我が家には結婚式の時の写真が飾ってある。
リビングの飾り棚にヤシの木で作られた写真立があって、その中にオレと直江がスーツ姿で仲良さそうに写ってる。
直江はかっこいいダブルのダークスーツで、オレは細身の薄いグレーのスーツにノータイ。クールビス風だ。
お互いの手には結婚指輪。これがなかったらただの『並んで撮った写真』だ。
それを見てちょっとニヤニヤしてたら。
「掃除の手が止まってますよ?」
「あ、そうだった。掃除しなきゃ」
日曜日、今日はガスファンヒーターを出すから二人で朝からリビングの模様替えだ。ついでに普段出来ない細かい掃除をしてるとこ。
「何を見てたんです?」
「これ」
「ああ、それですか。つい昨日のことのような気がしますね」
「な」
結婚式。今は笑い話になるけど当日はちょっとだけ大変だった。
その話、少ししてやってもいいぞ?
7月23日の朝。緊張で眠れなかったオレは目を赤くさせて、顔を腫れぼったくして家族の前に出た。
「やっぱ寝られなかったよ」
「仕方ないわよ、結婚式なんだから」
「は〜、食欲もないしな〜」
テーブルの上にあるトーストもハムエッグも大好物なのに食べたくない。
「だらしないなあ、高耶は。そんな顔で義明くんの前に出るつもりなのか?」
「あら、よく言うわね、お父さんたら。あなただって私との結婚式の日は今の高耶みたいにむくんだ顔で来たじゃない?」
「え?そうだったか?そんなはずはないだろう」
「そうでしたよ」
「いや、こりゃ一本取られたな!はっはっは!」
このアホらしい夫婦の会話を毎日聞くのも今日で終わりだ。だけど寂しいとかいう感情よりも今のこの体調の悪さをどうにかしてほしい方が優先だ。
「早く食べて着替えちゃいなさいよ」
「は〜い」
結婚式はホテルのレストランの個室でやる。
橘家では男を嫁にすることで騒動が起きたけど、小さい頃から親の手を煩わせてた末っ子の言い出したことだから諦めモードの方が大きかったらしい。で、直江の一番の理解者であるお兄さんが話をまとめてくれてどうにか家族の承諾を得た。
だけど橘家でも「ここまで騒動を起こした責任として離婚は絶対に許さない」と直江にきつく言い聞かせたそうだ。
離婚なんかするはずないじゃ〜ん。だってオレたち愛し合ってるんだから!
どうにか朝食を食って家族全員でタクシーでホテルまで。
玄関のところまで直江が出迎えてくれた。かっこいいスーツ姿でだ。
「寝不足ですか?目が赤いですね」
「うん、全然眠れなかった。直江は?」
「私はグッスリ寝ましたよ」
さっそくレストランの個室に行って直江の家族と挨拶をした。
「えっと、きょ、今日から、よ、よろしくお願いします」
「高耶さん、そんなに固くならずに普段どおりでいいですから」
「う、うん」
カチコチに固まったオレの肩を直江が抱いて緊張をほぐしてくれる。
「私の家族もあなたのことを歓迎してますし。ね、お母さん」
「え?!そうね。ホホホホホ」
直江のお母さんが家族の中で一番パニクって大変だった。だからいまだに息子の嫁が男で高校生だってのには諦めがついてないみたいだ。
だけど他の家族のみんなは「あの義明がとうとう身を固める決心がついたなら」と男でも高校生でも、もうこなったらいっそパンダでもいいとかいう話も出たらしい。失礼な話だけど結婚を許してくれたんだったらいいか。
そんな中、ウチの家族は満面の笑顔。直江の家族は照広お兄さん以外やっぱりちょっと複雑そうな顔をしてた。当たり前か。
「いや〜、高耶くん、とうとう結婚か〜。どうしようもない弟だがいつまでも面倒見てやってくれ」
「はい!」
「お母さん、高耶くんはいい子なんですから大丈夫ですよ。どうしようもない放蕩息子が高耶くんのおかげで遊びまわらなくなったんですからヨシとしましょうよ」
ん?遊びまわらなくなった?んんん??直江…?
