高耶さんは17歳


第13話  バレンタインとオレ 
 
         
 

ザ☆バレンタインだ!

一年前は直江はただの担任教師だったから、オレは何もしてやらなかったんだ。
バレンタインの前に歴史デートした時、チョコチップクッキーを半分こしたから、オレの中ではあげたってことになるんだけどさ。
直江は気付いてないだろうな。

だけど今年は違う!もう夫婦だからチョコレートを渡すんだ!

と、いうわけでオレはバレンタイン前の日曜日に美弥をダシに使ってチョコを買いに行くことにした。

「高耶さん、どこか行くんですか?」

日曜の午前中、出かけるためにダッフルコートを着たオレに直江が声をかけた。

「うん。美弥の買い物に付き合うんだ」

チョコを買いに行くのは内緒だ。

「せっかくの日曜なのに……」
「昼過ぎには帰ってくるって」
「そうですか……じゃあお昼ごはんは……?」
「ひとりで食って。じゃあ行って来ま〜す」

あ、チューすんの忘れた。ま、いいか。

 

美弥と駅前で待ち合わせて駅ビルに入った。さっそくチョコレート売り場に。

「義明さんにあげるの?」
「あったりまえだろ。初バレンタインなんだぞ」
「そうだよね〜。アツアツだもんね〜」

可愛い妹のためにチョコを選ぶお兄さん、という感じでオレは直江にあげるチョコを物色した。
予算は1000円以内だ。小遣いが危ういからな。
だけど今のチョコってのは安くて案外いいものが出てる。チョコラングドシャ、ってのがうまいらしい。

「うーん」
「何かいいのあった?美弥はもう決めちゃったよ」

美弥の彼氏のぶんと、父さんにあげるぶんと、あとは美弥から直江にあげるぶんがカゴに入ってる。
早く決めろと言う美弥にせかされて、オレはさっきから気になってたラングドシャってのにした。

それから駅ビルの中にあるパスタ屋で美弥に昼飯を奢ってやった。
オレの奢りだからって一番高い海鮮トマトスープパスタとかいうやつを頼みやがった。

「オレの弱味につけこんで〜」
「弱味を握られる方が悪いんだよ」
「くそ〜」

こうなったら直江にはすんごい高いお返しをしてもらうしかねーな。

昼飯を食ったら美弥は「彼氏と約束があるから〜」なんつって、とっとと改札口へ行ってしまった。
残されたオレは夕飯の買い物をしてから帰るか、と思って駅前のスーパーに。
オレっていい奥さんだよな〜。

 

 

帰ってから直江に見つからないようにチョコを隠した。オレの部屋に隠しておけばいいだろう。
それから直江の待つリビングに行くと、大事な話があるからって正面に座らされた。

「何?」
「その……言いにくいことなんですけど」

……言いにくいこと?……もしかしたら……?

もう高耶さんには飽きたので別れてください。
私はやっぱり女性と結婚したいので。
母もその方が安心すると思うんです。
やはり生徒と教師っていう立場は良くないですし、しかも男同士なんておかしいでしょう?
だから別れましょう?

なんてこと言われんのか?!ダメだ!それだけは嫌だ!!
そんなことになったらオレ生きていけねー!!

「ぐあー!」
「た、高耶さん?!」
「ヤダー!!」
「……勘がいいですね……そのことなんですけど」
「ヤダヤダヤダー!!」
「聞いてください」
「絶対別れないからな!そんなこと言い出したら教育委員会にも学校にもバラすからな!」
「は?」
「無理矢理拉致されたって言えばおまえは犯罪者なんだからな!」
「なんのことですか?」

……違うのか?

