高耶さんは17歳


第5話  文化祭とオレ 
 
         
 

ザ☆文化祭だ。

うちの学校は生徒会が主催の生徒本位で作る文化祭で、先生たちは手助け程度しかしないことになってる。
そんな中で我が橘学級は普段からまとめてる担任がいいのか、結束力の高いクラスで出し物はフリーマーケットになった。
生徒全員がいらないものを無料で寄付して、売り上げは来年の予算に組み込む、という仕組みだ。

でもそれだけじゃつまらないから準備期間中に何か売れるものを作ろうってことになった。
裁縫が得意な人は安くてセンスのいい布でトートバッグを、工作が好きな人はクラフト紙とボール紙と余り布で作るミニアルバムや小物入れを、あんまり器用じゃない人は器用な人に習って麻紐や毛糸や刺繍糸やビーズで携帯ストラップを作る。

和気藹々とみんなで色々やってる教室で、担任の橘先生はオレのいるグループと一緒にミニアルバムを作った。

「先生、そこちょっと違うよ。表紙の裏にクラフト紙を貼る前に紐をボンドでくっつけないと」
「あ、そうでしたね」

譲に指摘された橘先生は丁寧にクラフト紙を剥がして紐をボンドでくっつけた。

「た……仰木くんのはなんか変な形ですね」
「う」

うるさい、って言おうとして詰まった。
そう言っていいのは橘先生とオレだけの時だ。だって橘先生は本当はオレの旦那さんの直江なんだもん。

「あんまし器用じゃないんだよ。オレのはいいから先生は自分のやれよ」
「はいはい」

女子生徒は出来上がったものを直江に見せにくる。そうやってハンサム先生の気を引こうとしても無駄だ。もうすでにオレと直江は結婚してるんだからな!

「そういえば仰木くんの料理部は喫茶店を開くそうですね」
「うん。前日にハヤシライスとチーズケーキの仕込みがあるんだ。料理部って毎年ハヤシライスが好評らしくてさ、でも今年からはケーキとコーヒー、紅茶も出して喫茶店みたくするんだって」
「ああ…前日は仕込みですか…」

何か言いたげだったけど無視して作業を続けた。

 

 

 

家に帰って着替えてから商店街に買い物に行った。今日の直江の夕飯のリクエストは揚げ出し豆腐。それさえあれば他はなんでも
いいってことだ。
揚げ出し豆腐は1ヶ月前の料理部のメニューに入ってたから作れる。こうしてオレは日々努力をして直江に美味いものを食わせるのが仕事。

オレのために広めに作ったキッチンで料理本を見ながら野菜や肉と苦戦中に旦那様が帰ってきた。

「おかえり!」
「ただいま」

新婚らしく玄関でチューをして、沸かしておいた風呂をすすめると直江はじゃあ夕飯前に入りますって言って着替えに寝室へ。
料理を作ってる間に風呂に入った旦那様はキッチンに来て冷蔵庫を開け、冷えたビールを出してグラスに注いだ。

「風呂上りのビールって最高ですねぇ」
「夕飯前には少しだけしか飲むなよ。せっかく揚げ出し豆腐作ったのにビールで腹いっぱいなんて許さないぞ」
「わかってますよ」

リビングでビールを飲みながらテレビをつけてリモコンでチャンネルを変えていく。この時間帯に歴史番組なんかがやってるとそれを楽しそうに見て夕飯が出来てもなかなかテーブルに来ないことがある。歴史マニアめ。
そんな時は仕方ないからリビングのローテーブルで夕飯になるんだけど、まあ、そういうのも楽しいからいいんだ。
なんってったって新婚だからな。

今日は上手い具合に歴史番組はやってなくて、ダイニングテーブルでの夕飯だ。揚げ出し豆腐にことさら感激して食べた後に、オレの旦那さんはそれとなく(本人はそれとなく切り出したらしいが)話し出した。

「前日の仕込みって、門脇先生から聞いたんですけど夜10時ぐらいまでやるそうじゃないですか」
「みたいだな」
「……心配です」
「何が?」
「体を壊さないかはもちろんですけど、そんな遅くまで残って帰り道に何かあったら」
「体は大丈夫だ。そんなきつい労働じゃないから。それより帰り道ってなんだよ。オレは女じゃねーぞ」
「ええ。そういう意味ではなくて……料理部は女の子だらけだから、男子生徒が駅やバス停や、近所だったら家まで送って行くのが慣習なんですよ。あなたは自転車通学だから近所の女生徒を家まで送るでしょう?その時に告白だとか誘惑だとかあったら…」

