高耶さんは17歳


第6話  ラブレターとオレ 
 
         
 

文化祭が終わってしばらく経ったころ、昼休みの教室内が騒然となった。
譲と一緒に弁当を食ってたら教室の後ろの戸あたりで何やら女子の口喧嘩が。

「ふざけんなよ!アタシが何しようが勝手だろ?!」
「うっせーな!似合いもしねーのに猫なで声出しやがって!」

言っておくけどこれは女子のケンカだからな。男子じゃねーぞ。キンキンの女子の声だ。
ビックリして譲とその女子二人を見てしまった。この二人が普段からあんまり仲良くないのは知ってたけど、こんなに大声でケンカしてるのを見るのは初めてだ。

「猫なで声はそっちだろ!」
「たいして可愛くもないくせにキモイんだよ!」

いったい何をケンカしてるんだろう?

「ブスのくせに橘先生の横に並んでんじゃねーっつってんだよ!」

オレは飲みかけの牛乳を譲の顔めがけて噴き出した。なんだって?!橘先生がどうしたって?!

「てめえに触られる先生がかわいそーでしょうがないね!」
「コロスぞ、このブタ!」

「た、高耶!!何すんだよ!」
「あ!ごめん!」

ハンカチを出して譲に渡した。それを持って水道まで顔を洗いに行ったみたいだ。
ケンカはまだ続いている。
隣りの席の女子にどうしてあんなことになってるのかを聞いてみたら、あの二人はどうやら文化祭のフリマで直江の両隣を陣取って直江にアタックしまくってたらしい。
腕を組んだり、寄りかかったりして。くそ。どっちもコロス。

「で、どうして今になってケンカしてんだ?」
「昨日、橘先生のとこにA子が行ったんだって。一緒にお昼食べようって。そしたら橘先生がお弁当を持ってきてたのね。で、それを見たA子はB子が作ったお弁当なんじゃないかって疑ったらしいんだ。その話をB子に聞いたら違うって言うわけよ。ほら、橘先生って2学期始まってからお弁当持って来るようになったじゃん」
「……そうなのか?」

オレが作ったやつな。でも知らないふりしておかないと。

「そうなのよ。A子って最近になってから先生ファンになったから知らなかったみたい。そんで変な言いがかりつけた、ってケンカになったらしいんだ」
「女ってのはおっかねーな」
「まあね〜。けど橘先生の取り合いだからしょうがないんじゃない?」

そうか〜。直江って思ったよりモテてんだな。今のところ女生徒からの誘惑には乗る様子がないから安心だけど。
ま、そりゃそうか。オレにメロメロなんだし。

顔を洗って戻ってきた譲にケンカの原因を教えてやったら怪訝そうな顔をオレに向けた。

「あいつらのケンカなんかどうでもいいけどさ、橘先生のお弁当って誰が作ってんだろうね〜?」
「そ、そりゃ彼女だとかじゃねーの?」
「彼女かな〜?本当は内緒で結婚してたりして」

げげ!どうして譲ってやつはこう勘がいいんだかな!

「なんか最近先生の様子がおかしいんだよね。浮かれてるってゆーかさ。文化祭の日なんかすっげー浮かれてたもんな」
「そうなのか?」
「あ、高耶は教室にいなかったから知らないのか。朝から妙にテンション高くて、ソワソワと時間ばっかり見て、午後になったらソッコーで消えたんだよ。あの後で料理部で高耶とメシ食ってたんだろ?何か聞いてないの?」

譲はオレから一瞬も目を離さずに聞いてきた。ヤバイかも?

「なん!なんも聞いてない!アレだよ、ほら!料理部のハヤシライスが完売しないか心配だったとかさ!」
「たかがその程度で?」
「かっ、門脇先生のこと好きだとか!」
「まさか。だったら門脇先生が彼女ってことじゃん。あの人は家庭科の教師のくせに自分のお昼は毎日出前だよ。そーなるとさ、高耶?」
「なに?!」
「たまーに部活の顧問に用があって昼休みに職員室に行くんだけど、俺。橘先生の隣りの席なんだよね。うまそうなコロッケ食ってるなーって思うと、高耶の弁当がコロッケで、ちょっと焦げたハンバーグだなーって思うと高耶のハンバーグも焦げてるんだけど?」
「う」
「高耶?」
「気のせいだ!偶然の一致ってやつだ!」
「放課後、一緒に帰ろうか」
「……わかった……」

譲、恐るべし……!!