「お、お兄さん!そんな話はもういいでしょう!結婚式なんですよ、今日は!おかしな話を高耶さんの耳に入れないでください!」
「おお、そうだったな!すまんすまん。あ、仰木さん、どうぞ座ってください。大事な息子さんをこんな男に下さって本当に申し訳ないやら有難いやら」
「お兄さん!」
「いえいえ、そんなことありませんよ。義明くんは真面目で立派な青年じゃないですか。高耶を貰ってくださるなんてこちらこそ有難いお話だと思ってるんですから」
「そうよねえ。こんないいお話、高耶にはもったいなくて」
「そんな!義明が苦労をかけないか心配ですよ。でもねえ、こんなバカ息子は高耶くんのようないい子にそばにいてもらわないといつまでたっても遊び呆けてしまうしねえ」
「お・に・い・さ・ん!!!」
直江が割って入ってようやく話が終わった。
だけどオレは聞き逃さなかったからな!遊びまわってたってどんな遊びをしてたんだか教えてもらわないと!
「さあさあ、新郎新婦はこっちだぞ。式を始めるか!」
お兄さんの仕切りで結婚式は始まった。お兄さんが徹夜で考えた誓いの言葉だとか(何かのお芝居みたいな大袈裟な台詞回しが笑えたけど、当の本人は至って大真面目だ)指輪の交換だとか、誓いのチューだとかをさせられて、笑顔満面なウチの家族と照広お兄さんとは対照的に直江の家族はいちいち首を傾げたり、驚いたりしてた。
けど。
「あなたを一生かけて幸せにします。そのためなら私は何も惜しみません。怖いものもありません。あなたがそばにいてくれるならもう他には何も望みません。だからあなたを、私に守らせてください」
そう直江が言ったとたん、全員すすり泣きを始めた。いつもより多めに酒が入ってるからってのもあったんだろう。
で、その後でオレが両親に書いてきた手紙を読んだら、すすり泣きから号泣になった。
「オレはこれから義明さんとずっと一緒にいるけど、父さんと母さんの子で、美弥のお兄ちゃんなのは一生変わらない。だからいつまでもオレと義明さんを見守っててください。義明さんのお父さん、お母さん、お兄さんたち、お姉さん。オレはまだ義明さんには釣り合わない子供だけど、いつかは義明さんの横にいてもおかしくないような大人になれるよう努力を惜しみません。絶対に義明さんと幸せになりますからどうかよろしくお願いします」
と、まあ、こんな内容だったんだ。
そしたら直江もホロホロ泣き出して、オレもそれを見たら嬉しくて泣けてきて、個室にいる全員が号泣だ。
うーん、全員が全員感動の涙をしたわけではなさそうだったけどな。
直江のお母さんだけは確実に「義明〜!!」って悲しそうだったしな。ま、こういうのは言ったもん勝ちだから。
その後はヤケクソ丸出しの直江の家族と、どこまでものん気なオレの家族と、幸せいっぱいのオレと直江で楽しいご歓談だ。
食事会は午後3時に終了。
他のみんなはオレと直江を置いて帰宅の途についた。直江のお母さんはいつまでも直江を振り返りながら、お兄さんに腕を引っ張られて帰って行った。
「……ええっと、て、ことは?」
「帰りましょうか」
「……んーと、ウチに?」
「ええ、私たちの家に」
オレたちの家。あの新築の家に。
「なんか、恥ずかしいな」
「ちょっとだけね」
新居にはすでに直江が住んでる。完成してすぐに直江だけ引っ越して、オレも何度か遊びに行って泊まったりしてる。
だから不便なことは何もなくて、オレのものも全部用意してあって、あとはオレの体だけが引っ越せばいいわけ。
「さて、帰りましょうね」
タクシーに乗って新居へ。今日からオレと直江の新しい生活のスタートだ。
「お邪魔しまーす。じゃなくて……ただいま」
「お帰りなさい、高耶さん」
「直江〜!」