確かに結婚してるとはいえ、戸籍はそのままだ。養子縁組をって話も出てるけど日本が男同士の婚姻を認める日がいつかくるかもしれないからそのままにしておこうって決めた。
だからもしオレや直江に好きな女が出来た時は恐ろしいことになる。
それを心配してるわけだ。だけどなあ。

「オレがそんなのにノるわけないだろ。新婚だぞ?今はもう直江に惚れまくってて他人なんか目に入らないってのに、変な心配しやがって」
「そうなんですけど、万が一ということも」
「大丈夫だ!それよりおまえはどうなんだよ。毎日毎日『橘せんせ〜』って追いかけられててさ。知ってるんだぞ。物理の山本先生が直江にアタックしまくってんの」
「ああ、山本先生ですか。先日ちゃんとお断りしましたよ」
「やっぱり!!」

旦那さんがモテないよりはモテる方がいいってよく言うけど、オレはモテないほうがいい!!

「それに他のクラスの女どもだって何かっちゃー直江に話しかけてさ。ベタベタしてさ」
「でも生徒から告白されたことはありませんよ。あなたを除いては」
「うっ」

そうだった。オレから告白したんだっけ。だけどオレ以外の生徒に告白されたことがないってのは嘘くせーな。
絶対にあっておかしくないのに。

「私のことは心配しなくても大丈夫ですよ。あなたしか愛せない体になったんですから」
「そーかもしれないけどさー」
「高耶さんも気をつけてくださいねって話をしてるんでしょう?」
「……わかった」

真剣な顔で言われたから大人しく頷いた。直江が本当にオレのことしか愛してないのがわかるだけに、こんな時は大人しくしなきゃなって思うから。

「文化祭か……忙しいですね……」
「うん」
「来週からは私も高耶さんも忙しくなりますから、今夜いいですか?」
「……明日は平日だ……」
「明日は体育の授業がないから大丈夫ですよ」
「このエロ教師」
「ええ、あなただけのエロ教師です。ね?いいでしょう?」
「うーん……そうだな……一週間以上できないし……いいけど、一回だけだからな」
「はい」

嬉しそうだな、エロ教師。

 

 

 

そんな感じで文化祭前日。クラスの準備はほとんど出来て、あとは部活の料理部の仕込みだけ。
放課後に家庭科室に行ってハヤシライスとチーズケーキを作る。オレはケーキ担当グループだ。
簡単なベイクドチーズケーキの作り方ってのがあって、今回はそれがレシピだ。材料を一気にミキサーで混ぜて、それを型に入れるだけ。

何度かミキサーを動かして、ケーキ型に入れていくつかまとめて大きなオーブンへ。焼き上がりを待って第二弾の投入をしてそれを繰り返して第三弾まで焼く。
その待ってる間にハヤシライスを手伝う。ソースの方は担当がかかりっきりでやってるから、オレたちケーキチームは米を洗う。
一日100食は軽く出るらしいからその分の米を洗うのは結構な肉体労働だったけど、文化祭に来てくれた人たちに料理部自慢のハヤシライスを提供したいって気持ちはみんな同じで、ひとつも文句言わず、むしろ楽しそうにやってた。

「綾子せんせ〜、ソース完成しました〜」
「こっちはコメ研ぎ終わったぜ」

洗った米をガスの大型炊飯器に入れて、分量どおりの水を浸しておく。明日の朝一番に米を炊けばあとはソースを温めるだけだ。

「じゃケーキが焼きあがったら終わりね。そろそろ焼きあがる?」
「あと10分ぐらいかな」

門脇先生も一緒になって皿だとかの用意をしてくれた。喫茶店として使うのは会議室で、部屋続きの給湯室があるからそこでハヤシライスを盛ったりコーヒーを入れたりできる。今日の門脇先生はその給湯室に往復して皿やカップを運んでた。

ケーキが焼きあがるまでの間、料理部全員がまったりと缶コーヒーやジュースを飲みながら明日の文化祭に思いを馳せた。
その時、家庭科室のドアが軽やかにノックされた。

「門脇先生、いらっしゃいますか?」

ドアから顔を覗かせたのはオレの旦那さん、橘先生だった。料理部にも橘先生ファンはたくさんいて、思いがけないお客さんを見て騒然となった。
こんな女の園に何をしに来やがったんだ…?

