!」
「そんでな、父さん、母さん。オレ、直江と結婚することにしたんだ。法律じゃダメだけど、気持ちはもう結婚してるも同然なわけ。だから一緒に暮らしたいんだけど」
「いいぞ」
「いいわよ」
「いいんじゃない、お兄ちゃん」 満場一致だ。さすがオレの家族。 「いいんですか?」
「ええ、どうぞ。ふつつかな息子ですがよろしくお願いします」
「男同士ですが」
「愛に性別なんか関係ありませんよ」
「教え子と教師ですが。しかも現役の」
「そんなもの、愛の前では薄い壁じゃないですか」
「あの…私が非常識なんでしょうか?」
「かもしれませんね」 直江はその場でしばらく動けなかった。非常識なのはウチの家族だってわかってるんだけど、こうもアッサリ承諾されるなんて思ってもなかったらしい。 「でも直江さん、息子を不幸にしたら許しませんからね。一度男が決めたことなんですから、最後まで責任を持って高耶をお願いしますよ」
「はあ……」
「じゃ、まあ高耶が17歳の誕生日を迎えたらってことでいいですかね?それまでに結婚生活ができる環境を整えてもらって、知らせなくてはいけない所には知らせてもらって、ウチも高耶の嫁入り道具なんかを揃えておきましょうか」
「いやね、お父さん!高耶は男の子よ。嫁入りじゃなくて、婿入りでしょう?」
「そうか、そうか、こりゃ失敗したな!はっはっは!」 直江は我が家のオープンすぎるオープンさに卒倒寸前だったらしい。
で、とりあえずオレの部屋で落ち着かせることにした。オレンジジュースを出してベッドに座らせる。 「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「うん、本当に大丈夫。ウチは代々早婚でさ、両親が結婚したのだって高校生の時だったんだ。だからオレの気持ちとかわかるんじゃないかな。若くて結婚したから色々と苦労もしてきたんだと思うんだよな。愛って言葉に弱いんだ」
「そうですか……あの〜…ところで…高耶さんは今までにこうして彼氏だとか彼女だとかを家に連れてきたことってありますか…?」
「ないよ。だって直江が初恋だし。なんで?」
「ご両親があまりにもオープンなので、もしかしたら高耶さんが…その、もう経験済みなのかな、と」 経験済み?彼氏だとか彼女だとかを連れてくることが? 「いえその、私が勝手に想像してただけで、気にはしませんけど…ちょっとだけ気になって」
「何を?」
「だから、ええと、性体験です…」
「え?!」
「ないならいいんです」
「そっか!結婚つったらソレも込みだよな!どうしよう!直江とそーゆーことしなきゃダメ?!」 忘れてた〜!!そうだよな〜!!結婚したらエッチもするよな、普通!! 「しなきゃダメ?って言われると…したいって言えなくなるじゃないですか…」
「したいんじゃん!」
「したいですよ、そりゃ」
「う〜…もうちょっと待ってろ…結婚したらだ…結婚したら…」 そんなこんなでオレは直江と17歳の誕生日に結婚した。それまでに直江は実家にオレと結婚することを話して、オレも挨拶に行って、お互いの実家からの援助でマイホームを購入して、婿入り道具を揃えて、どうにかこうにか円満に結婚できた。
まあ、直江の実家では大問題になりそうだったんだけど、結婚させてくれないなら心中するって可愛い末っ子が言い出したもんだから許したらしい。
今はもう直江と暮らすのが当たり前になってる。つーか、もう離れて暮らせない。 「仰木くん、どこ見てるんですか。ホームルームはじめますよ。日直なんでしょう。号令してください」
「あ!はーい!」 で、直江は相変わらず歴史の教師で、しかもまたオレの担任で。
ついでに内緒だけどオレの旦那さんで。
結婚生活1年目のオレと直江のラブラブライフ、これからも知りたいだろ?
でも今日はこれでおしまい。次回を期待してろよな!
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