 

 

授業中もずっと考えて、譲にだけは本当のことを言っておこうと決めた。親友を裏切るわけにはいかないし。
放課後になって譲と学校を出る。譲の親はオレの家と違って自転車通学を認めてないし、しかもバス停が目の前にあるからバス通学だ。オレは譲をチャリの後ろに乗せて我が家へと向かった。

「あれ?高耶んちってこっちじゃないよな?」
「今はこっちなんだ」
「……今は……?」

新居に到着。表札には『橘』と書いてある。

「……たちばな……」

門を入って玄関の鍵を開けて譲を呼んだ。

「入れよ」
「でも、高耶。ここ……」
「今のオレの家だ」

譲は門の前でぶっ倒れた。

半信半疑だった自分の予想が大当たりだったのに驚いて目の前が真っ白になったそうだ。
その譲をリビングのソファまで連れて行って寝かせ、濡れたタオルでおでこを冷やしてやってる。

「まさか本当だったなんて……同棲してるなんて……」
「あ、それちょっと違う。正しくは『結婚してる』だ」
「ええええ?!」

もう一回めまいを起こした。

「誕生日に結婚式やって、夏休みに新婚旅行もして、オレは橘先生の奥さんになったわけ」
「どーりで高耶も橘先生も休み明けに日焼けしてるわけだ……」
「黙っててごめんな。やっぱ学校の手前、こうゆうことは徹底的に隠しておこうってことになってさ。卒業したら話すつもりでいたんだけど、譲にはとっくに勘付かれてたんだな」
「黙ってるなんて水臭いよ。けど確かにそうだよね。学校にバレたら大変だよね。もしバレたらどうするつもり?」
「オレが専業主婦になって、あいつはまたどっかの高校で働きゃいいんじゃねーの?」
「……さすが高耶」

ん?誉められてないような気がするぞ。ま、いいか。

「言っておくけどオレも先生も本気で結婚したんだからな。まあ戸籍はどうともなってないけど、気持ちは固まってて、一生変わらないんだ。つーわけだから、これから協力よろしく頼む」
「高耶のためなら何だって協力するよ」

譲はオレが料理部に入ったあたりから疑ってたらしいんだ。そう言われてみたらオレって結構怪しい行動ばっかりだった?
でも他には気付いてるやつはいないだろうってことで一安心。
めまいが治まった譲に家の中をちょっとだけ案内して、リビングで新婚旅行のアルバムだとか結婚式のスナップだとかを見せてたら旦那さんの帰宅時間になった。

「ただいま、高耶さん。お客さんで……!!な〜〜!成田くん!!」
「お邪魔してま〜す」
「たたたたた高耶さん!!どうして成田くんが!!」

オレの旦那さんは大慌てで目の前の状況を判断できないようだった。仕方ない、助けてやっか。

「教えたんだ。やっぱ親友だし、それになんとなく予想がついてたみたいだから」
「……そ、そうですか……それで成田くん……」
「はい。大丈夫です。俺、いつでも高耶の味方だから」

安心した直江は譲の向かい側のソファに倒れこむようにして座った。

「ああ、もう今日はいろんなことがあって疲れました……」
「なに?このほかにもなんかあったのか?」
「ええ、帰り際にうちのクラスの生徒が二人、職員室に来まして」
「もしかしてA子さんとB子さん?」

やっぱり譲は勘がいい。

「そうです、よくわかりましたね」
「昼休みに教室でケンカしてたんで。橘先生の取り合いって感じかな。で、なんて?」
「二人で揃って来たのではなく、他の先生に連れられて来たんですよ。放課後に体育館裏で取っ組み合いのケンカをしてたそうで。明日から二人とも一週間の停学です」
「「マジで?!」」
「マジですよ。それで原因は何だと聞いたら私のことでケンカになったってことで、私が教頭にクドクドと説教されてたんです」

生徒に色目を使ったんじゃないかとか、もしかしたら他の生徒に手を出してるんじゃないかとか、色々と言われたらしい。男前って大変だな。

「だけど先生、実際、他の生徒には手を出してるんだからそこはしょうがないよねえ?」
「成田くん……からかわないでくださいよ」
「ん?あ、オレのことか」

二人はじっとオレを見たかと思ったら、同時に溜息をついた。ひどい!!