玄関先でギューギュー抱きついてキスして、夫婦の実感をした。
「着替えて少し休みましょう。眠いでしょう?」
「うん。式の間も食事会も眠くてしょーがなかった」
2階に上がって自分の部屋に。直江は寝室に。そこで着替えて寝室に入った。
「このベッド、でかくていいよな〜」
「少し寝てくださいね。私はリビングにいますから」
「うん」
そしたら夕飯作るのも忘れてグッスリ寝ちゃって、目が覚めたのは夜9時だった。
結婚式当日なのにこんなだらしなくて直江に嫌われやしないかと不安になったけど、リビングまで行ったら直江がピザの宅配のチラシを手にして笑いかけてくれた。
「今夜はピザでいいですよね?」
「あ、うん」
……優しいな……。
「オレ、直江と結婚できて良かったよ」
「今更何ですか?そんなにお世辞言っても何も出ませんからね」
「お世辞じゃないもん」
ピザが来るまで直江に甘えながら過ごした。
で、初夜だ。
風呂に入るまで全然頭になかったんだけど、体を洗ってる時に気が付いた。
そーいえば、前に直江がオレとエッチしたいって言ってたっけな。だけどそう言ったのはあれっきりで、その後は何も言わないし、そんな雰囲気にもならないし、もしかして忘れてるかも?
忘れてるんだったらいいよ?だってオレ、まだ心の準備ができてないし。
だけど忘れてるとは思えないんだよな〜。
結婚するとなったらやっぱソレも込みだしな〜。
どうしよう。キッパリと「まだしたくない」って言えばいいのかな?
リビングに戻ったらもう明かりも消えてて、直江はいなかった。すでに寝室に行ってるらしい。
ちょっとだけ重い足を階段の一段目に乗せて、気合(断る気合だ)を入れて上った。
わざと音を立てて廊下を歩いて寝室のドアを開ける。
「直江?」
「はい?」
直江はベッドの上に座って本を読んでた。オレが呼んだらその本をパタンと閉じてベッドサイドの小さいテーブルに置いた。
「どうぞ」
「あ、うん」
促されるままベッドに入った。ダメじゃん!!断るのが先だろ!
「………高耶さ〜ん!!」
ほらきた!!
「ダメ!まだ!」
「どうしてですか?!結婚したんですよ?!」
「心の準備ができてない!」
ピタリと直江の動きが止まった。なんか嫌な予感がするな〜。
「5ヶ月と12日間も待たせておいて?」
「だって直江と結婚できるってだけで嬉しかったから、そーゆーの忘れてたんだもん」
「花嫁としての心構えはしてなかったってことですか?」
「してたけどさあ……」
「大丈夫ですよ。5ヶ月間色々と勉強して、シュミレーションもバッチリです。痛くないようにとか、すぐ気持ちよくなるようにとか、仕事の合間にたくさんネットで検索したり、本を買って読んだり、同性愛者のコミュニティで聞き込んだりしましたから」
「そんなことしてたのか……」
今ので真面目な先生ってゆーイメージは総崩れになった。婚約期間にも直江のバカっぽいところは垣間見てたけど、まさかここまでバカだとは。
「あ!その前に!聞きたいことがあったんだけど?」
「はい?」
「遊びまわってたって、どういう意味?」
「う」
顔面蒼白になった直江。だいたいの予想はついてるけど……
「まさか教え子に手を出したなんてことは……」
「まさか!あなたが初めてですよ!私が遊んでいたのはちゃんとした大人の女性ばかりで……!!ゲホゲホゲホ!!」
「ふ〜ん……」
「高耶さ〜ん……」
ま、しょうがないか。今となっては直江はオレの旦那様なんだ。浮気さえしなきゃいいや。
それに女と遊んでばっかいたヤツだったら、もしオレが何もさせないとなった日にはガマンができなくて…ってことも有り得る。
「じゃあ過去のことは水に流すとして。オレを一生大事にするか?」
「はい!」
