高耶さんは17歳


第4話  新婚旅行とオレ 
 
         
 

アルバムを出してきてリビングで開いた。
このアルバムは新婚旅行用にって直江が作ったもので、普通に売ってるアルバムじゃなくてコクヨのラ−44ってゆー品番のスクラップブックだ。
そこに写真の他にも色んな思い出の品が貼り付けてある。マメなやつだ。

「直江、コーヒー作って」
「はいはい。ちょっと待っててくださいね」
「牛乳多めにな」
「わかってますよ」

スクラップブックの背表紙には直江の字で『新婚旅行』って書いてある。表紙には何も書いてないけどな。
その表紙を開けると一番最初のページにハワイの絵葉書が貼ってあって、その下に『HONEYMOON』てこれまたキレイな字で、しかもラメのペンを使って上手にレタリングしてあるんだな。
直江の隠された一面てやつだ。

「待ってくださいよ、一緒に見ましょう」
「あ、うん。じゃあ早く」

楽しかったなあ、新婚旅行。ケンカもしたけどさ。

 

 

「眠い」
「だから機内で寝ておきなさいって言ったでしょう」
「仕方ないじゃん、飛行機なんて初めて乗ったんだから」

オレは初めての飛行機で緊張して眠れなかった。ハワイと日本はものすごい時差があるからよく寝ておけって直江に言われてたんだけど、全然眠れなくて横でグースカ寝てる直江の顔を見てばっかりいた。

「今、何時?」
「朝6時すぎです」
「そーじゃなくて、日本時間で」
「ええと、時差が19時間ですから……5時間引いて、深夜1時ですね」
「そっか…」

予定ではこの後、観光会社のバスが迎えに来て6時間後にホテルにチェックインだ。一応新婚旅行だから豪華プランでチェックインの時間も普通より3時間早めにしてくれる。だけどあと6時間、てことは、日本時間の朝7時まで眠れないってことで…!

「う〜」
「あ、バスが来たみたいですよ」

そのバスに乗って飛行場を離れると青い海が見えた。眠いけどこの海を見逃すほどバカじゃないぞ!

「すっげえ!ハワイって感じ!」
「何度来てもこの海はいいですね。朝のハワイはキラキラしててキレイでしょう?」
「うん!」

そんな感動をしてたのに、バスは色気も何もまったくない土産物屋に入った。

「なんで?」
「ホテルのチェックインまでの時間稼ぎですよ。バスに残ってても仕方ないから行きましょうか」

土産物屋はアロハだのムームーだの民芸品ばっかりだった。コナコーヒーの試飲があったからそれを飲んで目を覚まそうとしたんだけど、苦くて全然飲めなかった。
アロハで気に入った柄があったから欲しいって直江に言ったら、こんなところでアロハを買うもんじゃないってダメ出しされた。

「なんで〜。欲しいのに〜」
「どうせならもっといいアロハを買いましょう」
「いいアロハ?」
「ええ。有名な店を知ってますから、そこに行きませんか?」
「んー、そうする」

直江は前にもハワイに来たことがあるらしくて、全部任せておいてくださいって言ってた。オレが行きたいところもやりたいことも全部計画するんだってさ。いい旦那さんだな〜。

で、その後はバスで名所に何箇所も連れ回された。最初のうちは興奮して眠気も何もなかったんだけど、ダイアモンドヘッドあたりで眠気が襲ってきやがった。

「直江……もう眠い……」
「もう少しですよ。お昼ごはんを食べたらホテルに行けますから」
「うん」

うつらうつらしながら観光と昼飯を終わらせて、ようやくホテルに。
ワイキキのツインタワーになってる豪華なホテル。広すぎて部屋に行くまでに時間がかかるけど、内装もハワイっぽい家具だとか広い室内だとか、ベランダには白いテーブルと椅子が置いてあるリゾート気分満載のホテルだった。

「寝る〜!!」
「ええ、どうぞ。夕飯ぐらいまで寝てていいですよ」
「直江は?」
「そばにいますから」

ツインの豪華な部屋のベッドでオレは着替えもせずに眠った。寝入りばなに直江がクスクス笑ってたけど。

 

 

「なんでさっき笑ってたんだ?」
「さっき?」
「オレが寝るとき」
「結婚式の日も昼寝してたなあ、と思って。高耶さんてよく寝ますよね」
「寝る子は育つんだ」

夕飯を食べにホテルを出て、ショッピングモールの中にあるレストランに入ってそんな話をしてた。夜遅くまでやってるから後で店を回ろうって話もしながら。
オレがよく寝るのは確かにそうだけど、結婚式も今日も緊張のせいで眠れなかっただけで、いつもはちゃんとしてるぞ。
昼寝はあんまりしない。あんまり。

「たまに授業中も寝てるって話を聞きますけど」
「え?!」
「数学なんか特に。ダメじゃないですか」
「うう〜……」

こんな時に先生モード出しやがって!!