「……別れるとかじゃないの?」
「違いますよ」
「……じゃあ、何?」

大きな溜息をついて直江は話し出した。

「我が校では教師が生徒に貰うバレンタインチョコに関しては寛容なの、知ってますか?」
「知らない」
「……やっぱり……公立高校では厳禁なんですけど、我が校ではそのへんは大目に見てくれます。成績に影響を出さない、生徒と関係を持たない、以上を守るのであればチョコレートを貰ってもいいんです」
「……ふうん……」
「そういうわけですから、毎年チョコレートを貰ってきました」
「……で?」

くそー。直江にチョコあげた女、全員抹殺リストに加えたい。

「私には大事な奥さんがいますけど、生徒からのチョコレートをいらないと突き返すわけにもいきません。
ましてや捨てることもできません」
「うん、そんで?」
「そういうわけでチョコレートを貰って帰りますが……いいですか?」
「……やだ」

やはり、という顔で直江ががっくり項垂れる。

「誰かにあげればいいじゃん。ほら、体育のゴリオ先生とか」

ゴリオ先生ってのはゴリラに似てるからついたアダナで、性格もガサツだから女子生徒には好かれてない。そいつにあげちゃえば直江はチョコを持って帰らなくて済むし、ゴリオも喜ぶ。

「そんなのダメに決まってるでしょう。生徒からのチョコは持って帰るってことになってるんですから」
「誰だ、そんな決まりを作ったのはー!」
「校長先生ですよ。いいですね、高耶さん。持って帰りますからね」
「む〜」
「誰がくれたかチェックして、いじめたりしないようにね」

くそ!やってやろうと思ったのに〜!先に釘刺されちゃったじゃんか!

「大丈夫ですよ。私が愛してるのはあなただけですから。ね?」
「……む〜!」
「あまり聞き分けのないこと言わないでください」

呆れた直江は膨れたオレを置いて洗車に行ってしまった。
だってそんなにたくさん持って帰ったらオレのチョコの立場がなくなっちゃうじゃんかー!!

 

 

直江と口をきかないまま、日曜が終わり、月曜の夜になった。
いい加減、直江も頭に来てるらしくて今日のホームルームで服装が乱れてるとか、前髪を切りなさいとかオレに言ってきた。
私情を持ち込むなっつーんだよ。

で、とりあえずメシだけは作ってやらなきゃいけないから作って食った。

「高耶さん」
「なんだよ」
「いつまで怒ってるんですか」
「さあね。一生怒ってるかもな」

箸をバチンと音をさせて置いて、直江は半分も食わずに書斎に引っ込んだ。
なんで直江が怒るわけ?こっちが怒ってんのにさ。

その夜は家庭内別居だ。オレは自分の部屋で寝た。

 

 

そんで翌日。バレンタインデー。
朝のホームルームが終わると直江に女子が殺到した。みんな手にはチョコを持ってる。ありがとうと笑顔で言いながら、チラっとこっちを見る。挑戦的な目で。

もう直江にチョコやんねー!絶対やんねー!オレが食う!!

「高耶〜」
「ん?」

譲が心配そうな顔でオレに話しかけてきた。

「先生とケンカしてるんだろ?」
「まあな」
「いいの?あんなにチョコたくさん貰ってるよ?それなのにケンカしてるなんてさ」
「いいんだよ。勝手にチョコでも何でも貰えば」
「……高耶からはあげないの?」
「やらねー!」

それから譲に聞いたとこによると(勝手に譲が報告したんだ)直江のチョコは紙袋にして3袋。50個ぐらいはあったんじゃないかってことだ。

その日は部活でチョコレートケーキを作った。バレンタインだからって女子連中が決めたメニューだ。
今はチョコの匂いも嗅ぎたくないけど、部活だからしょうがない。
カップのチョコケーキが2個ずつ出来上がる。それにラッピングしてる女子もいれば、自分で食ってる男の先輩もいる。
オレもいつもなら食ってるけど、チョコなんか今日は食いたくない。

実家に持って帰るか、と思って包んでカバンに入れて、下校することにした。

 

 

実家に帰るつもりがいつものごとく家に帰ってきてしまった。
直江は先に帰ってるらしい。灯りがついてる。
無言でドアを開けて、直江がいるリビングを無視して階段を上がって自分の部屋に。カバンを置いて着替えて、それから直江にやるはずだったラングドシャを隠し場所から出して持った。
直江の前で食ってやる。

