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高耶さんは17歳


第11話  メールとオレ 
 
         
 

直江の書斎にはパソコンがある。
オレがパソコンを始めたのは直江と結婚してからだから、まだまだ初心者だ。
時間をみつけて直江に習ってるうちに、まだ若くて柔らかい脳みそはどんどん操作やコツを覚えて、今じゃインターネットとメールだったらドンと来い!ってぐらいまでになった。

直江の学校での仕事もこのパソコンでやってるわけだから、ファミリーでログインを分け合えるタイプのパソコンで、オレは直江のメールだとかは当たり前だけど見たことがない。
つーかログインパスワードもお互いに内緒だ。
夫婦と言えども個人のプライバシーは守らなきゃいけないもんな。

ところがオレは直江のメールを見てしまったんだ。

 

 

それは風呂から出てパジャマに着替えて、チューをしてもらおうと思って書斎で仕事をしてる直江のとこに行った時だった。
ドアをノックしたら勝手に開いた。ちゃんと閉まってなかったみたい。
中に直江はいない。
キッチンでコーヒーでも淹れてるんだろうと思って椅子に座って待とうとした時、座った振動で光科学式マウスが少し動いてスクリーンセーバーが消えた。

そこに現れたのはメールソフトの画面だった。しかも誰かからのメールが表示されてる。
見ちゃダメだ!と思ったんだけど、そこに書いてある文字にビックリして見てしまった。
だって「精子」って書いてあったんだもん。

そのメールの内容をオレがみんなに話してやる。

『はじめまして。私は東京在住の30歳です。このたび貴方のアドレスを頂き、お願いしたいことがあってメールをしました。私には現在夫がいますが、夫は生殖能力がなく、子供に恵まれずに5年の夫婦生活を送っておりました。このたびどうしても子供が欲しいという主人のたっての願いで、他の男性から子種を頂いて、自分たちの子供として育てようということになりました。しかし日本では他人の精子を人工授精で受胎してはいけないという法律があり、だからといって海外でそれをするにも私どもにはその資金がありません。主人と話し合った結果、私どもで選んだ男性とだったら妊娠するまで私が他の男性と関係を持つことを許してもらえました。そして私どもが選んだのが貴方だったのです。どうかお願いですから、すべてをご理解した上で私と性的に関係を持ってもらえないでしょうか?もちろん報酬ははずみますし、妊娠後は一切ご迷惑をかけないことをお約束します』

とまあこんな内容だ。

ビックリして読んだ後、もう一件、別の女の人からメールがあった。
見ちゃいけない!って思いつつ、やっぱり気になって見ちゃった。

『お返事いただけなかったのは私に対して魅力を感じられなかったせいでしょうか?何か失礼がありましたか?もしまだあなたが私に会いたいと思ってくださるのなら、ご連絡を下さい。待っています。こうした不倫についてあなたが不快感や罪悪感を感じるのもわかります。ですが私はどうしてもあなたとお会いしたいのです。不躾なお願いですがどうかお返事をください。貴方の奥様にも秘密にいたします』

……ふりん?

オレは精子メールよりもずっと親しげで、直江が結婚してるのを知ってるそぶりのこのメールが気になってしょうがなかった。
どうして直江を不倫になんか誘ってんだ?!つーか直江!浮気する気なんじゃねえだろうな!!
そんなのぜってー許さない!

けど。
……どうしよう……オレ、直江が浮気してたら死んじゃうかも。悲しくて死んじゃうかも。
オレの知らないところで直江が女と会って、ホテルとかでエッチなんかしたら絶対にすっごく惚れられちまう!
そんで「あなたの奥さんが憎いわ」とか言われて、直江が「奥さん?あんなのは充分に妻の役目を果たせない、ダメなやつですよ」なんてオレの悪口を言って、そんでその不倫相手にチューとかしてたら……やっぱオレ、悲しくて死んじゃう!!

頭の中がそのことでいっぱいになって、見てたパソコン画面がスクリーンセーバーになったころ、直江がコーヒー片手に戻ってきた。

「あ、ここにいたんですか。高耶さん」
「……う、うん」
「キスして欲しくなったの?」
「ん」

ちょっとでも直江と離れた時はチューしてもらいに直江を探すオレの癖を知ってるから、いつもみたいにキュウッと抱いてチューしてくれた。

「もう少しで終わりますから、あったかいリビングで待っててくださいね。コーヒー、高耶さんのぶんもありますから牛乳を入れて飲んだらいいですよ。寝る前なんだから、たくさん牛乳入れないと眠れなくなっちゃいますからね」
「うん」

もうコーヒーなんか飲まなくても眠れないに決定だよ。
どうして直江にあんなメールが来てるんだ?どっかの女と接触があったってことだろ?
いつどこで会ったんだよ。オレに内緒で。