「でも私の授業では寝てませんね。そんなに私の授業は楽しいですか?」
「そーじゃないけど」
「楽しくないんですか?!もっと考えて授業をしなきゃいけませんかね……でも歴史で楽しくっていうと、こぼれ話ぐらいしか出来ませんしねえ…」
「じゃなくて。直江の顔を見てられるから寝ないだけ」
「た!」

早く先生モードから旦那様モードに戻って欲しくてこう言ってみた。せっかくの新婚旅行なんだぞ!
ま、嘘じゃないからな。

「橘先生の授業は今のまんまでも楽しいから平気だよ」
「そうですか?」
「うん」

直江の操縦方法のコツを最近ようやく覚えてきた。こいつは結局、オレのことが好きでたまらないわけだから、ちょっとでも惚れてるだとか、直江のためだとか言えば大丈夫。

「そんなことより、明日は何やんの?」
「ああ、明日はのんびりした方がいいと思って、予定は特にありませんよ。海に行っても良いし、買い物してもいいですよ」
「そっか〜。ホテルのベランダでのんびりってのもいいな〜。景色良かったしな〜」

そこで直江の目がキラリンと光った。もしかして。

「一日中エッチなんかしないからな」
「……はい……」

そのつもりだったのかよ。マジで?エッチは嫌いじゃないけど、恥ずかしいからまだ慣れない。
直江に触られるのも、いろんなとこキスされるのも、見られるのも恥ずかしい。
直江は満足してないらしくて、何かっちゃあチャレンジしようとしてるんだけど、オレはそうやられると怖くなって拒んでしまう。
だけど結婚生活は長いんだ。長いってゆーか一生続くんだから、いつかは直江の期待に答えてやれるようになるかな、とは思う。

「あー、食った食った。買い物して戻ろうぜ」
「そうですね」

戻りがてらいろんな店に入って物色。買った物は結局、お土産ばっかりだったけどな。

で、新婚旅行初日の夜だ。

「高耶さ〜ん!」
「うわ!」
「せっかくのハネムーンです!することしなきゃ始まりませんよね?!」
「でも!」
「疲れてるなんて言い訳は聞きませんよ。さっきまでぐっすり眠ってたでしょう?」
「でも〜!」
「大丈夫。優しくしますから」
「……わかった……」

うれしはずかしハネムーンだ。

 

 

 

翌日は強制的にのんびりと、海に面してるベランダで過ごした。
天気が良くて海がキレイな青をしてて、薄い雲がホワホワ流れて行く景色がすっごい良かった。

「イテテテテ」
「すいません……」
「いいよ、謝るな。新婚旅行なんだから当然だろ」

椅子にクッションを置いて座って、ルームサービスの朝食を食べた。
さすがに直江はひどいことしないけど、やっぱ慣れないから体中が痛い。だけどガマンだ。新婚旅行だ。

「午後になったらラクになると思うから、そしたら買い物しよう?せっかくだから二人の記念品も欲しいもんな」
「ええ」

ベランダだけどキスもして、甘い雰囲気の朝を味わう。ああ、本当に結婚したんだな〜。

「なあなあ、いつもの言って」
「いつもの?」
「そう」
「愛してますよ」
「オレも〜!」

いつも家でやってるように「直江、あーんして」をやりつつ、ハチミツをかけたみたいなオレと直江の朝食が終わった。
んで、それから午後になるまでベッドでチューだ。触るのはOKで、本番はNGだけどな。

「んん……なあ……」
「はい?」
「教え子にやらしいことするのって、どんな気持ち?」
「え?」
「奥さんてゆっても直江の生徒じゃん?しかも担任。どんな気持ち?」
「……そうですね……背徳的、とは違いますね。奥さんですから。どんな気持ちか、ですか」
「うん」
「嬉しいです」
「へ?」
「他にも生徒はたくさんいますけど、あなただけは特別で、私だけのもので、生徒でもあり、奥さんでもあり、二重に嬉しいです。だからあなたにやらしいことを出来るのはこの上なく嬉しいですよ」
「……ばーか」

直江は最高の旦那さんだ。

 

 