「どうしたんですか、橘先生」
「いえその、仰木くんがいるかと思って。ちょっとクラスの方の出し物の件で聞きたいことが」
「仰木くんですか?ええ、いますけど」

呼ばれて行くとちょっと、と言って家庭科室から連れ出された。魂胆ミエミエ。

「なんだよ」
「あとどのぐらいで終わるんですか?」
「ケーキが焼きあがって、冷ましてからだから30分てとこだけど」
「……そうですか」

女子を送ってくってのが気になってるんだな。

「3人送ってくから10時半ぐらいに帰るよ」
「わかりました」

もしかしてゴネるんじゃないかって思ってたけど、簡単に引き下がって直江は職員室の方向に消えた。
戻ってしばらくしてからケーキが焼きあがって、それの荒熱を取ってる間に帰り支度をしてから冷蔵庫へ。
オレが送っていく女生徒は3人。学校からオレの家の方向のやつらばっかりだけど、みんなオレより学校に近いとこに住んでるから直江との新居がバレる心配はなさそうだ。

すぐに帰れる部員と一緒に校門へ向かっていたら背後から黄色い歓声もどきがした。

「橘先生も今から帰るの?!」
「途中まで一緒に帰ろうよ〜!」

料理部の橘先生ファンの連中に取り囲まれながら歩いてきたのは直江だった。オレが帰るのを見張ってたっぽい。
なんつーセコイ真似を……。

「徒歩で帰る女子はいるんですか?」
「あ!私徒歩だよ!」
「あたしも!」
「仰木くんに送ってもらうんだ〜」
「そうですか。私も方向が一緒ですから5人で帰りましょうか」

なるほど。そう来たか。まったく信用されてねーな。
ここで反論なんかしようものなら直江との仲を疑われるから黙って承諾した。
女子に囲まれながら歩く直江の背中を、チャリを押しながら歩く。こうやって直江はいつも女子生徒だの女教師だのに囲まれてニコニコしながらいい先生をやってるわけだけど、オレがいつもそのシーンを見て妬いてんのには気付いてないんだな。

最後の女子を家の門まで届けると、あとの20分は直江とオレだけの帰り道だ。

「高耶さんを誘惑されなくて良かった」
「おまえ、オレが帰るの待ってたんだろ。別に待つなって言っておいたわけじゃないけど、なんかムカつく」
「私と帰るのは嬉しくない?」

そりゃいつもバスとチャリだから一緒に帰るなんてことなかったけど。雨の日だって別々に帰るわけだし。

「嬉しいっちゃ嬉しいけどさ。先生って立場を考えろっつってんの」
「こんな機会でもない限りは一緒に帰れませんからね、これでも高耶さんを待ってるって思われないようにするのに懸命だったんですよ。用もないのに学校に残る教師なんて怪しいだけですから、わざと仕事を作ったりして」
「だから待たなくてもいいのに。誘惑だってされないし、されたとしても断る」

女子に告白されてオレがそっちを好きになるって考えを少しでも持ってる直江がムカつく。
それに橘先生ファンの女どもに直江がキャアキャア言われながらそれに付いて歩くオレの気持ちもわかれってんだ。

「怒ってます?」
「少しな」
「すいません。ただ……学校じゃあなたは冷たいから、たまに寂しくなるんです」
「それは周りにバレないようにだろっ」

夜10時を過ぎた暗い道でそんなことを言われたら可哀想になるじゃんか。しかもオレは恥ずかしくて顔真っ赤だし!

「自転車、私が押しますよ」
「いいよ。学校の誰かに見られたら変に思われるから。その代わり、帰ったら甘えるからな」
「…はい」

直江と並んで20分間の帰宅デートをした。やっぱたまにはいいかもな。

 

 

簡単に飯を食ってから交代で風呂に入って、ようやく今日の疲れを実感した。米を研いだのが案外重労働だったせいか肩が凝ってた。
自分で肩をゴリゴリやってたら直江が来て、肩を揉んでくれた。

「明日の文化祭が終わったら代休がありますから、ふたりでのんびり過ごしましょうね」
「うん。そしたらさ……」
「はい?」
「橘先生を独り占めだな」
「ぜひとも」

一週間どっちも忙しかったけど、直江は歴史研究会の顧問をやってるせいでオレよりも帰りが遅かった。
歴史研究会は4月からの日曜研究会の成果を見せるために、地理の教室を使って展示をするらしい。撮ってきた写真や調べた歴史をボードに貼って展示するほかに、生徒が考えた自分なりの考察だとか、伝説と言われているものの検証だとかも展示する。
例えば義経のジンギスカン説だとか、明智光秀の天海僧正説だとか。
けっこう面白いものが出来上がったからオレにも見に来いって言ってた。

そうやって直江も忙しくしてたせいで、最近は満足にチューもしてなかったな〜。

「なあ……チューして」
「でも今キスしたら止まらなくなりますから」
「いいからしろよ。奥さんの頼みだぞ?」
「はい」

リビングの床でチューして、久しぶりの新婚家庭を味わった。
ところが。

「やっぱりダメみたいです」
「ほえ?」
「高耶さん!!」

襲ってきやがった!明日はいつもより早く起きて登校して米を炊いたりケーキを切ったりしなきゃいけないのに!