「それで頭にきたんで、明日からカモフラージュとして結婚指輪でもしてきますよって啖呵切って出てきてしまいました」
「そうだったんだ…でもさ、先生。それなら高耶との結婚指輪を堂々として行けるじゃん。逆に良かったって思えば?」
「は!そうですね!さすが成田くん!うちのクラスのエースですね!」
「そんで、そんで、先生?どうして高耶に惚れたのか教えてよ!きっかけは?ねえ!」

持ち上げられて浮かれた直江はオレたちの馴れ初めを話し出した。そんな中で聞いてるのもこっ恥ずかしいからオレは夕飯の準備に取り掛かることにした。

直江がオレに惚れた瞬間てのを今の譲みたいに迫って聞いたことがある。オレが直江に惚れるより少し前のことだ。
オレは全然覚えてないんだけど、球技大会のチームを決めるホームルームで、地味で引っ込み思案で運動音痴な女子を無理矢理一番苦手なバレーボールのチームに入れようとした意地悪な女がいた。
そいつらは中学でも同じクラスだったらしく、図式としてはいじめっ子といじめられっ子。
その運動音痴の女子はバレーボールが苦手な上に腕に怪我をしてたんだ。その怪我ってのも後から知ったところによると、その女につけられたものらしい。

で、オレは何かの拍子で怪我をしてるのを知ってたから、彼女が辞退したくても出来ない気持ちでいたとか全く関係なく「腕に怪我してるみたいだから女子サッカーでいいんじゃね?」って教室にいる全員に言ったらしい。
その発言で直江はオレが気になりだして、その後で球技大会の練習で怪我したオレを抱き上げた時が決定打、歴史デートに誘ったりしてるうちに、我慢が出来ないほど惚れたって言ってた。

「そうだったんだ〜。あの高耶の発言はビックリしたよね。よく見てるなあって思ったもん。基本的に高耶ってぶっきらぼうだけど優しいから」
「ええ。そうです。しかもあれでけっこうな甘えん坊さんなんですよ」
「マジで?!先生ってば愛されてるね〜」
「余計なこと言うな!!」

その日は譲も一緒に楽しい夕飯になった。

 

 

翌朝、教室に入って行ったら譲から手紙を渡された。

「なに、これ。おまえから?」
「違うよ。どうして俺がこんなファンシーな封筒で高耶に手紙書くんだよ」
「んじゃ何?」
「さあね。今朝、学校の近くで隣りの女子高の子からおまえに渡せって言われたんだ」
「………………」
「ラブレターじゃん?」

まさか!とは言いがたかったけど信じられなかった。その手紙を見たクラスの連中がオレの回りに集まって早く開けろとか言い出した。人だかりができる。
そんな中、担任の橘先生が来てしまった。

「チャイム鳴りましたよ。席について。……そこ、なに集まってるんです?」
「仰木くんがラブレターもらったんだって」
「いまどきこんなことする女っているんだな〜」
「おまえら余計なこと言うな!!」

直江にそんなこと言ったらどうなるか……!!
チラッと見てみたら直江のこめかみに怒りマークが出てた。ヤバイかも〜。

「早く座りなさい。ホームルーム始めますよ」

いつもの優しい橘先生じゃない声だ。ああ、怒ってる。オレに責任はまったくないけど怒ってるよ〜!
中身すら見てないのに没収されるかも……。
ホームルーム中に先週の歴史小テストを返された。一枚一枚直江が配って歩くんだけど、テストの点数の下にこう書いてあった。

『その手紙は封を切らずに家に持って帰りなさい』

げげ。命令調だ。怒ってるよ〜。しかも中身をしっかり見るつもりでやがる!!
これに逆らったらどんなお仕置きが来るかわかんねーから大人しくそのまま持って帰ろう。
みんなに早く開けろって言われたけど、持って帰って読むんだって言い張った。譲だけはすっごく心配してくれてたから後で報告するって言って、その日はずっとみんなから逃げ回ってた。

 

 

「なんでオレが貰った手紙を自由にできないわけ?」
「奥さんが浮気したらたまりませんから。さあ、開けて読んでください」

先に読む権利だけは貰ってリビングで封を開けた。
内容は……文化祭に来てたこの差出人がウェイターをやってたオレに一目惚れして、そんで名前も何もわからないから一度会って欲しいって内容だった。譲とオレが一緒にいるとこをどこかで見かけたんだろう。それで譲に頼んだんだろうな。

「はい、読み終わったら私に貸してください」
「ほら。たいした内容じゃないぞ」

読み終わった直江は「で、どうするんですか?」って言ってきた。

「どうもこうも断るしかないじゃん。メアドと電話番号があるから連絡してみる」
「非通知にして自宅に電話しなさい。相手に電話番号やアドレスを知られたらしつこくされますからね」
「はいはい」
「あ、私がシナリオを考えますから」
「アホか!そんぐらい自分で言える!」

電話をかけて自分には付き合ってる人がいるから会えないって言って断って、礼儀として謝って、それで一件落着……と、いきたいところだったけど、直江のその独占欲が異常だってのに気が付いたから、こっちもお返ししてやんねーとな。
どのぐらいウザいかわかれってんだ。