黙ってリビングに行くと直江の座ってる脇にチョコがたくさん入った紙袋があった。50個以上だ。
譲から聞いた時点からもっと増えたんだろうな。
去年もこんなにたくさん貰ったのかな……?オレのチョコチップクッキーなんか印象にも残ってないよな。

悔しくなって手に持ってたチョコの包みをバリバリ開けて食った。

「高耶さんっ」
「んだよっ」
「それなんですか?!」
「チョコだ!」
「誰に貰ったんですか!」
「うるせえな!」

ムシャムシャ食ってたら取り上げられた。そんで残りはゴミ箱に。

「何しやがんだよ!」
「こんなもの食べないでください!」

頭に来たし、直江の勝手さに腹が立ってオレは泣き出してしまった。

「うわーん!」
「た、高耶さん?!」
「自分はたくさんもらったくせに!どうせオレのチョコなんか覚えてないくせに!オレだって直江にチョコあげたかったの
に〜!!」
「あの、高耶さん?!」
「これはオレが買ったんだ!美弥と一緒に行って買ってきたチョコなんだ!直江にあげようと思って!」

泣きながら窓に行ってカーテンにくるまって泣いた。オレは誰からも貰ってないし、直江にあげようと思ってたのに学校でも髪の毛や服装で叱られて、チョコを女子に貰いながら睨まれたんだ!
泣きたくなって当たり前だろう!

「……すいませんでした……」
「直江なんか嫌いだ〜!」
「高耶さん!」

カーテンごと直江がオレを抱きしめた。

「どうせ去年もこんなにいっぱい貰ったんだろ!オレのチョコなんか覚えてないだろ!バカ!」
「覚えてますよ……チョコチップクッキーですよね?」
「ほえ?」
「私が勝手にそう思ってるだけなんですけど、クッキーを半分貰った時、バレンタインに貰ったってことにしようって……そう思ってたんです」
「マジで……?」

クルクルってカーテンを巻き戻して、オレを抱きなおした。

「ええ」

そう言った直江がすごく優しくて、もう何でも許しちゃえって思った。
だってこんなに優しい旦那さんなのに、オレが許さなかったせいでさっきまで泣きそうだったんだもん。

「高耶さんのチョコ、捨ててしまってごめんなさい」
「ん……もういい」
「高耶さんだけ、愛してますよ」
「うん」

チューをたくさんして仲直り。直江のチョコは気になるけど、まあいいや。

「あ、そうだ」
「なんです?」
「待ってて。すぐ戻るから」

カバンに入りっぱなしのチョコカップケーキを直江に食わせてやろう。買ったのよりずっといい。
飾り気のない包みのまま直江に渡した。そしたら一緒に食べようって。

「奥さんの作ったケーキなんて、最高のバレンタインですね」
「へへへ」
「ありがとう。高耶さん」

 

 

そんな感じで一件落着。
だけど直江の貰ったチョコをどうしていいかわからない。

「こんなにどーすんの?」
「1年間かけて食べますか?」
「去年のは?」
「ほとんど兄が食べました」

そんなわけでこのチョコもお兄さんにあげることになった。お兄さんちは食べ盛りの息子さんもいることだし。

「ところで直江」
「はい?」
「オレの気持ち、わかったよな?」
「……わかりましたよ。とっても」

たった一個のチョコであんなに怒り狂った直江。しかもオレが貰ったんだと誤解して。

「直江の方が嫉妬深いよな」
「みたいですね……」
「そんなにオレのこと好き?」
「もちろん、大好きですよ」

オレの旦那さんはモテモテなくせに、奥さん以外は目に入らないちょーかっこいい旦那さんだ。
来年もチョコたくさん貰うだろうけど、これなら大丈夫だな。
愛してるぞ、橘先生。

 

 

END

 

 
   

あとがき

直江モテモテだな・・・
それじゃ高耶さんも不安になるって。
バレンタインていいネタが
ないからこんな話しか
書けませんでした。

   
         
       
         
   
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