午後になってから免税店でお土産の買い物をして、それから直江オススメのアロハシャツの専門店へ行ったんだ。
木綿のからシルクのから種類はたくさんあって、どれがいいのかのウンチクを聞きながら選んだ。

「なんでアロハに詳しいんだ?」
「アロハというよりも歴史ですよ、これは。ハワイの歴史を本で読んでいた時に、コンテンツでアロハシャツのことが載ってたんです。昔は練りボタンがなかったので竹だとかココナッツでボタンを作った、とかね。そうやって読んでいったらアロハシャツの歴史が気になって、それで多少ですが調べました」
「そーゆーとこが歴史マニアって呼ばれるんだろうな〜」
「そうですか?じゃあ今度はスカジャンの歴史も教えましょうか」
「もういい」

直江の好奇心の向き先はどこにでも転がってるようで、オレが気に入ったシルクと竹ボタンの(渋い!)アロハを買って外に出たら今度はアメリカとハワイの関係性を歴史上から考察する、みたいなことを言い出した。
適当に聞き流してショッピング再開。特に欲しいものはもうないけど、食べ物に興味が行ったオレはアイスクリームだとか、露店の串に刺さったパイナップルだとか、甘い匂いのするクッキーだとか、そんなのを買いこんでは食ってた。

「そんなに食べたら夕飯が入らなくなりますよ?」
「大丈夫だろ。まだ全然余裕。今日はアレ食いたい」

ハワイに来てまでって感じなんだけど、お好み焼きが食べたくなって店を指差した。

「ええと、今日の夕飯は海辺のレストランを予約しようかと思ってたんですが」
「やだ。お好み焼きがいい」
「じゃああとで来ましょうね」

直江が言うにはフラダンスのショーとかも見られるようなレストランに連れて行きたかったらしいんだけど、さっき嗅いだお好みソースの匂いがオレの胃袋を刺激したもんだから、レストランよりもそっちが良くなった。
仕方ないですね、なんつって苦笑いしてたけど。

 

 

 

翌日はオプショナルツアーで牧場に行く予定だ。
そこの牧場は広大で、いろんなレジャーが用意されてて、射撃もあれば四輪バギーもあるし、乗馬もできるし、プライベートビーチも持ってるからシュノーケルもできる。
オレは射撃と乗馬とバスツアーがしたかった。
射撃はハワイの基本だろ?
乗馬は直江のリクエスト。
バスツアーは映画のセットで使われたとこを回れるから行ってみたかった。

なのに。

「今夜はダメだって!明日乗馬すんだろ!」
「一回だけ!」
「楽しくなくなるからヤダ!」
「高耶さ〜ん…」
「ダメ!早起きもしなきゃいけないんだから寝るぞ。おまえ一応先生なんだから、そーゆーとこしっかりしなきゃダメじゃんか」
「はあ…」

どうにか言いくるめてその夜は別々のベッドで寝た。

 

 

それから。
オプショナルツアーの牧場で直江の乗馬姿を見てうっとりしたり、オレの射撃の腕前がけっこう良かったり、そんな感じで楽しいツアーをやってたんだけど。
バスツアーで映画の撮影場所を回って、有名な大きな木を見て、途中でコンクリの入り口の坑道みたいなとこに入った。
そこは防空壕で太平洋戦争の時に使われたものだったそうで、見学できるように改装してあるとこだった。

確かにさ、ここでの話は聞かなきゃダメだと思ったんだ。だから直江の歴史の話を大人しく聞いてた。でもツアーが終わってからも直江はハワイの歴史について話し続けてるんだよ。
晴れた空の下で、目の前にはキレイな海があって、オレはその海に入りたくてウズウズしながら準備体操してるってのにだ。

「あのなあ!新婚旅行なんだぞ!いつもの歴史デートじゃないんだからそーゆーのやめろ!」
「…すいません…」
「せっかくの初めての旅行なのに!おまえの頭の中は歴史とエッチしかないのかよ!」
「そういうわけでは…っ」
「もういい!ひとりで遊んでくる!」

直江をビーチに置き去りにしてひとりで海に入った。
オレは熱帯魚と戯れたいんだよ!波に乗ったりしたいんだよ!このハワイを満喫したいんだよ!!