「んで、おまえの方はどうなんだ?他にも橘先生にアタックしまくってる女がいるんじゃねーの?山本先生に、うちのクラスのAとBと、他には?なんか貰ったりしてるんじゃねーのか?ああん?」
「………………」
「言い寄ってる女の名前を全部、書き出せ。ほら。ついでに貰ったものがあったらそれも書け」

さっきまで宿題をやってた数学のノートの最後のページを切り取って直江に差し出した。

「早く書けよ。誤魔化したりすんなよ。ちゃんと書かなかったらどうなるかわかってんだろうな?」
「はい……」

直江が書くのをずっと見てた。
まず山本先生とAとB。山本先生に貰ったものはカップケーキにバレンタインのチョコ。映画のチケット。結婚前にデートしやがったらしい。
AとBには貰ったものはないそうだ。
それから女生徒や女教師の名前がわんさか。前に生徒から告白されたことないって言ってたのに、本当は何度もあったらしい。
ただ手を出してはいないって。

「キー!!こんなに!!オレのラブレターなんぞ可愛いもんじゃねーかよ!」

手元にあったクッションだのペンケースだのノートだのを投げつけてやった。

「誤魔化すなってあなたが言うから正直に書いたんですよ!そんなに怒らないでください!」
「ああもう!!直江なんか変な顔になっちまえばいいんだ!明日から鼻毛出して学校行け!牛乳瓶メガネかけろ!だっさいスーツ着ろ!オヤジサンダルとジャージで授業だ!!」
「何言ってるんですか!そんなの出来るわけないでしょう?!」
「うわーん!!」

わざとらしく泣き真似をして走ってキッチンまで行ってダイニングテーブルに突っ伏した。いつもみたいに甘やかしにくると思ったけど来ない。チラっと見たらさっきの紙に何か書いてる。
直江が立ち上がろうと腰を浮かせたのを見て、また泣き真似をした。

「じゃあ着替えてきますね」

頭をクシャクシャ撫でて、直江がいなくなった。ふん、なんだよ、くそう。

さっき何を書いたのか気になってローテーブルに引き返して見てみたら。
最後の行に付け加えてあった。

『仰木高耶』

「ん?」

そこにはこう書いてあった。

『お弁当、写真、チョコクッキー、缶コーヒー、風邪薬、食玩のちゃぶ台セット、時間、思い出、高耶さんの全部。この中のものはすべて返却するつもりはありません。これから貰うものもすべて有難く頂きます』

「……直江……」

もうダメだ!大好きで大好きでガマンできない!!

「直江!」

寝室で着替えをしてた直江の背中に思いっきり飛びついてスリスリした。

「ちょー好き!!」
「ええ。私もです」

抱きなおしてもらってたくさんチューして仲直り。
ああ、オレっていい旦那さんと結婚したなあ!!

 

 

その日の夜に電話で譲に報告した。
ラブレターの返事には丁寧に断りの電話を入れたってことを。

『そんで橘先生は?』
「ああ、大丈夫。あいつの弱味だったら握ったからな、もう文句も言わないし、怒ってもいないよ」
『そっかー。あの後機嫌悪かったからな〜。もしかして高耶がひどい目にあってないかって心配してたんだ』
「マジで大丈夫だって。おっと、旦那さんが風呂から戻ってきた。んじゃまた明日な」

電話を切ってホカホカの直江を隣に座らせた。

「成田くんですか?」
「そう。直江にひどいことされてないか心配だったんだって。そんなふうに見られてるってどんな気分?」
「最悪ですね」
「じゃあ明日からは結婚生活での不機嫌を学校にまで持ち込まないこったな。他の生徒の迷惑になるぞ」
「気をつけます。あ、高耶さん」
「ん?」
「明日から着るジャージとオヤジサンダル出しておいてもらえますか?」

うわ!来た!イヤミ来た!!
オレが言ったからってそんなものこの家にあるわけないのに、こうやってイヤミ言うんだからな!!

「その格好で授業しますから」
「しつこい!!」

あんまりにもしつこかったんで怒って一晩家庭内別居をした。直江が寝てる間にコッソリ寝室に入って水性ペンで鼻毛を書いた。
翌朝、直江が本気で涙を流してたのは言うまでもない。
奥さんをナメんじゃねーよ。橘先生。

 

 

END

 

 
   

あとがき

ラブレターって今でも出すの?
どうでもいいけど直江の顔に
鼻毛描かせたのって
ここの高耶さんぐらいなんじゃね?
許せない!って
思った人は苦情を
BBSへカモ〜ン。
別のものを描かせるわよん♪


   
         
       
         
   
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