「ダメダメダメー!!」
「もう限界です!」
「今からしたら起きられなくなる!あと7時間後には学校に…!なお…!」
「ちゃんと起こします!」
「ダメー!!」

どう言ってもやめない直江の腹にニーキックを入れた。

「ゲホッ」
「アホか!すぐサカりやがって!このエロ教師が!オレは甘えたいとは言ったがエッチしたいとは言ってねえぞ!」
「…た…たか…………」

地獄の苦しみを味わうがいい!!

その夜は直江を寝室から締め出してひとりで寝た。
腹を押さえてリビングの床で蹲ったままの直江に毛布を被せて、朝6時に起きるからなって言い捨てて2階の寝室に入った。
本日2回目の「可哀想な直江」だけど、さっきのはナシだろ!オレのことまったく考えてくれないなんて!

ムカムカしてたけど布団に入って1分後、オレは夢も見ないでぐっすり眠った。

 

 

「おい、直江。起きろ」

ソファで寂しそうに眠ってる直江を起こしてからトーストを焼いて、レトルトのトマトスープを出した。
まだ起き抜けの直江はノソノソとダイニングテーブルまで来て、寝不足で目の下をクマにした顔のまま朝食を食べ始めた。

「食ったらすぐに出るけど、直江はどうすんだ?」
「ギリギリに出ます…」
「そっか。オレさあ、ずっと部の方にいるからクラスのフリマには出ないけど、直江は?」
「午前中はクラスに…。午後から研究会の方に」
「んーと、そしたら……昼飯さ、一緒に食おう?料理部のハヤシライスでさ」

ちょっとテレながら言った一言が直江にはすっごく嬉しかったらしい。
オレだって学校で直江にベタベタしたり、一緒に昼飯食ったり、「橘せんせ〜」ってやってみたいんだ。でも無理だからせめて文化祭の昼飯ぐらいは。

「直江が食べに来たらオレも休憩させてもらうから。担任が食いに来たらオレが抜けるってゆーの、おかしくないよな?」
「ええ!一緒に食べましょう!高耶さんの作ったハヤシライスとチーズケーキ、いくらだって食べます!」
「待ってるからな」
「はい!」

ウキウキで朝食を食べてる直江と一緒になってオレもウキウキしてきた。
先に食べ終わってから学校に行く準備をして、またダイニングに。

「直江、直江」
「はい?」
「行ってきます」

不意打ちでチュー。

「たっ、高耶さん!」
「また後でな。愛してるぞ」
「はい!!」

 

 

お昼休みに直江が料理部の喫茶店まで来て、片隅で一緒にハヤシライスを食った。
もちろん橘先生が現れた喫茶店(直江がいると会議室までオシャレなカフェに見えるから不思議だ)は騒然となって、女生徒も保護者も来賓もみんな直江に釘付けだ。
そんな視線の中でオレは愛する旦那さんである直江と一緒にお昼ご飯を食べてる。なんつー快感だろう!
いいなあ、こうゆう羨望の眼差しって!!

「あとで時間もらってレキケン(歴史研究会だ!)の展示、見に行くから」
「顧問がこう言うのは何ですが、あまり高耶さんの好みではないと思いますよ?」
「別にいいよ。直江に会いに行くんだから」
「…………」
「な?」

家だったら喜んで抱きついてくるはずなんだけど、さすがに学校だからそれはない。ないってよりも学校でオレがそんなことを言い出すのに驚いて固まっちまったようだ。

「なお…橘先生?」
「あ、はい。ええ、待ってます」
「うひひ」

展示はつまらなかったけど直江がずっと横で解説をしながら、生徒と先生ってゆう感じでたまに肩を抱いたり背中を押したりしてスキンシップをとってた。それがなんつーか嬉しくて、文化祭の間のオレは常に上機嫌。
後夜祭なんかすっぽかして直江と二人で家に帰ってフォークダンスだ。ベッドの中でな。うわ、恥ずかしいこと言った、オレ!

 

文化祭はひとまず終了。
忙しくて直江とイチャイチャしたりするヒマがなかっただけに二人きりの後夜祭は燃えたわけで、全部丸く収まったわけで。

じゃあ次はその文化祭後の話をしようかな。
ちょっとばっか大変だったけど、直江との絆が深まった話だぞ。覚悟しておけ!

 

END

 

 
   

あとがき

この話って一話が長いですよね。
読み疲れますかね?
だけど2ページに分けるのが
面倒なのでこのままです。
抑揚のない文化祭ですいません
でした、毎度毎度。


   
         
       
         
   
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