トボトボとリビングに戻って、牛乳を電子レンジであっためてからコーヒーを少しだけ入れて、砂糖はたくさん入れて飲んだ。
さっきのメールの内容が頭の中をグルグルしてる。

「お待たせしました」

オレが座ってるソファに座る直江。こうしてくっついて座るのがいつもオレたちは好きなんだけど……。

「どうしたの?」
「最近、誰かに会った?」
「誰かって?」
「んーと、女の人とか」
「……女の人だったら毎日会ってるじゃないですか。学校で」
「二人っきりで、とかは?」
「ありませんよ。門脇先生とバスで一緒にはなりましたけど」

門脇先生か……うーん、有り得ない。だって門脇先生には「しんたろうさん」てゆー彼氏がいるって料理部でもっぱらの噂だ。
じゃあ山本先生……?直江が最近カモフラってことでオレとの結婚指輪をしてるのを「橘先生は結婚した」って思ってそんで不倫とか言ってるのかも知れない。
だって山本先生と直江は結婚前にデートしてるんだもん……山本先生かも?

「なあ、山本先生とデート、したんだよな?」
「え、ええ……デートというか、映画にいっただけですけど」
「帰りに食事とかした?」
「映画のチケットのお礼に軽く」
「……どう思ってた?山本先生のこと……好きかもって思った?」
「高耶さん?」

おかしな質問ばっかりしてるから、直江がどうしたんだって顔でオレの肩を抱いた。
怖くて聞けない。不倫するつもりなのか?って。聞けるわけない。

「あのさ……もし、オレのことダメな奥さんだって思ってるなら、そう言っていいから。そしたらしっかり奥さんの仕事するから。なんなら学校退学して奥さん業だけやったっていいんだから」
「何言ってるんですか。学校はちゃんと卒業してください。まずは学業ですよ。奥さん業は二の次でいいんですよ」
「でもさ……オレ、ちゃんと直江の奥さん出来てないじゃん。掃除もサボってるし、料理だってまだヘタクソだし、洗濯だって直江が干してるし……」
「いいえ。今のままで充分満足してますよ」
「けど……」
「何が不安なのか知りませんけど、私はあなたがいてくれるだけでいいんです。もし家事が出来ないなら私が全部やったっていい。高耶さんのことが何より一番なんですよ」

そう言ってくれるのは嬉しいし、直江の本心かもしれないけど、あのメールはじゃあ、何?

「高耶さん……」

直江はオレをギューッって抱いて、小さな声で、オレを驚かせないように優しく囁いた。

「学校と奥さんと両方やってて疲れたの?たまにはそうなるのも当然ですよね。ゆっくり休んで、何も考えずに、好きなことやっていいですから。私が愛してるのは変わりませんよ。だからもう寝ましょう?」
「直江……」
「できるだけ家には仕事を持ち込みませんから。家庭内では橘先生じゃなく、あなたの旦那さんとしてだけでいますから。だからそんな顔しないで」
「……もう寝る……今日は、自分の部屋で寝るから……」
「え?」
「おやすみ」

こんな不安なまま直江と一緒のベッドでなんか眠れないよ。きっと寝顔を見たら、寝顔にチューした女がいるんじゃないかとか、オレみたく腕枕してもらった女のこととか考えちまうから。

 

 

「はい、みなさん、座りなさい。授業始めますよ」

今日の橘先生は機嫌が悪い。
いつもだったらなかなか席に着かないみんなに「座ってください」って言うのに、今日は命令調だ。
昨夜は直江と別々に寝て、朝ご飯も作らないで寝坊した。
直江はひとりで起きて、ひとりでパンをかじって出かけたらしい。お弁当もない。

「このころの日本では一夫多妻が成立していました。実力のあるものだけがこうやって複数の妻を持てたんですね。
なぜなら戦国時代ですから、自分の跡継ぎを多く作らなければいけなかったからです。ひとりでも多く作るには妻が複数必要ですからね。ここ、期末テストに出しますよ。しっかり覚えて」

直江も妻は複数必要なのかな?
直江ほどのいい男がひとりの妻なんてもったいないもんな。ましてや男の妻なんかじゃ……。

「黒板消しますよ。いいですか?仰木くん?聞いてましたか?」
「……はい……」
「……じゃあ次。織田信長が本能寺で自害したあと、それを知った豊臣秀吉はすぐに京都に戻って明智を追い詰めます」

あきらかに直江はオレに対して怒ってる。
今日の授業では目の仇みたいにこっちを見たし。
なんかもう、直江の奥さんでいる自信なくなってきちゃったな。

 

 