日本人ばっかりで女の子にナンパされたりもした。直江が見てるかどうかなんてシカトして少し遊んだりもした。
1時間ぐらいほったらかしにしてたら自分が寂しくなってきて、そろそろ仲直りしようかなって思って直江のいたところに戻ったんだけど、直江はいなかった。
オレのシャツが残ってただけだ。

怒って帰ったんだな。

 

 

水着のポケットに入れてたカードキーを使って部屋に入ると、直江がベランダでタバコを吸ってるのが見えた。
やっぱ怒ってるみたい。だけどオレも怒ってる。
シャワーを浴びて着替えてから、黙って財布を持って部屋の外に出ようとした。ジュース買いに行こうと思って。
そしたら。

「今度はどこに行くんですか」

部屋に入ってきてすっごい低い声で聞かれた。

「ABCマート」
「誰と?」
「ひとりで」

さっき女の子のグループと遊んでたのが気に入らないってわけか。

「直江と一緒にいても歴史の話かエッチしかしないから、つまんない」
「そうですか。すいませんね、つまらない旦那さんで」

よく成田離婚てゆーけど、たぶんこうゆうのがそうなんだろう。一緒に旅行をしてみて初めてわかる相手の欠点。

「そう思うんだったら反省しろよ。オレは折れないからな。言ったよな?真綿で包むように大事にされないと気がすまないって」
「ええ」
「そのぶんおまえを大事にするって、言ったよな?おまえは旅行でオレを大事にしてたか?いいか?ワガママを聞くのと、大事にするのは違うんだぞ」

それだけ言って外に出た。
誰が折れてやるもんか。ふん。

 

 

譲だとか仲がいい友達のために細かいお土産と自分で飲むジュースを買ってホテルに戻ろうとした。
だけどなんとなくまだ帰りたくなくて、店の隣りにあったハーゲンダッツアイスに入ってカップのアイスを買った。
その店内で食ってたら直江が来た。

「ずるいですよ」
「何が」
「あんなこと言われたら反省するしかなじゃないですか。怒ることもできないなんて」
「しょうがないだろ。オレと結婚したおまえが悪いんだ」

直江は大きく溜息をつくと、オレの隣りに座って下を向いた。

「すいませんでした」
「わかればいい」
「でもたまには私のワガママも聞いてくださいよ」
「やだ」
「高耶さん……」

ここで「いいよ」って言ったらこの先の人生でオレが操縦桿を握れなくなるからな。本当は聞いてもいいんだけど、今はそう言っちゃいけない。

「夕飯、フラダンスのレストランがいい」
「え?」
「昨日行く予定だったとこがいい」
「……ええ。わかりました。予約を入れてきます」

直江は顔を上げて嬉しそうにそう言った。
そんなわけでこうして直江のワガママを誘導してやることにした。この結婚生活は絶対にオレが主導権を握るんだ!

 

 

「本当に、あの時は危うく成田離婚かと思いましたよ」
「そうか?」
「ええ、本当にね。たぶんあなたから謝ってくるだろうとタカを括ってたものですから、ああ言われたときは驚きました」
「もっとガキだと思ってたんだろ」
「少しね」

スクラップブックを閉じてオレを抱きしめてきた。ファンヒーターよりもあったかい直江の腕の中。

「だけどあなたは相変わらずワガママで、可愛らしくて、何よりも私の操縦が上手くて、もう虜ですよ」
「へっへー」
「あとはもうちょっとエッチに積極的だったらいいんですけどね」
「うっ……」
「まあ、高校生ですから、教師という立場から考えるとそれはそれで問題ですけどね」
「よく言うよ!このエロ教師!」

直江の腕の中から出ようともがいてみたんだけど、全然びくともしなかった。

「愛してます」
「う〜〜〜」
「大事にします」
「……わかってるよ」

大事にされてるのがよくわかるスクラップブック。
直江はオレが楽しかった思い出を全部これに詰め込んでくれた。写真はもちろん、ホテルのカードキーも、乗馬したときに摘んできたハワイの花も、アロハシャツのタグも、飛行機のチケットも、直江は全部これに貼ってオレに見せてくれた。
ハワイ最後の日にはヤシの木を材料に作られてる写真立てをプレゼントしてくれた。二人の思い出をこの中に入れて大事に飾っておきましょうって。嬉しくてうっかり泣いちゃったよ。

それで結局、オレは大事にされてるのを再確認して直江に少し甘くなる。

「今夜もいいですか?」
「……仕方ないな……っ」

 

 

これで一応オレと直江の結婚生活への道のりは話したことになるな。
次回からはどんな話をしたらいいんだろ?
考えておくから待っててくれよな。じゃー、また。

 

 

END

 

 
   

あとがき

ハワイか〜。
行きたいな〜。
ここの直江は何度か女とハワイに
行ってる設定で作ったんですが
長くなるから削除しました。
直江とハワイ・・・行きたい!

   
         
       
         
   
ブラウザでお戻りください