「真綿で包むように大事にしてくれなきゃ許さないからな」
「もちろんそのつもりです!」
「一番愛してるか?」
「はい」
「心変わりしないか?」
「はい」
「後悔もしないな?」
「あなたこそしませんか?」
「しない!」
「させませんよ」
そう言って直江がしてきたチューは今までのどのチューより優しくて、あったかくて、気持ちよかった。
「お誕生日おめでとうございます。そして、結婚してくれてありがとう」
「直江……」
「いい?」
「うん……」
「じゃあ、よろしくお願いします…」
「優しくな…?」
「ええ」
初夜だ。
翌日は体が痛くてしょーがなかったけど、直江が何から何までやってくれて助かった。
学校ももう夏休みに入ってたし、直江もオレも一応休み。
で、新婚旅行だ。
オレはハワイに行きたくて、直江はヨーロッパに行きたくて、1ヶ月ぐらいモメたんだけど結局オレの希望のハワイになった。
だって直江とヨーロッパなんか行ったら歴史(直江は日本史だけじゃなくて世界史も好きな歴史マニアだから)の授業になりそうでイヤだったんだよな〜。
やっぱ新婚旅行にはそんな授業のない楽しいハワイに決まってる!
新婚旅行は5泊7日。ハワイだからな。
公立の学校の先生はほぼ毎日用もないのに学校に行かなきゃいけないって規則になったらしいんだけど、ウチは私立だから大丈夫。
出勤日は週に2日程度だ。有給休暇も取ったらしい。そんなわけで直江との新婚生活をエンジョイしてた。
「そろそろ旅行の準備を始めないといけませんね」
「そっか。来週だもんな」
そんな話をしてたら照広お兄さんが我が家にやってきた。
「こんにちは、お義兄さん」
「お邪魔します、高耶くん。どうだ?新生活には慣れたか?」
「はい。だいぶ慣れてきました。夏休みが入って良かったなって感じですけど」
「そうだな。結婚してすぐ学校ってのは難しいもんなあ。しばらくは夏休みを使って慣れておけばいいね」
「はい」
リビングに通すと一枚の封筒を出してきた。
「なんですか?」
「写真だよ」
そこからは立派な装丁の結婚式の記念写真が出てきた。直江とスーツで写ってるやつだ。
ホテルの写真室で『誕生日記念』という名目で直江と一緒に撮ったやつ。
お互いの家族との集合写真もあったけど、二人で写ってるやつだけは別になってた。
「うわ〜、恥ずかしい〜」
「そうか?二人とも男前に写ってるじゃないか。こっちはサービス判だから写真立てにでも入れて飾ったらどうかな?」
「ありがとうございます、お兄さん。大切にしますよ」
「で?おまえたち、初夜は無事に済んだのか?」
「にににに兄さん!!」
「あっはっは!そう照れることないじゃないか。当たり前だろ、夫婦なんだからな」
……もしかして、お義兄さん、オレの家族と似てる??
「いや〜、新婚家庭をからかうのは楽しいなあ。来週からは新婚旅行だろう?楽しみだろう、義明!」
「いい加減にしてください!」
「可愛い花嫁独り占めだぞ。ここは一丁、男を上げてこなきゃなあ!」
「兄さん!」
新婚旅行、もしかして遊べないかもしれない?ずっと直江とホテルの中?
そんなのイヤだ!!
「あとで新婚旅行の写真見ようか、直江」
「今日はジャスコにお買い物じゃなかったんですか?棚が欲しいって言ってたじゃないですか」
「いいよ、また今度にしよう。な?」
「……ええ、そうしましょうか。じゃ、まずはファンヒーターを出さないとね」
オレの旦那さんはちょっとマヌケだけど、頼りがいがあって優しくて力持ちで、かっこいい。
ハワイでもすっごくカッコよかったんだからな。
エヘヘヘ。
んーと、じゃあ次は新婚旅行の話でもしてやるよ。
ちょっと待っててくれ。アルバム出してくる。
END
|