夕飯を作るのもぶっちぎって自分の部屋に引き篭もりをした。
直江は怒ってるのを通り越してすっごい心配してるみたいだ。寒い廊下でずっとオレが出てくるのを待ってる。

「話してくれなきゃわからないじゃないですか……いったい何があったんです」

こうやってずーっとひとりでオレに話しかけてるんだ。オレからの返事もないのにさ。

「私が何かしたなら謝りますから。もう怒ってませんから出てきてください」

話したとして、もし直江が不倫したいんだ、って言ったらオレもう絶望しちゃうもん。
それかあの「子種を下さい」ってメールでOKの返事を出してたら、自殺しちゃうかもしれない。

「高耶さん……」

少しだけ、直江が涙声になった。
鈍い音がして、直江がドアに頭を押し付けて泣きそうになってるんだってわかった。
ドアまで行って、直江に話しかけた。

「オレ、もう直江の奥さんやってる自信ないんだ。やっぱ直江はオレみたいな子供と結婚しちゃいけなかったんだよ。なんにも出来なくて、バカで、すぐ嫉妬ばっかりして……もっといい奥さんをみつけて結婚したらいいよ。そうしよう?」
「……何をバカなことを……」
「愛してるのは本当だけど、いくら愛してたって間違ってたんだよ。だからさ」
「間違ってるわけないでしょう!」

ガン!て、直江がドアを叩いた。すっごい怒ってる。

「間違いなんかないんですよ!私が歴史の教師だってこと忘れてませんか?!人間は間違いなんか犯しません!間違いだと思われているものは人生の一部で、その人にとって必要な経験なんです!そうやって歴史は動いてきた!だから私は歴史の教師になったんです!だからそんなことをいくら言ったって私に効果はありませんからね!」

オレも直江も間違ってないってこと?

「織田信長が光秀に討たれたのは必要なことだったんですよ!光秀が秀吉に討たれたのも!もし信長がいい人だったら私もあなたもこの世にいないんです!」

いや、その、そんなこと聞いてるんじゃないんだけど……。

「私があなたを愛してることも、あなたが私の奥さんになったことも、正しいことなんです。正解なんですよ」
「…………」
「愛してますから、顔を見せて。泣き顔でもいいから見せてください」

不倫なんか、直江はしないよな。きっとしない。
オレはそっとドアを開けた。直江の鼻をぶつけないように。

 

 

「なんだ、そんなことですか……」

泣きながらチューして、なんだか盛り上がってオレの部屋でエッチして燃えまくって、ダメな犬みたいに甘えながら昨日のメールのことを正直に話した。

「そんな、って、だってアレ、直江に不倫しようって誘ってるメールだったじゃん。しかも2通も」
「高耶さんがパソコンでメールできるようになってからまだ半年ですもんね……」
「関係あんのか?」
「あれはですね……勝手に送られてきてるメールです。私のアドレスがどこかから流出して、出会い系サイトだとか、法外な値段を請求してくるアダルトサイトなんかを見るようにっていう、エサみたいなもんです」
「エサ?」
「もし私が不実で頭の悪い男だったら、あのメールを本気にして返事を書いてるでしょうね。そうすると『このエロ男が釣れた』とばかりに『あなたの出会いは有料だからお金を払ってくれ』ってメールを寄越すそうです。その金額がかなり高額で、支払わないと裁判にするとか、ヤクザを送り込むとか言って脅し取るんですよ。そういう類のメールなわけです。最初から返事を出す気はありません。でもああいったメールをすぐに消さなかった私の落ち度ですね。あなたをあんなに落ち込ませてしまったんだから」

そうゆうことか。
なんかオレ、バカじゃん?
パソコンだとかネットだとかメールのこと、甘く見てたんだな。

「だけどこうしてあなたの愛を再確認できたのは良かったです」
「……そりゃ直江のこと、本気で愛してるもん」
「それに今夜はいつにも増して大胆でセクシーでした」
「……このエロ教師!!」

だけど直江もオレをすっごく愛してるってのがわかって良かった。
それにオレと直江の結婚に自信を持っていいってわかったもんな。
これからもっともっと旦那さんを大事にしなきゃ。ホント、ちょー愛してるぞ。

 

 

直江には相変わらず不倫希望のメールが来てるけど、全部無視だ。
メールだけじゃなくて山本先生やA子、B子のアプローチも、他の女の先生や生徒からのも全部無視。
直江にはオレしかいないんだってさ。 イヒヒ。

世の中の女ども!橘義明先生には愛する奥さんがいるんだからもう何したって無駄だ!
ザマアミロ!



END

 

 
   

あとがき

こーゆーメールがウチに
よく来るので題材にして
みました。
そりゃ直江に来てたら誤解
しちゃうよね、高校生妻は。

   
         
       
         
   
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